108 特製弁当
「ただいま〜」
「おかえり〜」
「師匠、おかえりなさいですぅ」
俺がウチに帰り着くと、二人は1階店舗部分のテーブルでお茶をしながら出迎えてくれた。
「もしかして、食事待っててくれた?」
「ええ」
「ですぅ」
「でも、ビスケちゃんと話していたら、すぐだったわ」
「悪かったな」
「別に気にすることないわ。好きで待ってたんですもの」
「ですぅ」
どうやら、この二人は大分打ち解けられたみたいだ。
女の子二人で仲良くて、良かった。
俺とビスケは仮にも師弟関係だ。
対等な立場の同性の友人というのも大切だろう。
「せっかくだから、ここで食事にするか?」
「ええ、そうね」
「??」
ビスケがきょとんとしている。
まだ【虚空庫】に慣れていないのだろう。
俺は【虚空庫】から3つの重箱を取り出し並べる。
「ああ、【虚空庫】ですかっ!」
ようやく、ビスケは納得したようだ。
「ビスケは箸は使える?」
「はい、なんとか」
「じゃあ、これ」
二人に箸を手渡す。ニーシャも箸に慣れているので問題なしだ。
「蓋取っても良いですか?」
待ちきれない子犬のようにビスケが急かす。
「ああ、どうぞ」
「やったぁ〜」
蓋を取るビスケ、中を見て表情に喜びが浮かぶ。
「きれいですぅ〜」
箱の中は9つに区分けされ、色とりどりの惣菜とご飯が整然と並んでいる。
「王都のジェボンの店の特製弁当だよ」
「あら、そんなの頼んでたんだ」
「ああ、ジェボンさんへのお礼も兼ねて、百食頼んでおいた」
「百食!?」
ビスケがまたもや驚いている。
「【虚空庫】があるからね。中は時間経過がないから、必要なものは多めにストックしてるんだ」
「ああ、なるほど! そうでしたね。それにしても、便利ですね【虚空庫】は」
「あなたも使えるんだから、早く慣れないとね」
「はいですぅ」
「話はそれくらいにして、食べようか」
3人前のグリーンティーを準備してから、そう告げる。
「「「いただきまーす」」」
「おいしい〜〜〜〜」
「おいしいですのぉ〜〜〜〜」
「ああ、美味いな」
どうやら、二人の口にあったようだ。
良かった、良かった。
食事は笑顔とともに進んで行き、終盤へ。
ニーシャが俺に尋ねてきた。
「それで、なにしてたの?」
「これを集めててな」
インベントリから『カートリッジ』と『ハイカートリッジ』を取り出して、二人に見せる。
「『カートリッジ』と『ハイカートリッジ』じゃないの。ビスケちゃんは知ってる?」
「はい。実家にも遺物の家具があったので」
「そういえば、ビスケちゃんは貴族だったわね」
「しがない貧乏貴族でしたけどね」
「それで、これ幾らくらいになるんだ?」
「『カートリッジ』が1万ゴルで『ハイカートリッジ』が12万ゴルってところね」
「意外とするんだな」
「中々売りに出ないのよ」
「ほう」
「冒険者も中級くらいになると何らかの遺物装備を持っているからね。売るくらいなら自分たちで使うって方が多いのよ」
「なるほどな」
「それでどれくらい取ってきたのよ? あっ、ちょっと待って。ビスケちゃん、絶対吹き出すから、口の中空っぽにして、両手で口抑えてて。はい、アル、いいわよ」
「『ハイカートリッジ」を107本、『カートリッジ』を2,033本だ」
ビスケが両手で抑えた口から「むむむ」と漏れ聞こえてくる。ニーシャのアドバイスが役に立ったようだ。
落ち着いたビスケが叫びをあげる
「2,000本ですって〜。しかも、ハイカートリッジも。スゴい値段じゃないですか」
「総額3,317万ゴルね」
「おっ、計算早いな」
「これくらいは商人なら当然よ」
「師匠は1日で3千万ゴルも稼いできたんですか!?」
ビスケが驚いているが、そこにニーシャが追い打ちをかける。
「それくらいで驚いちゃダメよ。この男一日で6億5千万ゴル稼いできたことがあるから、しかも、たった数日前に」
「6億…………」
この前王都に行った時の話だ。
ハチミパウダーとポーション製造機の特許料でその金額になったわけで、それを一日で稼いだというのは語弊がある気がするが……。
驚いたのか、現実感がない数字に戸惑っているのか、ビスケは黙りこんでしまった。
「ウチの領地収入の10年分以上です……」
「良かったじゃない。ビスケちゃん」
「へっ!? どういう意味ですか?」
「あなたの師匠はそれだけ稼げるってことよ」
「そうでした」
「だから、お金のことはあまり気にしないで。それより修行に打ち込むことが恩返しになるんだからね」
「はいですぅ」
ニーシャがナイスアドバイスを送る。
「お金を気にせずに修行に打ち込んで欲しい」とは俺の本音だ。
だけど、俺から言うと恩着せがましくなる。
その点、第三者の意見だから、ビスケも納得しやすいだろう。
「それでどこで狩ったのよ。あ、待って、ビスケちゃん口注意」
ビスケが慌てて、口元を両手で抑える。
それを苦笑気味に眺めながら、俺は答える。
「44階層のモンスターハウスだ。キリングマシーンって機械型のモンスターだ。ちょっと裏ワザ使って、湧きの速度を早めたんだ」
「44階層!?」
「ああ」
「それって、未踏破階層ですよね」
「ああ」
「ああ、って、なに普通に相槌を打ってるんですか?」
「ん?」
「ギルドに報告はしないんですか?」
「いや、してないよ。これからする気もない」
「なんでですかぁ? 報告したら一躍ヒーローですよ」
「だからだよ」
「へっ?」
「目立ちたくないからだよ」
「どうしてですか?」
「俺は生産職だ。冒険者じゃない。だから、冒険者として目立ちたくないんだ」
「うーん、分からないですぅ」
頭を抱え込むビスケ。
それをよしよしと頭を撫でるニーシャ。
「ビスケちゃん、気にしたら負けよ」
「そうなんですか?」
「ええ、今でこそ普通に流せるようになったけど、私だって最初は戸惑いっぱなしだったんだから。そのうち慣れるから頑張ってね」
「はいっ、ニーシャ姉さま」
どうやら、ビスケの中でニーシャは姉さまポジションに落ち着いたようだ。
俺も、ニーシャ姉さんとか呼んでみようかな。
ともかく、ビスケにはちゃんと話しておこう。
「俺が目立ちなくないのには理由がある」
「理由ですか?」
「ああ、俺は隠していることがひとつある。それがバレたくないから目立ちたくないんだ」
「隠し事……」
「ニーシャには既に明かした。ビスケにもそのうち明かそうと思う」
「私が聞いてもいいんですか?」
「ああ、ただし条件がある」
「俺が納得するようなセレス像を作ってみろ。それが出来たら、俺の秘密を教えてやろう」
「ホントですか? じゃあ、より一層頑張るですぅ!」
もともとビスケには折を見て伝えるつもりだった。
これでビスケがやる気になるんだったら、一石二鳥だ。




