死の香り
〜20年前〜
ジモンゼル・パラド・アルメトラーナは王族にして剣士だ。
だが、歳は今年で50になる。
王族特有の銀髪は、白髪に変わった。
周囲は未だ変わらず、ジモンゼルの強さを讃えてくれるが、ジモンゼル本人には分かっていた。
現役はとうの昔に過ぎ去り、ジモンゼルが剣士として役に立つ事は、もうないのだと。
ジモンゼルは王ではない。王の双子の弟だ。
王族の双子は忌み嫌われる。
どちらを王にするかで派閥を生み、争いの火種となるからだ。
弟の方を、幼い内に殺してしまうというのもよくある話だ。
だが、ジモンゼルは育てられた。
それは父である前国王を筆頭に大臣たちも含めて、心優しく愛に溢れた者が多かったからだ。
元々賢かったジモンゼルは、早い内からその事を理解し、国の為に生きたいと願うようになった。
そんなジモンゼルだから、派閥争いを避ける為に政治の世界から身を引き、戦いの場に身を投じる様になったのも、自然な成り行きといえた。
幸い、ジモンゼルは剣と魔法、両方の才能に優れていたのだ。
だが、それでもジモンゼルは王族であるから、一兵士として死ぬ事は許されない。
ジモンゼルは兄である王が死んだ際には、変わりに王にならねばならない。
言い方は悪いが、王のスペアである事をジモンゼルは承知していた。
だが1月前、王に待望の子供が生まれた。
女の子だった。
例え女でも、王の子供だ。
ジモンゼルは、スペアとしての自分の役割が終わった事を知った。
そんなある日、最悪の魔物が王都アルメトラーナに侵攻しているとの知らせが入る。
ここが死に場所だとジモンゼルは悟った。
敵は最悪の魔物と名高いデッドリースライム。
全身が緑色をしたゼリー状の山のごとき大きさの魔物。
その体は酸性で、触れたものを瞬時に溶かして取り込む。
さらに、取り込んだ生き物の特性を持った分身体を生み出し続ける。
対処方法はーーーーなし。
負け戦だった。
だが、ジモンゼルはデッドリースライムの討伐に志願し、僅か100名の兵士を連れて戦場に赴いた。
アルメトラーナの住民が逃げる時間を稼ぐ為に。
「ジモンゼル様、我々は光栄です。貴方様と共に栄誉ある死を迎えられるのですから」
デッドリースライムの元へ向かう道すがら、兵士長がジモンゼルへ言う。
その顔には、覚悟と悲しみが浮かんでいた。
「・・・ニコル兵士長、君には確か子供がいたね。何歳になるのかな?」
「は・・・?こ、今年で5つになります」
「そうか、今が一番可愛い時期だろう。私には子供はいないが、こないだ生まれた姪を見ていると、可愛くてたまらないからね。分かるよ」
「ソフィア王女様ですか」
「ああ、本当に可愛いんだ。そうだ、兄に言って、今度ソフィアに合わせてあげよう。驚くぞ、お人形さんみたいだからな。その時には、ぜひ私にもニコル兵士長のお子さんを見せてくれないか?」
「・・・っ!ずるいです。覚悟を決めてきたのに、そんな約束をしてしまったら、死ねなくなってしまうじゃないですか」
「その通りだ。だから・・・生きて、帰るぞ」
「はい・・・」
ジモンゼルは嘘を付いた。
兵士長を含めた100名の兵士を生還させようと思ってはいる。
が、そこにジモンゼル自身は含まれていなかった。
「ぎゃぁああーーーー!!!」
突如、悲鳴がこだました。
「っ!何が起こっている!状況報告!」
兵士の1人が駆け寄ってくる。
「報告します!空より、スライムが降ってきました!デッドリースライムの分身体と思われます!」
「はあっ!?空からスライムが降って来るだと?何を馬鹿な事を・・・」
ドンっと、大きな音を立てて、近くに何かが落ちる音がした。
そして響き渡る悲鳴。
見れば、オオカミ型のスライムが兵士を溶かしているところだった。
周囲の兵士が剣を突き刺し、炎や風の魔法をぶつけるがまるで効いていない。
「馬鹿な・・・」
空を見上げる。そこには無数の鳥が飛んでいた。
何匹かはオオカミ型のスライムを掴んでいる。
「まさか、あの鳥、スライムなのか・・・っ!マズい!!!退避!退避だ!!」
ジモンゼルの声は遅すぎた。
鳥型のスライムは一斉にオオカミスライムを離し、次々とスライムの雨を降らせる。
そして、スライムの内の1体はジモンゼルに向かって降って来た。
「ジモンゼル様!危ない!!」
ジモンゼルは突き飛ばされた。
地面を転がり、慌てて顔を上げる。
「あ、あぁ・・・」
ジモンゼルの喉からは、掠れた声しか出てこない。
「た、助けてください!ジモンゼル様!ジモンゼルさまぁああァアァアアア!!!」
ジモンゼルがさっきまでいたその場所でニコル兵士長はスライムに体を溶かされていた。
見る間に皮膚は溶けて爛れて骨をむき出しにする。
そしてやがて、骨も溶けてなくなった。
余りにも呆気ない死だった。
「くそっ!」
ジモンゼルは怒りのまま、剣をニコル兵士長を溶かしたスライムに突き刺した。
だが、スライムに効いた様子がまるでない。
それどころか、剣を伝ってジモンゼルを溶かそうと、体を這わせて伸びてくる。
咄嗟に剣を離したが、スライムの一部が腕にかすった。
自分の体が溶ける匂いがジモンゼルの鼻に届き、吐き気がこみ上げて来る。
もうダメだと思った。
「あちゃ〜、遅かったか」
ジモンゼルの目の前で、スライムは細切れになった。
「お、新作のトレーススーツはかなり使えそうだな」
黒い鎧に身を包んだ男だった。
顔まで兜に覆われているので、どんな男なのかは分からない。
大剣を肩に担ぎ、ジモンゼルに近づいて来る。
「お、お前は・・・」
ジモンゼルが聞くと、男は兜の前をグイと上げて、顔を見せた。
「俺は破天竜馬。お前らの救世主だ」
いきなり新キャラの過去編ですみません。
しかも、またおっさん。
おっさんと子供しか登場してないですね^^;
その内ヒロインとか出る予定なんで、もう暫くお待ち下さい!