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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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グルニア人とグルニア帝国

カイト・マウンセル……元序列十五席。拷問人形。クザートの娘であるモイナを誘拐し、将来的にはモイナの産む子でリヴァイアサンの騎士へと家格を昇格させようと目論んでいた。計画を阻止され、自省した後に自殺した。

 館に戻ってから、ローズの持って来たラシッドからの報告書を読んでかなり動揺した。

 今日、ポーリアの治安部隊に聞き込みに行っていたのだが、想像以上にグルニア人の話題が出て来て気になっていたのだ。

 治安部隊の者達の話では、グルニア人の軍人がポートに入り込んでいると言うのだ。

 どうやら、ロヴィスに渡ったグルニア人が偽造で国籍を入手した上で、軍を支援してポートに密入国させているらしい。

 まだクザートと話をしていないが、モイナの誘拐をカイト・マウンセルに唆したのは、ロヴィス人では無く、グルニア人だったと言う話も聞いた。

 だとすると誘拐に成功した場合、カイトでは無くグルニア帝国にモイナは渡る手筈になっていただろうから、カイトも騙されていた事になる。

 グルニア帝国にとって最大の脅威はリヴァイアサンの騎士だ。ジュマ山脈を越えられないグルニア人は、ポート湾からポートを攻め落し、パルネアにも攻め込みたいと考えている。

 そんな敵国にモイナが渡っていたら、どうなっていたか分からない。

 ムスルがグルニア人と繋がっている上に、魔法使用の疑い。しかも魔法燃料が人で代用できる可能性があるとなれば、危険極まりない。

 俺が今日聞いて来た話も交えて見解を話すと、ローズは酷く嫌そうな顔をした。

「私は、特にグルニア人にもグルニア帝国にも何も感じていなかったのですが、あちらは私達が嫌いなのですか?」

 俺は理解しているグルニア帝国の事を話す事にした。

「好きとか嫌いなどと言うレベルの話では無い。グルニア人の選民思想と言うのは、かなり特殊なのだ」

 俺も講義で聞いただけで実際のグルニア人に聞いた訳では無いが、それを説明する。

「グルニア人は自分達が天使で、この世界の人間を支配すべき存在だと考えている」

 ローズが、ぽかんとしている。

「グルニア人は金髪に金色の瞳の上に、肌もとても白い。見目の整った者が多いとも聞く。残念な事に、頭の中には選民思想が詰まっているが……。だから魔法の力も、自分達が特別である証としか思わず、平和的な利用方法を持たなかった」

 ローズは嘘みたいな話だと思ったのだろう。しかし、俺が嘘を吐く必要が無いのも分かっているから、微妙な顔をしている。

「本当だ。ポート人は肌が黒くて醜いから、蛮族として滅ぼそうとしていたと聞く。ラシッドが外道と言ったのは、ポート人の命を魔法燃料に使う事に躊躇いを持っていなかったからだ」

 ローズは、ラシッドが異能漏れを起こす程怒っていたと言った。……リヴァイアサンの騎士は、生粋のポート人だ。戦士の家系で王族と同じく最古から続いている。それをコケにされて激怒したのだろう。

「パルネア人は食料を作るのに必要な農奴で、パルネア平原は食糧庫だった。ポート人が、従順で大人しいパルネア人を扇動してグルニアから分裂させたとされているから、それも許せないのだろう」

 ローズは少し考えてから、恐る恐る言った。

「食糧が無くなって、グルニア人は飢えたのではありませんか?」

「だろうな。一方的に搾取して暮らしていたのだから、飢えて困っただろう。どうやってか凌いで、そこで侵略と言う発想になるのがグルニア帝国と言う国だ。未だにパルネアもポートも属国だと言い張るのだから、話し合いにならない」

 二人してため息を吐く。

「グルニアの軍人は、イルハム殿が見張っているなら賊に殺される心配はないが、地下牢に入れる訳にもいかない」

 イルハム・グリニス。ラシッドの父親は、元序列五席。ラシッドと気性が良く似ている。つまり短気なので、外道と長く一緒に置いておくのは危険なのだ。

「地下の事もあるが、そちらもやらねばならないな……ルミカが居れば、こういう調査は楽になったのだが」

「クザートには頼めないのですか?」

「モイナの誘拐の話があっただろう?兄上は報告を自分からすると言って、俺への報告を止めていた。私情で調査するつもりだったのだ」

「騎士では無く父親として、調べるつもりだったと言う事ですか?」

「多分な」

 娘がグルニア帝国に狙われていた。

 クザートがすぐ俺に、情報を提供してこなかったと言う事は、自分で調査をし終わるまで誰にも手出しをさせないつもりだったのだ。その軍人が、ラシッドでは無くクザートに捕まって居たら、魔法燃料の事など一切聞けないまま、モイナの件で拷問を受け、居なくなっていた可能性もある。

「今、兄上にグルニア人を捕えている話はしたくない」

 ローズが目を伏せた。

「怪物、魔法、グルニア人……。もう、ぐちゃぐちゃで、訳が分かりません」

「そうだな」

 二人で肩を寄せ合って、暫く黙って座っていたら、ローズがぽつりと言った。

「ラシッド様も言っていましたが、ポートに魔法の専門家などいるのですか?」

「王立研究所に問い合わせれば、居るだろう。一人や二人は……」

「知らないのですか?」

「知らん。俺は魔法に興味など無い。ローズは興味があるのか?」

 ローズは首を左右に振った。

「私の前世では、完全に空想の産物でした。箒に乗って空を飛ぶとか、変身して悪者を退治する女の子だとか」

「害が無くて良い事だ」

 俺が半眼でそう言うと、ローズは苦笑した。

「ジルも、魔法で何が出来るのか知らないのですか?」

「一応文献は読まされたが、人を殺す事に特化した兵器と言う印象しか無かったな。しかも仕組みがさっぱり分からない。一応魔法の使い方は禁書として図書館に……」

 禁書。確か一冊無いと言う報告があったが、どんな本だったのだろう。

 何時無くなったか分からない本だからと気にしていなかったが、ムスルが関与しているとしたら……。嫌な予感がする。こういう勘には、逆らわずに従う方が良い。長年の経験がそう告げる。

「ジル?」

「やっぱり明日、王立研究所に行く」

「居るか居ないか分からない専門家を訪ねて、いきなり出向くのですか?」

「急いで調べたい事がある」

 俺がそう言うと、暫く俺の顔を見ていたローズは、笑顔で耳かきを出した。

「では、早く寝て明日に備えましょう。もうお仕事の話は終わりです」

 気難しい顔をしていたのだろう。気を遣わせてしまった。

 ローズが優しい顔で両手を広げる。

「ジル、来て下さい。気持ちよくしてあげますから」

 今までの考えが一瞬で吹き飛んだ。全く違う衝動が脳天まで一気に駆け上がる。噴火しようとする火山の火口に岩を押し込む様な苦行を自らに強いる事になった。

「ジル?」

 ローズは動かなくなった俺を見て、小首を傾げている。全く俺を疑っていない。

 自分にしか懐かないからと大事に癒した狼が、すっかり癒されて元気を取り戻し、目の前の飼い主を食い散らかしたいと思っているなど、夢にも思っていないのだろう。

 クザートは一時の衝動で馬鹿な事をしたと思ったが、俺は何も分かっていなかった。知らなかったのだ。これ程辛いだなんて。変な汗が出て来る。

 とは言え、こんな状況でまたローズとこじれたら本当に参ってしまう。

 耳かき、耳かき、耳かき……。

 まさか、この呪文にまた頼る事になろうとは。

 ローズは、以前よりずっと表情が柔らかくなって色気が出ているのだが、本人は無自覚だ。胸がどうとか言っていたが、ちゃんと柔らかいのは知っている。俺はそれで十分というか、他の胸はいらない。

 耳かきは気持ちいいだけでなく、再び甘美な地獄に戻りつつある。

 耳かきの後、眠ってしまったローズをベッドに寝かせて廊下に出る。窓から星空を見上げ、俺はため息を吐いた。

 翌朝。

 出仕してからラシッドとバロルに今までの事を話し、バロルと共に王立研究所に向かう旨を告げた。

「隊長が行ってくれるのなら、良かったです。禁書の事で打診はしていたのですが、返事がまだでして」

「お前は、アリ先生が苦手だからな」

「隊長だって苦手じゃないですか。あの人が得意な人なんて居ませんよ」

 アリ先生は、ラシッドの能力の事を凄く知りたがる。ラシッドはそれで苦手なのだ。

 ラシッドは昔から冷めているだけでなく頭が良くて、先生の講義を一度受ければ、あらかたの事を覚えた。俺の様に繰り返し学習する必要が無かったのだ。

 暇そうにしているラシッドに、アリ先生は出来るかどうかも分からない、特殊な異能の制御方法を指導した。興味本位で先生が指導した方法を、ラシッドは習得してしまった。

 俺を含め、他のリヴァイアサンの騎士には習得出来なかったから、先生はラシッドに異能がどうなっているのか、経過を聞きたがる。

「まだアレをやっているのか?」

 ラシッドはにやっと笑った。

「限界を知りたいのですが、なかなか限界にならないので」

 何処まで出来る様になったのだろう。知りたいが少し怖い気もする。

「そうか。上層を頼むぞ」

「ローズ様の事はお任せ下さい」

 あえて言わなかった事をバロルの前で言われて少し恥ずかしい思いをしつつ、城を出て馬に乗った。

「あの……ラシッド様と話していたアレって何ですか?」

 バロルが恐る恐る聞いて来る。

 ローズの事を冷やかされるよりも、ラシッドの方に気が向いていた事にほっとする。

「リヴァイアサンの騎士の異能の事だ」

「僕は聞かない方がいいですね。すいません」

「構わない。別にあいつも隠していない。使う機会が無いから、見た者が殆ど居ないだけだ」

「凄そうな話ですね……」

 バロルは聞く気を一気に失った様だが、間を持たせる為に話す事にした。

「そもそもリヴァイアサンの騎士の力の仕組みも、バロルは分からないのではないのか?」

「去年のジルムート様とクザート様の試合は見ていましたが……ジルムート様の力で武器庫が壊れたのは分かったのですが、理屈はさっぱりです」

「俺達の力は、空気や水を伝わる衝撃波なのだ」

 衝撃波。つまり振動だ。

「肉体が丈夫でないと、内側から発生させる衝撃に体が耐えられない。だから体が弱い者は異能があっても使うと死ぬ。人や物に触れて体術を使うと怪力を発揮するのは、衝撃波を直に相手の肉体に流して体術の補助に使うからだ」

 衝撃波に個性があってそれぞれ違う様に思えるが、本質は同じだ。

「衝撃波を生み出さなければ、普通の人間と変らないと言う事ですか?」

「そうだ。ただ感情に左右されるから、漏れる事もある」

「えぇ?大丈夫なのですか?」

「漏れている力の振動は微弱だから、せいぜい過敏な者が具合を悪くする程度だ」

 クザートの力が漏れていた事に、バロルは全く気付いていない。オドオドしているが、神経質な質では無い様だ。

「波だから発すると進む。それが普通だ。しかし、ラシッドはそれを留める事が出来る」

「どうやっているのですか?」

「俺は習得できなかったから、分からない。とにかく凄い事なのだ」

「申し訳ないのですが、何が凄いのか説明して頂けませんか?よく分からないので」

 バロルが眉間に皺を寄せて考えている。だから、実際の技術について話そうとしたが、話はそこで途切れる事になった。

「ジルムート様!」

 細道を出て大通りに出た所で、背後から声が聞こえた。

 振り向くと、馬に乗ったジャハルが手を振っていた。

「久しぶりだな。ジャハル」

「ジャハル様!」

 バロルも嬉しそうにしている。

「バロルではないか。元気か?」

「はい!」

「ジルムート様のお供をするとは、大した出世だ。お前は頭がいい上に世話好きだから、副官に向いている。精進しろよ」

 ジャハルは騎士団を退団した。だから、序列から見ても不自然な取り合わせなのに、一切疑問を口にしなかった。ジャハルらしい線引きだ。

「ジャハルはどうしたのだ?」

「ミハイル様を送る途中ですよ」

 ふと見ると、ジャハルの背中にミハイルがしがみ付いているのが見えた。

「乗馬を経験していないと言う事なので、馬車を止めて馬で送迎しています」

「……早く進んで」

 ミハイルは怖がって呟く。

「大丈夫ですよ。つかまってさえ居ればいいのですから」

「俺が腕に力を入れたら、ジャハルが死ぬんだけど!」

 ミハイルはそれが怖い様だ。ジャハルは振り向いて笑う。

「鍛錬だと思って頑張って下さい。俺は出来ると思っているから、お乗せしています」

 ミハイルは少し赤くなって、ジャハルの背中にぎゅっと顔を押し当てた。

「分かった」

 わめいてばかりいた頃と違う。すっかり大人しく素直になっている。ハリードも言っていたが、本当の様だ。

 ゆっくりと馬を進める。

「もしかして、相乗りは今日からなのか?」

「いいえ。後ろに乗るのが初めてなだけです」

 ジャハルは、のんびりと言った。

「前にお乗せして、目線の高さと手綱を握る事に慣れて頂いていたので、今度は後ろに乗って頂きました」

 乗馬はバランスが大事だから、とにかく乗って感覚を覚えなくてはならない。前に乗せてばかりいると、騎手にもたれて重心が後ろになりがちだから、今度は後ろに乗せているのだ。……きっと一人で姿勢を正して乗る程には、まだ体が出来ていないのだろう。

 ミハイルは、ずっと地下でじっとしていた。体を殆ど鍛えていなかったから、発見がもう少し遅れていたら、異能で自滅していた可能性もあったと聞いている。

 今はジャハルが、体力を伸ばしている最中だと言う。

「ハリード様は、鍛錬をミハイル様に付けていると自分と重なるのか、かなり嫌な思いをされるみたいなので、僭越ながら俺の方でやらせてもらう事にしました」

 館でオズマの記憶を思い出しながら鍛錬するのはハリードにとって苦痛なのだろう。このまま行けば、剣技の得意なリヴァイアサンの騎士が誕生するかも知れない。それはそれで良さそうだ。

「あの、このお子様はどちら様でしょうか?」

 バロルが今更聞くので、俺とジャハルは顔を見合わせた。

「ミハイル・カイマン。ハリードの弟だ。お前が噂で聞いた、手乗りの悪魔だ」

「え?えぇ?えええ?」

 バロルが分かり易く動揺し始め、俺とジャハルはそれを見て笑った。

 そうこうしている内に、王立研究所に到着した。

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