103 弟子志願
「そこの椅子に座ってくれ。飲み物なにかリクエストあるか?」
「じゃあ、火酒で」
「調子のんな。ほら、グリーンティーだ」
「えー」
火酒は『竜の泪』ほどではないが、十分に強いお酒だ。
いきなり訪ねてきて、リクエストするようなものじゃない。
俺は少女のリクエストはガン無視で、お茶を出した。
「これはこれで美味しいですね」
ふーふーしながら飲んでいる少女は満更でもなさそうだ。
「それで、なんの用だ?」
俺が問いかけると、少女は居住まいを正し、真剣な態度に切り替わった。
「私はビスケ・ガーネットと申します」
「ほう、貴族さんか」
この国で姓を持つのは王族と貴族だけ。
この面白少女も貴族の一員。
普通だったら、さっきの一件で大問題になったのだろうが、ビスケは貴族という肩書を振りかざすタイプではなさそうだ。
「とはいえ、貧乏貴族の末娘なんでそこら辺は察して頂いて、普通に接していただければと思います」
「ああ、分かった。それで?」
「あなたはノヴァエラ商会のアルさんですよね?」
「ああ」
「セレス教会のあのガラス神像を作ったアルさんですよね」
「ああ、そうだ」
「お願いします。私を弟子にして下さい」
ビスケは深々と頭を下げる。
さて、どうしたもんか……。
まずは、動機を訊いてみよう。
「まあ、顔上げてよ」
「はい」
「なんで、また、俺の弟子に?」
「夢のお告げでセレス様がおっしゃったのです。『教会の神像を見に行きなさい』と」
「ほう」
「それで行ってみたら、アルさん作の神像があるじゃないですか。それを見た途端、涙が止まらなくなって、信仰とはこういうものかと思ったのです」
話しながら、ビスケは少し涙ぐんでいる。
「私はしがないガラス工です。ですが、セレス様のお告げは、『アルさんのもとで神像作りに励め』ということだと解釈しました。どうか、私を弟子にして下さい」
ビスケの話が本当なら、セレスさんが俺を助けるために彼女を寄越したのだろう。
だとしたら、俺としては彼女を雇うべきなんだろうが……。
「話は分かった。弟子入りする前に2つテストがある」
「はい、なんでしょう」
ビスケは真剣な表情で俺の話に耳を傾ける。
「まず、ひとつ。本当に神像作りの素質があるか、実際に作ってもらう」
「はい」
「そして、もうひとつなんだけど、ノヴァエラ商会は俺ともう一人のパートナーで成り立っている商会だ。だから、そのパートナーの了承が必要だ」
「分かりました。頑張ってみますぅ」
ビスケの表情はやる気に満ち溢れていた。
「じゃあ、早速だけど、実際に神像を作ってもらおうか?」
「はい」
「道具は?」
「はい。ちゃんと持ってきてます」
ビスケは肩掛けバッグを見せつける。
「それじゃあ、工房に移動しようか」
「はいっ!」
元気たっぷりなビスケ。
悪い子じゃあないな。
「なんですかっ! これはッ!?!?!?」
工房に入るなり絶叫するビスケ。
そういえば、神像を作っている途中で、全力で加護を付与しようとして、意識を失っちゃったんだった。
「ああ、それ、さっき作ってたんだ。加護を付与する最中に倒れちゃったけど」
俺の話が耳に入っているのか、ビスケは神像にすがりつくようにして、手を組んで祈りを捧げている。
そして、その目からは涙が止めなく溢れている。
セレス教会司祭長のアンナさんも俺の像を見て、涙を流していたが、これが一般的な信者の反応なんだろうか?
俺の場合、セレスさんを敬愛しているけど、信仰とはちょっと違うしな。
セレスさんは「信仰には色々かたちがあるんですよ」って言ってたけど。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです〜〜〜」
ビスケは涙で顔中くしゃくしゃにしている。
こんな状態で神像づくりなんか出来るのだろうか?
「こんな素晴らしい神像を見せられたら、恥ずかしくて私の作品なんて見せられません」
「別に、これと張り合えとは言わないよ。ビスケのセレス様への信仰を見せてくれればいいだけだから」
ビスケは俺の言葉に黙りこむ。
涙を拭い、表情を新たにする。
「はいっ。では、不肖ながらも、頑張らせていただきますぅ」
切り替えが早いというか、気分がコロコロ変わるというか、見ていて飽きない存在だ。
「道具はあるって言ってたけど、さすがに材料は持ち歩いていないよね」
「はい、そうですね、お借りできれば」
「ちょっと待ってて、支度してくるから。どれくらい必要?」
「そんな大きい物は作れないので、10センチくらいの像を作ろうと思ってます」
「わかった。ちょっと材料取ってくるから、炉の温度管理しておいて」
俺は炉に火をいれ、ビスケから離れる。
彼女の死角になる位置まで行き、【虚空庫】から材料を取り出す。
いかにも用意してきた感を出すために、少し時間を潰してから、ビスケの下へ戻る。
「お待たせ。これでいいかな」
炉に向かい真剣な表情をしているビスケに声をかける。
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、頑張って」
振り向いたビスケだが、ガチガチに緊張している。
「なあ、ビスケ」
「はっ、はいっ」
「別に、上手く作ろうとか思わなくていいからな」
「えっ」
「セレス様への思いを神像という形にするだけだ。作る時はセレス様のことだけ考えればいい。俺が神像を作る時はそうしているよ」
「はいっ! アドバイスありがとうございます」
「俺が見てると緊張しちゃうだろうから、あっちに行ってるね。終わったら、声かけてね」
「はいっ! 頑張りますッ!!!」
俺は工房を離れ、店舗部分へ向かう。
椅子に腰掛け、ぬるくなったグリーンティーをすすリながら、ビスケのことを考える。
年齢は俺より2つか、3つ上くらい。
ラビット・スタイルのツインテールのせいか、コロコロと変わる表情とストレートな感情変化のせいか、年齢よりも幼く見える。
少し会話しただけなのだが、俺は彼女という人間を気に入っていた。
もし、これが全て演技だとしたら、スゴいものだ。
だけど、俺はカーチャンや他の師匠達の下で、さんざん嘘を見破る修行を積まされた。
その俺から見て、彼女が嘘をついたり、演技をしている様には思えない。
多分、彼女は俺が満足する作品を作り上げるだろう。
となると問題はニーシャだ。
彼女がビスケをどう判断するか?
ニーシャはビスケの弟子入りを認めるだろう。
なぜなら――。
「ただいま〜」
「お帰り」
ニーシャが帰って来た。




