バウティ家のお茶会
マルネーナさんの猛攻をかわす事が出来ないと言うファナの息抜きの為、お茶会をすると言う事で、ファナを館に招いた。
手紙は、ジルムート経由でコピートから渡してもらった。
私だけでは心許ないので、リンザにも来てもらう事にした。ポートの女性社会について、詳しい者が必要だと思ったのだ。
すると、ウィニアも一緒にお茶会に来たので、私は初めてウィニアに会う事になった。
「お初にお目にかかります。ウィニア・オルレイ改めまして、ウィニア・ザイルです。ローズ様、今回は突然押しかけてしまって申し訳ありません」
リンザと顔立ちは似ていない。腹違いだと言っていた。ほんわかした女の子で、ファナとの方が姉妹と言えば通りそうだ。
「いいえ、気にしないで下さいね。会いたいと思っていたのです。初めまして、ウィニア。私はローズ・バウティです」
養父であるランバートの代わりに、ファナの状態を確認する為についてきたのだろう。ウィニアは養女にしてもらった立場だから断る事などできない。
「さあ、あがって下さい」
姉妹にはお茶を用意して、ファナにはオレンジジュースを用意する。
「これはランバートお義父さんからお二人にお渡しする様にと預かって来ました」
手紙をそれぞれが受け取り、中を確認する。
私に対しては、突然茶会にウィニアを出席させた非礼を詫びる文言と、マルネーナさんの経歴と共に、とても気位の高い人だから注意して欲しいと書き添えられていた。
どうやら、あの人は騎士の家から嫁いで来た人らしい。
ファナは手紙を見て少し嬉しそうにしている。励ましの言葉でも書かれていたのだろう。
「ファナ、気分が悪くなったらいつでも言って下さいね」
「ありがとうございます」
ファナの顔色は前より良さそうだ。
「ファナの体調の事もあるので、早速話をさせてもらいますね」
その言葉で、私の方に視線が集中する。
「マルネーナさんについてなのですが……館に毎日押しかける理由が分かりません。あそこまでになる経緯が分からないのはパルネア人だからだと思うのです。分かるなら、どうか教えて欲しいのです」
するとリンザが言った。
「ローズ様、ジルムート様はお母さんの事を何て呼びますか?」
「母さんと言っています」
「それは母親が商家の出だからです。金持ちでも、商家と言うのは庶民と変らない立場にあります。商売の浮き沈みであっと言う間に没落します。うちみたいに」
苦笑した後、リンザは続けた。
「でも長く続く騎士の家と言うのは、他国で言う所の貴族に相当します。リヴァイアサンの騎士の様な特別な騎士でなくても、何百年も続く家はほぼその扱いです。そういう家の女性は、母親を母上と呼ばせます。……教養でも品格でも商家より上だと思っている者が少なくありません。侍女になる娘が居ないのはご存知でしょう?」
確かに、騎士家の娘が侍女として城に上がると言う話は一度も無かった。
「つまり、マルネーナさんは騎士の家の娘だから、気さくな付き合いなど出来ないと言う事ですね」
「はい。それどころか、コピート様が庶民であるファナをお嫁さんにした事自体、気に食わなかったのではないかと思います」
なるほど……ポートには貴族なんて居ないと思っていたけれど、騎士の家系と言うのは貴族相当だったのか。だとすれば何となく理解できなくもない。
「生まれて来る赤ちゃんの力が強かったら、取られてしまいそうで怖いです」
ファナが身震いする。
マルネーナさんのギラギラ心理が分かって来た。
元々気に食わない庶民出の嫁に、息子は完全に惚れている。それが許せないのに子供が出来た。自分の産んだ息子よりも序列が高くなる見込みがあるなら、奪って自分で教育を施したい。
そんな所だろうか。……怖い。
「一番問題なのは、夫が亡くなっていると言う事です」
リンザの言葉に、私は思考を中断した。
「夫に抑圧されている妻は、夫の死後に色々事件を起こす傾向があるのです。大昔からのポートの伝統です」
リンザの話では、一夫多妻の時代から、夫の死後、妻同士の争いが事件化する程に激化する傾向があったそうだ。妻同士の諍いは、一夫一妻である現在、姑からの嫁いびりに変化してきているそうだ。
ファナはそれに晒されているのだ。
「そう言えばランバートお義父さんに、ラシッド兄ちゃんのお母さんって、騎士の家の人だって聞いたけど、お姉ちゃん大丈夫なの?」
ウィニアは言う。
ラシッド兄ちゃん。違和感ありまくりだが、リンザの家では皆そう呼んでいるらしい。
「気付いたら居なかったと言っていたから、小さい内に亡くなったんじゃないかな。私にとってはラッキーだったかも」
呑気に言うリンザの言葉に、少しむせる。
「ローズ様?」
「何でもありません。大丈夫。……しかし、それではファナがどうしたらいいのか、困りますね」
リンザが真剣に私を見て言った。
「いっそジルムート様の権力を傘に着て、ローズ様が追い払ってしまうのはどうでしょう」
「そんな役割、私はやりたくありませんよ。そう言うなら、序列五席なのですから、ラシッド様の権力でリンザが追い払ってはどうですか?マルネーナさんの恨みを丸々頂く事になりますが」
「それは……ちょっと……ははは」
やり返すとリンザは誤魔化した。
皆が一斉に飲み物を飲んで、ため息を吐く。
「コピート様から聞いたのですが、マルネーナさんは、序列七席と言うコピート様の立場も許せないそうですね」
ファナがこくこくと頷く。
「そうなのです。お義父さんの序列は四席だったのにコピートが七席まで落ちてしまって、お義母さんがダメな息子だと繰り返し言ったそうです。コピートは傷ついたみたいで、やる気も無くなったみたいです」
面倒くさがりで騎士をやりたくなかった理由は、マルネーナさんの居る家庭環境にあったらしい。
「私は、お腹の子の為に強くならなければと思うのですが……どうしても負けてしまいます」
あのギラギラに勝てるファナとか、考えられない。
「館に入って来ない様に言ったのですよね?その後どうなりましたか?」
「往来で息子の嫁に追い出されたと叫ぶので……入れない訳にいきませんでした」
「そ、それは……」
ファナの答えに、私達の顔も引きつる。
「手段選んでないじゃない。酷いわ」
リンザが率直に感想を述べると、ファナが顔をわっと覆った。
「赤ちゃんが生まれるまででいいから、ポーリアから逃げ出したい!」
ファナの切実な気持ちはよく分かる。
ファナは顔を上げて言った。
「叔父さんが、エルムスに別荘を持っているので、そこで暫く気分転換してもいいのではないかと言って来てくれているのです。ローズ様はどう思われますか?」
「コピート様と別居になります。そこはどう思っていますか?」
「コピートは忙しくて帰って来られません。助けてくれないと思いながら、館に居るのは恨んでしまいそうで、辛いのです」
ファナの気持ちを重視するなら、確かにポーリアを出ても良いかも知れない。
「多分、マルネーナさんが生きている間は降りかかる災難になるでしょう。平和的に解決するなら、ファナがマルネーナさんを避けるのは良い方法かも知れません」
私の言葉に、ファナは頷く。
「ただランバート様を頼るのは、良くないと思うのです」
「どうしてですか?」
「ランバート様が、リヴァイアサンの騎士に対して影響力を持つと言うのは、お腹の子の為になりません」
ウィニアをわざわざこんな場所にまで寄越し、話の内容を知りたいのは、ファナが大事だからというだけでは無い。
政治家は打算で動く。前回食事会で見たランバートは、今回のグルニア人と魔法の件の話をしたいだけでなく、その先を見据えた布石を打っているとジルムートは言っていた。
王制廃止が終了した後も、ポート議会はリヴァイアサンの騎士を国の盾として今の地位に縛り続ける事を望んでいる。しかし今の様に騎士団が完全分離していては、自分達の望みは叶わない。だから縁が欲しかったのだとか。少し嫌な気分になった。
議会は、国の盾としてリヴァイアサンの騎士を縛り付けたいのだ。
「議会が悪だとは言いません。しかし、彼らは過ちは後世の者達が修正すると言って、利己的な判断を下しがちです。それが修正されないままになる事も多いから不安なのです」
パルネアの議会で何度も見た。
過去の因習だから正すべきだと言う意見が出ても、慎重に事を進めなくてはならないと言う者が現れて、議題が先送りにされて行く。
そんな事が何十年も続いている議題もあった。リヴァイアサンの騎士の処遇がそんな風に位置付けられてしまったら、子々孫々、自由を得られなくなる。大勢の人の為に良かれと思う事を議会が選ぶなら、私達は自分の夫の為に良かれと思う事を選ばねばならない。
その話をすると、ファナもリンザも黙って考え込んでいる。
二人共、リヴァイアサンの騎士の妻だ。行く末をどうしたいのか、考えているのだ。
「ウィニア、あなたはここで見聞きした事を全て話す様に言われているのでしょう?」
ウィニアは少し戸惑ってから、申し訳なさそうに頷いた。
「言っていいですよ。きっとこの事を理解しないで利用される者なのか、そうでないのかをランバート様は知りたいのでしょうから、そこははっきりさせましょう」
ウィニアは目を丸くした後、にっこりと笑った。
「はい」
「私が叔父さんを頼って子供を産み育てれば、子供は議会の言いなりになると言う事ですか?」
ファナが恐る恐る言う。
「その可能性があります。ランバート様が望まなくても、周囲の後押しでそうせねばならなくなる事もあるでしょう。……コピート様はきっと納得しません」
あれ程に騎士の身分に疑問を持ち、辞めたいと思っていたのだから。ファナもそれは分かっている筈だ。
「そうですね」
ファナは、まだ目立たないお腹を撫でながら言った。
「コピートに似れば、きっとお昼寝が好きで、そんな立場は嫌がるでしょうね」
ファナはコピートが好きなのだろう。その仕草と声から、優しさが滲んでいる。
「とにかくコピート様と相談して、一時とは言え移り住むなら、場所はしっかりと選ぶべきです。コピート様も心配しない場所にしなくては」
私の言葉に、ファナは納得したのか頷いた。
「難しいお話で、私は頭が煮えてしまいそうです。ただ結婚しただけで、どうしてこんなに面倒くさいのでしょうか」
リンザがそう言って、皆が笑った。
「本当に。私もそう思います」
「そう言えば、新しく戻って来た騎士様の話はご存知ですか?」
リンザが話を切り替えたので、勿論と返す。不愉快な話題だが……仕方ない。
「ジルムートの弟ですから」
「そうでしたね。でも、信じられない程綺麗だって聞きました」
「顔だけは……綺麗ですね」
私が半眼で言うと、リンザが苦笑した。
「そうですよね。性格から顔まで全て揃った騎士なんて、嘘っぽいです」
リンザの言葉に、ウィニアが反論した。
「でも、中層でグルニアのお姫様にお仕えしているのを少しだけ見たのですが、まるで物語から出て来た王子様みたいでした」
「それは見た目だけです。演技です」
私は、きっぱりと言い切る。
「顔がどうであれ、根性が曲がってしまって、本性は毒沼の悪魔です。王子などではありません」
ウィニアは信じられないと言う顔をしているが、リンザは言った。
「ラシッドの上官を長年務めていたと聞いています。それだけで納得です」
ファナは無邪気に言った。
「コピートは、顔を見たらダメだと言っていました。どんなお顔なのか、かえって気になります」
コピート……。ファナに惚れられている自信がないのが物凄くよく分かる。
「そろそろ戻って来るかも知れません。夜勤の前に着替えに戻ってくると聞きました」
使用人経由の情報だ。女主人として、館に住む者の情報は掴んでおかねばならないのだ。
「この館に住んでいるのですか?」
ウィニアが驚いた様子で言う。
「忙しくてまだ館を決めていないのです。それで我が家に逗留しています。生まれ育った実家ですしね」
皆、何となく扉の方を見ている。……帰って来ないかと思っているのだ。
そこで足音がして、誰かがやって来る。扉が開いて、本当にルミカが顔を出した。
「ローズ……って、お茶会しているの?」
噂をすれば……。驚きながらも、頷く。
「はい。飲んで行きますか?」
一応、礼儀で聞いておく。
「すぐに戻らないといけないんだ」
「そうですか。では気をつけて」
そう言って頭を軽く下げると、ルミカは部屋に入って来た。まだ怒っているのが分かったらしい。
「ちょっとは引き留めてよ」
「忙しいと言っている人を引き留める様な事はしません」
すると、ルミカは私の近くに来て言った。
「ごめん。この前は悪かったよ」
リンザ達の前で何を言っているの!
私が思い切り睨むと、ルミカは何か言いかけて口を閉ざしてから、三人の方を見て言った。
「楽しんで行って下さい。では失礼します」
ルミカが去って、三人はほうっとため息を吐いた。
「何て素敵なのかしら」
ウィニアが頬に手を当てて言う。
「万年笑っているみたいな大食いより、毒があっても美形がいい」
リンザが呟く。
「綺麗なお顔。私では釣り合わないわ。並んで立ったら悪目立ちしそう」
ファナが言うと、リンザもウィニアも同意して苦笑した。
「そうね。観賞用だわ。あの顔は」
「一緒に居たら自分が情けなくなりそうです」
十分、彼女達は可愛いし綺麗だ。
「ところで、さっきの意味深な謝罪は何だったのですか?」
リンザがワクワク顔で私を見ている。絶対避けられないと思っていた話題に、思わず不機嫌に応じる。
「私を酷く怒らせる事をしただけです。内容は秘密です。さ、毒沼王子の事など忘れましょう。お茶が不味くなります」
皆笑い、ルミカの話題はそれで終わった。その後は和やかな雑談になった。
こうして、お茶会は無事にお開きになった。




