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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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対策会議

 俺は、クザートに会いに下層の執務室に行く。

「ジルムート!」

 クザートは俺を見ると立ち上がった。

「ローズちゃんは落ち着いたか?」

「はい。部屋に居ます」

「そうか。ラシッドからの報告書は読んだ。他に新しい情報はあるか?」

 俺はローズに聞いた事と、ハザク様の話をする。クザートは顎に手を当てて視線を落とす。

「地下の怪物は……魔法で動く王族の死体と言う事か」

 頷いて俺は話を続けた。

「その事で、グルニア人をムスル・ハンが引き入れてポーリアに潜伏場所を提供した様です。しかし、どうも今回来ているグルニア人はグルニアの軍部と別物の様なので、コピートに尋問させています」

「軍部と別物?」

「あの女、グルニアの皇女だそうです」

 クザートが眉間に皺を寄せた。

「おかしなのが引っかかったな」

「ローズの事を考えると殺したい所ですが、我々は騎士ですから。勝手な事はしません」

 俺の嫌味が伝わったのか、クザートは俺の方を見てため息を吐いた。

「モイナの事で独断で動いたのは、悪かった。許せ」

「今捕えている者達はモイナの件とは多分無関係です」

「そうか」

「兄上の気持ちも分かりますが、情勢がおかしいので情報共有の徹底をお願いします」

「分かった。……ラシッドが取り逃がしたグルニア人の事を言わなかったのも怒っているのか」

「当たり前でしょう?兄上はディアがローズと同じ目に遭って、冷静でいられますか?」

「無理だな」

「仲間が居るとなれば、警戒していた筈です。……これはラシッドの落ち度ですから、そこは譲れません」

 今回は殴る程度で許してやるが、二度目は無い。

「それでラシッドはムスルを尋問している筈なのですが、何処に居ますか?」

「斜め前の部屋だ」

「行ってきます。後からアリ先生が来ると思うので、よろしくお願いします」

「クルルス様は今議会と話をしている。ムスル・ハンは生き証人だ。……早まるな」

 俺は答えず手だけ上げると、執務室を出てすぐに斜め前の部屋の警備騎士に通されて中に入る。するとラシッドがこちらを向いた。椅子に座っているムスルは、がっくりと頭を垂れている。

 ラシッドは一礼して黙っている。

「……自分の悪い所は分かっている様だな」

「はい」

「何故、逃げた者が居たのを言わなかった」

「クザート様の命令で、既にグルニア人を探索する警戒がポーリアには出来上がっていたので、俺から再度言う必要はないと思っていました」

「違うだろう?」

 俺の言葉に、ラシッドが沈黙する。

「その程度、すぐに見つかると言う気の緩みだ」

 俺はラシッドを殴る。ラシッドは避けず、その場に足を踏ん張って立っていた。口の中が切れたのか、口の端から血が滲む。

「おっしゃる通りです。申し訳ありません」

「今度殴る時は首を折る。心して置け」

 これでラシッドの事は終わりにする。

「それで、話は聞けたのか?」

「はい」

 新しい要素としては、グルニア人が上層へ入り込んだ経路の事だった。

「上層水路の汲み上げ機の脇に、細い階段が付いています。落ちると地下まで一気に落ちるので、危険で利用する者は殆どありません。しかし上層の表と裏を繋ぐ使用人通路がすぐ脇にあるので、従僕達は皆知っていると思います」

 ラシッドがクルルス様の執務室を通らずにこちらを使っていたのは知っている。ローズに教えなかったのは危なかったからだ。高所からの転落の危険と、従僕であるムスルに突き落とされると言う危機を避けるのは当然だ。

「それで?」

「下層の裏門の脇に、この階段に通じる通路があります。汲み上げ機が故障した場合の整備用に作られた通路なのですが、ムスルはここからグルニア人を上層の奥へ直接招き入れた様です」

「動機は?」

「元皇太子であるアクバル様の遺体を蘇生させる為だそうです」

 死体が生き返るなどあり得ない。しかし、この頭の悪い従僕は生き返って皇太子に戻ると思っているのだろう。

「過去の事は聞き出せたか?」

 ハザク様の話の裏を取るべく聞くと、ラシッドはアクバル様の従僕として、ムスルがハザク様や他の王子の動向を探っていた事を話し始めた。

「アクバル様は、少しでも自分より勝る部分がある王子を目の敵にしていた様で、その情報を欲していた様です。特にハザク様は王位継承権を持たないのですが、研究者として認められている事が許せなかったとかで……目の敵にされていた様です」

 頭の良い兄弟が許せないと言う僻みか……。

 後はハザク様の話通りと言う事の様だ。

「流感で亡くなった頃、ムスルは騎士を買収して城から逃げたグルニア人を捕まえ、持ち出した禁書も見つけたそうです。中を見ると人を蘇生する魔法だったそうで、魔法の研究をしているハザク様を連れて来て、アクバル様に魔法を試したが失敗したそうです」

「なるほど……グールになった経緯をそう見ていたのか」

「グール……ですか?」

「死体を動く兵器にする魔法だ。動く死体をグールと言う」

 ムスルががばっと顔を上げた。

「嘘だ!」

「嘘では無い」

 俺が睨むとムスルは怯んだが、まだ言った。

「アクバル様が生き返る魔法だ!俺は確かに禁書の中を読んだ!」

「起き上がって動いているが生き返る訳では無い。ハザク様は専門家だ。間違えていない」

 俺の言う事が事実だと分かるまで暫くかかったのか、沈黙した後言った。

「知って居ながら、実の兄弟にその様な魔法をかけたのか!相手は皇太子だぞ。大罪だ」

「自覚しておられる」

「騙された。許さぬ。許さぬ……」

 許さないのはこちらも同じだ。

 俺はブツブツ言っているムスルの髪の毛を掴んで顔を上に向けた。

「貴様の害した者の数……両手で足りないのだが、それに対してはどう落とし前を付けるつもりだ?」

 俺は更に髪を掴み上げる。

「アクバル様は亡くなった。お前はただの従僕だ。騎士に敬意を払う事も忘れたか?」

 ムスルが目を見張る。

「昔は大層綺麗な従僕だったそうだな。今は礼儀知らずで、意地の悪そうな老人にしか見えないが」

 年老いた現実を指摘してやれば、震えて涙を流す。……四十年近く、時間が止まったままだったのだろう。それを無理矢理、動かす。

 動いた時間の中でやった事を思い出させる。

「貴様が地下でグールに与える人間の基準は何だ?」

 泣いている頭を髪の毛で揺さぶる。

「言え!」

「魔法の使える素養のある者」

「どうやって調べていた」

「グルニア人に髪の毛を……渡していた」

 髪の毛で調べられるのか。

 皇女とは違う別動隊が居る。何処に行ったのか分からないが、そっちがモイナの誘拐にも関わった奴らだ。

 アクバル様を麻薬漬けにした頃から居るのだとすれば、長年潜伏しているから、他にも拠点があるのだろう。厄介な奴らを相手にせねばならないらしい。

「何故そんな事をした?」

「アクバル様を生き返らせるのに、生贄が必要だと……グルニア人に……」

 舌打ちして、俺はムスルの髪の毛から手を離した。

「ラシッド、さるぐつわを噛ませて見張りを置け。忌々しいが、こいつは死なせてはならない」

「はい」

 ムスルの処置を見届けて、俺はラシッドを引き連れて部屋を後にした。

 二人で下層の執務室へ行くと、アリ先生が来たので、クザートと共に中層の騎士の間へ移動したとの事だった。俺達もすぐに中層へ上がる。

 騎士の間は、騎士の集まりに使われる。毎日朝礼で中層の騎士が使っている以外も、緊急の騎士の集まりに備えて必ず空けられている部屋だ。

 俺達が入ると、立って何かを話していたクザートとアリ先生が振り向いた。バロルも居る。どうやらハザク様の話を聞いて、城まで来た所の様だ。

「ジル、ラシッド」

 クザートが手招きをするので、俺達は近づく。

「ナジームはまだクルルス様の護衛だ。コピートはグルニア人の尋問中」

「分かりました。ムスルは拘束してあります。色々、自白してもらわないといけないので」

 アリ先生は俺の方を見て言う。

「よく、殺さなかったな」

 俺は押し殺した怒りを、笑みで消して言った。

「殺したいですよ。今も」

 どんな顔をしていたのか分からないが、バロルがビクっと飛び跳ね、クザートやラシッドまで顔色が悪くなったので、上手く笑えていなかったのだと思う。

「おかしな事を聞いた。……こんな時でも異能を制御できる様になったものだから、つい、つついてしまった。研究者と言うのは罪深いな」

「俺でも止めるのは無理なのですから、迂闊な事はしないでください」

 クザートが、本気でアリ先生に訴える。

 俺は、気を取り直す様に言う。

「俺の異能の話よりも、ハザク様に聞いて来た魔法の話をお聞きしたいのですが」

 俺はその後、皆を椅子に座る様に促した。全員着席して話が始まった。

「ハザク様の話の軸は二つだ。一つが魔法燃料の事、もう一つが禁書に書かれている大魔法……今回の場合、グールの事だ」

 アリ先生は、内容をまとめて話し始めた。

「まずは、魔法燃料の事から話そう。魔法燃料に人がなると言うのは事実だ。しかし、魔法を扱う適性のある者の血しか、魔法燃料にならないそうだ」

「血ですか?」

「左様。体を巡る血を魔法燃料として活用できる者とそうでない者が居る」

 クザートが眉間に皺を寄せる。

「血を使うと言うのは具体的にどうするのですか?」

「私もバロルも不適格者だったから、魔法は使えなかった。だから具体的には教えてやれないが、ハザク様の話によれば、魔法を使用すると血が体内から失われるそうだ。小さな魔法であれば、何度も使えるし、日が経てば体調も回復するが、大きな魔法を使うと血を失い過ぎて死ぬそうだ」

「小さな魔法は使い続ける事が出来ると言う事ですか?」

 クザートの言葉にアリ先生は頷く。

 厄介な話だ。飲み食いして健康であれば、魔法が使い放題らしい。大きな魔法は使えないと言うが、小さくても俺達でなければ太刀打ちできない。

「調べる方法はどうなっているのでしょうか?グルニア人は髪の毛で調べるらしいです」

 俺の言葉に、アリ先生は答えた。

「ハザク様も同じだ。禁書の最初に載っている、まじないの様なごく小さな魔法で分かるそうだ。適格者の髪の毛は魔法に反応するが、そうでない者の髪の毛は反応しない」

「ハザク様は調べたのですか?」

「横道に逸れた話になるが、王族は全員魔法使いだ」

 俺達は驚いて目を見張る。

「三千年前、魔法燃料を空中から燃やし尽くす大魔法を使ったのは、パルネアとポートの王族だ。どちらの王族も魔法は必ず使える。先祖の血がそうなのだから」

「初耳です」

「元々、王族と少しの関係者しか知らない極秘の話だ」

 アリ先生は続けた。

「この話は今度改めてする。ではグールについて話をしよう」

 気持ちの切り替えは騎士の基本だから、俺達はその事から頭を切り替える。

「大魔法は名前の通り、規模の大きな物と奇跡に近い事を行う物がある。これらには大量の魔法燃料が必要で、現状で使用すれば死者が出る」

 アリ先生は言葉を切って続けた。

「今回使用されたのは、死者を兵器へと変えるグールの書だ。元皇太子、アクバル・ポート様が流感でお亡くなりになり、その死体にハザク様が魔法をかけた。それが今地下に居る怪物の正体だ」

 クザートが恐る恐る聞く。

「王族の遺体となると、我々が傷つけても大丈夫でしょうか?」

「誰も否とは言うまい。クルルス様から話を付けてもらえば良いだろう。お前達には討伐を最優先にしてもらいたい」

「それで、グールと言うのはどう言う兵器なのでしょうか?」

「グールの魔法術式は光に弱いと言う弱点を抱えているそうだ。それ故に、明るい間は地面に潜り、夜になると地面から出て来て人を襲う。知性は無く、襲った者を殺して食らう性質がある」

 暗い場所で人を襲って食らう。正に地下に居る怪物と同じだ。

「見境なく襲って来ないのは何故ですか?」

「グールの兵器としての目的は、パルネア人とポート人の魔法適性者を夜襲する事にあった。だから、魔法適性のある者を優先的に襲う。しかも今は空気中の魔法燃料が無い。グールの活動にも魔法燃料が必要だから、襲うのは適性者だけになっていた様だ」

 グルニア人は自分達の居ない場所で、魔法適性のある異民族を狩るのにグールを用いていたらしい。

 敵国に存在する自分と同じ能力の者を狩るのに、死体を利用する。……合理的かも知れないが、酷く歪んだ発想だと言わざるを得ない。魔法の開発者は、異国の魔法使いがどうしても許せなかったのだろう。

「襲われた見習い達は、魔法適性者だったと言う事ですか?」

「恐らく」

 レイニス、そしてミハイルは、魔法適性者と言う事らしい。

「一人襲うと、数か月は動けると考えていいですか?」

「左様。摂取した魔法燃料は体内に貯蓄して使用する。土に埋まりながら夜に移動して、魔法適性者を襲う為らしい」

 バーンと音を立てて扉が開き、クルルス様が扉を蹴って入って来た。背後にはナジームとアルスが立っている。機嫌は良さそうだが、殺気立っている。

「おい、外道魔法の使用に関して、議会の年寄共が知っていて黙っていた事を認めた。ハザク叔父上の罪をもみ消した奴らだ。全員引責辞任だ。討伐は議会からの依頼にもなる。騎士団は遠慮せずに狩れ」

 俺が展開の速さに驚いていると、クルルス様の背後でアルスが扉を閉めて、クルルス様とナジームがテーブルの椅子に座る。

「早いですね」

 俺の言葉にクルルス様は頷いた。

「セレニーだ」

「セレニー様?」

「ローズが襲われたが無事だと伝えようとして、ラシッドの作った報告書を全部読まれた。……セレニーは一緒に会議に出ると言い張って聞かないから連れて行ったら、物凄い勢いで議員共をやり込めた」

 本当なのか、同席しているアルスとナジームは何度も頷く。

「セレニーにとって、ローズは姉に等しい存在だ。同時にこの国に来てからの苦楽を共にした同士でもある。失えば女神の様に寛容なセレニーも失う。ポートの大損失だ」

 これ程までにセレニー様にも大事にされているのに、何故命を盾にして犠牲になっても良いと言えるのか。ローズにはしっかり教えねばならない。全て終わったらそうしよう。俺はそう決めて話を進めた。

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