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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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ポーリアの町の工房へ

 ポート王国の首都・ポーリア。

 パルニアの城下町よりも、人が多い。と言うか、多過ぎる。

「凄い……」

 明け方まで興奮して竹を調べていたせいで、馬車の揺れにうとうとしていた頭がばっちり目覚めた。

「まず今まで二本の耳かきを作ってくれた職人の所に行こうと思うのだが、いいか?」

「はい!是非ともお願いします」

「人が多い。スリや人さらいも居る。安全の為に腕を組んでくれないか?」

 護衛と腕を組むのは、女性が少ない護衛を連れて外出する場合、護衛方法として有効だとされている。

 人混みに納得もしていたから異議は無い。迷わずジルムートの腕に腕をひっかける。そこでジルムートが脇を締めて、私の腕を固定。

 体は前に向け、胸が男性の腕に触れない様に心がける。それが守られる女性の心得だ。

 幸い、私の胸は心配する程大きくない。

「じゃあ、行くぞ」

「はい」

 私達はこうして、人込みに入った。

 歩幅が違うので、かなり大股で歩く事になった。

 ジルムートは前しか見ていない。だから、ちょっとでも露天を見ようものなら引きずられてしまう。

「今のお店に可愛い箱が……」

「やめておけ。この辺りの露店は、外国人向けの土産屋だから吹っ掛けられる」

「私、外国人です。お給料、使う予定が無いから吹っ掛けられてもいいです」

「地元出身者の言う事を聞け。もっと良い店を紹介してやる」

 地元出身者。そうか。お城に勤めているのだから、この辺りに住んでいるのか。

 後で聞くと、私が足を止めようとした露店の辺りが一番治安の悪い地域のど真ん中だったそうで、ジルムートは早く抜けたかったそうだ。

 あの場所で吹っ掛けられたままの金額を出す者は、身ぐるみを剥がされて、海に浮いているそうだ。

「何で海に浮いているんですか?お金が無くて、船に乗せてもらえないからですか?」

 私が聞くと、しまったと言う顔をして、ジルムートは視線を逸らした。

「そうだ……。魚でも食べるしかないからな」

「なるほど、それは大変ですね。騎士団は早くそんな悪い人達を捕まえてください」

「そう……だな」

 反応が微妙だ。

「パルネアは、治安が良いのだな」

「お城からの通知で城下町の市民は、朝五時から、夜七時までしか外出は認められていません。その間には子供達が学校に通いますし、女達も働きに出たり買い物をしたりますから、騎士がルートを決めて、巡回なさっています。他の場所でも穀類の種まきと収穫の時期を除けば、ほぼ同じだと聞いています」

「夜に外出していた場合は、どうなるんだ」

「罰金が課せられます。馬車が壊れた、急病人が出た等、事情はまず一番近い、騎士の詰所に行って話す事になっています。騎士達は諸事情を理解した証人になるので、必ず詰所に行きます。理由が正当であれば、罰金は無しになります」

「夜に宴がある場合は?」

「翌朝までその場に残ります。酒場は宿屋を兼ねていますし、人を招く家には客用の寝室が必ずあります」

「それを知らない外国人はどうなるんだ?」

「どうなのでしょうね。ポートの商人は来ていますがパルネア人と服装があまり変わらないし、言葉も同じなので、ちょっと肌の色が黒いなぁって思うだけです」

 アネイラのお父さんに会いに来ていた人は、ポートの商人だった。後、木こりのおじさんはポートと反対側にあるジュマ山脈に住んでいる、ジュマ族の人だ。

 ジュマ族はパルネアと協力関係にあって、山脈の向こうにあるグルニア帝国には一緒に立ち向かうと言う決まりがあるそうだ。

 とは言え、グルニア帝国は数百年前、険しい山脈越えに失敗して以来、攻めて来ない。

 ジュマ族しか住めないからジュマ山脈なのだ。それを認めたパルネアはジュマ族と仲良しだから、何も困らない。

 私がそう言うと、ジルムートが呆れた様に言う。

「隣の国なのに、違い過ぎるな。……色々と、納得した」

 何に納得したのかは知らないが、ポートみたいに裸で人が海に浮いている国の方がおかしいのだ。

「着いた。ここだ」

 布の垂れ下がった、石造の建物。

 中に入ると、ジルムートの腕を離す。

 薄暗い建物の奥に老人が座っている。ジルムートが先に行って、老人と話をしている。

 私は、その間に周囲を見回した。

 木の机に小さな箱が並んでいて、その中に綿が詰められている。綿の上に載っているのは、櫛だ。ここは櫛職人の店らしい。

 櫛が無いと髪の毛は結えない。女にとって必需品だ。

 しかし櫛の歯が少なすぎても、多すぎても、使い勝手が悪い。だから櫛の値段は幅が大きい。ここの品は間違いなく高級品だ。

 セレニー様の髪をずっと櫛で梳いているから、どの様な櫛が良いのかは良く知っている。

 弁償しろと言って、ジルムートが持って来た耳かきを二回突き返した。

 材料以外、何の問題も無かった。素晴らしい出来と言えた。……十六号はツゲの木で、おじさんは銅貨一枚で作ってくれた。

 カメと象は、どのくらいの値段がしたのか。今更ながら考える。……絶対に高い。

 しかも凄腕の職人であろう、あの老人の腕に対してもケチをつけた事になる訳で……。

「ローズ」

「はひ!」

 びくっとして返事をすると、ジルムートと老人が変な顔をしてこちらを見ていた。

「奥へ行くぞ。職人と直接、話をする」

「え?」

 このお爺さんじゃないの?

「ごゆっくり」

 老人は笑いながらそう言った。

 戸惑っている内にジルムートが中に入って行くので、慌てて後に続く。

 店を抜けると中庭と井戸があって、奥の建物で、何人もの人が体を丸めて働いているのが見えた。職人が何人も居る様だ。

「ジルムート様、今日はどの様なご用件でしょうか」

 出てきたのは、職人と言うよりも商人と言う感じの男性だった。ひょろりと背が高く、ジルムートと同じくらいの年に見える。ポート人で、やっぱり浅黒い肌の色をしている。

 私の方を見る視線が、値踏みをしている様で嫌だ。

「例の件で、依頼人を連れて来た」

 すると口調ががらりと変わった。

「この女ですか?ジルムート様の贈り物に文句を言ったのは」

 怒りと侮蔑が混じっている。

「よせ、カルク」

 男、カルクは、ジルムートの静止を振り切って私に言った。

「何処の国の貴族か知らないが、この国ではバウティ家の騎士は最強で、ポーリアの守護神だ。そんなお方がわざわざ工房まで出向いて、細かい指示を出して作らせた物に何の不満があるんだよ」

「材料です」

 細身の男が身を乗り出すのを、ジルムートが制止しているので、私ははっきりと言った。

「職人の苦労を無駄にしてしまった事は謝罪します。申し訳ありません」

 素直に謝罪する。

「出来も素晴らしく、職人の腕は認めております」

「だったら……」

「動物の死体から採った素材が、嫌なのです」

「ドゥク教の信者か?」

「そんな宗教は知りませんし信じていませんが、とにかく困るのです」

 カルクの顔が、真っ赤になった。

「このアマ!言わせておけばお高く止まりやがって、肉や魚を食う癖に、鼈甲や象牙が嫌だって言うのかよ」

 その意見は正しい。しかし、私にも言えない事情があるのだ。

 動物園を知らないだろう。象もライオンも一緒の場所に集められて飼われているなんて、この世界の人は信じない。

 テレビで亀が卵を産む所を見た事が無いだろう。そして、ミドリガメを水槽で飼った事もあるまい。大事に育てて、両手に乗せるとはみ出す程に大きくなった。川に捨てると叱られるからと、親は渋々飼っていたが、私は本気で大事にしていたのだ。

 そして何よりも、ジルムートのウミガメの話が怖かったのだ。生きたまま起き上がれない様にされて、死を待つなんて、恐ろし過ぎる。

「とにかく、植物を材料にして欲しいのです」

「象牙がどれだけの値段で取引されているのか知っているのか!」

「落ち着け、カルク」

 服の首根っこを掴んで、ジルムートはカルクを止めた。

「何処の国の女ですか、これは」

 これ……。まぁいいけど。

「パルネア人だ」

「麦と野菜の畑しか無い、だだっ広いだけの国の女でしたか。なるほど、田舎者で鼈甲も象牙も見た事無くて、驚いた訳だ」

 カチンと来た。

「ええ、知りませんよ。そんな物は無くても生きて行けますから」

 カルクが更に何か言っているが、自分の手で両耳を強く塞いで舌を出した。

 更に怒っている。

 カルクが自分の為では無くて、とにかくジルムートをコケにされたと思って怒っているのは分かる。私が初対面でどういう目に遭わされたか、この男は知らないのだ。

 私はジルムートが偉い人だなんて、その時には知らなかったのだ。そして、こんなにも慕われているなんて事も。

 文化が違う。それは分かっていた。ある程度は勉強したが、ジルムートが偉い人で、護衛に混ざっているなんて、誰も教えてくれなかった。知っていればちゃんと警戒したのに。

 何処に行っても、ジルムートの周囲には人が居る。城でも町でも。王様の信頼も厚く、庶民にも慕われている。

 でも私は嫌い。大嫌い。

 耳から手を離し、まだわめいているカルクを無視して、私はジルムートに聞いた。

「職人さんに会わせてくれるんですよね?何でこの人が出て来たんですか?」

「俺も職人だ!」

 その声を無視して、ジルムートに聞く。

「耳かき作ってくれたの、この人じゃないですよね?」

「ああ、こいつは腕が今一だから、商人相手に材料を調達するのが、主な仕事だ」

 ジルムートは言葉を選ばない。ちょっとは選ぶべきだと思う。カルクは一瞬でしぼんだ。

「そう言う事なら話をしたいのですが、この状態では私の話をちゃんと聞いてもらえないかと思います」

 カルクはしょんぼりして、俯いている。

 それに気付いたジルムートが言った。

「良質な材料を見極める目と言うのも、素晴らしい素質だ」

 カルクが息を吹き返す。

「とにかく、ローズの話を聞いてやってくれないか?用意できるのは、お前だけだと見込んだのだが」

「分かりました!」

 単純だ。何かチョロい。

 怒って、しぼんで、喜んで。人生、楽しいんだろうなぁ。なんて、思ってしまう。

 中庭に木の長椅子があって、私とジルムートが座って、カルクは工房から小さな丸椅子を持って来て、向かい側に座った。

「私は、竹の耳かきが欲しいのです」

「竹?」

 自分で描いた絵を持って来たので、それを見せる。

「木とは違います。しなやかで内側は空洞になっていて、節があります。土から出る前の小さい芽は、柔らかいので、食べる事も出来ます」

「心当たりは、あるか?」

 ジルムートの質問に、カルクは唸った。

「港には加工された状態で来るので、この絵みたいな生えている状態は知りません。……あれかなぁ」

「あるんですか?」

 思わず詰め寄ると、カルクは頷いて言った。

「バンブーって名前で、流通している植物の繊維がある。しなやかで引っ張っても切れないから、編み籠の材料にするんだ」

「それです!多分、それ!」

 私が喜んで言うと、カルクが言った。

「港に来ると、既に細かく割かれてる」

「え?」

「こっちでは編み籠にしか使わない。だからあっちで割く所までやってしまうんだよ。こっちに手間を押し付けると、売れない品だと思われているし、こっちもそう思っている」

 ……嘘ぉおおおお。

「あの耳かき?って物を作ろうとすれば、加工していないバンブーを探す事になる。何せ、割いた繊維、麻袋一杯でも、二束三文の品だ。加工していない物をあえて運んでくる者は居ないだろう」

「俺が商人の誰かに頼めば何とかなるか?」

 私ががっくりと項垂れて座り込んだ後、ジルムートが聞くとカルクは慌てて言った。

「そんな事をしたら、港には使い道の分からないバンブーが山になります!」

「それは、困るな」

 よく分からないが、ジルムートの発言権が大き過ぎるので、周囲が大変な事になると言うのは分かった。

「なあ、あんた」

 カルクは私の方を向いた。

「何で、あの道具がそんなに欲しいんだよ」

 ジルムートと私は、同時に体を硬直させた。

「そもそも、使い方が分からない」

 ちらりとジルムートを見ると、困った顔でこっちを見ていた。慕われている最強の騎士様の失態を、包み隠さず話したい所だが、さすがにそこまで鬼にはなれない。

 これは実演するのが一番だろう。

「ジルムート様、カルクさんと席を交換して下さい」

 ジルムートは意味が分かったのだろう。凄く羨ましそうな顔をしている。

 絶対にダメ。ジルムートの耳はダメ。

「早くして下さい。あなたの耳では、カルクさんにどういう物か伝わりませんから」

 物凄く名残惜しそうに、ジルムートが席を立つ。カルクは、訳がわからないと言う顔をしている。

「カルクさん、こちらへ」

 カルクは、首を捻りつつ私の横に座った。

「では、私の膝の上に耳を上にして、横になってください」

「はぁ?」

 カルクが素っ頓狂な声をあげた。

「言う通りにしろ」

 ジルムートが、かみ殺したような口調で言う。物凄く羨ましいのだ。

 しかしカルクはジルムートが怒っているのだと解釈したらしく、素直に言う事を聞いた。

「こ、こうか?」

「はい。動かないで下さいね」

 大きな耳垢が取れる予感!

 私は、いつも持ち歩いている耳かきを取り出した。

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