102 神像
ニーシャの鑑定講座が終わった後、慣れない脳みそを使った俺は仮眠を取ることにした。
起き出したのは正午過ぎ。
ニーシャはすでにどこかへ外出していた。
「18時には戻る」との書き置きを残して。
「さて、どうしようか」
昼食にカカーゲソヴァをすすりながら、俺は考える。
ダンジョン周回は飽きた。
昨晩から杖作りに没頭して、あらためて物づくりの楽しさを実感した俺は、ちょっと周回が面倒くさくなったのだ。
しばらくは早朝4時からの3周くらいでいいかな。
オイルのストックも十分貯まったし。
開店までにある程度の武器を揃え、鍛冶スキルも上げておきたい。
近々ファンドーラ武具店のリンドワースさんのもとで修行する予定だから、武器づくりはその後でもいいな。
ポーション作りも、しばらくは遠慮したいってほどやり尽くしたしなあ。
となると目玉の遺物探しだけど……。
今日は、ダンジョンの深層に潜ろうって気分にもなれない。
うーん、なにか作りたいなあ。
できれば店の役に立つもので。
そうだっ!
いいものを思いついた。
神像づくりだっ!
店の入口に置く1メートルほどの高さの神像を作ろう。
これは元々開店までに作るつもりだったし、今日の午後いっぱいかかるだろうから、時間的にも丁度いいだろう。
「よしっ、やるぞっ!」
漲ってきたやる気とともに階段を下り、工房へ向かう。
炉に火をともし、炎の動きと魔力の流れを感知しながら、適温である1,500度になるように調節する。
それと同時に、炉が温まるまでの間に素材の準備をする。
今回は、材料のガラス作りから始める。
ポーション容器やらを作った時の残りのガラスはあるのだが、神聖な神像づくりだ。
残り物を使うのではなく、一から作り出すのが正しいように思える。
俺はガラス作りの3つを材料を【虚空庫】から取り出し、混ぜあわせていく。
3つの材料とは珪砂、石灰石、ソディア灰だ。
最初の2つは自然に存在する石で、最後のソディア灰はソディアという水棲モンスターの骨を焼いてできるものだ。
どれも必需品なので、トン単位でもってきている。
今までポーション容器やら神像作りやらで多少使ったけど、誤差の範囲だ。
3つの素材を寸胴鍋で混ぜ合わせる。
1メートルの像を作るためなので、その材料も大量になる。
よし。材料も混ざったし、炉の温度もバッチシだ。
炉の温度が下がらないように、混ぜ合わせた材料を少しずつ炉に入れてドロドロにしていく。
全ての材料を投入し終え、ドロドロの大きな塊が出来上がる。
なんとなく人型になるように炉の中で形を整え、それを取り出す。
ここからは時間との勝負だ。ガラスが冷めきる前に大体の形を整えておきたい。
まずは取り出したガラス塊を【飛翔】で空中に浮かす。
そして、赤熱しているドロドロのガラス塊を【空圧】で大まかに変形させていく。
これで大体の形を定めるのだ。
今回も冷える前に大体の形を定めることが出来た。
そして、細部まで丁寧に【空圧】と【空斬】で整えていく。
セレスさんの表情や髪の流れなどは特の気合を入れて整形する。
仕上げは錬成魔法の【硬質化】で固くする。こうすれば、普通のガラスとは違って、ちょっとやそっとじゃあ傷つかない硬質ガラスに変容する。
「よし、出来上がった」
今回は念を入れたのと、像のサイズが大きいことで、2時間以上も時間がかかってしまった。
しかし、そのおかげで、自分でも満足のいく出来栄えとなった。
セレスさんの神格が伝わってくるような、優しげな作品が出来たと思う。
後は加護を付与するだけだが……。
これくらいのサイズに付与するとなると、魔力はどうなるのだろうか?
前回は20センチほどのサイズの像2体に全力で魔力を注いだら、魔力が枯渇するほどだった。
今回は1体ではあるが、大きさはこの前のと比べ物にならない1メートルだ。
俺の魔力は保つんだろうか?
疑問はあるが、やってみなきゃ分からない。
俺は慎重に少しずつ魔力を像に流し込んでいく。
頭の中にセレスさんを思い浮かべる。
流れ込んでいく魔力が像と交わっていき、俺はセレスさんと一体化したような幸福な感覚で満たされていく。
魔力を上げるに従って、その幸福感も強まっていく。
幸福の絶頂の中で、俺は意識を手放した――。
◇◆◇◆◇◆◇
「ピンポーンピンポーンピンポーン」
チャイムの連打音で俺は目を覚ました。
状況を確認する。
俺は倒れていたようだ。
すぐ近くに1メートルのセレスさん像がある。
どうやら、この像に加護付与しようとして、魔力枯渇状態になったのだろう。
俺の全魔力を吸い上げたこの像。ちゃんと加護は付与できたのだろうか?
魔力枯渇後の倦怠感が酷い、俺は【虚空庫】から上級マナポーションを取り出して、一気に煽る。
これで多少はマシになる。
そう思っていると、再び――。
「ピンポーンピンポーンピンポーン」
チャイムを鳴らすなら、ニーシャじゃない。
誰か客だろうか。チラシを見た気の早い客がやってきたのだろうか?
「はーい、今出ますよ」
気分は最悪だが、出ないわけにはいかないだろう。
俺がドアを外に向かって開けると――。
「いてっ」
誰かがドアに頭をぶつけ、その勢いで倒れ込んだようだ。
「なにやってんだ?」
「あいたたた」
そこには尻餅をついた女がいた。
「大丈夫か?」
女はおでこをさすっている。
「それでどうしたんだ?」
「いや、返事がないから、どうしたのかなって、ドアに近づいたら、いきなり開いちゃって、びっくりなわけですよ」
地べたに座り込んだまま、女は言い訳をする。
俺より2、3歳くらい年上の女性だ。
灰色の髪をツインテール――頭の高い位置からテールが出ているラビット・スタイルだ――にし、好奇心旺盛そうな目をぱちくりさせている。
「アホか?」
「アホじゃないですぅ」
体調が最悪なコンディションなせいで、ついキツくあたってしまったけど、ほっぺたを膨らませて怒ってますアピールを見せつけられると、思わず和んでしまった。
「悪かったな、急に開けてしまって」
「いえ、こちらも不注意で」
「それより、いいのか?」
「なにがです?」
「その体勢。丸見えだぞ」
座り込んだ彼女のスカートがめくれ、水玉模様の可愛らしい下着が丸見えだ。
ミニスカートから流れる素足も色っぽい。
「キャッ、エッチ」
少女は慌ててスカートを直すが、その表情は羞恥で真っ赤っかだった。
「いや、俺は悪くないだろ」
「そんなことないですぅ。人のパンツ覗き見るのはスケベさんに決まってますぅ」
「すまんすまん。俺が悪かったよ」
まあ、それほどの勢いでドアと激突したわけじゃなかったから、おでこに小さなたんこぶが出来たくらい。
「ほらよ、【回復】――」
自分にちょっとは責任のある傷を見ながら会話するの精神的に良くない。
俺が謝り、【回復】をかけてやると女性は途端に機嫌が良くなり、ニヘラと笑顔を弾けさせる。
精神年齢は見た目より低いのかも知れない。
今まで出会ったことないタイプの彼女に俺はちょっと興味を持った。
「とりあえず、ここで話すのもなんだ。中に入るぞ」
俺が手を差し伸べると、
「ありがとうございますぅ」
と彼女は返してきた。
さっきまでプンプンしてたのが嘘みたいだ。
感情の切り替わりが激しい子だな。
そう思いながら、俺は彼女を店内に招き入れた――。




