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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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ローズ、グルニア人に攫われる

 私がいつも通り奥に行くと、従僕の一人が駆け寄って来た。

「来てはいけない」

 名前も知らない従僕は凄く慌てていて、私を元来た執務室の扉の方へと押し戻そうとした。

「え?え?」

 訳も分からず押されていると、その背後からムスルと見慣れない女が奥の部屋から出て来た。

 背の高い美女だ。若い。二十歳前後だろうか。金髪に金色の目をしている。……初めて見たが、多分グルニア人だ。これはまずい。

 そう思っている間にも、女が手を差し出して何か呟くと、体が動かなくなった。私を押していた従僕も動かない。

 金縛り状態で、近づいて来る女とムスルを見る。

 前世のイメージ通りの、王道的な魔法の様に思える。燃料が無いと魔法は使えないと聞いていたが、使えている。

 これは一体どういう事なのか。

 女は歩み寄ると、懐から刃物を出し、迷わず従僕を刺した。

 助けてくれようとした人は動けないままだ。魔法で金縛りになっている影響だろう。刺されても傷を庇えないし、倒れない。

 声も出ないし、表情も変わらない。私も同じく悲鳴も上げられない。

 人殺し!

 初めて見る惨状に意識が悲鳴を上げるが、体は全く言う事を聞かない。

 一瞬気が遠くなったが、血のむせかる様な匂いで、意識はすぐに覚醒した。

 女は、私に向かって言った。

「お前の連れて来た騎士が捕えているグルニア人は、私の部下だ。……返してもらう。声を出しても抵抗しても、同じ事になると思え」

 グルニア人の軍人が入り込んでいると言っていたが、グルニアには女性軍人も居るらしい。

 奥から出て来た二人の男達も、グルニア人だった。

「連れて行け」

 その言葉と同時に金縛りが解けて、私は運ばれる事になった。

 従僕を刺す動作は素早く迷いが無かった。たったの一撃。何処を刺せばいいのか知っているのだ。

 ラシッドが言っていた。治安部隊では捕まえられない様な手練れだったと。しかも、この女は部下だと言った。……手練れだ。抵抗する素振りだけでも、殺されるだろう。

 担がれて速足でグルニア人達が進み、ムスルも一緒の様だ。担がれているから、グルニア人の服しか見えない。何処を通っているのかは分からない。バタンバタンと、何か所かの扉を開けて移動する。

 やがて、水の音が大きくなり、木の軋む音が聞こえて来た。水しぶきが細かい霧の様に舞っていて、水の匂いが充満している。そこから、壁沿いに細い階段を、らせん状に下りていく。

 どうやら、上層へと水をくみ上げる装置の脇をぐるぐると下へ向かって降りているらしい。

 四人は、無言でどんどん降りて行く。

 どれだけ降りたのだろう。男の声がして、ふわっと周囲が明るくなった。また魔法だ。

 軍人で魔法が使えるとなったら、リヴァイアサンの騎士でもなければ、対抗できない気がする。

 それから暫くして階段は終わった。また扉の音がバタンバタンしている。底だから、ここは地下と言う事だろう。

 ジルムートは地下への入り口は一つだと言っていたが、こんなルートもあるのだ。

 どさっと乱暴に床に落とされて、私は周囲を見回した。入って来た扉以外、三方向が壁の部屋だった。

 言葉を発したら危険なので黙っていると、女は私を見て言った。

「お前は、化け物の妻だと聞いた」

 化け物……リヴァイアサンの騎士の事か。

「ただ待って居るのもつまらない。異能について、知っている事を話してもらおうか」

 私達が魔法の事をよく知らない様に、あちらもリヴァイアサンの騎士の事をよく分かっていないのだ。

「ロヴィスの軍人に凄まじい破壊力を見せたそうだな。その影響で、ロヴィスはポートの友好国としてグルニア帝国に対して一切の支援をしないと通達された。ロヴィス寄りの他国もそれに従う形で支援を打ち切って来た。飢饉で苦しむ我が国では、この冬大勢の者が寒さと飢えで死ぬ事になった」

 ジルムートが武器庫を破壊した件で、ロヴィスはグルニア帝国との縁を切っていたのだ。……まさかそんな事になっているとは、夢にも思わなかった。

「我が国の魔法技術を、蛮族の化け物が上回るなどあってはならない。我々は化け物を討つ」

 ジルムートに聞いた通りの選民思想の上に、軍人の思考だ。

「言え。リヴァイアサンの騎士の異能とは、どのようなものなのだ」

 どうしよう。ジルムートは王立研究所に行っているから城に居ない。

 ラシッドは……私がグルニア人の軍人と交換する為の人質として連れて来られているのを、今頃知っている筈だ。

 グルニア人で魔法の使える人が最低二人は居る。ラシッドの異能はどの程度強いのかよく分からない。上層の騎士達は精鋭だが、さっきの金縛りをされたら全く対抗できないだろう。

 しかもここは城の地下だ。異能を使えば壁が崩れて城も崩れる。異能は使えない。……来たら、ラシッドは不利かも知れない。

「正直に言わねば殺す」

 人の心配より自分の事!死ぬ。何か、何か、言わないと……。

 とっさの閃きを、口に出す。

「私は御覧の通りパルネア人です。リヴァイアサンの騎士の妻になりましたが、大事な事は何も知りません」

 女は、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「化け物を慰めるだけの女か」

 ここは演技力が試されている。……頑張れ、私の侍女モード。無力な女の武器を、今こそ発揮する!

 泣き声をあげて顔をお仕着せのエプロンで覆う。……嘘泣きだ。今は命の危機で、涙が出るどころの騒ぎでは無いから、お仕着せのエプロンで顔を隠しながら痛い位に目を刺激する。

「命だけはお助け下さい」

 顔を上げて震える声で言う。……目が真っ赤で涙目になっているのは間違いない。痛いし、視界が少しぼやけている。

 女は騙されてくれたらしく、私に興味を失い、部下達やムスルの方に移動した。

「早く、アクバル様を人間に戻してくれ」

 ムスルは女に訴えた。

 女は半眼でムスルを見て言った。

「禁書だ。禁書が無くては、どうにもならない。術が分からない」

「探したが見つからなかったと、何度言えば分かるのだ。お前達の国の技術だろう」

 ムスルはおどおどして続けた。

「奥の王族が居なくなったら、俺は城に入れなくなる。もうルイネスがもたない。早く何とかしてくれ」

「ポート人が魔法など使うからこんな事になるのだ」

 ムスルがルイネス様を憎んでいるのに、殺さない理由が分かって来る。

 クルルス様は、王族が居なくなったら奥の従僕を解雇して、奥そのものを休眠状態にするつもりなのだ。従僕達は皆、高齢になってきている。多分、私が奥に行く前から決まっていたのだ。

 しかしムスルは城に目的があるから、それを受け入れられない。ルイネス様が生きている内に、その目的を果たしたいのだ。だから、グルニア人に家を貸していたのか。

「ルイネスは動けないが頭が切れる。他の従僕を懐柔して、俺のやっている事を嗅ぎまわるから眠らせていたら、そこのパルネア女が邪魔をした。騎士を連れて来たのだ」

「その騎士の話は聞いた。リヴァイアサンの騎士らしいな。ダルコ、本当に強いのか?」

「難敵です。魔法を唱える隙がありませんでした。間合いを取っていたのに、レフが一瞬で倒されました。何が起こったのか分からず、逃げる事しか出来ませんでした」

「レフは必ず取り戻す。我々は全員で生きてグルニアに戻る。いいな?」

「「はっ!」」

 ラシッドは、軍人を一人逃がしていたらしい。……話を聞けば、逃げた場所が分かると思っていたのだろう。でも、この様子だと逃げ回って今に至っている様だ。ポートでは、この容姿は目立つ。

 よく見ると衣服が汚れている。ムスルの家と言う潜伏場所を失って、行き場所が無かったのだ。

 どうやら、魔法よりもリヴァイアサンの騎士の異能の方が強いらしい。呪文を唱えなくていいから速いのだろう。

「姫様、そろそろ移動を」

 今姫って言った?

 グルニアの貴族か王族って事?凄く偉そうな態度だし、確かにそれっぽい。でも怖過ぎる。お姫様が人殺しに慣れているとか、何て国なのよ。

「女を連れて来い」

 何となく、状況を悟った。

 どん詰まり状態の人達が集まって、私を切り札に何とかこの場を凌ごうとしているのだ。

 無理だ。大人しく投降すれば良かったのだ。そんなに仲間が大事なら、何故あの人を殺したの?

 私を逃がそうとしてくれた従僕を思い出す。きっとラシッドに手紙を書いた人だ。名前も知らないけれど、間違いなく良い人だ。

 今頃になって、悲しみと怒りで涙が滲んだ。

 腕を引っ張って立たされたので、大人しく従う。

 しっかしなければ……悲しんでいたら、何も考えられなくなる。死んでしまう。唇を強く噛んで、内側の感情を見ようとする意識を、無理矢理外に向ける。

 壁を女とダルコと呼ばれた男が押すと、返し扉になっていて、重い音を立てて動いた。

 そこから出ると、魔法の届く範囲以外は真っ暗だった。

 何処に行くつもりなのか。

 ジル……ジル……。

 届かないのは分かっているが、念じてしまう。そうこうする内に、かがり火の焚かれた空間になった。

 先が広くなった場所に、ラシッドと……兜を被った巨体の人が立っていた。兜の人が、あまりに異様なので、全員が立ち止まって目を丸くした。

「グールだけでなく、ゴーレムの魔法まで発動しているのか」

 私の腕を掴んでいる人が呟く。

 騎士の制服を着ているから、魔法とかじゃない。多分、ハリードだ。

「姫様お気を付けください。レフを倒した騎士です」

 ダルコが早口で言う。

 他に誰も居ないから、姫様はラシッドを睨み付けて、高圧的に言った。

「私の部下は何処だ?」

 ラシッドは答えない。

 物凄く怒っている。周囲に靄がかかって見えるのは、間違いなくラシッドの異能だ。

 ここで異能を使えば、私達には天井が崩れて落ちて来る。ラシッドもそれは分かっている筈だ。

 グルニア人達も靄が気になるのか、ちらちら周囲を見ながら、ラシッドを警戒している。

 視線をそらさないまま、ラシッドが片手を出す。ここは見習い騎士の鍛錬をしている場所の様だ。ハリードの足元には銛が積まれていた。

 ハリードは、すぐに銛を出すとラシッドの手に渡す。

 ラシッドはそれを握ると同時に、迷いなくそれを投げた。凄い勢いで飛んで来た銛は、避ける間も無くガルゴに当たった。

 銛が太ももに刺さって、ガルゴはその場に叫んで倒れた。

「ガルゴ!」

 姫様が駆け寄ろうとしている所で、ラシッドは黙ってまた手を差し出し、ハリードは銛を投げて渡す。

 私の腕を掴んでいた男が私を放し、飛び込んで姫様を突き飛ばした。銛は姫様の居た場所を通過して、カラリと音を立てながら石の床に落ちた。

 私は自由になったので転がる様にラシッドの方へ走った。

 ラシッドが駆け寄って来て、転びそうな所を受け止めてくれた。

「おっと、ここで怪我をしないでください。俺が隊長に殺されます」

 そう言ってすぐに私を立たせると、自分の背に庇いながらラシッドは姫様達の方を見た。

「投降しろ!」

 ラシッドは、それからムスルを見た。

「ムスル・ハン、反逆罪で逮捕する」

 逃げても銛の餌食だ。ハリードも銛を構えている。ムスルはその場に座り込んだ。

「魔法を使います。呪文を唱えるので、口を……」

 私が早口でそう言うと、ラシッドは少し振り向いて頷いた。

 少し遅れて来た上層の騎士達によって、グルニア人達とムスルは捕らえられて、私も上層へ戻る事になった。ジルムートが来るまで詰所で待つ。

「俺の失態です。すいませんでした」

 ラシッドは、素直に謝った。

「……あの、奥で刺された方は」

 ラシッドは首を左右に振った。

 思わず涙が溢れて来る。ラシッドが慌てて言った。

「泣かれるとか、一番困るのですが」

「でも、あの人は私を助けようとしてくれて……名前も……知らないのに……」

 ラシッドは、ため息を吐いてから言った。

「人が死ぬと言う事は、俺にとってはどうでもいい事だったのですが、今回初めて肝を冷やしました。あなたが生きててくれて良かったです。あの従僕も、命をかけて庇ったあなたが生きていて本望だと思います」

 珍しくラシッドが優しいので、余計に泣けて来てしまった。

「泣き止んでくれませんかね。困ったな」

 ラシッドがそう言ったところで、血相を変えたジルムートが詰所に飛び込んできた。

 何も考えずに飛びついていた。ジルムートも抱きとめて、苦しいくらいに抱きしめてくれる。

「無事で良かった……」

 ジルムートの声がもう一度聞けたことに安堵して、更にしがみつく。

「グルニア人共は何処だ?」

「下層の一室に拘束してあります。ローズ様の話では魔法を使うそうなので、さるぐつわを噛ませています。尋問は対策を講じないと無理です。ムスルは別室に拘束してあります」

「見張りを立てて誰も入れるな。……クルルス様にも事実を伝えて、議会へも緊急事態だとして話をするように伝えろ。情報が混乱しないように報告書を二部作って、兄上とクルルス様へそれぞれ渡せ。内容はお前に任せる。兄上の分は、ナジームにも回して読ませておけ。クルルス様の事はナジームに任せる。議会と話す時にも随行しろと伝えろ。それと地下へは全員立ち入り禁止だ。細かい指揮は、兄上に任せる。……お前はムスルから情報を引き出せ」

「はい」

「俺は席を外す。各層の副官までは、中層の騎士の間に残る様に伝えろ。情報共有と今後の対策をする」

「分かりました。……申し訳ありません」

「今は何を聞いても許せそうにない。落ち着いてから聞く」

 ジルムートはそう言うと、私を横抱きにして速足で詰所を後にした。

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