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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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ムスルと魔法

「セレニーの所に今日は行ってやってくれないか?ローズはセレニーの侍女だから、心配なのだろう」

 カルロス様のお見舞いについて、ルイネス様には心配をかけてしまった。

 クルルス様の心境を勝手にルイネス様に告げるのは、さすがに無理だ。それで、セレニー様のお加減が悪いと言って誤魔化したのだ。

 本当は体調ではなく、悪いのは機嫌だ。長く居ると嘘が見破られそうで怖いし、気がかりはちゃんとしておいた方がいいので、素直に応じる事にした。

「申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」

「ここにはあんた以外にも従僕が居る。あんたが働き過ぎで、暇を持て余しているから丁度いいだろうよ」

 私の居ない時間にお世話をしている従僕が確かに居るのだから、当然だ。とは言うものの、ムスルに目を付けられたら危ないから、少し心配だ。

「安心しろ。ラシッドが来るようになって、従僕達は元気になった」

「そうでしたか」

 ほっとしていると、ルイネス様は言った。

「行く前に、枕の位置をもう少し上にずらして行ってくれないか?」

「はい」

 私は枕を上にずらそうとして、枕の下に挟まっている紙の存在に気付いた。

 私は、迷わずそれを取ってお仕着せのポケットにしまうと枕を少しだけ上にずらした。

「これでよろしいですか?」

「ありがとう」

 ルイネス様は笑いながら、満足そうに頷いた。

 ……セレニー様の事だけではない。これをラシッドに届けさせたいのだ。

 私はすぐさま奥を抜けて、ラシッドの所に速足で向かった。

 中層で会議中だからセレニー様は居ないと、出会った上層の騎士が教えてくれたからだ。ラシッドは、会議中は詰所で書類仕事をしていると自分で言っていたから居る筈だ。

「あれ?ローズ様じゃありませんか」

 詰所に飛び込むと、ラシッドが顔を上げた。

「お茶のお誘いって感じではありませんね」

 ラシッドが立ち上がったので、近づいて枕の下にあった紙を手渡した。

 ラシッドはそれを受け取ると、黙ったまますぐに中を読み始めた。内容は、多分ムスルについて他の従僕が書いた何かだ。

 知りたい所ではあるが、侍女としてセレニー様が帰ってくるのを王妃の部屋で待ちたい。

「確かにお渡ししましたよ。では、私はこれで」

 立ち去ろうとすると、ラシッドが待ったをかけた。

「ローズ様、ちょっと読み終わるまでそこに居てくれませんかね」

 内容が酷いから一緒に居て欲しいと言う質ではない。コピートならそう言うのもあったかも知れないが。

「隊長と情報共有するのに、あなたから伝えてもらうのが手っ取り早いので」

 伝言用に居て欲しいらしい。そんな事だろうと思った。

「私が上手く伝えられないとか思わないのですか?」

「俺から内容についての報告書を書くので、隊長に渡して下さい」

 内容を聞かずに回避できるらしい。セレニー様のドロドロに向き合わねばならないので、気力は残しておきたいのだ。

 ほっとしていると、ラシッドはにっと笑った。

「勿論、ローズ様には補足説明をお願いしたいので、事情は聞いてもらいますよ」

 どうもリンザの件で怒鳴って以来、ラシッドには敬意を払えない。その為か、上手く侍女モードのスイッチが入らない。そのせいで表情から感情を読み取られてしまう。

 失礼な相手も、侍女の仮面で受け流してきた訳だが……こんな奴相手に、侍女の自分を振りまく必要が無いと最初に思ってしまったせいだ。こう言う奴程、距離を置く為に侍女モードが必要なのに。

 ラシッドは再び紙に視線を落とした。しばらく読んで宙を見て考えた後、紙を出して何やら書いている。

 ジルムートと同じで、綺麗で乱れの無いお手本みたいな字だ。リヴァイアサンの騎士の書く字は、皆こんな感じだ。

 日本で印刷された文字に慣れている私は、読みやすいと思うだけであまり違和感を覚えない。

 しかしディア様に言わせると、書き手の感情や性格を全く切り離した文字で少し怖いと言われた。

「クザートが言うにはね、鍛錬と同じで、正確に間違いなくやらねばならないと思うと、文字はこうなるそうなの。……モイナにそんな鍛錬はして欲しくないのだけれど、力の制御には必要だと言われてしまって、この先が不安になる時があるの」

 ディア様はモイナに優しい女性らしさを失って欲しくないのだろう。

 気持ちはわかる。けれどジルムートに相談しても、クザートと同じ返事が返ってくるのだろうなと思う。

 女の子でなくても、子供が無個性になってしまうと思ったら、何となく不安になるだろう。……私はリヴァイアサンの騎士に接する機会が多いから決してそんな事にはならないと分かっているが、ディア様はまだそこまでの心境になれないのだ。時間はまだかかるだろう。

 そんな事を考えている内に、ラシッドはジルムートへの報告書を書き上げてしまった。

 仕事が早いと言うのは本当らしい。

「では、さっきの紙の内容と、俺の調べていた事をまとめて話します」

 居住まいを正すと、ラシッドは話し始めた。

「ローズ様も無関係な話ではありませんよ。ムスルの事です」

「ムスル様ですか……」

「あれは犯罪者です。様なんていりません」

 ラシッドはそう言って、ムスルが奥の従僕を務めてきた経緯を話し始めた。

 ムスル・ハンは、ルイネス様の腹違いの兄である元皇太子、アクバル様の従僕だった。

 アクバル様は、非常に見た目の美しい王子で紫の瞳をしていた。しかし見た目のせいで甘やかされて育っていた事もあり、問題行動の多い王子でもあった。

 特に問題だったのが、麻薬に手を出した事だった。麻薬のせいで異常行動もかなり目立っていた。

 そんな時に、王族を流感が襲った。アクバル様は流感が原因で命を落とす事になった。麻薬漬けの皇太子が居なくなり、従僕達は内心安堵していた。ムスルは奥に追いやられ、表での仕事を失う事になった。それがルイネス様が城に来る前の事だ。

 ラシッドはそこで話を区切った。

「華々しい皇太子の従僕が、引退した王族の世話しか出来ないのですから、かなり屈辱的だったと思います。元々奥に配置されていた従僕達とは違います」

 あの気位の高さなら、自殺していてもおかしくない。でも生きている。

「ムスルは、アクバル様に捧げるぞ、と従僕達を脅し続けているみたいです。アクバル様を神の様に崇めているムスルが常軌を逸しているので、周囲は恐れているみたいですね」

「捧げるって、生贄って事でしょうか?」

「さあ、詳しくは分かりませんが、不気味ですし従僕達を脅すには十分だったみたいです。実際に居なくなった従僕も、結構居るみたいです」

「調べないのですか?」

「調べられないのです。城の従僕は王族との血縁だった過去があるのに身分は低いので、釣り合う結婚相手が居ないのです。その為、天涯孤独のまま死亡して戸籍が放置される事が多いのです。上層に勤めている従僕は年配者が多いでしょう?王族の血縁からの従僕はもうすぐ途絶えます」

 ……嫌な感じだ。調べない様な場所を突いて、何かがうごめいているような気持ち悪さがある。

「階段から突き落とす事もあったのですから、皆、行方不明になった訳では無いのですよね?」

「そこは俺も不思議なのです。アクバル様に捧げる方法としては一貫性が無いのです。だからこそ、従僕達は無差別殺人者の様にムスルの事を恐れています」

 確かに訳が分からないから怖いと言うのはある。しかしムスルはそこまで狂気じみている訳ではない。どちらかと言えば、明確な意図がある様に思える。

 ラシッドは少し考えをまとめる様に黙ってから言った。

「ローズ様は、魔法をご存知ですか?」

「いいえ」

 休日の朝、テレビで見ていた魔法少女とは縁が無さそうなので、即答した。

「グルニア人特有の特殊技術です」

「ポート人とパルネア人は使えないのですか?」

「伝承では使いこなせなかったとされています。グルニア人の選民意識の根源にあるものです。自分達だけが魔法を使えると言うのが侵略の理由です」

 全く迷惑な話だ。ラシッドは顎を片手でさすりながら、言葉を探すように続けた。

「使えなくなった原因は魔法燃料の枯渇です。その状態は今も続いている筈なのです」

 筈……。展開としては嫌な予感しかしない。

「どうやら使えるらしいのです」

 根拠も無しにラシッドはこんな話はしない。本人も調べて知った事実が不本意であるらしい。

「ムスルを調べていて、グルニア人に遭遇したのです。それで魔法燃料を得る方法を、偶然知る事になりまして、余りに突飛な話なので隊長に報告するか迷っていたのです」

 ラシッドは、とんでもない事を続けて言った。

「人が燃料になるらしいのです」

 私が絶句して目を丸くしていると、更に続ける。

「魔法燃料として使える人間とそうでない人間が居るみたいなのです。見分け方は知りませんが、それがムスルの基準かと思います」

「ムスルは、燃料になる者は燃料にして、出来ない者は階段から突き落とすと言う事ですか?」

「そう考えれば、ムスルの行動に法則性が見出せます。しかし信じたくないと言うか……」

 私も信じたくない。

「ところで、何故グルニア人が出て来たのでしょう?」

「ムスルの家の周辺で聞き込みをしたのですが、怪しい連中がムスルの居ない家に出入りしていると聞きまして、張り込んで捕まえてみたら、グルニア人だったのですよ」

 グルニア帝国とは国交を断絶している。当然、この国には居ない筈だ。

「そいつがただの商人か亡命者だったらまだ良かったのですが、軍人だったのです」

 ラシッドが言うには、治安部隊程度なら逃げられていた様な武芸の手練れだったらしい。

「痛めつけて聞きだしたら、ポート人がどの程度、魔法燃料として使えるか調べていたらしいのです」

「人を燃料扱いですか……」

 それはかなり引く。ラシッドに殴られても仕方ないかと思う。

「俺でも呆れる外道に、久々に会いましたよ。ポート人の魂は質が悪いから、半数以上が燃料にならないとかほざいたので、どうしてやろうかと今考えているところですよ」

 ラシッドから、ぞっとする様な気配が一瞬湧き出た。……これはリヴァイアサンの騎士の異能だ。一瞬辺り一面、深い霧に閉ざされた様な錯覚を起こす。霧を吸い込んだら死にそうだと思い、思わず息を詰める。凄く怒っているらしい。

 そんな異能を一瞬でしまいこんで、ラシッドはいつもの笑ったような人相で続けた。

「それで魔法の専門家を訪ねるか招くかしないといけないのですが、ローズ様からも、隊長に意見を聞いておいてもらえませんか?」

「分かりました。ところで魔法って何が出来るのですか?」

「俺も殆ど知りません。それも聞かないといけないのです」

 ラシッドは、少し難しい顔をして言った。

「しかも燃料にされた者がどうなるのか、話を聞いたグルニア人は言いません。……知らないみたいなのです。どちらにしても、大事な情報を漏らさないのは確かです。捕まる事も想定しているのだとすれば、用意周到です」

 どんなに拷問をしても、知らない事は話せない。

「すっきりしない話ですね」

「すっきりしないどころではありませんよ。聞かなかった事にして忘れようかと思ったくらいです。しかし、そうもいきませんしねぇ。そろそろムスルを絞らないとダメになってきました」

 ラシッドはため息を吐いてから、報告書を私に差し出した。

「とは言うものの、魔法ですからね。雲を掴む様な話です。しかもムスルは口を割る位なら自滅しそうな奴ですし。嫌になりますよ」

 地下は怪物、上層は魔法。酷い事になっている。

「とにかく、頑張ってください」

 私がそれ以外かける言葉が無くてそう言うと、ラシッドは苦笑した。

「くれぐれもリンザに飯を抜く様な指示はしないでくださいよ。俺、頑張れなくなります」

 人でなしの活力はおいしいご飯らしい。

「今は言いません。ところで、その軍人さんにジルが会いたいって言うかも知れませんから殺してはいけませんよ」

「そうは思うのですが、勾留場所が無いのが問題です」

「ラシッド様の館にいるのですよね?」

「仕方なくうちに置いているのです。俺のいない間に、居場所を特定されて殺される事も考えられますから、父上に頼み込んで見張らせているところです。外道なので口を開くとロクな事を言いません。父上が腹を立てて何かしでかすかも知れないので、早く何処かに移したいのです」

 偽装術の師匠……。それは危険だ。

「しかし、地下牢に入れようにも今は無理でしょう?城の下層から上にグルニア人を入れるのは、許可が下りません」

 ラシッドが言うにはグルニア帝国の大使館が無い事から、下層以上の場所に入れるには王か議会による承認が必須になるが、どちらもそんな許可は出さないと言うのだ。

 これは早くした方が良さそうだ。

「必ず伝えます」

 私はそう答えて、詰所を後にした。

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