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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
愛しいあなたへ恋文を
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枯れるパルネア

アドニス・パルネア……現パルネア国王。情に厚く温厚で、王政廃止の政策を議会主体で進行させている。温厚である故に、求心力に欠けるとも評されており、その特性は、そのまま皇太子であるシュルツ・パルネアにも受け継がれているとされている。

 城に戻ると、俺は再びクルルス様の執務室へと戻った。

 シュルツ殿下はまだ到着していない事になっているので、丁度無人になっている奥を利用していると聞いた。だから執務室から出られない。

 執務室には、ラシッドとナジームも来ていた。ディアは仕事に戻ったので居なかったがクザートは相変わらずクルルス様の背後に控えていた。

「一気にむさ苦しくなったな。全員は座れない。まだ人が来るから、騎士は全員立って居ろ」

「誰が来るのですか?」

「議会の議員が三人来る」

 騎士全員が微妙な空気になったのを感じ取ったのか、クルルス様は言った。

「グルニアの件は国際問題だ。議会とも話をしなくてはならない。武力だけで片付ける訳にはいかないのだ」

「ルミカは同席させなくていいのですか?」

 グルニアに行っていた事は、リヴァイアサンの騎士は全員知っている。正確に状況を報告するなら、ルミカに話をさせるのが一番だろうが……。

「報告書で十分だ。暫く議員達に会わせるな。ミラの事もある。ルミカにはこれ以上負担をかけるな」

「分かりました」

 シュルツ殿下は黙って俺達の話を聞きながら茶を飲んでいる。俺達に囲まれても特に恐れている様子はない。

 ローズとディアの前では、優しくて平凡な皇太子の顔をしていた。自分がルミカをグルニアに派遣した事なども一切口にしなかった。

 やはり、ぼんやり王子では無い。

 そんな事を考えている内に、上層で聞き慣れない足音がした。

 やがて三人の議員がノックと共に入って来た。予想通りランバートが先頭だった。

「お召しにより参上いたしました」

 三人が一斉に頭を下げる。

 クルルス様はランバート達を見た。

「こっちに座ってくれ。騎士達が立っているのは職務でいつもの事だ。気にするな」

「着席前に、シュルツ殿下に我々を紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 ランバートの言葉にクルルス様が頷く。

「許す」

「議会の議長をしているランバート・ザイルと申します」

 ランバートは型どおりの優雅な礼をした。

「議会で議員をしております。マルク・カーンと申します」

 三十代の若い議員だ。ポート人だが母親がパルネア人だと聞いている。肌の色が若干白いし、ローズと同じ赤毛だ。

「議会代表をさせて頂いております。コルド・ヘルミドと申します」

 ランバートの上に役を設けて、議会に引き止めねばならないとされた人物だ。

 ルイネス様と友人関係にあり、過去の改革を手掛けて来た事から、議会の英雄などと呼ばれている。ポートでの知名度は国王並に高い人物で、議会の良いイメージを維持する為に必須とされている。

 本人はクルルス様の王位継承以来、引退を求めているが、議会はそれを拒み続けている。

「パルネア皇太子、シュルツ・パルネアだ。いきなり訪れたにも関わらず、ポートが私を迎え入れてくれた事に感謝している」

 シュルツ殿下が言うと、三人は頭を下げた。

 そして三人がクルルス様とシュルツ殿下の対面に座る。

「早速だが、今からする話は国王権限で処理する。しかし事後報告は国民への裏切りとなりかねない。それで、お前達に話す事にした」

 クルルス様の言葉に、真ん中に座っているランバートが言った。

「グルニア人の件ですか?」

「そうだ。ここに報告書がある。まず読んでくれ。パルネアに外交官として赴任していた序列三席のルミカ・バウティが、ジュマ山脈を越えてグルニアを調査した結果が書かれている」

 報告書は一部しかないので、三人が読むのに暫く時間がかかった。

 三人共、驚きの表情で読んでいるのは、最後の方だ。……ヴィヴィアンの事だろう。

「これが本当だとして、どうされるつもりなのですか?」

 ランバートが、報告書を整えてテーブルに戻しながら聞く。

 シュルツ殿下はため息交じりに言った。

「アドニス陛下は、傭兵団を束ねている女傭兵の生け捕りをお望みなのだが、パルネア騎士団にその様な猛者は居ない。そこで隣人にお願いしろと言って、私を派遣した」

 つまり俺達にグルニアまで行き、ヴィヴィアンを生け捕りにして欲しいと言う事だ。

「父上はお年を召されて、判断が鈍っておられる。私は自分の姉妹はセレニーだけだと思っている。だからその女を姉とは認めない」

 シュルツ殿下が視線を投げると、クルルス様が後を続けた。

「だからと言って、知った以上このまま放置も出来ない。現に皇女がポートまで逃げてきている。このままグルニアを放置すれば、世界が異常気象に蝕まれるだけだ。そこで、グルニアの軍部をポート騎士団により制圧し、今中層に居る皇女を皇帝にして新生のグルニア帝国を作ろうと考えている」

 その言葉に、議員達は硬い表情になった。

 それを見ながらも、クルルス様は説明を続ける。

 ポート主導でミラを皇帝とした新生グルニア帝国を立ち上げる。食料はパルネアから援助し、農業支援などもする。そうする事で、グルニアは二国に逆らえなくなる。これがクルルス様の考えている事だ。

「城で従僕を殺した話が、市井にまで伝わり始めています。皇女を支援して皇帝に据えるのは、危険です」

 ランバートが告げる。

「ポートで人を殺した事を罪に問わずに支援するのは、私も勧めません」

 コルドも同意する。マルクも頷く。

 クルルス様が腕組みをして天井に視線を向ける。

「やはりそこが問題か。大人しく正面から助けてくれと言ってくればいいものを……」

 気位の高いグルニア人が、そんな事をするとは到底思えない。

「それに、軍部の制圧にポート騎士団だけが行かねばならないとなれば、ポートの一方的な侵略行為と受け取られかねません」

「そこは、お前達にも知恵を借りねばならないと思っている」

「犠牲が出た場合、ポート人だけがそれを負う事になります。そこまでして我が国がグルニアに干渉をする益がありません」

 ランバートの言葉に、クルルス様は天井から視線を前に向ける。

「グルニアが異常気象の中心だ。誰かが行かなくてはならない。各国で収穫量が年々減っている事は国際問題になりつつある。穀類の高騰はお前も知っているだろう。高く売れると喜んでいられるのは今の内だけだ」

 ランバートは目を見張る。クルルス様が、にやっと笑ったからだ。

「ポートの騎士は最強だ。グールを倒し、グルニアの内部情報を調べ上げ生還した。これほどの猛者を抱えていながら、領土侵犯を過去一度も行っていない。そんな行儀の良い国はポートくらいだ。一度くらい、派手にやらかしても良いと思うのだが」

 ランバートは不快そうに言った。

「確かにそうかも知れません。しかし、彼らにも妻があり子があります。万一の場合には、どう責任を取るのですか?せめて、他国との複合で軍を編成すべきです」

「他国の軍と示し合わせてグルニアに攻め込むのに、どれだけの時間がかかると思う?俺達は後手なのだ。あちらは流れの傭兵を集めるだけで軍人が増える。急がねばならない」

「穀物の高騰は分かっていますが、まだ困る程ではありません。詮議する必要があります。侵略者の汚名を着る事になれば、ポートが傾きます」

 ランバートの言葉で、シュルツ殿下が言った。

「パルネア騎士団は弱いから、役に立たないと思うよ。ロヴィスも傭兵に頼りっぱなしで、軍部は治安維持の為にだけ存在しているから、戦争になんて参加しない。他の国は離れすぎているから、やり取りだけで一年はかかる。……急がねば、パルネアは枯れ果ててしまう」

 厳しい表情でシュルツ殿下は言った。

「ヴィヴィアン・ロレットはパルネア王族ではない。ただの傭兵だ。……必要な兵糧や備品は、全てこちらで用意しよう。何なら、我々が侵略を依頼したと言っても良い。とにかく迅速にグルニア軍を制圧して欲しい。これがパルネア議会の意見だ」

 パルネアの議会が無条件で物資補給を認め、王族の可能性のある女を殺せと言うなど、異常事態だ。

「さっきも言ったが、私には姉など居ない」

「しかしアドニス陛下は、生きて再会したいのではありませんか?」

 ランバートが言うと、シュルツ殿下は厳しい表情のままで言った。

「王族だから特別な待遇を用意するなど、あってはならない。パルネアの治安は過去最悪とも言える状況だ。この事は城で把握しているだけで、国民は知らない事だが、事実だ」

 ポートはいつでも犯罪が発生している。それに比べればパルネアの治安維持は見事なものだった。それが何故そこまでになってしまったのか。

「飢饉では無いとは言え、不作が八年。長いとは思わないか?ポート人に例えるなら、商売で八年努力しても、黒字が全く出ないと言う事だよ」

 シュルツ殿下は目を伏せた。

「農業は過酷な肉体労働だ。毎日朝から暗くなるまで、収穫を目標に農耕地の世話をする。不作と言う状況が何年も続くと、農業に関わる者達の心が壊れていくのだ」

 シュルツ殿下は俺の方を見た。

「表面上は平穏に暮らしているが、以前より国民の暮らしは貧しくなった。誰かのせいにしたくとも、その誰かが居ない。不満が充満し、悪意が国を蝕んでいる。天候だから仕方ないと笑って誤魔化すには長過ぎたのだ。……パルネアから逃げ出したいと思う者が大勢居る。外国人と結婚して国を離れる事を夢見る女も少なくない。そんな国の為に、こちらの序列三席はジュマ山脈を越えて情報を持ち帰ってくれた。私としては感謝しかないよ」

 はっとする。

 つまり、ルミカと結婚すると言うだけで、不作で苦しむパルネア人の女達の悪意を浴びるのに十分だったと言う事なのだ。ルミカが側に居る間は、婚約や結婚をしない方がアネイラ・リルハイムは安全だったと言う事になる。

 ルミカはその悪意の原因が不作、つまりグルニアにある事を理解して一人で解決しようとしたのではなかろうか。密偵でありながら、踏みとどまって戦った事に違和感があった。……ルミカなら、無用な戦いは避け、パルネアに戻れた筈だ。

 本人に聞かねば分からない事だが、それで早まったのだとすれば、アネイラ・リルハイムを強く想っていた事になる。ローズに言えば、また弟贔屓だと言われるかも知れない。でも、俺にはそうとしか思えない。あえてシュルツ殿下が、それを伝えて来ているのだから。

「もし姉だとすれば、責任を取らせねばならないだろう。それこそ、生きて再会した事を父上も後悔する事になるのは間違いない。……それは私も望まない」

 シュルツ殿下は周囲を見回してから、決定として告げた。

「アドニス陛下には譲位してもらう。心配しなくていい。私の意思がパルネア議会の意思でもある」

 心配するなと言う事は、その準備が整えられていると言う事なのだろう。

 目の前の人はパルネアの為に何でもする。地味な皇太子だと思い込んでいた自分の目が、いかに節穴だったのかと改めて思う。

 生き別れの姉よりも国に重きを置く。そして国よりも親子の情を取る国王から、その王位を取り上げる。非情……と言ってしまえばそれまでだが、シュルツ殿下はパルネアの為に、それだけの犠牲を払う覚悟をしてここまで来たのだ。

 今のシュルツ殿下は、国の為に心身を捧げる王そのものだ。そんな人物が主導を取る状態に戻さねばならない程に、パルネアの状態は悪いのだ。

 議員達も、沈痛な面持ちでシュルツ殿下を見ている。

 クルルス様が言った。

「このままにしておけば、パルネアの状態は悪化の一途を辿る。パルネアから農民が農地を捨ててポートに逃げてくる様になる。我々はパルネアの農産物を売りさばいて、多額の利益を上げている。そうなってからでは遅いのだ」

 クルルス様は俺達を見回して言った。

「グルニアへの出征は決定事項だ。騎士達はそのつもりで動け。議員達は、俺とシュルツに知恵を貸せ」

 俺達は、一も二も無く頭を下げる。議員達はどうなのかと思ったが、彼らも深々と頭を下げていた。

 執務室にはまだ話があると言う議員達が残り、俺達は騎士団の仕事に戻る事になった。とにかく通常の仕事と並行して、出征の準備をしなくてはならない。

「出征は、いつになるのでしょうか」

「準備が整えばすぐだろうな」

 ナジームの言葉に俺が応じると、全員の表情が暗くなった。

 出征の話は前からあった。グルニアの軍部が行っている事を止めねば、天候が落ち着かないからだ。

 とは言うものの、グルニアとの間に話し合いの場を持つなど、交渉が行われると思っていた。それが決裂した後の事だと思っていだけに、頭がついて行かない。

 グルニアでは、俺達リヴァイアサンの騎士の異能は一切使えなくなる。それで不利とは言わないが、相手は傭兵……戦争屋だ。その上魔法使いも居るとなれば、その対策を考えなくてはならなくなる。

 詳しいグルニアや魔法の情報を、エゴール達から早々に聞かねばならないだろう。

「兄上、ポートに残ってもらえますか?」

「いや、俺は行く。コピートを残せ」

 クザートの言葉に、全員顔を見合わせて納得する。一番若く、妻が妊娠中という状況だ。そうすべきだろう。万一があったらいけないのは全員ではあるが、それが妥当だ。

「まさか、いきなり出征とはな……」

 思わず出たクザートの言葉に、全員がため息を吐く。 

 ローズが館を離れるどころの騒ぎではない。俺はジュマ山脈の向こうへ行かねばならなくなった。針を飲まねばならないのは、俺の方だ。……どうやって話せばいいのだろう。約束を破ったと泣かれたら、俺はどうしたらいいのだ。

 皆それぞれの思いがあるのか、暗い面持ちで持ち場に戻った。

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