10 ポーション屋
しばらく街中を歩きまわり、立ち並ぶ店々の中から何軒かのポーション屋を見つけた。
スティラからは表通りに面した店での売却を強く勧められたが、結局俺は表通りから入り込んだ薄汚れた通りにあった、こじんまりとした店に入ることに決めた。
表通りにもポーション屋はあったが、大きくて立派な店構えをしたところよりも、色んな薬品の匂いが混ざり合い、槌を振るう音が響いてくるこの裏通りにある店の方が雰囲気があって、俺の好みに合っていたからだ。
ギイギイと軋む木戸を押し開けて店内に踏み入ると、不躾な中年店主の睨むような視線が俺を捉えた。
「なんだ、小僧。ここはお前みたいなのが冷やかしに来るような場所じゃないぞ」
「いや、ちょっとポーション容器を買いたいと思って」
もっともらしい理由を告げながら、店内を見回した。
狭い店内にはポーション作成に必要な器具や素材が所狭しと置かれている。
その他にも、ポーション類や高価そうなものは、客の手が届かないようカウンター奥の棚に並べられていた。
俺以外にもフードを被った客がひとり、商品を手にとって眺めていた。
「なら、それだ。1個100ゴル」
フンッと鼻を鳴らしながら、ポーション容器を指差す店主の顔を、俺はジッと凝視した――なるほど。
「なんだ。買わないんなら、とっとと出てけ」
「…………いや。それと薬草の買い取りも頼みたいのだが」
背負い袋からダイコーン草をひとつ取り出して、店主に見せる。
「ケッ。そんなゴミクズひとつ出されても値段なんか付けれるか。あるだけ出してみろ、ひと山幾らで買い取ってやる」
「全部で10株あるけど」
【虚空庫】には、ダイコーン草が山のように入っている。
だが、【虚空庫】はあまり大っぴらにしないほうが良いとセレスさんに言われたから、俺はカモフラージュ用に背負い袋も持ち歩くことにしていた。
背負い袋に入っているのは必要最小限のものだけだ。
「だったら、まとめて50ゴルだ。ポーション容器を買うなら、60ゴルにしてやる。ほら、さっさと40ゴル出しな」
「おいおい。そりゃないだろ――」
店内で商品を物色していたフードを被った客が俺と店主のやり取りに口を挟んできた。
「なんだお前、関係ない奴が口出しするんじゃない」
憤慨した店主が言い返したが、フード姿の客は気にせせず続ける。
「容器の値段もボッタクリ価格だけど、オノボリサン相手とすれば、まあ、許容範囲内だ。けどなあ、ダイコーン草の買取価格――それは買い叩きすぎだろ。いくらなんでもヒドすぎる」
「適当なこと言いやがって。おい、小僧、こんな奴に騙されるなよ」
「適当だ? そんな上質なダイコーン草なら、オレだったら1株20ゴルで買い取るぞ」
「えーい、黙れ黙れ。商売の邪魔するなら、とっとと出ていきやがれー」
店主は激高し、フード客に掴みかからん勢いだった。
「言われなくて、こっちから出てくわ。こんなアコギなボッタクリ店。まったく、商人の風上にも置けん!! ニーサン、あんたもこんなの相手にするだけ時間のムダだぞ」
フード客は扉を激しく叩きつけるようにして店を出て行った。
「クソっ!!」
忌々しげに、椅子を蹴りつけた店主がボヤくように口を開いた。
「まったく、ひどい嫌がらせだ。ああやって言いがかりつけて、人の商売ジャマしやがって。あんな奴に騙されるんじゃないぞ、小僧」
「騙される?」
「ああいう輩は最初に都合が良いことを言って信用させて、後から羽まで毟っていく、一番タチの悪い手合いだ」
「ああ、なるほど……」
「だいたい、フードで顔を隠した素性もしれない輩と、ここで20年以上店を構えてる俺と、どっちが信用できるか、比べるまでもないわ。なあ、小僧?」
「そうだな」
「アヤも付いちまったことだし、30ゴルに負けてやるから、とっとと買って帰りな」
「ああ」
どっちが信用できるか――比べるまでもないな。
「ジャマしたな、オッサン」
「ちょっ、まてっ!」
引き留めようとする店主を尻目に、さっさとダイコーン草を仕舞った俺はオッサンに背を向ける。
「二度と来るんじゃねえ、このクソッタレっ!」というオッサンの負け惜しみを背に受けながら、俺は店を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇
ポーション屋を出て歩き始めたところで、横から声をかけられた。
「どうだった?」
さっきのフード姿の客だった。
俺より頭ひとつ低く、細身で小柄な身体。
フードに隠れて顔ははっきりしないが、その低い声から察するに20代の男性だろうか。
先ほどの店主との堂に入った遣り合いと度胸からも、駆け出しの若者ではないように思える。
「フード姿の素性も分からない奴の言葉を信じるのか、って言われたな」
「なっ!?」
「それに、ああいう輩は一度信用させてから、羽まで毟ってく、一番タチが悪い手合い、とも言ってたな」
「くっ……」
「終いには、30ゴルに負けてやる、だってよ」
「ニーサン、まさかっ?」
「最初からあそこで売る気はなかったからな」
「ホッ。いらぬ世話だったようだな」
俺の言葉に安心したようで、自嘲気味にそう漏らした。
「いや、面白いやり取りだったよ。感謝している」
「そうか。そう言ってもらえればなによりだ。つーか、ニーサン、この後は暇か? 立ち話もなんだし、オススメの店があるから、夕食にはちょっと早いけど食事しながら話でもどうだい?」
これで連れて行かれた先がボッタクリ飲食店だったら笑えない話だけど……嘘をついているようには見えなかった。
「ああ、世話になったことだし、こっちこそよろしく頼むよ」
「あ、そうそう。遅くなったけど、ウチの名前はニーシャ。よろしくな」
今までとは違う、高い声――。
握手を求め右手をこちらに伸ばしながら、反対の手でフードを捲ったその下から現れたのは、俺よりも年下に見える可愛らしい女の子だった。
「俺はアルべ……アルだ。こ、こちらこそよろしく」
動揺しながらも、俺も右手を差し出した。
握ったその手は小さくて柔らかい、間違いなく少女のものだった――。