残酷の骸
ある小国に生まれた姫君のお話。
終盤、残酷な描写がありますので
苦手な方はバックアップ、
お読みになられる方はご注意を払いながら、お進み下さい。
私は、何をしているのだろう。
此方に迫る、錆びた漆黒の棒をただ、
両手を掴み此方へ来る棒を圧している。
全身の力を精魂に込めて、
まるで誰かの首を締める様に掴み、威圧的をかける、
それを圧して圧して、圧し続けて、圧し続けた。
棒はかなり重い。
私の体重では足りたいくらいのは確実。
序でに申せば、棒は私の背丈よりも随分と高かった。
見上げれば、虚空に飛び越える程。
まあ、そんな事はどうでもよいが。
私が首を締める様に
掴み圧している棒は、此方へ進もうとするばかり。
私はそれを抗う様に、自分の背丈や体重よりも高く重い棒をただ圧しているだけだ。
(しんどい。煩わしい)
抗う私と対して、棒は進みたがる。
それを圧しては、私は進みを阻もうとしている。
自分でもどうしてこうしているのか、分からない。
ただ。理由は一つ。
(煩わしいんだ。あなたが止まれば、私も終わる)
私の思考、眼中には
この漆黒の棒を止める事しかない。
この棒に動かれ続ければ、私も息をし続ける事になる。
それをいつしか、煩わしく思う私がいた。
私の名は、ハリス・リンネ・タイムクロックと謂う。
20年前、ある小国の第一皇女として、生を受けた。
王族の姫君、国王夫妻の第一皇女として生まれた私。
王族に初めて生まれた世継ぎとしては、様々な期待がかけられた反面、私は、どこかで疎まれていた。
理由はある。
ちゃんとした理由として成り立つ、それは。
私は、双子だった。
私には、双子の兄がいた。
けれど出生の際の事故により、
兄は生を受けて間も無く亡くなった。
兄の死が伝わると、周りは悲しみに包まれた。
男尊女卑を強いこの国では
皇女より、皇子を欲しがる。
『皇女が亡くなればよかったのだ』
『生きるのは皇子でよかったのに、何故子女が…………』
『あの子女が、皇子を殺したのではないか』
大人は、周りは、意図も簡単に好き勝手言いたがる。
大人は大人の世界でしか話は伝わり、木霊しないとでも解釈している。
本当は大人が思っているより、
子供の心は、大人には最も過敏で伝わり易い。
そして大人の感情に純粋無垢な子供は苛まれ、洗脳し易いというのに。
しかし子供の感情なんて、大人にはどうでもいい。
私は小国の第一皇女と祝福されながらも同時に軽蔑された。
皇子を殺した『罪ある子女』だと。
私達の生まれた際の事故により、母____王妃は子供が望めない体となった。
それも原因として拍車をかける。
軽蔑というものは、私の人生に、憑依の様に付き纏うのだけれど。
『あの子女は、生まれながらの罪を宿した子だ』
王宮内では、そんな噂で包まれていた。
私は“第一皇女”としてではなく、“罪ある子女”として
扱われては大臣や殿下、使用人には白い目の眼差しで見られ続け、両親である国王夫妻からは哀れみの眼差しで、
私は腫れ物に触る様に大事に育てられた。
加えて
私は父親である国王に、こう命じられた。
『第一皇女、
ハリス・リンネ・タイムクロックには、生涯を通じて、外界へ出る事を禁ずる』
それは、私の運命。
生まれて間も無くそう命令が下され、
私は王宮から出る事を一切禁じられた。
理由は、王妃が子供が望めなくなった体により、
私に身の危険や殺められた際には、この国の継ぐ者、
血族者は居なくなってしまう。
王宮では、罪ある子女と疎まれていても、
この国の世継ぎとして生まれたのは、第一皇女の私しかいないのだから。
もう一つ。
この盟約を聞いた王宮の人々は、『罪のある子女』を
外で罪をばら蒔かない様に、と嘲笑っていたらしい。
私が居なくなれば、国は終わる。
それを恐れた両親、大臣達に私を外を出さぬ様に
私は“王宮の姫君”としてだけ生きる事を命じられた。
王宮の中央には、大きな時計がある。
それは、かなり昔に、
国が建てられ、王宮が建てられた記念として建てられたものであるとか。
時を刻む針は、建設にされ動き始めてから一度も止まった事がないらしい。
不思議なものだ。
この国が建てられてから、この時計は休む暇もなく動き続けたまま。
ただ私が言えるのは、この時計も国の一部であり、異様な存在感を放っていること。
王宮の城内にある時計を見かけては、
私はいつしかぼんやりとそれを見詰める様になった。
カチカチ、とただ進む秒針。
それは、止まらない。
惹き込まれぼんやりと見詰めてしまうのは、単なる私の癖か、
それともこの年力を重ねた魅力なのか。
理由は、分からない。
『罪ある子女ももう、20歳になるのか』
『今の王族に血縁者はあの娘しかいないから、あの娘がこの国を継ぐのか……』
『罪あるものが、国を治める人間なるとは、悲観するしかないな』
小言ではない。
聞こえよがしに、通りすがりの大臣が話している。
私が大人に近付くのにつれて、大臣達は嫌味をあからさまの様に伝わる様に話す様になった。
王族の会議は終わった筈。
国王がいない部屋で、遠慮もなく大臣達が井戸端会議を繰り返しては、容赦なく私を嗤う。
ドアの前で、
呆然と立ち尽くし聞いている姫君の存在を知らずに。
ハリスが疎まれている事は、とっくに気付いていた。
(………解ってる。解ってる、私は嗤われる立場よ)
兄が亡くなってしまったのは、事故だ。
ハリスだって、仮死状態の命が危うい状態で生まれてきた。
本来ならば皇女の誕生は責められるのではなく、
寧ろ助かった王族の血縁者を安堵を覚えるべきだろう。
けれど錆びた漆黒の毒の現実は、そうは受け止めない。
19とも成れば周りの雑音や汚い穢れた現実も、
自分自身の生い立ちや立場も解る年頃だろう。
もっとも、
幼き頃から大臣達が私の話を持ち出す事が疑問だった。
けれどそれは成長してゆく心が、呆気なく意図も簡単に答えを出してくれた。
私は、穢れた子。
皇子を殺め生き残った魔性の罪深き女。
何かを煙たがる眼差しの意味が無いものではないだろう。
その“自分自身に向けられている意味”を知った瞬間、
ハリスは永遠の絶望に落とされた。
両親は無償の、
綺麗なものを見せては大事にしてくれるけれど
父親はエゴで私を王宮から外界の話は教えてくれないし、
母親は、とても申し訳なさそうな顔をする。
(嫌い)
いつしか。
いつしか、私は王宮が嫌いになった。
穢れた罪ある皇女として扱われない自分自身も境遇にも
絶望した。
私は、ぼんやりと時計盤を見詰めている。
不思議な事に、この時計を見詰めている時はぼんやりと無に、何も考えられずにいられた。
これは依存に近いか。
草木が寝静まった夜中に、こっそり部屋を抜け出しては
私は闇の中で時計盤を見詰める。
漆黒の闇の中で響き動く秒針。
この時計が、軸が動いている。休みもせずに。戻る事もなく。
(この秒針が止まればいいのに)
時なんて、止まってしまえ。
そうしたら、どれだけ自分自身は救われるだろうか。
精神が衰弱したハリスは、光を失った絶望の目で時計を、
秒針を見詰めて、やがて。
羅針盤は、秒針は、もうじき零時に差しかかる所だった。
(_______止めてしまいたい)
気付いたら、体が先に動いていた。
硝子もない時計盤は直に触れられる。
時計盤の淵に立つと漆黒の秒針を見上げ、そして迫る秒針を掴んだ。
(生きていても、苦しいだけ)
(誰も責められない。私も、周りも)
この頃のハリスは、
周りの不信感から完全に心を閉ざし、殻に閉じ籠っていた。
夜も眠れなくなり、部屋から出られなくなったのも
もう遠い昔に感じる。
(お兄様。私、そちらに行きたい)
その端正な顔立ちに広がるのは、正気を無くした笑み。
迫り来る秒針は、思っていたより重かった。
首を締める様に、両手でそれを掴み抗う様に圧し上げていく。
華奢なハリスと重たい秒針には敵わないが、ハリスの心は無情だった。
全身の血管が切れる程の力を込めて、時を進むのを抗う。
痛みなんて関係ない。時が止まれば、とは思うが
こんな無意味な事をしても無駄だと解っている。
でも、止められない。
「あ、」
手が悲鳴を上げて、
ハリスの圧迫から解放された秒針は、ハリスの頭上に直撃した。
その刹那。
捨てられた人形の様に、ハリスの体は時計盤から
投げ出され、頭からは赤い血が吹き出した。
ばたりと、床に投げ出されたハリスは
息も絶え絶えに呼吸をしている。
その間にも、床に広がっていくのは、赤い血、血だまり。
薄れていく意識の感覚。
漆黒の闇を見詰めながらハリスは、あはは、と嗤った。
もっと早くこうするべきだった。
周りに散々、蹴散らす様に嗤われたらのなら、自分自身でも嗤ってやろう。
この穢れた罪を抱いたこの身を、運命を------。
翌朝、時計盤の前で見つけられたのは
悲惨な皇女の亡骸。生憎にもそれは、ハリスが20を迎える日だった。
周りによって、闇に染められた、
本当は
無邪気な、罪なき少女の骸---。
ご気分を悪くされた方、お詫びを申し上げます。
また復帰作ではございません。
しばらくまだ作者はお休み中となります。
復帰ではない事を、ご理解下さい。