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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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騎士見習いの失踪

抜刀許可証……ポート騎士団で序列五百席にまで与えられる。これを持っている事で、城へ帯刀して入っても咎められない。他の城に勤める者は、料理人や裁縫職人等一部の例外を除いて、刃物の持ち込みは申請制となっている。実際には殺傷許可証で、城に勤める騎士は人を殺傷しても、この許可証により罪に咎められない。基本は一年更新だが、リヴァイアサンの騎士は、騎士を叙勲したら死ぬまで持つ事になる。

 ローズが、クルルス様の執務室に呼び出された。

「頼みたい事があるのはローズなのだが、ジルも一緒に聞いてくれ」

 クルルス様の言葉に、ローズは背筋を伸ばした。

「暫く、奥に通って欲しい」

「奥ですか?」

「そうだ。セレニーとカルロスの面倒は他の侍女達に任せて、父上の所へ行って欲しいのだ」

 ルイネス様の世話をローズにさせると言う事か。

「父上の世話をしていた侍従に暇を出す事にした。……階段から落ちて骨折したのだ。ここ数年で年齢のせいか、父上の世話をしていた者がかなり減っている」

 ポート城の階段は、下層と上層の往復が辛い為、上層の使用人が引退を申し出る原因の一つとなっている。石の階段を落ちてけがをすると、大半の者が階段を嫌がり仕事を辞めてしまう。

「ルイネス様のお加減は如何なのですか?」

 俺の言葉を受けて、クルルス様は苦しそうに言った。

「長くはない……と思う」

 手足がしびれて動かなくなる病で、体がだんだん動かなくなっていくと聞いている。王族に、代々そういう方が居たと聞いた。治療法の無い不治の病だ。

「ローズ、それで耳かきを、父上にも施して欲しいのだ」

 俺とローズを見るクルルス様の目は、縋り気味だ。

「セレニーが耳かきなら動けない病人でも気分転換に良いと言うから、ローズに、世話も兼ねて耳かきを頼みたいのだ。ジルムート、どうだろうか」

 そうか。勝手にローズの膝枕を父親に貸してはいけないと思って、俺を同席させているのだ。

「俺は……我慢します」

「正直だな」

「ローズに関しては、他の男に何一つ譲りたくないのが本音です。でも今こうしているのは、ルイネス様あっての事なので」

 オズマに殺されかけていた俺は、ルイネス様に救われた過去がある。だから拒否などしない。

 俺がそう言うと、ローズが続けた。

「セレニー様のご理解を頂けているなら、私に異議はありません。引継ぎを済ませ次第、すぐに行かせて頂きます。私のつたない技術で喜んでいただけると良いのですが」

 クルルス様は、ほっとした様子で笑った。

「お前の耳かきはセレニーがいつも褒めている。ジルムートの妻でなければ、俺も頼みたいくらいだ」

「いいですよ。いつでもやります」

 ローズがあっさり答えて、俺はぎょっとした。今俺の言った事を聞いていたのか?

「国王陛下の願いです。お断りなどしません。序列一席が夫でも、私は私です。陛下の臣下の一人として、尽くさせて頂きます」

 怒っている。この前の発言をまだ怒っている。

「あー……セレニーがやきもちを焼くから、やっぱり俺はいい」

 クルルス様は、俺達の雰囲気が悪い事に気付いたのか慌ててかわした。

「では、引継ぎがありますので、失礼します」

 ローズはそう言って、クルルス様の執務室をさっさと出て行った。

「クザートに続いて、お前まで長期休暇は勘弁してくれよ?」

 クルルス様に言われて、苦笑する。

「それは大丈夫です。原因がはっきりしているので」

 俺がひたすら謝って、ローズの怒りが治まるのを待つしかない。それだけだ。

「夫婦喧嘩は、程々に頼むぞ」

「はい」

「それで、ジル……父上が亡くなった場合の国葬の警備について、計画を立てて置いて欲しい。考えたくはないが備えておかねばならない」

 そんな訳で、上層に勤務していてもローズの姿をセレニー様の部屋で見かける事は無くなり、ローズはクルルス様の言う所の奥……ルイネス様の病室に通う事になった。

 クルルス様に言われた国葬の警備計画と言うのが厄介で、前の責任者がオズマだった為、記録が残っていない。俺は初めてで、規模も分からない国葬の警備を指揮しなければならない。そこで、下層の役人を頼る事にした。

 王族祭事の部署で、少し時間が欲しいと言われた。カルロス様の生誕祭で、長年、長官をやっていた者が引退した為、その人物に話を聞きに行かないと前の国葬の様子が分からないと言うのだ。

 部署と言うが、一人しか居ない。

「王族の数が減っているので、王族祭事は人員削減されてこの有様です。他の部署の助けを借りる算段もしなくてはなりません」

「古い物でもいいから、資料が見たい」

「図書館にあるかと思いますが……あまり参考にならないかと」

 一応図書館に調べに行って、その通りだと実感した。

 一夫多妻だった頃の、妻の並び方を指南した資料や、運搬に使用する棺桶の寸法や飾りの資料。警備計画の参考になる資料が全く無かったのだ。

 ポート人は死ぬと身分を無くし、深い海の底にある死者の国へと行く事になっている。一度沈むと浮き上がらない様な深い場所が沖にある。死者の海と呼ばれている場所なのだが、そこで遺体に重しを付けて沈めるのだ。棺桶は本当に運搬する際の容れ物でしかないから綺麗に作って、一族で何百年も使いまわす事もある。

 他国の民には、棺桶を使いまわす事も遺体を死者の海に沈める事も、野蛮な風習と言われる事がある。俺はどこがどう野蛮なのか分からない。ただ、ローズはこの話が原因で、元々苦手だった魚が更に食べらない時期があった。

「深海魚は絶対に食べませんからね!」

 なんて事を未だに言う。深い海に生息する魚だそうだ。毎日魚は食べているから味は知っているが、どのくらいの深さに居るのかは分からない。セレニー様が文句を言わずに食べているのに、お前は食べないのか、と言って食べさせる事になった。……まだローズが義妹だった頃だ。

 セレニー様は博識なので、当然死者の海についても知っている。ただローズが言うには、セレニー様は死んだ人を殆ど見た事が無いから、ピンと来ていないだけ。だそうだ。

「何故棺桶に入れないのですか?怖いのですが」

「分厚い布で重しと一緒にしっかりと巻いてから沈める。遺体の状態は見えないから、怖がるものでは無い」

「てっきりそのままの状態で、海にドボンと捨てるのかと……」

「そんな事する訳なかろう。その考えの方が怖いぞ」

 クザートが、隣で腹を抱えて笑って居たのを思い出す。

 ポート人は『布で巻く』を多用する。森林の割合が低く木材が少ないせいだと思う。昔から、パルネア産の麻や綿花を大量に輸入し、加工して利用するのだ。下着の寸法を測る際のヒントは当時からあった訳だが……ローズは全く気付いていなかった。文化の差と言うものだろう。

 とにかく、王族であっても死者の海へ行くのは同じだ。だから最後は船で出航して沖に出る事になる。見送りたい者は皆、港に集まる筈だから、警備はここを重点的にすれば大丈夫な筈なのだが……。

 俺は考えながら歩いている所で、いきなり呼び止められる事になった。

「ジルムート様!」

 考え事をしていたので、顔が怖かったかも知れない。振り向いた先に居た若い騎士は、青ざめて俺を見ていた。年齢は二十歳くらいだろうか。城で帯刀しているので、下層に勤務している様だ。

「ぼ、僕は、じ、序列四百八十一席の、バロル・ロンテッドと、い、言います」

 緊張して噛みまくっている。

「それで何用だ」

「ち、地下で行方不明者が出ている事について、お、お話を!」

 眉間に皺が寄る。思い出すのは遠い昔、幾度か見た……怪物の事だ。

「副官に上奏して、手続きを踏め」

 俺が勝手に下の事に首を突っ込むのは越権行為だから、俺はそう告げる。

「ジャハル様に上奏したときには、クザート様が不在でした。保留状態のままジャハル様からコピート様に副官が移行してしまい、再度上奏したのですが……い、忙しいから無理だと言われました」

 副官なのにコピートは上奏を却下した様だ。それで、バロルは我慢できずに俺を見かけて直訴に踏み切ったらしい。下層の仕事が忙しいのは認めるが、あの面倒くさがり……。内心コピートをなじりながらも、俺はバロルの話を聞く事にした。

 バロルは、俺を下層の空き部屋に連れて行くと、待たせて凄い勢いで走って行った。そして、暫くすると紙の束を持って戻って来た。

「これは、この五年で行方不明になった、騎士見習いの記録です」

「五年?」

 一人だけかと思って話を聞いてみれば、五年で十八人も騎士見習いが居なくなっている。

 騎士見習いとは、序列は無いが特別許可証を得て、訓練の為に城の地下に通っている者達だ。騎士志願で地方から出て来た者達が大半で、一年から二年程度、ハリードが訓練を付けて使い物になる様にしている。拷問人形の様に強くなれなくても一般人より強くなるし、身体能力によっては序列も得られる。

 武闘大会に参加後、城だけでなく各地の治安部隊に配属される事になっている。見習いの衣食住も国庫から出るから、最低限の暮らしは出来ていた筈だ。だから志願する者は増えている。いきなり消えているのはおかしな話なのだ。

「ハリード様の訓練が厳しい等の理由から、毎年脱走者扱いにされ、騎士団を除名されて処理が終わっています」

 俺はその資料を見ながら聞いた。

「逆に、何故脱走者では無いと思うのだ?」

「俺の幼馴染が消えた一人だからです。僕達は隣のエルムスの町から来ました」

 バロルは元々役人なる事を目指して勉強をしていた少年で、幼馴染であるレイニス・ティンスレーは騎士を目指していた。共に城に出仕する事を目標にして日々を過ごしていたと言う。

 レイニスはバロルよりも年齢が一歳上だったので、先にポーリアに出発したそうだが、ある日ぷっつりと連絡が途絶えた為、彼の両親が心配して、役人の試験を受けるバロルに様子を見に行って欲しいと頼んだそうだ。それで城の騎士団に問い合わせると、脱走者の扱いを受けて除名されていたと言う話らしい。

「余りに不名誉で、レイニスの親に伝えられませんでした。俺は役人の試験に落ちたのですが、エルムスに帰らず、進路を変更して騎士団に入団する事にしました」

 実年齢は二十二歳で、城での序列を得るのに三年かかったそうだ。そこから、行方不明者の記録を取り始めたと言う。

「一人や二人の行方不明者では対応してもらえない事はすぐに分かりました。毎日、犯罪で人が死亡している事は、騎士団に勤めて分かりましたから」

 バロルは、それで何年も複数の騎士見習いが消えている事実を積み上げたのだ。

「レイニスの親にはまだ伝えていないのか?」

「おじさんもおばさんも、去年と一昨年に亡くなりました」

「それは……後手に回ったな。済まない」

「ととととんでもないです!」

 俺が謝ると思っていなかったのだろう。バロルは、噛みまくって真っ青になっている。

 俺を前にして、緊張し過ぎて吐きそうだと言う顔をしている。……最近、こういう反応を見ていない気がする。これが俺に対する今までの普通の反応だ。

「では、まずはお前が城に見習いとして地下に居た時に気になった事、それから勤めてからの数年で気になった事を教えてもらおうか」

 俺の言葉にバロルはしどろもどろだったが、やがて気付いた事を分かりやすく説明する様になった。

 見習いの間ではここ数年、怪談があって、一人になると地下で怪物に襲われるとされているそうだ。それで、皆一人にならない様にしているのだとか。それでも消える者が出る為、皆、怖がっているそうだ。

「ハリード様が、手乗りの悪魔を連れて城に出仕しているから、餌にされると言われています。……僕は見ていないのですが、手乗りだったのに、肩乗りにまで育っているそうです」

 それは弟だ!

「ハリードは無害だ。俺が保証する」

 バロルは、ほっとして言った。

「それもあったので、リヴァイアサンの騎士は悪魔と契約しているのでは無いかと、迂闊な事を言えば呪われて死ぬと考えている者もいるみたいです」

 それはラシッドの仕業だろう。多分。

「そんな事はない。リヴァイアサンの騎士は異能者で力や泳力は高いが、それ以外はあまり人と変らない。少なくとも俺はそう思っている。……これも縁だ。もし信用出来ないなら、俺が今回の件を処理する間は、お前を俺の補佐にしてもいい」

 バロルは使える騎士だ。役人を目指していたと言うだけあって資料に誤字は見当たらなかった。幼馴染の為に進路を変更して、真面目に何年も記録する所も見どころがある。

「え?えぇ?」

 騎士にしては受け答えがオドオドし過ぎだが、城に入れる序列を三年維持しているのだから、それなりの度胸も腕もある筈だ。

「……幼馴染の死因を自分で確認する気はあるか?」

 俺がそう聞くと、ぽかんとしていたバロルの目に強い意思が宿った。

「はい!」

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