表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/268

103 弟子志願

「そこの椅子に座ってくれ。飲み物なにかリクエストあるか?」

「じゃあ、火酒で」

「調子のんな。ほら、グリーンティーだ」

「えー」


 火酒は『竜の泪』ほどではないが、十分に強いお酒だ。

 いきなり訪ねてきて、リクエストするようなものじゃない。

 俺は少女のリクエストはガン無視で、お茶を出した。


「これはこれで美味しいですね」


 ふーふーしながら飲んでいる少女は満更でもなさそうだ。


「それで、なんの用だ?」


 俺が問いかけると、少女は居住まいを正し、真剣な態度に切り替わった。


「私はビスケ・ガーネットと申します」

「ほう、貴族さんか」


 この国で姓を持つのは王族と貴族だけ。

 この面白少女も貴族の一員。

 普通だったら、さっきの一件で大問題になったのだろうが、ビスケは貴族という肩書を振りかざすタイプではなさそうだ。


「とはいえ、貧乏貴族の末娘なんでそこら辺は察して頂いて、普通に接していただければと思います」

「ああ、分かった。それで?」

「あなたはノヴァエラ商会のアルさんですよね?」

「ああ」

「セレス教会のあのガラス神像を作ったアルさんですよね」

「ああ、そうだ」

「お願いします。私を弟子にして下さい」


 ビスケは深々と頭を下げる。

 さて、どうしたもんか……。

 まずは、動機を訊いてみよう。


「まあ、顔上げてよ」

「はい」

「なんで、また、俺の弟子に?」

「夢のお告げでセレス様がおっしゃったのです。『教会の神像を見に行きなさい』と」

「ほう」

「それで行ってみたら、アルさん作の神像があるじゃないですか。それを見た途端、涙が止まらなくなって、信仰とはこういうものかと思ったのです」


 話しながら、ビスケは少し涙ぐんでいる。


「私はしがないガラス工です。ですが、セレス様のお告げは、『アルさんのもとで神像作りに励め』ということだと解釈しました。どうか、私を弟子にして下さい」


 ビスケの話が本当なら、セレスさんが俺を助けるために彼女を寄越したのだろう。

 だとしたら、俺としては彼女を雇うべきなんだろうが……。


「話は分かった。弟子入りする前に2つテストがある」

「はい、なんでしょう」


 ビスケは真剣な表情で俺の話に耳を傾ける。


「まず、ひとつ。本当に神像作りの素質があるか、実際に作ってもらう」

「はい」

「そして、もうひとつなんだけど、ノヴァエラ商会は俺ともう一人のパートナーで成り立っている商会だ。だから、そのパートナーの了承が必要だ」

「分かりました。頑張ってみますぅ」


 ビスケの表情はやる気に満ち溢れていた。


「じゃあ、早速だけど、実際に神像を作ってもらおうか?」

「はい」

「道具は?」

「はい。ちゃんと持ってきてます」


 ビスケは肩掛けバッグを見せつける。


「それじゃあ、工房に移動しようか」

「はいっ!」


 元気たっぷりなビスケ。

 悪い子じゃあないな。


「なんですかっ! これはッ!?!?!?」


 工房に入るなり絶叫するビスケ。

 そういえば、神像を作っている途中で、全力で加護を付与しようとして、意識を失っちゃったんだった。


「ああ、それ、さっき作ってたんだ。加護を付与する最中に倒れちゃったけど」


 俺の話が耳に入っているのか、ビスケは神像にすがりつくようにして、手を組んで祈りを捧げている。

 そして、その目からは涙が止めなく溢れている。


 セレス教会司祭長のアンナさんも俺の像を見て、涙を流していたが、これが一般的な信者の反応なんだろうか?


 俺の場合、セレスさんを敬愛しているけど、信仰とはちょっと違うしな。

 セレスさんは「信仰には色々かたちがあるんですよ」って言ってたけど。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです〜〜〜」


 ビスケは涙で顔中くしゃくしゃにしている。

 こんな状態で神像づくりなんか出来るのだろうか?


「こんな素晴らしい神像を見せられたら、恥ずかしくて私の作品なんて見せられません」

「別に、これと張り合えとは言わないよ。ビスケのセレス様への信仰を見せてくれればいいだけだから」


 ビスケは俺の言葉に黙りこむ。

 涙を拭い、表情を新たにする。


「はいっ。では、不肖ながらも、頑張らせていただきますぅ」


 切り替えが早いというか、気分がコロコロ変わるというか、見ていて飽きない存在だ。


「道具はあるって言ってたけど、さすがに材料は持ち歩いていないよね」

「はい、そうですね、お借りできれば」

「ちょっと待ってて、支度してくるから。どれくらい必要?」

「そんな大きい物は作れないので、10センチくらいの像を作ろうと思ってます」

「わかった。ちょっと材料取ってくるから、炉の温度管理しておいて」


 俺は炉に火をいれ、ビスケから離れる。

 彼女の死角になる位置まで行き、【虚空庫インベントリ】から材料を取り出す。

 いかにも用意してきた感を出すために、少し時間を潰してから、ビスケの下へ戻る。


「お待たせ。これでいいかな」


 炉に向かい真剣な表情をしているビスケに声をかける。


「はい。大丈夫です」

「じゃあ、頑張って」


 振り向いたビスケだが、ガチガチに緊張している。


「なあ、ビスケ」

「はっ、はいっ」

「別に、上手く作ろうとか思わなくていいからな」

「えっ」

「セレス様への思いを神像という形にするだけだ。作る時はセレス様のことだけ考えればいい。俺が神像を作る時はそうしているよ」

「はいっ! アドバイスありがとうございます」

「俺が見てると緊張しちゃうだろうから、あっちに行ってるね。終わったら、声かけてね」

「はいっ! 頑張りますッ!!!」


 俺は工房を離れ、店舗部分へ向かう。

 椅子に腰掛け、ぬるくなったグリーンティーをすすリながら、ビスケのことを考える。


 年齢は俺より2つか、3つ上くらい。

 ラビット・スタイルのツインテールのせいか、コロコロと変わる表情とストレートな感情変化のせいか、年齢よりも幼く見える。

 少し会話しただけなのだが、俺は彼女という人間を気に入っていた。


 もし、これが全て演技だとしたら、スゴいものだ。

 だけど、俺はカーチャンや他の師匠達の下で、さんざん嘘を見破る修行を積まされた。

 その俺から見て、彼女が嘘をついたり、演技をしている様には思えない。


 多分、彼女は俺が満足する作品を作り上げるだろう。

 となると問題はニーシャだ。

 彼女がビスケをどう判断するか?


 ニーシャはビスケの弟子入りを認めるだろう。

 なぜなら――。


「ただいま〜」

「お帰り」


 ニーシャが帰って来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ