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104 初弟子

「ただいま〜」

「お帰り」


 リビングで待っていると、ニーシャが帰って来た。


「あら、誰か来たの?」


 テーブルに置かれた2つの湯呑を見た、ニーシャが尋ねてくる。


「ああ、なんか、スゴい子がきた」

「女の子?」

「ああ、ちょっと変わった子だよ」

「なにしに来たのよ?」

「それはな――」


 ――俺はこれまでのいきさつをニーシャに語った。

 水玉の話は隠しておいたけど。


「なるほど、弟子入りねえ……」

「反対か?」

「ウチは【虚空庫インベントリ】とかレベリングとか、いろいろと隠しておきたいことが多いでしょ?」

「ああ、そうだな」

「だから、人を雇う際は慎重にいきたいのよね」

「うんうん」

「でも、その子の話が本当なら、セレスさんの助け舟でしょうから、まず間違いないでしょ」

「俺としても今やってる試験をパスしたら、弟子にとってもいいと思うんだ。だから、後はニーシャの【鑑定眼】で定めてくれ」

「そうね、わかったわ」


 ニーシャの【鑑定眼】はダンジョンでのブラッディ・ナイト狩りでレベルアップし、対象人物のスキルの成長率が分かるようになった。

 成長率まで分かるのは相当レアだ。人を雇ったりする時にその人の将来性まで考えて採用できる。


 これからノヴァエラ商会はどんどん大きくなっていくであろう。

 その際には、この【鑑定眼】が役に立つはずだ。


 その記念すべき第一号にビスケは成れるのか……。


「出来ましたっ! ししょー」


 工房から一体の神像を手に、ビスケがやってきた。


「って、あれ? この方は?」

「さっき、言っただろ。この商会を一緒にやっている俺のパートナー」

「ビスケ・ガーネットと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

「ノヴァエラ商会会頭のニーシャよ」

「とりあえず、そこ、座ったら」

「はいっ」


 ドキドキとした緊張している気持ちが伝わってくる。


「面接するけど、固くならなくていいからね」

「はいっ」

「じゃあさ、早速だけど、見せて」

「あまり、上手に出来ませんでしたけど……」


 おずおずと神像を差し出してくる。

 受け取った俺はじっとそれを観察する。


「……………………」

「どうでしょうか?」


 俺が無言でいると、不安に感じたのか、ビスケが問いかけてきた。


「ビスケはガラス工になって、どれくらいたつの?」

「2年とちょっとです」

「この2年間どんなものを作ってきたの?」

「…………ほとんどなにも作ってません」

「どうして?」

「下積みは雑用が仕事なんです。ガラス原料の配合を配合をしたり、槽に入れる水を運んだり…………」

「なるほどね。辛かったろう…………」

「大変だったのね」

「はい。罵声を浴びせられるのは日常でしたし、間違えたり、遅れたりすると、殴られたり、蹴られたりして……」


 話している内にツラくなってきたのか、ビスケは涙を流している。ニーシャもつられてもらい泣きしている。

 自分の過去とかぶる部分があるのかも知れない。


 俺も何人かの師匠についたことがあるから分かるが、師匠の弟子に対する態度は人それぞれだ。

 懇切丁寧に指導してくれる師匠。

 「見て覚えろ」ですべてを済ます師匠。

 こっちが本気を出していないと殺しにくる師匠。


 いろいろな師匠に師事してきたが、世間にはもっと酷い師匠がいるらしいと話に聞いていた。

 特に生産系ではその傾向が強いと。

 リンドワースさん率いるファンドーラ工房はその真逆、頂点みたいなホワイトっぷりだ。

 弟子入りするなら、是非あのような工房に弟子入りしたい。

 しかし、すべてがファンドーラ工房のような善良な工房ではない。


 中には新人を搾取するだけの工房も少なくはない。

 割り振られる仕事内容は雑用ばかり、休みも少なく、賃金も雀の涙。

 雑用しかできないので、生産スキルもあがらない。

 粗食と睡眠不足に苛まれながら、終わりの見えない日々をすこさざるを得ない。


 そんな境遇をビスケは2年間も過ごしてきたのだ。

 普通だったら、負の感情に取り憑かれてもおかしくはない。

 だけど、ビスケはそうじゃない。


 負の感情など一切持たず、真っ直ぐな信仰の思いを神像に打ち込んだ。

 素直に、愚直に、真っ直ぐに、愛情を注ぎ込んだのだ。


「うん。良い像だ。確かに技術的にはまだまだだ。だけど、それはこれから覚えていけばいい」

「ありがとうございます」

「あとは、ニーシャの判断なんだけど……」

「これを見て、私はアルに任せるわ」


 そう言いつつも、その顔はもう採用が規定事実なようだった。


 ニーシャが紙切れをよこす。

 この面談中に書き込んだ紙切れだ。


――――――――――――――――――


 名前:ビスケ・ガーネット


 魔力 :C(A)

  魔力操作:C(A)

  魔出力 :E(E)



 賢さ :D(B)

 器用さ:C(S)


スキル


 【ガラス工芸】D(S)


――――――――――――――――――


 鑑定結果の抜粋が書かれていた。

 ふむ、予想以上の逸材だった。


 紙切れをビスケに見せる。


「これが現在のビスケのステータスの一部だ。括弧内の値は成長率。君はこれからどんどん成長していくよ」

「ホントですか?」

「ああ、ちゃんと俺が育てるから、安心してくれ」

「ということは…………」

「ああ、合格だ。今日から、ビスケは俺の弟子であり、ノヴァエラ商会の一員だ」

「ありがとうございますぅ」


 またもや涙を流す、今度は違う意味での涙なので、心は傷まない。

 ビスケの隣に席を移したニーシャが優しくなだめてる。


「そういえば、前の工房はどうするんだ? 面倒ならついていくぞ?」

「ああ、それなら大丈夫です。今朝『こんなとこ辞めてやる』って飛び出してきましたから」

「それってお告げを聞いたからか?」

「はい、そうですよ」

「……意外とアグレッシブだな。うちに断られたらどうするつもりだったんだ?」

「さあ、考えていませんでした」


 てへっと笑うビスケ。

 無鉄砲にもほどがあるが、そんなビスケに好感が持てた。


「なあ、ニーシャ、これ、前の工房と揉めたりしない?」

「ねえ、ビスケちゃん?」

「はいっ」

「あなたが勤めていた工房って神像作りはしてないわよね?」

「はい。実用品ばかりでした」

「じゃあ、普通は問題ないんだけど……」

「どうした? 何か問題が?」

「ええ、多分これからビスケちゃんの神像作りで大金が入ってくるのよ。間違いなく。そうなった時に後からゴネる相手って結構いるのよね」

「ああ、なるほど」


 俺たちの会話を聞いて、ソワソワと不安そうなビスケ。

 そんな彼女を安心させるように、ニーシャが説明する。


「まっ、一応念の為に手は打っておきましょう」

「どうするんだ?」

「ビスケちゃんが正式に前の工房をやめて、ウチに所属になったって書類にしておくのよ。立会人をファンドーラ商会にしておけば、相手もゴネられないでしょう」

「そうだな」

「だから、安心してね、ビスケちゃん」

「ありがとうございます、ニーシャさん」

「よし、これで一段落か? 飲みに行こうか?」

「そうね」

「お酒ですか? わーい」


 そういえば、来た時も火酒をリクエストしてたな。


「ビスケはお酒強いのか?」

「わからないですけど、今まで酔いつぶれたことはないです」

「じゃあ、竜の泪にするか」

「竜の泪ですかっ!?」


 飛び上がって喜んでいる。

 ということで、場所はリンドワースさん行きつけの『穴ぐら亭』に決まった。

 楽しい歓迎会になりそうだ。

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