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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
愛しいあなたへ恋文を
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狼と大蛇

「何故そんな話になっているのかが分からないのですが」

 ジルムートが眉間に皺を寄せて言う。

「恨みだよ。長年蛮族として見下されているから、その矜持をへし折ってやりたいと言う民族的な復讐。ポート人と言うだけで、賛同者が増える。一人殺してしまっただろう?あれが尾を引いている」

 ランバートはうんざりした様に言った。

「何もしていないのにいきなり同胞が殺された訳だから、こちらに非はない。お手軽な怒りのはけ口に持ってこいだ」

 お手軽な怒りのはけ口?

「別に殺された者の名前も素性も知らなくていいのだ。ポート人が殺された。それだけで皆、怒りをグルニア人に集中させる事が出来る。関係性の薄い場所から、明らかに非のある相手を指さして悪いと言うのは罪悪感も何もないから、発言がどんどん過激になっていくのだよ。早急に手を打たねばならない」

 暗い表情でランバートは続けた。

「悪を断罪する事で気分が高揚すると言うのは人の持つ性だ。でも興奮してやり過ぎれば、元の悪を遥かに上回る残虐性が顔を出す。私は、ポート人を本当の蛮族にしたくないのだよ」

 ジルムートは、少し考えてから言った。

「愛人程度で済んでいる内に処遇を決めなければ、公開処刑レベルの話になると言う事ですか?」

 ジルムートの言葉にランバートは頷いた。

「君は頭がいいのだな。知らなかったよ。こんなにすぐ話を理解してもらえるとは思わなかった」

 どれだけ喋らないのよ。ジルムート!完全に脳まで筋肉だと勘違いされていますが。

「直筆の報告書にはサインも入れています。議会には数えきれない程提出していますが」

「サインが別になっていても、君と他の騎士の筆跡は同じに見える。言い回しが違うのは分かるのだが……だから、誰か一人が書類を代筆していると思っていたのだ。いや、失礼した。書いていたのは君だったのか」

 筆跡が同じ。手本に忠実に書くと言う練習をしているリヴァイアサンの騎士達の字は印字の様に綺麗だが無個性なのだ。……ランバートは勘違いをしている。本当に別人が書いているのだ。

 ジルムートをちらりと見ると変な顔をしていたが、特に否定しなかった。説明するよりも、話を先に進めたいらしい。

「クルルス様やセレニー様に知られる前に、落とし処がほしいと言う事ですね」

「そうだ。それで君と相談をしたいのだよ。君の意見となれば、議会も無視できない」

 ゆっくりと食べながら、私は二人が話すのを黙って聞いていた。

 ミラ皇女。

 立ち位置としては、グルニアの軍部が欲しがっている王族だ。

 グルニアの軍部は、王族の持つ強力な魔法の力を魔法燃料として実験に使用したいらしい。

 皇帝と軍部の言いなりになって、ミラの兄弟である兄皇太子と弟王子が複数回に渡って軍の研究に協力した結果、健康を回復できない状態になった。

 皇族親衛隊は軍部に不信感を抱き、ミラを軍部に渡さない事にした。

 ミラは、自分が守られて逃げていると思っていない。あくまでも自分の意思でグルニアの未来を案じて国を出たと思い込んでいる。

 その思い込みをポートの騎士達が打ち砕いた場合、親衛隊の者達が揃って死ぬだろう事をジルムートが言ったところで、ランバートが眉を下げた。

「困った忠誠心だな。ジルムート殿はどうするつもりなのだ」

「具体案は無いのですが、ミラ皇女を別の場所に移し、親衛隊と離そうと考えています。女ですので、今の様な状況にずっと耐えるのは限界になっています。預け先がはっきりしていて毎日顔を合わせる機会を確約すれば、折れそうだと判断しています」

「牢に半月も居れば、女性には確かに堪えるだろうね。なるほど……ミラ皇女をこちらの人質にして親衛隊をこちらに従わせるつもりか?」

「これが俺としても最大限の譲歩です。あちらが理解を示すまで待つつもりはありません」

 ジルムートは、グルニア人達が私を攫った事を未だに怒っているのだ。私が臆病になってしまった事も気にしている。

「魔法の使い手が分散しては、管理が大変なのではないかね」

「そこが問題になっています」

 魔法に対抗できるリヴァイアサンの騎士は城に六人居る。その内、ハリードは対人恐怖症である為除外されているそうで、実質五人で、魔法使いであるグルニア人を警備している。

 五人共、業務を互いに補い合って激務に耐えている。精鋭の騎士達も補佐はしているが、グルニア人達の見張りとなると、何もできないに等しい。

 その場所が二つに割れれば、とてもじゃないが、警備など無理になる。

「そこで私からの提案なのだが……魔法適性者を調べてみないか?」

 ……この流れは、ジルムートと決裂する。

 魔法は禁忌の技術だ。そもそも魔法が存在しなければ、こんな話にはなっていない。

「魔法に対抗できる者を調べて、同じ魔法使いにするのだよ。その者達も利用すれば、それだけで警備は楽になるのではなかろうか」

 この話をしたかったのか。

 何となく分かったのは、この人がかなり魔法に関して楽観視をしている事だ。

 もし本気なら、四十年近く魔法で動く死体が地下に居た事に対して、全くその重みを感じていない事になる。

「ポート人の魔法使いだ。君達程強くなくても、十分戦力になると思うのだが」

 ジルムートは禁書は全て燃やしてしまうべきだと考えている。完全な魔法嫌いだ。

 実際に魔法にかかった私も好きになれない。金縛りの魔法は本当に怖かったのだ。思い出したらちょっと手が震えてしまった。

 カチンとマナー違反な音がして、自分がうっかり食器にグラスを当ててしまった事に気付いた。

「申し訳ありません」

 平静を装い、慌てて言ってみたものの、これはまずかったと思う。

 ジルムートは私の手に触れてグラスを奪い取ると、静かに言った。

「戦力とランバート殿はおっしゃるが、魔法の事は報告書で読みましたか?」

「勿論だ。日常で使える魔法は、多用しなければ使い続ける事ができるそうじゃないか」

「日常で使える魔法。……どの程度か試したくなりませんか?どこが限界なのか」

 そう言うと、ジルムートがグラスを持った手をランバートの方に差し出す。

 すると、水が突然湯気になり始めた。……ジルムートの異能だ。

「試して、一晩寝たら気分が良くなったから大丈夫。もう少しなら無理をしても死なないだろう。そう言って使い続ければ……結果は目に見えています」

 魔法には血が必要なのだそうだ。使い続けると、血が足りなくなっていくと聞いた。

 グラスの水は完全に干上がってしまった。

 ランバートは、落ち着いている。

 知っているのだろう。リヴァイサンの異能の事も、魔法を使った末に起こる事も。

「常人に無い能力と言うのは、使えば体を蝕む。あなたはそれを理解していません」

「君の言いたい事は分かる。しかし私としては、ポートを守る盾をより強固にしたいのだよ」

 ジルムートの言葉を聞き流している。反対されるのは百も承知で言っているのだ。

「そもそも魔法の適性者が居たとして、誰がどうやって魔法を教えるのですか?」

「勿論ハザク様だ。魔法の権威だからね」

 ハザク・ポート。王族で魔法の権威だ。地下の怪物を魔法で作りだした張本人で、今はポーリアの館に住んでいる。

「ハザク様は研究者であって、魔法の使用には否定的です。第一、魔法の玄人であるグルニア人に対抗できる様になるまで、どれだけ時間がかかると思っているのですか?」

 確かにそうだ。しかし、ランバートは続ける。

「魔法は未知の能力だ。悲観的に考える前に可能性を探る努力はすべきじゃないかな。想像以上の才能が眠っているかも知れない」

「議会はポートの守りを強固にすると言うよりも、議会の言い分を素直に聞く武官が欲しいようですね」

「とんでもない。ただ魔法を使わないのは勿体ないと言っているだけだよ」

「先祖が消した技術です。復活させるのは間違いです」

「君達は十分に強いからね。だからそんな風に考えられるのだよ。しかし、使える可能性のある者達に意思確認をしないで取り上げるのは、傲慢じゃなかろうか」

 二人の頭上に、狼と大蛇の幻が見える気がする。新鮮な空気が欲しい。

「確かめて使った末に不都合が出た場合、あなた達は逃げます。それが可能ですからね」

 ジルムートは低い声で言って、ランバートが目を細める。

「こんな筈では無かったと言って議会を離れればそれで終わりになるのだから、提案くらい、いくらでも可能でしょう」

 ジルムートは続けた。

「あなたには商売がある。国外にも拠点がある。別にポートでなくても生きていけます。しかし魔法使いとなってしまった者達も俺達も逃げ場など無い。……異能者は国の管理を離れれば、怪物と変らない扱いを受けます。俺は国に飼われる化け物として、年端も行かない内から城に仕えて今に至ります。あなたの様な自由を味わった事がありません」

 ランバートが目を見張る。

「望んだ時に望む物を手に入れ、望む事をする。ランバート殿が生まれた時に得た幸運です。それが悪いとは言いませんが、そんな贅沢は王族であるクルルス様も味わった事の無いものです」

 ジルムートはランバートを厳しい表情で睨んだ。

「屈辱も怒りも厄介事も、逃げてやり過ごせない者の気持ちはあなたには分からないでしょうが、そう言う者を更に増やすと言うなら、異を唱えるしかありません」

 そうか。私もようやく理解する。

 失脚した議員は皆、辞めて後任に職を譲るだけ。対処を迫られる事は無い。

 一方、死ぬまで序列を持ち、王族に仕え続けるジルムートは、議会が承認して作った魔法使いの部隊に問題があれば対処する事になる。逃げる事は許されない立場だ。

 ランバートは暫く黙り込んでから言った。

「私はポートが好きだよ。何かあってもここに骨を埋める覚悟がある。でもその程度の覚悟では、君を怒らせるだけという事だね」

 ランバートはため息を吐いてから言った。

「では言い方を変えよう。騎士団の負担、特に序列上位に居る君達の負担が大き過ぎる。どうすれば、その負担を軽く出来るだろうか」

 私は驚いてランバートを見た。その視線に気付いたのか、ランバートはにこにこして言った。

「こう見えて、私はファナの叔父なのですよ、ローズ殿」

 え?ファナの親戚?

 ファナ・モルグ。私と同じ上層の侍女だった子で、序列七席であるコピートの奥さんになった。

 そう言えば、上層の侍女の子はお金持ちの家の子であるか、そのお金持ちからの推薦を受けている。

 ファナは、ランバートの口添えで入った子だったのか……。

 一応聞くのだ。どこの家の子だとか。しかし私はパルネア人だから、こちらの名家と言うのがよく分からないし、縁戚関係もさっぱり分からないのだ。特に商人の家の浮き沈みは激しい。それのせいもある。

「実は今、ファナが妊娠している」

 思わず私もジルムートも目を丸くする。

「騎士団の仕事が忙し過ぎてコピート殿が居ないから、ファナが体調を崩しかけている。密かに面倒を見ているが限界があるのだよ。あの子のお腹の子は異能者だ。だから実家に戻す事も出来ない……分かるだろう?」

「コピートは知っているのですか?」

「知らないみたいだね。言う暇も無い様だ」

 忙し過ぎるのだ。コピートは帰ったらさっさと寝てしまうのだろう。ファナは私みたいにはっきりと物を言う子じゃないから、言えないままになっているのだ。可哀そう過ぎる。

 ジルムートは渋い顔になった。

「コピートの勤務を減らします」

「そうして今度は君がその分の仕事を負担して、ローズ殿を放置するのか?」

 ぐっとジルムートが詰まる。

「だから、魔法の事を提案したと言うのもある。少しでも力になりたかったのだよ」

「何故最初からそう言わなかったのですか?」

「いきなりこんな話をしても、信じてもらえると思わなかったからね。君の中で私の印象は良くないだろう?」

 ジルムートの最初のあの態度は無かったと思う。ランバートはその流れを見事に修正した。政治家って凄いと思う。

「君のさっきの話を聞いて、万一議題に出そうとする者が現れても、私が全力で止めると決めた。……それは信じてくれ」

 ジルムートは暫く黙っていたが、ため息を吐くと言った。

「分かりました」

 幻が消えて二人の間の空気が緩み、息が楽になった。

 結局、話は夕方まで続いた。それでも足りない様に感じた。それだけ意思疎通が出来ていない相手だったのだ。話せば、分かる相手だった。

「これからは議会の方達とも話をした方がいいと思います。ランバート様みたいな方もいます」

 館に戻っても何も言わないジルムートにそう言うと、少しむっとした様子で言った。

「ローズ、話し方が戻っている」

 は?……指摘する所はそこ?何かムカつく。

「何でそんなに敬語が嫌いなのよ」

「敬語が嫌いなのではない。そんな恰好をして敬語など使われると、他人の様で嫌なのだ」

 疲れてさっさと脱ぎたいとは思っていたが、そこまで言われるならすぐ脱いだ方がいいだろう。

「着替えて来る」

 ちょっと悲しくなったのでそう言い捨てて部屋に行こうとしたら、ジルムートが慌てて言った。

「待て!」

 振り返ると、ジルムートが少し視線を外して言った。

「改めて出かけないか?ちょっとでいいのだ」

 もうすぐ夕暮れだ。夜も開いている店なんて、いかがわしい場所か酒場くらいしか無い。何処へ行くつもりなのか……。私は渋々頷いた。

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