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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
愛しいあなたへ恋文を
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モルグ家の事情

 ジルムートが出仕してから、ビルドの所に上手く行った事のお礼の手紙を書いて届けてもらった。

 そうしたら、やる事が無くなってしまった。手紙を書いている間に洗濯物が無くなり、館は綺麗で掃除済み。昼のメニューは煮込みで昨日から仕込まれている。

 ふと昨日聞いたファナの事を思った。

 セレニー様も、つわりで何も食べられなかった。同じ様な状態で館に閉じこもっているのは、さぞや辛いだろう。

 状況を聞いてコピートとも上手く行って欲しいが、何も口にしていないとすればその方が心配だし、私が力になれそうだ。……昨日ジルムートと出かけてみて、ちょっと行ける気がしている。

 とは言え、いきなり行くのはファナも困るだろうから、ランバートから事情を聞いて知っていると言う事と、会って話をしてもいいかを聞く事にした。勿論、気分が悪くて会えないなら無理をしない様にと書き添える。それをコピートの館へ届けてもらった。

 かなり気を遣った文章になっているが、ファナは嫌とはいえないだろう。私は元上司と言う立場だ。本当なら年が近くて同僚だったリンザなどが行くのがいいのだろうが……。

 リンザは、私の抜けた穴を埋めている上に、ウィニアの指導もしている筈だから忙しいだろう。

 すると返事がすぐに届いて、是非午後のお茶の時間にお誘いしたいと言う返事が来た。

 文章の書き方は丁寧ではあるものの……どこか古風で、ファナの書いた物では無い。

 具合が悪くて使用人が代筆したのだと思い、了承の返事をして午後のお茶に出掛ける事にした。そして……一目でファナの置かれた劣悪環境を理解する事になった。

「ようこそいらっしゃいました。ジルムート様の奥様。初めまして、コピートの母のマルネーナと申します」

 私の名前をあえて呼ばないのは、天然?悪意?上品だが、かなり自己主張の強そうなお母さんだ。

 コピートのお父さんが亡くなったのは、私が誘拐されるちょっと前だ。

 ポートは実用性を重視する。結婚に関しては一夫多妻の頃の影響で結婚式をしない。葬式に関しては縁者を招くのみと言う事になっている。だからコピートの家の内部事情は知らない。

 でも見れば分かる。旦那様を失った義理のお母さんが押しかけ、この館を勝手に仕切っているのだ。

「さあ、こちらにいらして下さい」

「ファナはどうしていますか?」

「体調が悪いので臥せっています。申し訳ありません」

 多分……さっきの手紙はファナに届いていない。見たのはこの人で、返事もこの人が書いたのだ。

 ファナ宛の手紙を勝手に開いて読んだ。

 それだけで、どれだけ非常識な人なのかは分かるが……私がここで正論を突きつける訳にはいかない。ファナの立場を悪くしないように慎重に。私は侍女の仮面をこっそりと被る。

「お招きありがとうございます。『大』奥様」

 談話室には二個しかお茶は用意されておらず、ファナに会わす気が全く無い事が分かった。

 私が促さなくても、マルネーナさんは自分の最近の状況を勝手に話し続け、ファナが如何に至らない嫁かという話を延々と続けた。

 うんうんと頷き、聞き流しつつ考える。

 自分の主以外の話には、感情的に肩入れしない。適度に頷き、聞いているのが辛くなったら、口実を付けてその場を離れる。侍女のゲスト対応の方法だ。

 実践している訳だが……日が暮れて来た。帰らないのかな?帰る時に一緒に館を出て引き返して来ようと思ったのに。

「子供が生まれたらこちらに移り住んで、一緒に面倒をみてあげようと思っていますのよ。私は経験者ですからね」

 最悪、ここに泊まるつもりらしい。……今日はファナに会えそうにない。というか、これはまずい。このままでは、ファナの許可なくマルネーナさんがコピートの館に昼夜を問わず居座ってしまう。

 困ったと思っていると、談話室にノックもしないで入って来る人が居た。

「うるさい!外まで声が聞こえているぞ。……ってローズ様!」

 コピートが目を丸くして私を見ている。

「お邪魔しています。コピート様」

 ちょっと悪意を込めてニィーっと笑ってやると、コピートは顔色を変えた。

「母上、もう夕飯も近いのにいつから話に付き合わせていたのだ」

「あら、楽しかったわよ」

「母上が楽しいだけではダメなのだ。何度言えば分かる!」

「私が笑えば皆が笑う。だから笑っていろと旦那様は言って下さったのよ」

「何十年前の話だよ」

 げんなりした様子でコピートは言った。

「帰れよ」

「一人で館に居るのは寂しいの」

「帰れと言ったら、今すぐ帰れ!」

「息子は夫を亡くした妻の気持ちが分からないもので、この様にとても冷たいのです。酷いでしょう?……帰るから、そんな怖い顔をしないで頂戴。では失礼しますね」

 マルネーナさんは特に気にした様子もなく、そう言うと部屋を出て行った。コピートと私が、会話をする間柄ではないと思い込んでいるのだ。そうでなければ先に帰るまい。私が帰ると言うまで粘って、ファナに会わせないで追い返すつもりだったのだから。

 返事を書いて招いたのは、バウティの苗字を無視できなかったからに過ぎない。

 沈黙……。コピートは凄く気まずそうにしている。私も気まずい。でも助かった。

 コピートは、何故私がここに居るのか分からないのだろう。

「昨日、ランバート様の館に行って、ファナが体調を崩していると聞いたのです。それでここに来ました」

「そうですか。……すいません。母上が迷惑をかけてしまって」

「ファナに会っていないので、会って行ってもいいですか?」

「あ、それは……ちょっと待ってください」

 自分の言い分を先に聞けと言う事らしい。

「私はファナに会いに来たのですが」

 反論すると、コピートは言った。

「何を心配しているのかは分かっています」

 コピートは困った様子で続けた。

「だから、ここに居て下さい。着替えてくるので」

 座り直していると、使用人の人が来て今までのお茶が片づけられ、新しいお茶が出て来た。

 味が違う。今度のお茶は良く知っている。……城で私がファナに教えた茶葉の味だ。

 使用人達はファナの味方なのだろう。マルネーナさんが寂しいからここに来ているのは事実だが、それだけではないのはさっき分かった。

 ギラギラした目で、ファナを悪者にしていた。ファナが綺麗で若い嫁な事も、赤ちゃんが出来た事も、許せないと全身で訴えていた。

 嫁いびりの話はパルネアでも少し聞いた。しかしコキ使われて大変だとか、子供がなかなか生まれないと嫌味を言われるとか、その程度だった。マルネーナさんは、どうしてあんなにファナが憎いのだろう。

 考えている間にコピートが戻って来た。髪の毛が少し濡れている。この早さからして風呂ではなくて水浴びだろう。騎士服だからまた城に戻るのだ。

「着替えに戻って来ただけなのですか?」

「ジルムート様には、朝一番に帰れと言われたのですがそうしなかったので」

 ジルムートは昨日の話を聞いて、ちゃんと話をさせようとしたらしい。

「何故そうしなかったのですか?」

「ファナが俺と話をしたくないからですよ」

 コピートの認識の原因を知りたい。黙って先を促せば、コピートは気まずそうに言った。

「分かっているんです。……ファナが妊娠しているって事は」

 言っている意味を理解しかねる。

「俺も知りませんでしたよ。まさか異能者が異能者を感じ取る感覚が、腹の子にも通じるなんて。ファナに子が出来て知りました」

 ようやく事態が飲み込めた。

 リヴァイアサンの騎士の場合、夫の方が妻よりも先に妊娠に気付く可能性があるらしい。これは多分、今城に仕えている騎士達も知らない事だろう。

「俺は本人が教えてくれるのを待っていたのですが、教えてくれないのです。それどころか追い払われて、部屋から出て来ない」

「いっそ、知っていると言ってはいけないのですか?それで喜んでいると伝えれば、うまく行くと思うのですが」

「部屋に入れてくれないのに、部屋の前でそんな事をわめけって事ですか?嫌ですよ」

 流れる様にコピートは言った。

「ファナが子供などいらないとか言い出したら、俺、どうしたらいいのですか?」

「そんな事言う訳ないです」

「リヴァイアサンの騎士の異能について話をしたら、怖いと言われましたが」

 酷く傷ついた顔で、コピートは続けた。

「俺は、ファナを殴った奴と同じ騎士で、更に異能まで持っている。好かれている気がしません」

「その後、ファナが嫌って近づいて来ないと言う事は無かったのでしょう?」

 子供まで出来ているのに、そんな筈はないのだ。

「居場所が無いからここに居ただけかも知れないって最近思います。……とにかく忙し過ぎるのに、この状態で……俺の方がどうにかなりそうです」

 コピートは頭を抱える。ジルムートも酷く疲れていた。騎士団を管理しながらグルニア人の警備をすると言うのは、それ程の激務なのだ。

 そこで、重要な事を言う事にした。言わねばならない。これ以上こじれさせてはいけないから。

「実は、ここに来る前にファナに前もって手紙を出したのです。そうしたら……マルネーナさんが勝手に読んでしまったみたいで、ファナの妊娠もそれで知った可能性があります」

 コピートの顔が引きつる。

「マルネーナさんがいきなりお腹の子の事を言い出したら、ファナがショックを受けそうなので……その、大変な所、すいません」

 今の状況でマルネーナさんが乱入したら大変な事になる。これだけは言っておかねばと思ったのだ。

「ローズ様が謝る話じゃないよ。……母上は自分の言い分ばかり主張する。人の話なんか聞きやしない」

 敬語がすっかり無くなって、コピートはため息を吐いてから続けた。

「母上は、今の俺の序列が気に食わないのだ。……お腹の子が俺より上を目指せるとでも考えているのだろう。妙にはしゃいでいたから、おかしいと思っていたのだ」

 あのギラギラ状態が、はしゃいでいたって……どういう感覚?怖いよ。

「人宛の手紙を勝手に読むなど犯罪だが、そんな理屈、言ったところで聞かないからいいよ」

 コピートは眉間に皺を寄せて黙り込む。

「父上が亡くなって間もないからここに来る事も許していたが、立ち入り禁止にしても、入って来るだろうな。どうすりゃいいんだよ」

 コピートが頭を両手でガシガシとかき回す。……確かに使用人もファナも、マルネーナさんを阻止するのは無理っぽい。

「コピート様、今ファナと話をしましょう。私も一緒に居ますから」

「え?」

「今夜勤に行ってしまって、次に戻って来るまでにマルネーナさんが何かしたら、それこそファナとの関係が、取り返しの付かない事になります。今、仲直りしてください」

 コピートが驚いて言う。

「助けてくれるのか?」

「コピート様を助けるのではありません。ファナが可哀そうだからです」

「可愛くないなぁ」

 そこで言うのはそれか!あ・り・が・と・う。でしょうが!

 にっこり笑って言う。

「帰りますね」

「わー!ごめんなさい」

 コピートは私を慌てて止めようと手をぶんぶんと振る。

「じゃあ可愛くなくても、それを口にしないで下さい。例え不細工でも、女はその言葉が嫌いです」

「ローズ様は不細工じゃないよ。食えない性格をしているってだけで……」

「帰ります」

「わー!もう言いません」

 とりあえず、ファナの籠っている部屋へと案内してもらう。コピートは物凄く緊張していて、手と足が同時に出ている。大勢の使用人達が道案内状態になっていた。……マルネーナさん被害が、如何に酷いのかよく分かる。ファナの事も心配しているのだろう。

 部屋に着き、ノックしてコピートの方をちらりと見る。

 コピートはぎょっとしてから、自分を指さす。「俺?」って口だけが動く。当たり前でしょう!と、言う代わりに強く頷く。

「ファナ……入っていいか?」

 返事が無い。

「ローズ様が来ている」

 しばらくして声がした。

「本当?」

 ファナの声だ。

「ああ、今ここに居る」

「ファナ、顔を見せて」

 そう呼びかけると、暫くして扉が開いた。

「ローズ様……わざわざお越し頂くなんて……何の準備も……出来ていなくて……」

 青白い顔色で、そこまで言ってぐらっと体が傾く。 

「「ファナ!」」

 私とコピートが同時に叫んで、コピートが抱き止める。そして眉間に皺を寄せる。

「何で、何も言わないんだよ」

 顔色が悪い。……つわりのせいだ。

 ぐったりしているファナを抱き上げて、コピートは部屋のベッドに戻す。コピートはファナの手を握って不安そうにその顔を見つめている。

 私は医者を呼んでくる様に使用人に頼み、コピートにファナの付き添いを頼んでから厨房に向かった。

「ファナの為に、飲物を作って欲しいのですがお願いできますか?」

 料理人は即答で応じた。

 とにかく何か飲ませなくてはならない。酸味のある飲物を受け付け易いのは知っている。定番はレモン水だが、料理人によるとダメだったらしい。だったら、セレニー様に試した幾つかの物を用意してもらわねばならない。

 キウイ、オレンジ、グレープフルーツ。閉まった店を開けてもらい、分けてもらったと言う果物を料理人と一緒に絞る。レモンはダメかも知れないが、他の果物も試す価値がある。

 実はトマトは日持ちしないし、ポートでの栽培量が少ないので入手が困難だ。果物は日持ちする為流通が多い。……トマトの入手は最後の手段だ。

 それが終わって運んでいると、医者が来た。

 駆け付けた医者は色々問診をして、おめでたです。と笑顔で言う。……コピートもファナも、微妙な空気になった。にこりともしない。医者も変な顔をしている。

「いきなりで驚いただけですので……お気になさらないで下さい」

 誤魔化す私はパルネア人。どういう関係なのか医者が訝し気に私を見ている。しかし、用意した飲物を見て、ちょっとづつ匙で飲んでもいいから飲ませてあげて下さい。なんて言って帰って行った。

 医者を見送って、私は微妙な表情で黙っている若い夫婦に向き合った。

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