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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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ラシッド・グリニスの報告

ポート城図書館……上層の空中庭園の中に建っている。王族や騎士団所有とされる禁書を収める目的で建造された。専門的な本は王立研究所の方に集中している為、一般に公開されている蔵書は王族が趣味で書いたり読んだりしていた本が多く、分類も雑で役に立つ本は少ない。

 クルルス様が自室に戻り、俺は下がる様に命令された。誰とも口を利きたくないと言わんばかりの態度だった。

 何も報告できないまま、外の警備を他の騎士に任せ、詰所に戻るとラシッドがニコニコして言った。

「修羅場でしたねぇ。父親が出来過ぎて、息子が普通だとああなるのですね」

「不敬罪で処罰するぞ」

「え~」

 不毛な話をいつまでもする気はない。

「とにかく、今日の報告をしろ」

「はい。図書館の司書から、隊長の方へ報告が上がってきました」

「何かの間違いじゃないのか?」

「いえ、これは騎士団の案件です」

 図書館と言えば、ずっと目録も本の場所も滅茶苦茶だった。

 ローズがポートに来て、夜中に城で本を読み漁っていた事がきっかけで、司書が新しく雇われ、中の蔵書が整理される事になった。

 当時、ローズを火気厳禁の図書館で火を使った罪で訴えようとした侍女が居たのだ。誰かの入れ知恵なのは明白だった。ポートの侍女は本など読まない。

 セレニー様に良からぬ事を吹き込んだ挙句、国庫に手を付けていた者の一人なので、処罰して訴えそのものを無かった事にした。

 安易に決まりを破るローズでは無い。何かあると思っていたのだが、大分後で聞いた。耳かき文明は夜も昼間の様に明るく、昼間の様に活動できる時間が長かったそうだ。人々は明るい夜を自分の為の時間に充てて、やりたい事をして過ごしていた様だ。

 その当時の習慣が出てしまったらしい。当然人に言える話では無い。ローズは司書に叱られる事になったが、それで終わりになって良かった。と言っていた。

 図書館は、王立研究所の図書館が別途ある為、他国の城にある図書館に比べて蔵書が少なく軽視されていた。しかし予想以上に蔵書が増えていて、司書二人で整理するのに数年を要した。

 最近、全ての本の目録が完成したと聞いている。それで騎士団に話が来たらしい。

 司書からの報告書を見ると、禁書とされている特別閲覧室の本が一冊紛失していると言う内容だった。

「禁書で騎士団に話が来るとなると……グルニア帝国関連の本か」

「そうです」

 この大陸には統一された大帝国の時代があった。お陰で言語は統一されているが、グルニア人はパルネア人を農奴にし、ポート人を蛮族として支配していた。

 二つの民族は反発して帝国から分裂と独立を果たしたが、グルニア帝国はこれを認めず、侵略を繰り返した。

 グルニア帝国が侵略してくると、パルネアもポートも苦戦を強いられた。グルニア帝国が魔法の国だったからだ。

 俺は、魔法なんて見た事が無い。使える人間にもお目にかかった事が無い。しかし、あったのは事実だ。かつての戦争では、火の雨が降って来たとか、射ると人を何処までも追尾する弓矢があったとか……嘘みたいな記録が沢山残っている。

 パルネア人とポート人も魔法を使おうとしたが、技術が無い上に人種的な問題もあって、上手く使えなかったらしい。それがグルニア人の選民意識を大きく刺激していたそうで……未だにそのままだ。

 とにかくそんな戦争の中、不利なパルネアとポートの二国は、グルニア帝国から魔法の力を奪う事にした。魔法を使用する際の燃料となる物が空気に溶け込んでいるそうだが、それを消し去る事にしたのだ。

 どうやったのか、詳しい事は俺も知らない。ただ、世界中の空気に含まれている魔法燃料を全て燃やし尽くして魔法を使えない様にしたと言う。グルニア人にも魔法を上手く使えない者が居たそうで、そう言う者達は虐げられていた事から、こちら側について技術を提供したとされている。

 その量は尋常では無く、再び魔法が使えるようになるにはこの世界が生まれてからと同じだけの時間がかかるとされている。王立研究所の試算だと億年単位の時間が必要だとされており、消し去ったのが約三千年前の事だから、当分は魔法の心配をしなくて良い事になる。

 そんな事実があって、グルニア帝国は魔法を使えなくなり、侵略に失敗する事になった。この当時の魔法兵器の技術を書き記しているのが禁書だ。これは戦争の戦利品だから、騎士団の蔵書と言う扱いになっている。

「無くなった禁書は題名も分からないそうですが……足りないのは確かだそうです。王立研究所の方に協力を要請して、調べてもらう事にしました」

 下手をしたら数百年前から無いだろう。戻って来るのは期待していない。

 特別閲覧室の中は、俺も確認した事が無い。魔法兵器になど興味がないから当然なのだが、入室許可を取れば、俺は見られる立場にある。今後の盗難に備え、装丁だけは確認しに行った方が良さそうだ。

「それは報告待ちだな。他には?」

 幾つか報告を受け、特に問題が無い事を確認した後、地下の話をラシッドにする。

「確かに怪物狩りは一発で終わらせたいですね。大事になってから失敗しましたでは、騒ぎになるのは目に見えています。……餌でおびき出せばいいのですよ。今度リンザの弟を一人借りて来ましょう」

 親指で、痛むこめかみを押しながら、ラシッドを睨む。

「お前は、黙って言われた事だけしていろ。おかしな事はするなよ」

 ラシッドは肩をすくめて見せた。全然反省していないのは明らかだ。

「ところで、ローズ様と一緒にカルロス様を連れて奥に行くなんて、大丈夫なのですか?」

 嫌な事を思い出させてくれる。

 結局、セレニー様の威圧勝ちで、俺とローズがカルロス様を連れてルイネス様の見舞いに行く事が決定した。クルルス様が改心してセレニー様に謝罪しない限り、これは覆らない。悪かった自覚はあるだろうが、ちゃんと謝るのが何時になるか分からない。

 そして、俺はローズに赦してもらえていないままだ。これは早急に許してもらう必要がある。しかし、完全な失言だった訳で……。後でクザートに聞いたら、女に体形と年齢の話は禁句なのだと言われた。俺はあそこで慰めるつもりが、絶対に触れてはならないスイッチを押してしまった様だ。

「大丈夫だ。多分」

 不機嫌に答えると、ラシッドが吹いた。

「多分って何ですか」

「俺がローズを怒らせたから、ローズが許すか、許さないかの二つに一つなのだ。俺に決定権はない」

 俺が眉間に皺を寄せて言うと、ラシッドはふむと顎に手を当てて言った。

「ローズ様、許してくれると思いますよ」

「何だと?詳しく聞かせろ」

「それよりも、いい機会だから報告しておきます」

 俺が食いつくと、ラシッドはローズの話は脇に押しやり、俺が地下で怪物の調査をしている間に、奥へ行った事について語り始めた。

 どうやら奥の従僕であるムスル・ハンと言う男は、問題だらけの様だ。

「従僕を捕らえるには証拠が必要じゃないですか。特に奥は治外法権なので。……実は、ルイネス様に睡眠薬が大量に使われている事は、奥に行っていた医者から直訴があって知っていたのです」

「何故報告しなかった」

「一年以上前の事です。俺がまだ中層に居た頃の話ですよ。それに俺個人に対して、ルイネス様の薬を処方している医者が、ムスルの殺害を依頼してきたと言う話でしたので、業務上の話と言う扱いはしていませんでした」

 グリニス家の噂はどこかで漏れた上に曲がって、暗殺者と化している様だ。近いが違う。こいつは金では動かない。

「金は弾むからルイネス様をあの従僕から救って欲しいと言われました。お察しの通り、断りました。その後、医者はすぐに殺されました。強盗殺人だと下層は判断したみたいですが、違うでしょうね」

 医者は良識的だったのだろう。しかし、相談する相手を間違えたのだ。……頭が痛い。

 ラシッドは仕事かリヴァイアサンの騎士が絡まない限り、人を殺したりはしない。それどころか、無関心に近い。この様子では、当時の上官であるナジームにも報告していないだろう。

「上層勤務になってから、階段でムスルが他の従僕を突き落としていたと言う目撃証言は何件も上がっているのですが、捕まえるには根拠として弱いものです」

 上層の従僕は、過去に王位継承権を放棄した王族の末裔が大半を占めている。貴族制度の無いポートで、王族から除籍された者達は、上層にそのまま留まる為に従僕となる道を選んだのだ。

 とにかく保身が第一の連中である事は確かだ。さすがに王族と血縁関係にある事を持ち出したりはしないが、上層を出て他の主に仕える気が無い。上層での仕事に影響が出ると分かると、あっさり証言を覆す事もよくある。証言が証拠にならないのだ。

「だから、ローズ様を害したら捕まえてやろうと思って見張っていたのですが、何もしないので残念です」

「害されては困る!」

 ローズ……俺が居ない間に、酷い目に遭ったな。

「ローズ様と約束してしまったので、殺す訳にもいきません。それにあのムスルと言う男、何か隠しています」

「分かった事でもあるのか?」

「今の所、俺の勘です。……初対面の時に、捻り上げて肩の関節を外したのですが、俺を恐れながらも、休まず出仕しています。余程、城に固執する事があるのだと考えるのが自然です。奥には今、ルイネス様しか居ない筈です。ルイネス様を殺したいなら、いくらでも機会があったのにそれをしていません。ムスルの行動は、どうにも腑に落ちないのですよ」

 ラシッドの言い分は分かる。しかし、

「いきなり従僕の関節を外すとか、やめろ」

「そうは言いますが、ローズ様をこのアマ呼ばわりして、縛り首だと……」

「許す」

 ローズに対する暴言を封じる為であれば、いくらでも外せ。俺が許可する。

「そのムスル・ハンについては、お前に任せる。ローズを必ず守れ」

「はい」

 本当なら俺が何とかしたい所だが、地下の怪物の事もあるから上層に長く居る事は出来ない。

 人でなしに任せるのは嫌だが、こいつを敵に回して無事で済むとは思えないので、護衛には最適だ。人を好きになると言う感情からもほど遠い神経の持ち主だから、ローズに懸想したりも無いだろう。

「それで、ローズの事なのだが……」

 俺が脇に押しやられた話に戻ろうとすると、ラシッドが言った。

「ローズ様って、年下の女なのですが、そんな風に思えなかったのですよ。妙に悟っていると言うか、得体が知れないと言うか」

 内心、ヒヤリとする。……前世での記憶を持っている分、落ち着いて見えるローズ。ラシッドなら、気付くかもしれない。

「いきなり何を言い出すのだ」

「いえ、そう思っていたのですが、そうでも無いのだと、最近思う様になりまして」

 ん?

「隊長に会いたくて、詰所に来るのですよ。一緒に出仕して上層に来ていないのが分かっているのに、来るのです。もしかしたらと思うのでしょうね」

 何だ?その可愛いの。

「隊長が居るのを期待しているから、俺を見て絶望的な顔をするんですよ。また来ているなぁと思って、気配を消して背後から声をかけたら、物凄く驚いていました」

「人の妻で遊ぶな!」

「隊長が仲直りしないから、ローズ様が俺に遊ばれる事になっていると思いますが」

 返す言葉が無い。

 そこで、真面目な顔になってラシッドは言った。

「隊長は、ローズ様を褒めるべきです。ルイネス様を守りながら、ムスル・ハン相手に一人で立ち向かっています。俺を使って、殺されかねない状況を隊長抜きで切り抜けました」

 医者を暗殺し、従僕を階段から突き落とす。そんな従僕を相手に、確かにローズは戦っていた事になる。普通なら、男でも逃げ出す様な場所に毎日出仕していたのだ。

 思わず顔をしかめる。

 ローズがラシッドを頼ってしまったのは、仕方ない事なのだが気に食わない。……そもそも俺が悪いのか。

「理想論を押し付けるだけの方じゃないと分かったので、ちゃんと護衛しますよ」

 人でなしが珍しく人を評価している。ローズが褒められているのに何だか面白くない。守らせておいて近づくなとは言えないが、気分がすっきりしない。……まさか、女に対する見方を変えたのか。

「お前……リンザに対しては、何も思わないのか?」

 ラシッドは、一瞬宙を見てから言った。

「腹が減ると思い出しますね」

「動物と変らないな」

「そうは言いますが、美味い物は美味いです。リンザは好き嫌いのある弟妹の為に、味付けに工夫をしているのですよ。それが美味いから、食事は全部リンザ任せになりました。最近、生活費も渡しているので、夜勤の時は弁当も作ってもらっています」

「夜勤の時も、ちゃんと城の飯を食っているじゃないか」

「足りないのですよ。夜勤の飯の後で腹が減っても厨房の火が落とされているから、保存食を食べる事になるでしょ?保存食は作るのに時間がかかるから、食い尽くすなと料理人達から言われているのです。だから、別に夜食を持って来ていたのですが、それをリンザに頼む様になったのです」

 ラシッドの食べる量は尋常じゃない。ルミカの副官をしている頃、何度もうちの館に来て食事をしているから知っている。

「食べられれば何でもいいと思っていたのですが、リンザの料理は違うと思うので、自分でも不思議なのですよ」

 しみじみと言うのだから、余程美味いのだろう。嫌いな相手なのに、ちゃんと食事や弁当を用意するリンザも偉いと思う。

「良い嫁じゃないか。大事にしろ」

「そうですね。食欲の処理には付き合っても、性欲の処理には付き合わないと言われました。残念ですが、飯だけで我慢します」

「そう言う事を言うから、お前はダメなのだ!」

 相変わらず、リンザと精神的な距離を感じる。……リンザの方が、ラシッドと言う存在に慣れただけなのかも知れない。慣れないとやっていけないのだろう。

 ラシッドが何を考えているかなど、今考えても仕方ない。ローズとの関係を修復すれば済む事だ。今日は帰ったらちゃんと話をしよう。俺はそう決めた。

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