105 3人での朝食
ビスケが仲間に加わった翌日。
今は3人で朝食を取っている。
昨晩は竜の泪をひと樽開けたけど、ビスケは二日酔いもなく、朝から元気そうだ。
俺もいつも通り4時に起きて、ダンジョン周回を3周してきたところだ。ちょうどお腹も減っている。
「そういえば、昨日鑑定した時にビスケの魔力がそこそこ高かったけど、どこかで修行してたのか?」
「それは…………」
「言いづらいんなら、無理にとは言わないから」
「いえ、言います。12歳の時から3年間、魔術学院に通っていたんです。魔力量や魔力操作は良かったのですが、魔出力が低すぎて、魔法関係の職場にはどこも就けなかったんです」
「なるほど…………」
「それで、どうせだったらと、興味のあったガラス工に就職したのですが……」
スティラさんの言っていたとおりだ。
現在の魔法使いは魔出力重視。
精密な操作より、圧倒的な力でドカンとモンスターを倒す殲滅力が要求される。
「ある程度以上になれば、出力よりも操作姓」とは俺の魔法の師匠の言葉だが、現実では、そのレベルの前に足切りされてしまうのだ。
でも、これからは変わっていく。
いや、スティラさんや俺たちで変えていくんだ。
たしかに、戦闘に必要なのは魔出力だ。
だけど、生産に必要なのは魔力操作なのだ。
「ビスケは風魔法はどれくらいは使える?」
「はい、風魔法はレベル2までマスターしてます」
「じゃあ、大丈夫か。それを使ってガラス加工したことある?」
「えっ!? ありませんよ」
「じゃあ、後で俺が見本見せるから、真似してみて」
「本当に風魔法で彫像ができるんですか?」
「ああ、実際、ビスケが見た神像はどっちも風魔法で作ったヤツだぞ」
「え〜、そうなんですか?」
ビスケは半信半疑といった体だが、後で実演してやれば信じるだろう。
「あっ、そうだ、ニーシャ。昨日言い忘れてたけど、店の前に置く神像ができたぞ。ただ、加護を付与してる最中に倒れちゃったから、加護が付与されているか鑑定して欲しんだけど」
「昨日のうちに鑑定しておいたわ。バッチリ付与で来てるわよ。『セレスの加護(強)』がね」
「おお、遂に強まで付与できるようになったのか」
「アルの魔力が枯渇するほどだから、他の人じゃよっぽどの長期間をかけなきゃ無理ね」
「そうか、加護付与は別に一回でやらなきゃいけないわけじゃないのか」
「てゆうか、そっちが普通の作り方よ。一発でできちゃうアルが異常なの」
「そっか、スマン…………」
「ビスケちゃんも気をつけといてね、アルは色々非常識だから」
「はっ、はい」
「まあ、アルが実際に神像作る姿を見れば分かるわよ」
そんな感じで食事が進んで行き、三人ともが食べ終わった。
「それじゃあ、運んじゃいましょう」
昨日完成した神像を店先まで運ぶ作業だ。
といっても【身体強化】した俺が、担いで運ぶだけだが。
素材がガラスという壊れ物なので【硬質化】を念入りにかけてある。
「ここら辺でいいかな?」
「ええ、良いんじゃない」
「じゃあ、下ろすぞ」
置き場所は入り口扉の横。
扉の開閉の邪魔にならないところに設置した。
三人で祈りを捧げる。
『セレスの加護(強)』の効果なのか、祈りを捧げるだけで心が洗われたような清涼感を感じる。
俺だけでなく、二人も同じように感じるようだ。
「スゴい効果ね」
「ですぅ」
「確かにな」
我ながら、凄いものを作ってしまった気がする。
盗難対策のため、悪意を持って像に触れると捕縛され、警報がなる仕組みになっている。
その上で、「像には触れないで下さい」と張り紙しておく。
これで大丈夫だろう。
店の敷地全体に結界も張ってあるから、そもそも悪人は店の敷地内に入れないし。
像の設置が一段落し、再度リビングで話し合いだ。
「よし、ビスケの入会祝いにプレゼントだ」
「へっ!?」
「どうした、そんな顔して」
ビックリして固まった表情だ。
「新入りの見習いに歓迎会を開いていただいただけでなく、プレゼントまで頂けるなんて……」
感極まったのかウルウルしている。
女の子が泣いてるのは苦手なので、さっさと渡しちゃおう。
「ほら、ペンダントと指輪だ」
ニーシャにあげたのと同じものだ。
俺は最初迷った。
ニーシャは俺にとって掛け替えのないパートナーだ。
だから、ニーシャにあげたペンダントと指輪には、俺が考えつく限り最高の効果を付与した。
しかし、ビスケは違う。言い方は悪いが、ビスケは代わりのきく存在だ。
だから、ランクを落としたものに、とニーシャに相談したら、一蹴された。
『そんなこと悩んでる暇があったら、ビスケちゃんが掛け替えのない存在になるように、あなたが育て上げればいいだけじゃない』
俺はニーシャの言葉にハッとした。
ニーシャの器の大きさを感じた。
こりゃ、冗談じゃなく、大陸に名を成す商会の長になっちゃうかもな。
俺も微力ながら、力にならせてもらおう。
ともあれ、そういう経緯でビスケにはニーシャと同じベンダントと指輪をプレゼントすることになった。
ペンダントは『護身のアミュレット』。
指輪には【位置捕捉】、【通話】、【共有虚空庫】の3つの機能を付与してある。
【共有虚空庫】の利用可能者は俺とビスケ専用にしてある。
ニーシャとの【共有虚空庫】とは別のものだ。
ここにガラス素材やら、関係品を大量にぶち込んでおいた。
ペンダントと指輪の効果をひとつずつ説明していく。
そのたびに、ビスケは信じられないっていう顔をする。
そして、説明が終わると出し抜けに尋ねてきた。
「こんな高価なもの頂いて、いいんですか?」
「ああ。昨晩ニーシャと話して決めたことだ」
「もし、私がこれを持って逃げたらどうするつもりなんですか?」
「どうする? うーん、どうもしないかな?」
「へっ!?」
「強いて言えば、人を見る目がなかったな、って反省するくらいかな」
「そんな……」
「まあ、逃げ出したくならないような待遇にするつもりだけどね」
「待遇ですか……」
昨晩は楽しくお酒を飲んだだけで、雇用条件の詳しい話はしなかった。
待遇と聞いて、ビスケの顔に不安が浮かぶ。
きっと今までロクな待遇じゃなかったんだろう。
「まずは、部屋だけど、昨日寝た部屋でいいかな?」
「はいっ?」
「あの部屋に住みこみでいいかな?」
「えっ、はい。でも、あんな良い部屋でいいんですか? 他のもっと狭い部屋でも……」
「部屋が余っているのに、わざわざ他に借りることないでしょ」
「それはそうですが…………」
「次は勤務時間と休暇だけど、好きな時に好きなだけやっていい。ただし、やり過ぎて体調を崩したりしないように注意すること」
「えっ、それじゃあ、まったく働かなくてもいいってことじゃないですか」
「ああ、そうだよ。でも、ビスケはガラス作りがやりたくてしょうがないんだろ?」
「それはそうですが…………」
「だったら問題なしだ。よし次。業務内容だけど、基本的にビスケが作りたいようにやっていいよ。こっちからお願いすることもあるけど、それ以外は自由にやっていい」
「…………はい」
「それで、給与だけど、最初は月に10万ゴル。後は結果次第で昇給することにしよう」
「10万ゴルって親方並みの給与じゃないですか!」
「ああ、そうだな」
「ビスケちゃん、驚いたらダメよ。良い言葉教えてあげる『よそはよそ、ウチはウチ』。だから、今までの常識に縛られなくていいのよ」
「よそはよそ、ウチはウチですか?」
「ええ、そうよ。それにビスケちゃんならすぐに月10万ゴル以上の利益を生み出してくれるから」
「そうなんですか!?」
「ええ、アルがそれだけ鍛えてくれるから安心なさい」
「はいっ」
ビスケが俺の方を向いて頭を下げる。
「よろしくお願いします。師匠」
「ああ、ビスケの面倒は俺が見る。早く一人前に成れるように頑張ろうな」
こうして、俺は弟子を持つことになったが、切っ掛けを与えてくれたのはセレスさんだ。
セレスさんの期待を裏切らないように、俺も師匠として頑張っていこう。




