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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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国王の決断

 クルルス様を交えて話す間に、コピートが戻って来た。

 軽く会釈して入って来たコピートは、注目を浴びながら、ラシッドの隣に座る。

「今グルニア人達を尋問して来ました。負傷者は医者に診せました。勾留状態は、尋問前と同じです」

 情報が混乱してはいけないので、俺は手元の白い紙をラシッド経由でコピートに渡し、ラシッドが察して、羽ペンとインク瓶をコピートの方に押しやる。

「まとめておけ。後で聞く。今は怪物の対策中だ。話が途中で分からなくても聞いておけ。気付いた事があったら発言は許す」

「分かりました」

 それで元の話に戻る。

「魔法適性のある者が、グールの感知できる範囲に居れば、襲いに来ると言う理屈で、アリ先生どうでしょうか?」

「それで間違いないと思うが……リヴァイアサンの騎士に魔法適性者が居ない様なのが問題だ」

 居る……。未成年だが、ミハイルは多分魔法が使える。情報共有している俺達は分かるから、視線が行き来する。

 アリ先生に今は言えないと言う意思は周囲にも視線で伝わったから、皆何も言わなかった。根っからの研究者であるアリ先生に、こんな情報を与えている場合ではないのだ。

 結局囮を使うと言う話になりつつある。ラシッドの発言はやはり侮れない。

 単に効率重視だったり非道だったりするだけではないのだ。こいつの言う事は予言の様に当たる事がよくある。

 俺は、実はその部分が一番苦手だったりする。軽口や冗談ですら、理屈を超えた何かが働いている様で嫌なのだ。

 とにかく……囮をどうするのか。ここが一番の問題だった。

 守り切れないとは思っていない。最悪、鉄格子の部屋に入れてしまえばいいのだ。グールは扉を開けられない。

 しかし、どれだけの時間そこに居なければならないかが分からないのだ。

「ハリードからの聞き取りでは、まだ捕食の必要な時期ではありません。囮を使っても出てくるか、微妙な所です」

 俺の言葉に、ナジームが少し手を挙げて発言した。

「今の状況では、出てくる時期まで放置する訳にもいきません。逆転の発想になりますが、囮の数を増やすのを提案します」

「増やす?」

「魔法適性者を集め、巡回していたルートのどこかに配置しておびき寄せるのです。明るい光に虫が引き寄せられる様に出てくるのであれば、それで叩けます」

 その言葉で俺は眉間に皺を寄せる。

「お前は……グルニア人を囮に使う事を考えているのか?」

 ナジームは頷いた。

「外道なのは重々承知です。しかし、試す価値はあるかと思います」

 効率的だが……果たしてこれを良しとしていいのか。

 グルニア人からは、まだ全ての情報を引き出せていない。しかも取引をもちかけている途中だ。ここでグールの囮に使えば、相手の態度が硬化するのは目に見えている。

 とりあえず、グルニア人の状況を確認する。

「俺が一人あばらを砕いているから、そいつは自分で動けない。使うなら運ばねばならない。女は皇女だ。使うと奴らの恨みを買う。確実に使えるのは一人だ。……ラシッド、お前の館に居るのは?」

「いつでも連れて来られます」

「使えるのは二、三人か。一人よりはいいが……ナジームの考えるような効果を生み出すなら、いっそ皇女もまとめて囮にした方が良さそうだな」

「俺も囮になる」

 唐突にクルルス様が言った。

 全員唖然としてクルルス様を見る。

「王家は代々魔法使いの家系だ。使った事など無いが、紫の瞳の者は強力な魔法使いらしいぞ。どうだ?囮になるだろう」

「だめです」

 俺が言うと、クルルス様はにっと笑った。

「グルニア人共と一緒なのが嫌か?それとも俺が王だからか?」

「両方です!」

「今回の不祥事は王家の責任だ。今、王である俺が何もしない訳にはいかない」

 俺の守りたい者達は……すぐに自分の命を軽んじる。腹立たしいとしか思えない。

 俺が睨むと、クルルス様は続けた。

「落ち着け。城に出仕するリヴァイアサンの騎士が全員で討ち取るのだから、俺が危ない訳ないだろう」

「グルニア人は魔法を使います。迂闊に近づいて、俺達がグールに気を取られている内に害されたらどうするつもりですか!」

「お前達に限って、そんなヘマはしない」

 絶対など無い事は分かっている。

「王を失えば、国がどうなると思っているのですか」

「そうは言うが、城に何十年も魔法で動く死体がうろついていたと言う事実はやがて他国にも知れる事になるだろう。そのときまでに始末せねば、ポートは危機に陥る。経済的にな」

 貿易で国益を得ているポートは、信用で成り立っている国とも言える。紙幣の発行から間の無い今、信用を失えば、打撃は計り知れない。

 ポートから穀物を輸出しているパルネアも道連れになる。

「そんなものは居ない、怪談だと笑い飛ばさねばならない。事態の収束は急務だ」

 公式に何等かの結果を発表しなくてはならないのは事実だ。結果を出さなくてはならない。一刻も早く。分かっているが……。

「迷うな。お前達は最強だ。ポート騎士団の真髄を俺に見せろ」

 クルルス様は真っ直ぐに俺達を見た。

 ここまで王に言われて、応えないなら騎士など辞めた方がいい。

 そう思うには十分だった。

「分かりました。……その代わり、グルニア人も、皇女を含めて全員使います。護衛にはリヴァイアサンの騎士を二人付けるので、魔法は必ず封じます」

 俺達の力は振動だ。魔法の呪文を発する声を封じるのは容易な事だ。

 クザートが口を開く。

「護衛の一人はハリードがいいだろう」

「ハリードですか?」

 怪訝そうに聞く俺に、クザートは頷いた。

「攫われた侍女がジルの嫁だと知って、協力したいと言って地下に残っている。触れなくても側に居るだけの事だ。あいつにも出来る」

 ローズを救う際にも手を貸してくれたと聞いている。……あいつは変わってきている。

「そうしましょう。もう一人は……コピート、頼む。必ずクルルス様を守れ。出来るな?」

 コピートは一つ頷いた。

「俺もやる時はやります。必ず期待に応えてみせます」

「頼りにしているぞ」

 クルルス様の言葉に、コピートは拳を握りしめる。

「後は全員に狩るのを手伝ってもらう。アルス、お前もだ」

 意外だったのか、アルスが目を丸くしている。

「今すぐに序列五十席までを招集しろ。各班に分かれて出来る範囲で地下を探索する。ナジーム、足りなければ追加招集するから、班分けと配置を具体的に割り出せ」

「了解です」

 ナジームはすぐに地図を引き寄せる。

 アルスは一礼すると、焦った様子で部屋を出て行った。

「クルルス様は、勝手に動かないでじっとしていて下さい」

 俺の言葉にクルルス様は苦笑した。

「分かってる」

「ラシッド、お前の館のグルニア人を連れて来い。連れて来たらグルニア人共と一緒の部屋に入れて置け」

「はい」

 ラシッドは一礼して足早に部屋を出て行く。

「バロル、人数が増える。騎士達がここに到着次第、ナジームと一緒に作戦の説明に回って欲しい」

「ぼぼぼ、僕ですか?」

「現状を把握して説明するなら、ナジーム一人よりも、お前が居た方がいいのだ」

 ナジームも頷く。

「できれば、そうして欲しい」

 ナジームは怖い男では無いのだが、それが分からない者が多い。

 上層に俺の副官として在籍していた頃からそうだったのだが、中層の執務室に引きこもっている今は、そう思う者が更に増えている。聞き取りで知った。

 バロルは序列持ちではあるが柔和な容姿の男だ。オドオドしているが、落ち着けばちゃんと話は出来る。緊急事態と言う事もあるが、バロルはナジームを特別に恐れている様子が無い。

 バロルは少し困った顔をした後、表情を引き締めた。

「やらせて頂きます」

 俺は頷いて、クザートの方を向いた。

「兄上も説明に回ってもらえますか?」

「了解した」

 ナジームによる作戦立案が終了して配置まで決定し、コピートからグルニア人達の話を聞く。

 コピートの話によれば、皇女はミラと言う名前で、皇帝の長女だそうだ。兄弟としては、兄である皇太子と弟王子が居る。

 一緒に居る男達は軍部と違う組織、皇族親衛隊と言う所属で皇族の護衛を専門にしている。魔法の知識はあるものの、その殆どが自分の使える魔法ばかりで、軍部の研究内容は知らない。

 皇族親衛隊は魔法使いとして貴族の地位を持っている為、貧民層からのたたき上げを中心に構成されている今の軍部と折り合いが悪く、重大な情報は渡されない。

 皇女の兄である皇太子と弟王子は軍部へ協力した結果、魔法を多用して体調を崩している。軍部への協力を拒んだミラは軍部に狙われる身で、親衛隊によって護身のために武芸を身に着ける事になった。

 それでも軍部に狙われ続け、親衛隊はミラに真の目的を隠し国外へ出す事にした。

 ミラが気絶している間に俺が取引をした男、エゴールと言う……がそう自供したそうだ。

「ロヴィスに亡命しようとして失敗したみたいです。去年のジルムート様の武器庫破壊が効いていて、ロヴィスが受け入れを拒否したみたいです。他の国にも軒並み断られて、ポートに流れて来た訳です。事情が事情ですから、こちらに潜伏中のグルニア軍も頼れなくて、行き場が無いまま今回の暴挙に出た訳です」

「俺の責任ではないからな」

 眉間に皺を寄せて言うと、コピートは苦笑した。

「当たり前です。それにしてもミラ皇女って、セレニー様と年は変わらないのですが……かなり頭が悪いです。守られている自覚がゼロでした。軍隊ごっこで、すっかり上官の気分です。エゴールの自供をそのまま暴露してやろうかと思ったのですが、言った途端にエゴールが何をするか分からない様な感じだったので、とりあえず黙っておきました。……何であんなのに仕えているのか、俺には分かりません」

 情の類が絡んでいるのだろう。長年護衛をしている人を見捨てられないと言う気持ちはよく分かる。後、セレニー様はずば抜けて頭のいい女性だから比べてはいけない。

 そこでクルルス様が言った。

「アリ、ハザク叔父上は?」

「研究所に残って頂いています」

「状況を説明し、ポーリアに滞在する手配を頼みたい。ハザク叔父上は、王族として国費で生きている。このままエルムスへ帰す訳にはいかない」

「処罰するおつもりですか?」

 アリ先生の言葉に、クルルス様は片眉を上げた。

「我が国でただ一人の魔法学者だ。助言が必要になるだろう。ハザク叔父上には、働いて償ってもらうつもりだから、その様に伝えてくれぐれも自害しない様に配慮してくれ」

「分かりました」

 アリ先生は、納得した様子で頭を下げると部屋を出て行った。

 そこでクルルス様が続けた。

「グルニア人に会いたい。ジル、ついて来い」

「はい。……兄上、後はお願いします」

 俺はクルルス様と共に部屋を出て、下層へと下る。

 下層の騎士や役人達が、クルルス様を見て慌てて道をあけて頭を下げる中、グルニア人達を拘束している部屋に入る。

 一人は横たえられて手当をされた形跡がある以外、状況はあまり変わっていない。

 ミラは、俺を見てあからさまに顔色を変えた。俺はミラとエゴールのさるぐつわを外す。

 二人共何も言わない。沈黙が続く中、クルルス様が言った。

「お初にお目にかかります。私はクルルス・ポートと申します。そちらはグルニアの皇女と伺ったのですが、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 丁寧な口調でクルルス様は優雅に薄く笑いながら言った。普段を知っているだけに、この変わり様はいつも感心する。

 皇女は一瞬目を見張った後、俺をちらりと見て悔しそうに言った。

「ミラ・フォス・グルニアだ」

 俺の前で魔法を使うのを断念した様だ。コピートにもやり込められたのだろう。

「ミラ殿、あなたの国の飢饉は長く続いている。原因に心当たりはありませんか?」

「……天候不順だ」

「グルニア軍が、魔法燃料を集める実験を始めてからなのではありませんか?」

 俺も知らない情報だ。クルルス様は続ける。

「パルネアでも、そちらで飢饉が起こった頃から天候が不安定になり、不作とまでは言いませんが豊作は望めていません。……パルネアだけでなく他国も影響を受けている事は、ポートで把握済みです」

 まさか、世界規模で気象が不安定になる様な実験をしていたのか。

 パルネアの気象観測の結果と、ポートに入って来る各国の情報を照らし合わせれば、王立研究所もパルネアの研究者も真相に辿り着く。後は裏打ちをするだけだが……多分ルミカだ。

 外交官として赴任した後、密偵の役目を担う事になったのだろう。

 俺……強いては騎士団に情報が入って来なかったのは、パルネアが主導で動いている事にルミカが協力していたからだ。クルルス様が主導であれば、俺は知っていた筈だから。

 ルミカは何らかの方法でジュマ山脈を越え、グルニアとパルネアを行き来していたのだ。まさかポート人が山を越えて来ると思わない。ルミカの動きは把握できていないだろう。

 少なくとも、グルニアと言う未知の土地で密偵活動を出来る様な者など、他に思い当たらない。

 ミラが、怯えた表情でクルルス様を見ている。

「これを発表するのは簡単な事です」

「そんな事をしたら、グルニアが滅びてしまう!」

「だったら協力しろ」

 クルルス様は、表情も口調もがらりと変える。いつものクルルス様だ。

「必死に生きているのは俺達だって同じだ。……お前達の魔法で動いている怪物……グールを引き寄せる為の囮として地下に来てもらう」

 顔面蒼白のミラを庇い、エゴールが懇願する。

「俺はどうなってもいい。頼むミラ様に情けを」

「勘違いするな。俺も囮として一緒に行く。皇女に危険はない。ポート騎士の力は魔法より上だ」

 エゴールもミラも、唖然としている。

「手に入れるべき力かどうか……その目で見るがいい」

 グルニア人との話は終わり、クルルス様と共に部屋を出た。

 しばらく歩いてからクルルス様は半眼になってため息を吐いた。

「本当にあの女が人殺しなどしたのか?人を一突きで殺すなど、俺でも出来んぞ」

「出来なくていいです。そう言うのは俺達の仕事です」

 俺がそう言うと、クルルス様は微妙な表情をしてから、俺の背中を黙って叩いた。クルルス様は、俺に頼むと言うのも嫌なのだ。長く一緒に居るから分かる。

 俺達はそれ以上話をしないで、中層の騎士の間に戻った。

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