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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
愛しいあなたへ恋文を
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ミハイルとルミカ

ミハイル・カイマン……序列六席であるハリード・カイマンの弟。長年ポート城の地下へ兄であるハリードが連れて来ていたが、コピートが発見した後、保護される事になった。現在は手厚い保護を受け、年齢相応の考え方を身に着けつつある。

 昼過ぎから城を出て、ハザク様の所に行く事になった。魔法をニルガナイトで消せるかどうか、検証する為だ。

 魔法の威力を確認する為に、実際に見た事のあるルミカを同伴させる。

 グルニア人達はミラが服従の魔法を隠す為に面会を拒む様になって以来、態度を硬化させた。姫様に会わせろの一点張りで、本人が拒んでいると説明しても納得しない。

「言う事を聞かないなら、拷問してやればいいのです。兄上は何故放っておくのですか?」

「ランバート殿に止められた。人道的じゃないとな」

 ルミカは半眼になった。

「今更上品ぶって、何の得があるのですか」

「騎士がグルニア人に拷問を加えたと知れば、暴徒化する者が出るのは確かだ。治安の面でこれから手薄になる。面倒は減らすべきだ」

 ルミカは納得行かないのだろう。不服そうな顔になった。

「仕方ないだろう。グルニア人の動向は注目されている。地下に連れて行くだけで、拷問だと言われるのは間違いない」

 しかし、中層の部屋には侍女が出入りしている。そんな場所で拷問となれば、発覚した後が怖い。……城から侍女が居なくなりそうだ。

 ルミカは、渋々反論を引っ込めた。

「ミラ姫は落ち着く先が決まりましたが、あの連中はどうするのですか?」

「まだ決まっていないが、一緒にパルネアに連れて行く事にシュルツ殿下は否定的だ」

「そうでしょうね。あいつらが側に居る限り、ミラ姫の頭には羽が生えたままでしょうから」

「それが、何とかなりそうなのだ」

 俺がセレニー様の話をすると、ルミカは目を丸くした後で言った。

「セレニー様が、あの浮いている頭から羽をむしり取ってくれると言う事ですか?」

「そうだ。シュルツ殿下がそう言う風に仕向けた。……シュルツ殿下は、本当に切れ者だな」

 シュルツ殿下はセレニー様の目をグルニアへの出征では無くミラ皇女に向けさせ、ヴィヴィアンの事を巧妙に隠した。

「あの方は、クルルス様と性質が真逆です」

「真逆?」

「口が悪いだけで、人に甘いクルルス様と違い、シュルツ殿下は優しい口調で、厳しい事を人に強要します」

 酷評だが事実だ。ルミカはその要求を呑んで無茶をした。セレニー様の政略結婚も、ポート騎士団が出征するのも……シュルツ殿下の強い意志あっての事だ。

「人に厳しくする分、自分にもとても厳しい方だから、誰も文句を言えないのです。とは言え、強い恨みを持つ者も居て、パルネアの騎士だけで守れるのか心配しています」

「それ程に敵が多いのか?」

 ルミカは頷く。

「パルネアが、八年もの不作をやり過ごせたのはシュルツ殿下あっての事です。それを理解出来ない者も居るのです」

「シュルツ殿下と親しくなったのだな」

「兄上とクルルス様程の仲ではありませんが……気が合うのは確かです」

 多分、波長が合うのだ。自分に厳しく、同じだけの厳しさを人に求める気質は、よく似ていると俺も思う。ただシュルツ殿下は王になる人だから、自分の過ちも他者の過ちも背負って進む。傷ついても立ち止まらず、血を流しながら前へと顔を上げて進んでいく。……倒れるまで。

「お前が望むなら、シュルツ殿下の元へ行ってもいいのだぞ?」

 ルミカは、苦笑して首を左右に振った。

「パルネアには殿下を支えている者達が大勢居ます。俺はそんな者達に、背を向けて逃げてしまいました」

 もう、不安定な様子は見えない。

「逃げて分かったのは、どんなに辛くてもポートからは逃げ出そうとは思わない事です。……やはり俺の帰る場所はポートです」

「そうか」

「だから兄上、俺の事は以前と同じ様に使ってください。気遣いは無用です」

 出征前に腹を括ったのは良い事だ。生半可な覚悟では、命に関わるから連れて行けないと思っていたのだ。これなら大丈夫だろう。

「分かった。頼りにしている」

 そうしている内に、ハザク様の館に到着した。警備をしているのはバロルで、俺を見て駆け寄って来た。

「ジルムート様、ご無沙汰しています」

「バロル、出征している間、ポートの事は頼んだぞ」

「お力になれる様に頑張ります!」

 バロルは城に残って、コピートの補佐をする事になっている。役人を目指していたと言うだけあって、書類仕事に強い。即戦力だ。

「ジャハルとミハイルは来ているか?」

「はい。中でお待ちです」

 俺達が通された応接室で、ハザク様、アリ先生、ミハイル、ジャハルが待っていた。

 挨拶を一通り済ませると、俺は本題を切り出した。

「ニルガナイトで魔法を無効に出来るのかを検証したいのは確かだが、ミハイル……本当にいいのか?」

 ミハイルは小さく頷いた。

「やるよ」

「無茶はするな。お前が調子を悪くしては、ハリードに顔向けできない」

「大丈夫だよ。ジルムート様」

 ミハイルは、いつの間にか俺を嫌悪して顔を背ける事が無くなった。逆に真っ直ぐに見て来る。単なる我が儘な子供の態度は鳴りを潜め、年相応に見える様になった。

 ミハイルは、俺達の予想通り魔法の適性者だった。魔法の適性とリヴァイアサンの騎士の異能の両方を受け継ぐ者など、未だかつて確認された事が無い。魔法を防げるかどうかについては、傭兵時代に経験しているジャハルに話を聞く事にしていたのだが、アリ先生がミハイルに話してしまったのだ。

 結果、ミハイルの放った魔法をルミカがニルガナイトで受け止めると言う検証実験の話になってしまった。

「お前達が助かるのだし、ミハイルも異能が小さい事を苦にせずに済む。良い事ではないか」

 アリ先生はそう言うが、俺にはアリ先生が見たかっただけにしか思えない。止めたいと思ったのだが、魔法の克服をしたいルミカまで乗り気になってしまったので、断る事が出来なくなってしまった。

 ジャハルがハザク様を背負って小さな中庭のベンチに座らせ、その隣にアリ先生が座る。俺とジャハルは、共に木陰に立ち、ミハイルとルミカを見守る事になった。

 ジャハルは複雑な顔をしている。

 ジャハルは、実際にゲオルグを見知っていた。

「真っ直ぐで気持ちの良い男でした。……傭兵団は違いましたが、同じ境遇でしたので、色々と話をする機会はありました。俺がライナスを連れてポートに戻ろうと思ったのは、ゲオルグがヴィヴィアンの為にパルネアに戻りたいと思っていた影響です」

「パルネアに?」

「ロヴィスは大国で豊かですが、自国の国籍を持たない者には風当たりがとても強いのです。国籍を得るには大金が必要です。……傭兵も若い間はいいのですが、年を取って来ると立ち行かなくなります。箔を付けて母国へ戻り安定した職を得たいと、ゲオルグは強さを求めていました」

 因果なものだ。その強さが仇となった。

「当時、ゲオルグが一番頭を悩ませていたのは、ヴィヴィアンの戸籍でした。ヴィヴィアンにはパルネアの戸籍が無かったのです。ある訳ないですよね……聞いた通りの事情なら」

 ジャハルは渋い顔をしてから続けた。

「ロヴィスは高額な戸籍の販売を国庫収入の一部に入れている国です。稼ぎの良い傭兵でも手に入れるのは大変です。ゲオルグの妹だと言う事でパルネアの大使館で戸籍を作れば良かったのですが、ゲオルグはそれを拒否していました」

 俺はその理由を瞬時に理解した。妹では結婚出来ないからだ。

「今思えば、ヴィヴィアンはセレニー様にとても似ていました」

「ルミカもそう言っていた」

「言い訳に聞こえるかも知れませんが、俺は言われるまで、大口を開けて肉に噛り付いていた少女と、ドレス姿の貴婦人が結びつきませんでした」

「気に病むな」

 皆、何処かでこうなる前に止められたのでは無いかと思っている。そんな物は感傷でしかない。分かっていても、ジャハルは過去のゲオルグとヴィヴィアンを知っているから、今の状況を受け入れ切れていない様だ。

「外すなよ?俺だけを狙え」

 ルミカの声で現実に引き戻された。

 ミハイルはルミカとの間に距離を取っていた。

「この位?」

「そうだな。俺がやられたのはその位の距離だった」

 結構遠くから当てられるのだな、と感心してその距離を測っていると、ミハイルが言った。

「俺は二日に一回しか魔法が使えないから、失敗したら明後日にして」

「外すな。俺は忙しい」

 ルミカの尊大な態度が気に食わなかったのか、ミハイルは言った。

「あんた、本当にジルムート様とクザート様の弟?」

 ルミカが冷たい視線で、作り物の笑顔を顔に張り付けて言う。

「序列三席をあんた呼ばわりか。さすがカイマン家は育ちが違うな」

 ミハイルは怒鳴って言い返した。

「父上を嫌いなのは勝手だが、俺を一緒にするな!俺を育てたのは母さんと兄上だ」

 境遇が似ているだけに、ルミカが言葉に詰まる。……子供時代のルミカも、そっくり同じ様に言い返しただろう。

 アリ先生がニヤニヤして言った。

「ミハイル、その怒りを魔法にしてルミカにぶつけるのだ。上手く当てられるぞ」

「アリ先生……」

 ルミカが情けない声を出すと、アリ先生は笑った。

「子供相手に、大人気ない態度を取ったお前が悪い」

 ルミカはため息を吐くと、肩を竦める。

「はいはい。俺が悪いです」

 ルミカは、一瞬で気持ちを切り替えてミハイルの方を見る。

「いつでもいいぞ」

 それと同時にミハイルが呪文を唱え、掌の上に火の玉が現れた。

 ミハイルが覚えたのは、火の玉が飛んでくる魔法のみだ。ポーリア中を探し回り、古美術商から入手したのがこの魔法だけだったのだ。

 魔法の術式とは言うが、俺には綺麗な文様にしか見えなかった。しかし、魔法の適性者が見れば、意味の出てくるものらしい。ミハイルは教えなくても理解し、実際に火の玉を出している。

 火の玉が、掌からルミカへと飛んでいく。異能で庇いたくなるが、ぐっと我慢する。それは俺もルミカも同じだ。ルミカが顔を庇う為に出した腕で火の玉がパンと音を立てて飛び散る。

 腕をゆっくりと下したルミカは、制服を調べているが、焦げている様子は無い。……無傷の様だ。

「成功です」

 そう言うルミカに駆け寄って調べるが、確かにどこにも怪我はない。

 ポケットから出した小さな袋を開けて中を見ると、ニルガナイトは真っ黒に変色した上に、砕けて粉になっていた。

 それをハザク様の所に持っていき、見せると何度も頷く。

「魔法燃料が大気中に無いから、一人から一回が限界だと思って、これで対応しなさい」

 魔法燃料の代用品である血には、燃料としての純度がある。これの高い者と低い者では、使える魔法に差があるのだとか。シュルツ殿下の様に二回も魔法を放てる人間の方が少ないと、ハザク様は言う。研究家が自信を持って言うのだから、間違いないだろう。

「問題は魔法燃料がある場合だ。くれぐれも注意するのだよ」

 魔法燃料がある。つまり他人を燃料にして魔法を使って来る場合と言う事だ。燃料になれる人間はグルニア人全員だ。卑劣な行い次第で、俺達が圧倒的に不利になる。それも覚悟した上で戦い、勝つしかないのだ。

「心得ました」

 俺が礼を言うと、ミハイルが近づいてきて言った。

「必ず帰ってきて。兄上が序列一席なんて困るよ」

 俺は一瞬想像して苦笑いし、ミハイルの頭を撫でる。

「それは確かにハリードも困るだろう。分かった。戻って来るまでハリードを頼む」

 ミハイルは俺に撫でられながら、ルミカの方を見て言った。

「ルミカ様は子供だよね。ジルムート様みたいな大人な対応が出来ない」

 この意地の悪い言い方に、何となくオズマを思い出したのは俺だけでは無い様だ。

「ミハイル・カイマン!戻って来たら、俺が直々に指導してやる。覚えておけよ」

 喧嘩腰のルミカを宥めつつ、ハザク様の館を辞した。

「あのガキ、ボコボコにしてやる」

 馬に乗っても、ブツブツ言っているルミカに俺は言った。

「俺は、一旦ローズに会ってから城に戻る。城へ先に戻っていろ」

 すると、ルミカがはっとした様子で顔を上げた。

「出した手紙の返事をもらっていないのだから、一緒に来るのは止めて置け。……返事の事は聞いておくから」

「はい……」

 ルミカはしょんぼりして城へと戻って行く。可哀そうだが仕方ない。

 アネイラの館に行くと、ローズが出てきて、応接室へ招き入れてくれた。アネイラもファナも一緒に雑談をしていたそうで、俺の茶も一緒に出された。

「いきなり邪魔して済まないな」

「こんな時間に来た事が無いので驚きました」

 ローズは他の者が居るので、敬語でそう答えた。

 アネイラは俺を黙って見ていた後、言った。

「ジルムート様、ルミカ様へは、直接お見送りに行くとお伝えください」

 ……出征日に、アルガネウトまでわざわざ見送りに来ると言う事か。

「私達、二人で見送りに行くと決めました。お忙しいと思いますが、前日の宿と移動中の護衛の方を手配して下されば助かります」

 ローズがそう付け加える。アルガネウトまでは少し距離があるから、宿に泊まる必要があるのだ。

 二人なら、泣かなくて済むと思っているのだろう。いや、逆に泣いてもいいと思っているのか。

「ファナは一人で大丈夫か?」

「ご安心下さい。とても体調がいいのです。コピートが心配するので、うちの館の使用人を少しだけ呼ぶ予定です」

 ファナはにっこりと笑って言う。腹は全く目立たないが、コピートに聞いた通りファナからぼんやりと異能者の気配がする。あんなに子供の存在を拒絶していたのに、俺は今、羨ましいと思っている。

 そんな考えを振り切って、俺は言った。

「分かった。手配しよう」

 俺の言葉に、三人共ほっとした様子を見せた。俺がダメだと言うとでも思っていたらしい。

「帰りをお待ちしています」

 ローズはそう言う間、目を合わせなかった。

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