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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
愛しいあなたへ恋文を
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天敵

 翌日。

 城に出仕してまず最初にしたのは、コピートを帰らせる事だった。

「帰れ。出て来るのは夜でいい」

「俺は大丈夫ですよ?」

 お前じゃない!

「ランバート殿と昨日話をした。……ファナの調子が悪いと聞いた」

 コピートは分かっていたのだろう。きまり悪そうにしている。

「お前まさか……分かっていて放って置いたのか?」

 コピートは、不貞腐れた様子で、視線を逸らした。

「ファナを気遣って、どうしたのか聞いても何も言ってくれないから……今帰っても、同じです」

 無視しているのではない様だ。ランバートの話と食い違う。

「まるで、仕事に行けと言わんばかりに追い出される事もあって……俺は嫌われる様な事をしたのかと思っているくらいです」

 何だかおかしな話になっている。

「帰るにしても、着替えて来るだけです。ファナとは少し距離を置きたいので」

「おい」

 コピートはそれだけ言うと、制止も無視して歩いて行ってしまった。……俺の序列一席の立場は、コピートやラシッドにはあまり意味の無い物に思える。

 コピートの後ろ姿を見送り大きくため息を吐く。それから、ラシッドを連れてアリ先生の所へ向かった。

「ハザク様絡みなら、同行者はバロルでいいじゃないですか。上層にクザート様を置いて、城全部を管理させると言うのは無茶です」

「深刻な人手不足だ。兄上なら耐えられる。ナジームも副官に付けたし」

 事務仕事に関しては、俺よりもクザートの方が有能だ。それで事務的な物を総括的に任せる事にしたのだ。俺は度々クルルス様に呼び出されるし、あらゆる場所に説明に行かなくてはならない。議会、役所、治安部隊……数えているとキリがない。

 序列一席が出向いて説明すると言うだけで、相手が落ち着くのだから仕方ない。

「ナジーム殿が花瓶に話しかけていましたが」

「好きなだけやらせておけ」

「俺はアリ先生にさえ会わなければ、何でもやるのですが」

 ラシッドは渋々付いて来た。アリ先生に今回の件で色々と聞かれるのが嫌なのだ。

 しかし、クザートの補佐は絶対にさせない。ラシッドが副官だった当時、クザートはまた肺病になったのかと心配する程にやつれていた。……全部ラシッドのせいだ。

「お前が下層の副官時代に沈めた船のサルベージ代と心労手当でも支払わない限り、兄上の補佐にはさせない」

「え~」

 落ち込んだのもそう長い間では無く、ラシッドはまた以前と変わらない状態になった。

 あの調子でずっと居られても困るので、正直ほっとした。

「そう言えば、父上が大変なら手伝うと言っています」

「イルハム殿の体調はどうだ?」

「無理をしなければくたばらないと、本人が言っています」

 過去、リヴァイアサンの騎士達は、研究者の助言をなかなか聞き入れなかった。

 感情のままに異能を無制限に振い続け、体を壊して死んで行った。

 コピートの父親は先日亡くなった。イルハム殿も元気そうに見えるが、かなり心臓が悪いと聞いている。

「引退された方を引っ張り出さない様にする為にも、今日の話は大事だ。だからお前もちゃんと聞いておけ」

「分かりました」

 フィル・ウッドを使者に立て、アリ先生とハザク様に連絡を入れている。このままアリ先生と合流して、ハザク様の館に行く事になる。

 アリ先生は、ラシッドを見て当然質問攻めにした。ラシッドはハザク様の館に着くまで物凄く嫌そうにしていた。

 笑って居るかいないのか……俺もすっかり見分けがつくようになってしまった。

 もしかしたら俺と同じで、表情に出なかった感情が出る様になったのかも知れない。少し、変わったなと思う。

 小さな館が見えた。

 入り口には、見た事のある若者が二人立っていた。アドとヴァンだ。下層の若い騎士達だ。

「お待ちしておりました。どうぞお通り下さい」

 二人が優雅に礼をして道を開ける。礼儀が分からなくて困っていたと言うが、これなら中層へ上げる事ができそうだ。

 バロルが取りなして、ハザク様が教えているのだろう。罪の意識と戦っているハザク様には、良い気分転換になっていると信じたい所だ。

 談話室に入ると、ハザク様が待っていた。

「おはようございます。ハザク様」

「おはよう。座ったままで失礼するよ。ジルムート殿」

「勿論構いません。お伝えした通り、お聞きしたい事があるので伺いました。……この男は序列五席で俺の副官です」

「ラシッド・グリニスです。お初にお目にかかります」

「君か。話は聞いている。本当に世話になった」

 ラシッドがグール討伐の当事者である事を、アリ先生に訊いたのだろう。

「いえ、職務として当然の事をしただけです」

「立派な心掛けだ。ジルムート殿は部下に恵まれているな」

「……はい」

 力試しのついでに、怪物を偶然破壊した癖に何が職務だ。

 俺が微妙な顔で返事をすると、アリ先生が言った。

「では座らせてもらおう。ジルムート、ラシッドも」

 座ってから、俺は早速話を始めた。

「ハザク様、魔法使いに魔法を使わせない技術について、ご存知ですか?」

 ハザク様は頷いた。

「城にある禁書に書かれている。この技術は、グルニア人が異国の魔法使いを隷属させる為に使用したものだ」

 ハザク様の解説で、惨い魔法だと分かったので内容は忘れる事にした。禁書はやっぱり燃やすべきだと思う。

「魔法を使う能力を封じ込めるだけのもので、魔法ではないと聞きました」

 ランバートも、はっきりとは知らないと言っていた。ただ、そう言う物があると聞いた事があると言っていたに過ぎない。だから技術と言ったのだが、魔法研究者であるハザク様にとって技術とは魔法に当たる。言葉の選び方を間違えたなと気まずくなった。

 ハザク様も同じ事を感じたらしく、申し訳なさそうに言った。

「長々と見当違いな話をしてしまったね。それは多分……ニルガナイトの事だろう」

 聞き慣れない響きだ。

「ロヴィスで採れる鉱石だよ。魔法燃料を貯めこむ性質がある」

「まさか、魔法燃料の代用品になるのですか?」

「ならない。ニルガナイトは本来、匂いに敏感なロヴィス人が匂い消しの目的に利用している鉱石だ。魔法燃料を吸収すると言う効果はあまり知られていない。何時からロヴィス人が知っていたのかは分からないが……オルガを買った時、商人から教えられた」

 グルニア人の人身売買の際に伝わるだけの対処法の様だ。

「鉱石を、どうやって使用するのですか?」

「どんなに細かくなっても魔法燃料を吸い続けるから、細かくした物を魔法使いに飲ませると、完全に排出されるまで魔法の使用を阻害する事が出来るのだ。小さじ一杯程度を毎日飲んでいれば魔法を封じるのには十分だ」

「まるでご自分が使ったような言い方ですね」

 ラシッドがニコニコして言う。

 一瞬で、ハザク様の表情が暗くなった。

「実際、私自身が飲んでいた。……魔法などいらないと思ってね」

 グールの魔法をかけた頃の事だろう。一気に空気が重くなった。

 俺はラシッドの脇に、思い切り肘鉄を入れた。ラシッドが声も無く脇に手を当てて俯く。

「失礼しました。……入手方法を教えていただけますか?」

 ハザク様は少し暗いが、気を取り直した様に言った。

「ロヴィスはニルガナイトを世界中に売っているから入手は簡単だ。空気の匂いを取る石としてポートでも部屋に置かれている。陶器の壺に入れられているから、中のニルガナイトは見えないがね」

 小さな壺は、確かに館でも城でも見た事がある。

「ここにもあるよ」

 ハザク様が少し離れた棚の上を指さす。白い陶器の小さな壺が置かれているのが見えた。

 ラシッドがわき腹をさすりながら立ち上がり、取って来てテーブルに置く。片手大の壺の蓋を取ると、飴色の石が沢山入っていた。ハザク様の解説によると、石が何も吸わなくなると黒く変色するのだとか。

「体内に入れた所で健康に害はない。魔法封じとしてこれ以上の物はない」

 ハザク様の言葉は、自分で実験した結果だから疑う余地が無い。

「食事に混ぜてグルニア人達に摂取させる事は可能でしょうか」

 ハザク様は首を横に振った。

「それは無理だ。一口で分かる。魔法使いにしか分からない感覚だろうがね」

 それなら、毎日飲みたいと言わせるだけだ。

「ありがとうございます。とても助かりました」

 俺が帰ろうとすると、ハザク様が待ったをかけた。

「ジルムート殿、先日グールを破壊した件なのだが……君達の能力は、魔法そのものを破壊できる」

 俺とラシッドは一瞬視線を交わし、浮かした腰を再びソファーに落ちつけた。

「聞いた限り……ラシッド殿の銛は、グールの肉体を破壊したのではなく、内部を巡る魔法を破壊したとしか思えない」

「確かに血の雨は降りませんでしたね」

 もう一度肘鉄が欲しそうだったのでくれてやった後、俺は言った。

「グールの体を破壊するだけであれば、余波が天井や壁にまで伝わると俺は思っていました。それがグールもろとも消えて無くなったので、驚きました」

 ハザク様は一つ頷いて、真剣な表情で言った。

「君達が魔法使いの内部から異能を発動させれば、魔法使いも同じ末路を辿る」

 内部とは曖昧だが、ハザク様によれば、皮膚の下……血のめぐる場所に俺達の異能が入り込むと、グールの様に魔法使いも、跡形も無く消え去る可能性があると言うのだ。

「何かの間違いではありませんか?」

 にわかに信じられずにそう言うと、ハザク様がアリ先生を見た。アリ先生は黙って頷いて俺達を見た。リヴァイアサンの騎士の話になるらしい。

「私だけでなく過去の研究者達は、王族の口伝も研究している。今の姿とあまりに違う為、途中で口伝が変化したと考えられていた。しかし、そうでは無かった」

 俺もラシッドもアリ先生の真剣さを感じて、背筋を伸ばした。

「リヴァイアサンの騎士の異能は、そもそも魔法使いを破壊する力だったのだ。泳力の謎はまだ解明できていないが、怪力や衝撃波は、本来の異能の使い方を応用しているに過ぎない」

 当たり前だと思っていた事が、覆されようとしている。どういう事なのか更に聞く。

「太古のリヴァイアサンの騎士は、魔法使いに銛を刺し、そこから異能を流して消し去る事しかできなかった。口伝ではそうなっている。……誰かが、異能の使い方を応用して広めたのだろう。だとしたら、変化したのは口伝では無く、リヴァイアサンの騎士の方だと考えられる」

 戯言と切り捨てる事は出来なかった。

 ラシッドだけが覚えた技術。あれだって、モイナやミハイルは使える様になるかも知れないのだ。定着すれば、当たり前の能力になって子孫に伝わっていく。

「本来の能力は、魔法使いを殺す事に特化している。……魔法使いの扱いには注意して欲しいのだ」

 これは、グルニア人達を封じるのに異能を使うべきではないと言う警告だ。怒りに任せてあばらを折った奴が一人いる。思わず背筋が冷たくなった。

 クルルス様の事を思い出して、俺はアリ先生に訊いた。

「王族は……本当に全員魔法使いなのですか?」

「本当だ」

 アリ先生の答えには迷いが無い。

「グルニアの強力な魔法使いと渡り合える数少ない魔法使い。それが信頼を集めて族長、そして王族になった経緯がある。パルネアもほぼ同じだ」

 だとすれば、セレニー様もカルロス様も魔法使いだ。

「ポート人で紫色の瞳の者は、グルニア人も敵わない大魔法使いだったとされている。魔法燃料の無い今、立証は難しいがな」

 本当であれば、クルルス様はグルニア人以上の魔法使いだ。そして俺はクルルス様を跡形も無く消し去る天敵と言う事になる。

 アリ先生が話をしてくれたのは、緊急事態で仕方なく話さねばならなくなったからに過ぎない。

 俺達が、王族が魔法使いである事を教えられなかった理由が分かった。

 俺は何も知らずに接していた訳だが、クルルス様もルイネス様も知っていて俺達と一緒に居た事になる。王族の精神力は、並ではないと再認識する事になった。

 館を出て、俺もラシッドも馬で移動中ずっと無言だった。城が見えてきた頃、ラシッドがぽつりと言った。

「さっきの話、どうするつもりですか?」

 ラシッドの方を向けば、酷く真剣な顔をしていた。俺がグルニア人共を消せといえば、こいつはやるのだろうかと思いながら告げる。

「グルニア人が魔法使いである以上、事故があってはならない。ニルガナイトを飲ませる様に、話を持って行かねばならない。早急にな」

 ラシッドはため息を吐いて言った。

「全員消えてしまった方が良い気もしますが、分かりました。……ところで、この忙しい中、何故コピートだけに帰れと言ったのですか?」

「聞いていたのか」

「たまたま着替えて戻って来た所だっただけです。ガキが甘やかされやがってと思いましたよ」

 ラシッドも疲れているのだ。何時になく口が悪い。こいつに言うべきかどうか少し考える。

「甘やかしたのではない。緊急事態だったのだ」

「嫁が妊娠でもしましたか?」

「何で知っている!」

 思わず言ってしまったと同時に、ラシッドが、してやったりと言わんばかりの笑顔になった。……カマをかけられた!

「引っかかりましたね」

 ギリギリと奥歯を噛み締めていると、舌を出してからラシッドは言った。

「嘘です。本当は知っていました。リンザから相談されていたので」

 嫌いだ。こいつのこう言う所が大嫌いだ。俺が更に不機嫌になるとラシッドは言った。

「俺、一昨日の夜に三時間くらい寝たっきり寝ていないのに、隊長に二発も肘鉄を食らったのですが」

 休みを取った俺としては、こう言われては怒れない。

「悪かった。……それで、お前は何か知っているのか?」

「知りたいですか?」

「さっさと話せ!」

「残念ですが、もう城です」

 寝不足の人でなしは質が悪い。俺はイラついたまま、城に戻った。

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