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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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討伐、そして

 細い通路を騎士達が辿る。

 銛一本分と言う幅で作られた通路は狭く、大柄な騎士は二人並ぶ事も出来ない。

 そんな場所でグールに襲われても対処できる序列上位の精鋭を集め、班分けした上で通路を辿らせている。

 魔法燃料を消費しない様に動かないで居るなら、動かさなくてはならない。動けば、囮に向かって来ると想定しての事だ。囮達は、騎士見習いの演習場に集められている。

 囮は当初、扉がある牢に入れる事にしていたのだが、それでは通路が狭くて仕留められないと言う話になり、広い場所で確実に仕留めると言う方針になった。

 ハリードとコピートだけでは護衛が足りないと感じたので、俺とラシッドは、探索とも護衛とも別の遊撃状態で、演習場とその近辺の通路を警戒している。

 グールは死体であり痛みを感じない。即死の攻撃を受けても動き続ける。

 体内の魔法燃料が切れて動けなくなるか、魔法を壊すか、死体そのものを破壊するか。今回の場合、死体を動けなくなるまで壊す事になる。

 扉が開けられない事から、敵わないと判断したら牢の中に逃げ込み、扉を閉じる様にと指示はしている。判断が的確である事も序列上位騎士の優れた所だ。力量を見誤って早まる事はまず無い。

 囮として協力してくれているクルルス様は、ミラと何かを話している。

 さるぐつわを長時間かませておくと、人というのは弱る。衰弱されては後々困るので、今回は外す事にした。腕は一応拘束している。諦めているのか、長時間の拘束に疲弊しているのか、グルニア人達が魔法を使う気配はない。

 ハリードは相変わらず兜を被っているのでよく分からないが、コピートの表情からするにミラが何か言ってクルルス様がやり込めている様だ。

 コピートは完全にミラを馬鹿女扱いしているので、態度があからさまだ。

 ピィーーーーーー

 遠くの方から、指笛の音が反響して聞こえて来る。

 グールを発見した際の合図だ。

 反響しているので、どこから来るか分からない。しかし発見されたのは確かだ。

 クルルス様は話を止めて顔を上げ、俺達は警戒を強める。グルニア人達は強張った表情で、周囲に目を彷徨わせている。

 俺の記憶では、酷く素早かった。

 見失う者も居るだろうが、囮に気付いて居れば、こちらに向かって来る事は間違いない。魔法適性者が騎士の中に居る可能性に関しては除外した。……時間が惜しかったので、騎士達の判断に任せる事にした。予想外の事が起こった場合には、組んでいる誰かが報告に来る事になっている。

 指笛の音がだんだん近づいて来る。心配していた想定外の事は起こっていない様だ。こちらを目指してグールが進んで来ている。ナジームの予想通りだ。

 俺はすぐに異能を拡散させる。薄暗い演習場が真っ暗になり、付近の通路も暗闇になる。強い力を使えば地下が崩壊する。感知する為に広げるだけに留める。

 ……居た。人と違う、異質な何かがこちらに近づいて来る。

「こっちから来るぞ」

 ラシッドに声をかけて、一つの通路を指さす。

「素早いから気を付けろ」

「はい」

 通路の奥がぼんやりと明るくなったと思ったら、何かが凄い勢いで跳躍をして演習場に入って来た。何かは、俺とラシッドの頭上を越え、石の床に獣の様に四つん這いになって着地した。

 ……振り乱した髪、痩せた体。間違いない。

 顔など殆ど見えないが、痩せてあばらの浮き出た胸と手足を見るにつけて、過去の記憶が蘇る。

 走り寄って捕まえようとするが、グールは再び跳躍する。跳躍した先には、囮となっているグルニア人達とクルルス様が居る。

 コピートが前に出て、銛でグールを受け止めて弾く。

 大きく退いたグールは、また獣の様に着地して……首をぐるりと一周させた。その動きの異様さに、追ってきた騎士達も固まる。

 胴や腕もおかしな方向へと曲がり、ねじれる様な動きをする。そのねじれた力の反動で、グールは再び飛び上がる。異様な跳躍は、全員の恐怖を煽った。

 動きが予想できず、皆が固まる中でグールは再び囮の前に落ちた。……今度は着地とは言えない動きだったのだ。

 そのままの体勢で、グールがぐわっと口を開く。まるで笑うような表情だ。クルルス様は不快そうに眉間に皺を寄せ、ミラを始めグルニア人達は硬直している。

 ハリードが銛で刺すが、グールは地面を転がって避ける。

「様子が変です」

 ラシッドの言葉を、グールから視線を外さずに肯定する。

「コピートに弾かれて、何処か折れたな」

「一か所ではない様です。元々折れかけだったのではありませんか?」

 ラシッドの推測に、俺は頷く。

 見習い達は何等かの抵抗をしていたのだ。何人もの見習い達の抵抗が積み重なり、この異様な動きに連動していると言うなら……グールは長い歳月を経て壊れかけている事になる。

「恐れるな!包囲するぞ」

 固まっている騎士達を叱咤して、包囲を呼びかける。

「あれは死んでいるので殺人にはなりませんよね?」

 ラシッドが聞く。

「次に飛んだら仕留めていいですか?」

 一瞬ラシッドの方を見る。

「出来るのか?」

 俺の言葉にラシッドは不敵に笑う。

「勿論です」

「……許可する」

 そう言った途端、包囲の中から抜けようとグールがまたねじれた様な姿勢になる。

 ラシッドはそれを見て、銛を構える。

 俺には、銛にラシッドの内部から異能が急速に集まって行くのが見える。

 これは……やらせてはいけなかったかも知れない。そう思ったが、止める間も無くラシッドはグールが飛ぶと同時に銛を投げた。

 異能を衝撃波にしないで武器に乗せる。乗せられた異能は当たった場所で炸裂する。

 ラシッドにしかできない大技だ。

 ラシッドは、十三の頃にアリ先生の気まぐれで習得してから、投擲の精度と乗せる異能の量を増やす鍛錬を続けている。

 投擲に関しては小石で伝書鳩も落とせるレベルだから、この国で一番の精度と飛距離だ。

 ポート港にはかつて、銛が積み上げられていた事がある。

 ラシッドが最初に配属されたのは下層で、クザートの副官だった。多忙だった下層を手伝う為、ジャハルと二人で副官をしていた時期があるのだ。ジャハルはライナスが幼い事もあり、夜勤が出来なかったので、ラシッドがその分を負担していたのだ。

 その当時、犯罪は今の倍以上あり、ラシッドは服が濡れるのは嫌だと言って岸壁から銛を投げ、逃げた密輸船や海賊船を沈める事がよくあった。

 船を湾内で沈めたら引き揚げなくてはならない。他の船の邪魔になるからだ。サルベージは手間と時間と金がかかる。引き揚げ、船の解体、その廃材処理。全てが港に大きな負担をかける。

 その様な背景から、ラシッドは中層に異動する事になった。

 以来見ていない訳だが、十代の頃よりも武器に乗せられている異能の量が多い。あれが炸裂したら……。

 時すでに遅く、空中のグールに一直線に飛んで行った銛が突き刺さり、グールは内側からの衝撃に耐えきれずに天井付近で、爆散した。

 爆散した破片は虹色で、空気に溶ける様に光の粒になって消えて行く。本当に……何も残らなかった。

 あれ程の異様な怪物が、幻想的な光景を残して一瞬で消えてしまった。その事実に皆唖然とする。

「ラシッド……」

 辛うじて呟くとラシッドは凄くいい笑顔で言った。

「グールは消滅しました。死傷者もゼロです」

 頭が痛い。

 魔法の効果なのだろう。お陰で大惨事にはならなかったが、本当に焦った。

「叔父上もこれで安堵した事だろう」

 クルルス様が立ちあがり、声を張り上げると騎士達は我に返った。

「今回の件は、探索したが何も発見されなかったと言う事で処理する。他言無用だ」

 騎士達は了承の頷きや返事を返す。グールが跡形も無く消えた今、存在自体を証明するのが難しい。これでいいのだろう。

「犠牲になった者達に関しては、真相とは違う形になるが、報いる方法を模索する。その事は後日だ。……皆ご苦労だった。尽力感謝する」

 騎士達が一斉に敬礼し、グールの討伐は無事に終了した。

 グルニア人は魔法を使う。見張りはリヴァイアサンの騎士でなくては危険なので、交代で見張る事になった。最初の見張りはクザートが申し出てくれた為、俺はローズを連れて館に帰れる事になった。

「今は、ローズちゃんの側に居てやれ」

 クザート以外も口々にそう言うので、その言葉に甘える事にしたのだ。

 とは言うものの地下での作業は朝まで続き、終わった時には日が昇っていた。

 俺は責任者だから最後まで地下に居て、ラシッドと共に下層へと上って来た。下層で日の光に目を細めていると、隣に立つラシッドが言った。

「リンザが攫われていたら……俺はグルニア人共を、拘束せずに皆殺しにしていたかも知れません」

 今回は、ラシッドなりに色々と思う事があった様だ。

「だから、あんな無茶をしたのか?」

 地下で異能は使うなと言ったのに。

 銛を外すとは思わなかったが、込められた異能の力が想像以上に大きかったので、炸裂した衝撃波で天井や壁が崩れるかと思ったのだ。

「いえ、あれは汚名返上ついでに自分の力を試したかっただけです。どうせ居なくなれば好都合な怪物だったので、丁度いいかと」

 やっぱりラシッドはラシッドだ。

「地下で異能は使うなと言った筈だ。国王もろとも、精鋭騎士が全滅する所だった。結果が良かったからと言って、許す気はない。……減俸は覚悟しておけ」

「すいませんでした」

 素直に謝った……。いつもの『え~』が出ると思っていたのに。今回の件はかなり堪えているのだ。

「城に泊まるのだろう?早く休め」

「はい」

 やけに素直なので思い出す。ラシッドはルミカより少しだが年下だった。頭を撫でるか少し迷い、軽く背中を叩く。

 上層へ上がって来ると、リンザが走ってきた。俺達が戻って来るのを廊下で待って居たのだろう。

 リンザは侍女達の中で唯一走る女なのですぐ分かる。何故か容認する空気が出来上がっているのは、リンザの人徳と言えるかも知れない。

「ジルムート様、ローズ様は王妃の部屋でお待ちです」

 リンザの言葉に手を挙げて応じると、王妃の部屋へ進む。すると背後でリンザの声がした。

「ご飯持ってきてるけど、食べる?」

 ラシッドの返事が無い。

 ちらりと振り向くと、ラシッドがリンザを抱きしめていた。

 見なかった事にしつつ、ローズを迎えに行った。

 ローズが暗い部屋で一人、俺を待っていた事についてセレニー様に説教をされ、何度も謝りながらローズを引き取った。

 ローズはずっと黙っていて元気が無い。昨日の夜はセレニー様とディアと話をして夜を明かしたらしいが……。人質になるなど、そう経験する事では無い。可哀そうな思いをさせてしまったと改めて思う。

 身支度を終えたローズを連れて城を出た。馬車でも無言で、館に着いても無言。

「着替えて来い」

 とりあえず寝ようと思い、いつも通りにそう言うとローズがビクっとした。……そこで、俺が別れ際に宣言した事が原因なのだと理解した。

「寝るだけだ。俺も眠い」

 あからさまにほっとされると少し不満だが、仕方ない。

 着替えて来たローズはしょんぼりとしていて、すぐに眠れそうな感じでは無かった。

「耳かきしてやる」

 手招きすると、萎れたままのローズは大人しく俺の膝に頭を乗せた。

「これから休みになるが、何がしたい?」

 ローズは出仕を休む事になった。予定は一か月だが伸びるかも知れない。グールは消滅したがグルニア人は消えない。グルニア人の人質になったローズは、衆目の噂に上る。興味本位で近づいて来る者も居ないとは限らない。出仕が出来る様になるのは、グルニア対策である程度目処が立った後だ。

「館で大人しくしています」

「俺と出かけるなら問題ない。行きたい場所があったら行こう。俺も休みを取るつもりだから」

 こんな状態のローズに気晴らしもさせないなど、正に監禁と同じだ。ローズに行きたい場所が無ければ、俺が場所を決めて連れ出す。

「分かりました」

 沈んだ声の返事に、常々思っていた事を口にする。

「なぁ、俺に対して敬語を使うの、やめないか?」

 ローズは黙っている。

「俺では、パルネアの家族や親友以上の存在にはなれないのか?」

「違います。今更な気がして……それだけです」

「リンザはラシッド相手に、かなり砕けた話し方をしている。夫婦なら、あれでいいと思うのだが」

「リンザは婚約中からあの調子です。私達は結婚から大分時間が経っていますので、今いきなり変えるのは……ちょっと」

 そう言えば俺の呼び方を、ジルムート様からジルへ変える時もかなり抵抗していた記憶がある。クルルス様からの命令で仕方なく変更するまで、なかなか直らなかった。

 ルミカやクザートなどはすぐに呼び捨てになっただけに、かなり悔しかったのだ。……そういうのが全部異能の闇になって漏れていたから、周囲には気を遣わせてしまった。

 ふとローズが初めてジルと呼んでくれた時の事を思い出したら、気持ちが溢れた。

「次の出仕までに直そうか」

 膝の上のローズが、ぎょっとしてこちらを見上げた。

「恥かしいので無理です」

「出来る。必死な時にはいつも敬語が抜けている」

「それは……って、ちょっと待って下さい。寝るんですよね?」

「そうだ」

 驚いているローズをベッドに押さえつける。

「眠いって言った!」

「ほら、慌てると敬語が抜ける」

 俺は笑いながら言った。

「その調子だ。何も考えるな」

 昨日の事も先の事も考えない。きっと俺達にはそう言う時間が必要だ。

「俺も、何も考えたくない」

 俺がそう言うと、ローズが泣きそうな顔で頷いた。

「分かった」

 この日からローズは俺に対して、徐々に敬語を使わなくなっていった。俺達夫婦の節目になった日は、静かに過ぎて行った。

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