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第二話✳︎精霊

  不慮の事故で異世界に生まれ変わった僕は、どうやら中々のお家柄らしい。

  フルネームはシャルロッタ・ブラン。ブラン伯爵家の嫡男だ。仕事に対しては厳格ではあるものの家族には甘々の父と、怒ると怖いが基本的には優しい母と、前世の推しに瓜二つの妹。家族構成はそんな感じだ。

「しかしシャルロッタね……いや普通に恥ずかしいわ!ってツッコミいれたとこでわかってくれる人誰もいないわけだが!」

  大した怪我でもなかった僕はすぐに自由の身となり、怪我をする前と同じような生活に戻るには一週間も掛からなかった。今は勉強の時間で、何を隠そう逃げ出してきたのである。

  屋敷の外の木に登り、身を隠す。眺めは最高だった。空に近い感覚がして良い。

  ちなみにだが前世の僕はインドア派だったので運動はまったく得意ではない。勿論、木登りなどしたこともなければ出来るはずもなかった。ひとえに、今生のシャルロッタが身体能力が高いということだろう。まあ確かに、剣術や槍術などの稽古はノリノリでやっていた気がする。そして勉学となるとこうして逃げていた。

  この世界には魔法というものがある。とはいえ、魔力を持つ持たないは生まれながらのもので、だいたいだが魔力を持って生まれてくるのは人口の三割にも満たない。それでも魔法は中々に身近なものではある。生活をするのに魔法を使うのは、結構あるのだ。

  折角異世界に生まれ変わったわけだが、残念ながら僕には魔力はまったくない。これに関しては鑑定済みで覆らないので本当に残念だ。逆に武術には秀でているようで、驚くくらい体はよく動く。なんというか、軽いのだ。飛べる、というか。例えばこの登っている木はビルの二階くらいの高さはあるが、この程度なら余裕でジャンプして着地出来る。

「魔法が使えれば、それこそ空とか飛べたりするのかな……」

  全力でジャンプすれば、あと何メートルかは飛べるだろう。が、跳躍するということであって空を飛ぶというのは厳密には違う。要は、浮遊してみたいのだ。

『そらとびたいのー?』

「ん?うん、そうだね」

『ろった、てつだう?』

『ぼくたち、てつだう?』

「…………ん?」

  待て待て、ここは高さ約ビルの二階ほどはあるの木の上だぞ。子供のような幼い声は耳元で聞こえたが、この屋敷にいる幼い子は妹のロゼッタと幼馴染のカグヤだけだ。あの二人はここまで登ってこれるわけがない。

  なんか、いる。なんかこう、妖精みたいなのが。いや、妖精を見たことはないから想像上のというか、イメージのそれだが。

  いつの間にか肩の上と、その側に。二人。二匹?どちらも手乗りサイズくらいの小ささで、肩の上にいる方が真っ白な猫のような見た目、その側に浮いている方が人間の姿に近いが同じく真っ白な耳と尻尾が生えている。

「えーと……誰、かな?」

『せいれい!』

『びゃっこの!』

『かぜだよ』

『ねー』

  白虎の精霊。精霊か。見たのははじめてだ。ついでに、見たことがあるという話を聞いたことも正直ない。

「おお、触れる」

  ふにふにだ。肩の猫型白虎精霊を触ると、本当に猫みたいに毛並みが良くて触り心地が良い。

「あ、でも白虎ってことは君たち虎なのか?」

『そうだよー』

「なんで姿が違うの?」

『さあー?』

『どっちもびゃっこだよ』

「そうなんだ?」

  よくわからない。が、これ以上の情報が得られる気もしない。

『ろった、そらとびたいの?』

『ぼくたち、てつだう?』

『そらとぶおてつだいなら、ぼくたちでできるよ!』

  フンス!といった感じに精霊たちは自慢気な顔をしている。なんだろう、結構可愛いな。

  魔法を使う時は確か精霊の力を借りるはずだ。正しくは、自分の魔力を精霊に注ぐことで現象を起こす、だったか。だから生まれながら魔力が高い者は強い魔法を使うことが出来るけれど、制御出来ずに暴走することもある。それにしたって精霊が姿を現わすなんて、やはり聞いたことがない。詳しくは勉強をさぼっていたからわからないが、いわゆる元素みたいなもののはずだ。空気は見えないけれど、こちらからアクションを起こせば空気にも変化が起こる。精霊とはつまり空気のようなものなのだろうと認識していたのだけれど。

「僕は魔力がないから、君たちに注げるものがないよ?」

『しってるー』

『ろったのまりょくからっぽ!』

「そうなんだよ、空っぽなんだよ」

『だからね、いっぱいあげれるの!』

『ね!』

  なるほど、わからん。

『ぼくたちはろった、すき!』

『だからてつだうー』

  とりあえず、猫二人……猫二匹?が可愛いのはわかった。いや、虎か。

「そっか、ありがとう」

  頭をなでなでしてみると、きゃあきゃあニャアニャアと嬉しそうに声をあげる。

「ロッタお兄様!」

「あ、ロゼッタ」

  可愛い妹君のお出ましである。今日も妹はとても可愛い。木の下でちょっと怒ったようにして見上げてくる顔はたいへんに可愛らしい。

「あ、ではありません。先生が怒って探してましたわ!もう、やっぱりお兄様はお兄様ですね」

「ごめん、もう戻るよ」

  十分にリフレッシュはしたし、仕方ない。勉強するかと重い腰をあげる。

  ぴょん、と枝から飛び降りる。いつも通り着地するつもりで。……が、すぐに来るはずの着地の衝撃が来ない。なんなら、景色が変わっていない。

  木の下にいるロゼッタの綺麗な目が驚愕で見開かれていた。

『ろった、そらとべた!』

『おてつだい、じょうずにできた!』

『ほめてー!』

『ほめてー!』

「……空飛んでる?」

『とんでるー!』

『すきなとこにうごけるよ』

『ほめて!』

  完全に、浮遊している、という状態だった。右へと思えば右へとふわふわ、上へと思えば上へとふわふわ、よし降りようと思えばゆっくり地面へと着地。

「ええ、と…………ありがとう、二人とも」

  お礼を言って頭をなでなですると、また嬉しそうに騒ぐ。

「お兄様、今のは……?」

「ロゼ」

「魔法では……ないようでしたし」

「白虎の精霊っていう子たちが、なんか……なんだろうね、協力してくれた」

「白虎といえば確かに風を司る精霊ですが……ロッタお兄様は精霊が見えるのですか?」

「みたいだ。さっきはじめて見て、話したんだけど。今もここにいるよ」

  肩の上にいる子の頭をなでながらそう話すも、ロゼッタには見えていないようだった。ロゼッタには僕と同じく魔力がないが。

「精霊が見えて、話も出来るだなんて、聞いたこともありませんわ」

「ロゼもか」

  ロゼッタは頭が良い。彼女でも知らないなら、やはり特殊な事例なのだろう。そもそも魔力を一ミリも持たない僕が魔法のようなものを使える時点でおかしい。

「カグヤ様は強大な魔力をお持ちですが、そのカグヤ様からも精霊の姿の話は聞いたことがありませんし……」

「だよなあ」

  僕も原作小説はむろん最新巻まで読了してあったが、その話は知らない。そもそもシャルロッタ、ロゼッタ兄妹を知らないし、カグヤちゃんも見た目と中身がまるで違う。やはり微妙に違う世界なのだろうか。

「まあ考えても仕方ないか。そうだ、褒めるんだったな。二人とも、お菓子食べる?クッキーがあるんだけど」

『おかし!あまいの?』

「甘くておいしいよ」

『たべるー!』

『たべる!』

「お兄様、精霊がそこにいるのですか?」

「うん、いる。クッキー食べるって」

「まあ」

  では準備をお願いしてきましょう、と出来た妹は屋敷へ戻った。なんて順応性の高い妹なのだろうか。流石だ。





  精霊にクッキーをあげる為、勉強の休憩と称してお茶も淹れてもらったわけだが。

  精霊が見えるのはどうやら僕だけのようで、ロゼッタと先生にはクッキーが浮いていて、それがじわじわとなくなっていくように見えるのだという。ポルターガイストじゃないか。

  ちなみに先生はカミヤという名前で、黒髪黒目の真面目そうな女性で、歳の話をすると怒られる。二十九歳らしい。眼鏡をくいくいと何度も直しながら、消えていくクッキーをガン見している。好奇心の塊みたいな人なので、涎を垂らしそうなほどの勢いだ。…………頭はめちゃくちゃ良いのだ、本当に。

「精霊は概念として存在しています。そのお陰で魔法を使えるのですから。ですが姿があるなど、なら精霊自体に意識があるということです?でもシャルロッタ様は魔力はないのですからカグヤ様ならわかりますが何故シャルロッタ様にあああああ何故私には見えないのかしら!!!?」

「落ち着いてくださいませ、カミヤ先生」

  自分よりものすごく年上の女性に対してなんて落ち着いた物言い。相変わらず可愛い。

  ロゼッタは前世の推しのカグヤちゃんにそっくりだ。見た目や所作、性格、言葉遣いなどがそうだ。ただ、名前と、バックホーンだけが違う。カグヤちゃんを苦しめた強い魔力はないし、それに連なる過去もない。

「魔力なら高いのはカグヤだけど、カグヤにも精霊は見えないのか?」

  もう一人の同席者に問う。真っ白な髪の、カグヤちゃんとはまるで違う見た目と性格で、同じ名前と恐らく同等の魔力を持つ幼馴染に。

「ごめんなさい、全然……。精霊には力を借りるものとは認識しているけど、精霊そのものに意識を向けたことはないし、見えたことも……」

「そうだよなあ」

『くっきーおいしーい!』

『あまいのおいしーい!』

  しかし可愛らしい。マスコット的というか。

「それにしても、ずいぶんクッキーを食べますわね。精霊さんはクッキーが好きなのかしら?」

  ふふふ、と笑みをこぼすロゼッタはたいへん可愛らしい。精霊は見えていないものの、勢いよく減っていくお菓子に、どうやら可愛い存在なのだろう認定をしたようだ。

  かくいうロゼッタも紅茶とクッキーを先ほどからもりもり食べている。

「甘いものが好きらしいよ。ロゼと一緒だな」

  よしよし、と頭をなでるとロゼッタは嬉しそうに笑顔を見せる。兄得である。

「それならわたしも精霊さんと仲良くなれたら嬉しいです」

『なれるよー!』

『ろぜったもすきー!』

『ろったとにててすきー!』

  精霊たちは可愛い妹の側をくるくると飛び回るが、クッキーを食べ終えてしまえばどこに精霊がいるかは僕しか把握出来ない。ロゼッタにも見えるようになれば、今以上に可愛いやりとりが見れそうだし、その方法はそのうち探してみるかなと思う。

「ロゼはチョコレートとかも好きそうだなあ」

「ちょ、こ、れいと?ですか?」

  聞きなじみのない単語にロゼッタは首を傾げる。頭の上にクエスチョンマークでも浮いていそうな表情は六歳の少女らしい。どんなに大人びてようが頭が良かろうが、まだまだ子供なのだ。

  原作小説でもこの世界にはチョコレートというものは出ていなかった。そんな中で何故急にチョコレートの話をしたのかといえば、原作小説の作者さんがエイプリルフール企画で『もしも現代に来たとしたら』という一日限りのお遊び小説をアップしたことがあり、それをよく覚えていたからだ。推したるカグヤちゃんはチョコレートにはまったのだ。チョコレートを頬張った時のカグヤちゃんの可愛さたるや、それはもう最高だった。

「チョコレートっていう、甘いお菓子。口に入れると段々溶けるんだ。たぶんロゼは好きだと思う」

「聞いたことのない名前のお菓子ですね!」

  ロゼッタは青い目を更にきらきらと輝かせて期待に胸を膨らませている。

『ちょこれいとー?』

『あまいの?』

『あまいのたべたい!』

  ロゼッタと精霊たちはまるで同じ反応をしている。やはり相性が良いのだろうか。

「問題は材料があるかどうかかな」

「どうしてその、ちょこれいと?っていうものを、ロッタは知っているの?」

  対して、カグヤは不思議そうに問いかけてくる。

「あー、まあ色々とね」

  流石に、前世の記憶ですとは言えない。ロゼッタはまだ見ぬチョコレートに気持ちを寄せているし、カミヤ先生は精霊が視認出来る可能性に興奮してこっちの話を聞かずに何かを一心不乱にノートに書いているし、問いかけてくるのがカグヤだけでは根掘り葉掘り聞かれることもない。僕の適当な誤魔化しに、カグヤはそうなんだねと頷くだけだった。ちょろいぞ!


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