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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
地下の怪物
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休日

耳かき……ジルムートが最初に加工を依頼した事から、櫛の製造販売業であるダルトン工房が加工技術を持っている。ローズの希望もあって、加工技術は他の工房へも売られる事になり国内外で広く流通しつつある。形は日本の耳かきと全く同じだが、大量に生産された竹による耳かきは、見た目が地味な事から売れなくなり他の材料になった。木製の場合、殆どが塗装されている。耳かきをしない方の先端に宝石やガラス玉等が付けられ、船乗りの間でもポート土産の定番になっている。


カルク・ノイラーン……ダルトン工房の仕入れや取引を担当している。元は櫛職人だったが、手先が器用では無い為、耳かきの事をきっかけに、職人仕事から手を引いた。耳かきを広めるのに大きく貢献した。

 久々のお休み。今日は耳かきを作ってくれているダルトン工房に来ている。

「これを、耳かきをする側と反対の端に、付けて欲しいのです」

 描いた絵を見せたら、即却下された。

「凄く面倒な上に採算が取れません」

 カルクははっきりと言った。

「でもですね、このフワフワを使う事で、乾いた耳垢の人の場合、取り切れなかった耳垢がボロボロ取れたりするのですよ」

「ポート人の耳垢は乾燥していないから、国内向けにはあまり需要が無さそうです」

 耳かきに、新装備として水鳥の羽毛を付けたいと思い相談したのだが、全然ダメだった。手間がかかる上に、ちょっと湿っている耳垢の人ばかりのポート人に需要が無いからだ。

 輸出しようにも、カラカラ耳垢の人が集まっている国が分からない。

「汚い耳垢が付いたままの耳かきの方が問題なので、それは付けられません」

 惨敗だ。

 長い付き合いになっているが、カルクは商売で儲けにならない事は全て却下する。物凄く厳しい。しかも理由が正当である為、取り消しは難しい。

 工房には櫛と一緒に、竹でない耳かきが沢山置かれる様になった。

 竹は加工しやすいが、色を付け辛いそうだ。ポートでは耳かきは現在、女性が恋人にする事でムードを盛り上げる、イチャイチャアイテムとして定着しつつある。

 その為、おしゃれ小物として可愛いデザインが求められている。多くが木製で塗装されている。

 小さな飾りが先につけてあるものが最近の売れ筋だそうだ。

 店に並んでいる耳かきを見てため息を吐く。

 小さな色ガラスや宝石なんかがあしらってある。これの代わりに水鳥の羽毛を付けると言っても、却下されるのは当然だ。

 やっぱりここは日本と違う。同じ物を作っても、同じ方向に進化をする訳ではないらしい。

「どうだった?」

 店に入って来たジルムートが近づいて来る。

「ダメでした」

「そうか。元気を出せ」

 ジルムートにぽんと背中を叩かれて、ため息を吐く。

 私達はここに初めて来た時以来、二人で来た事が無かった。

 私がここに来るときには、クザートが付き添ってくれていた。ジルムートには絶対に頼まなかったのだ。

 結婚してからもそうだったのだが、最近クザートはディア様やモイナと一緒に居るので、ちょっと頼み辛くなっていた。

 そんな時にジルムートが言い出したのだ。デートの仕切り直しをしないかと。

 工房での一件以来、私はジルムートとデートらしいデートをしていない。

 十九歳の私はここを出た外で、まるで子供の様な大泣き状態になった。あんなに泣いた事は子供時代でも無かった。

 あれから何年も経過して、精神的な傷も風化してきているので、ようやく一緒にここに来る事が出来たのだ。

 今ここに一緒に居ても嫌な気分よりも楽しいと思えるから、時の流れとは偉大だ。

「ローズはこういう耳かきは欲しくないのか?」

 綺麗な耳かきを見てジルムートが聞いて来るので、勿論いらないと答えた。

「耳かきは技術が重要です。長く技術を発揮できない耳かきは私向きではありません」

 先端まで塗装されている耳かきは、使いたくない。劣化で禿げた塗装が耳の中に落ちる様な気がするし、塗装が禿げれば見た目が悪くなるのは目に見えている。そうなったら捨てる人向けなのだと思う。

「そうか」

 ちょっと残念そうなジルムートに、私は言った。

「あなたから、耳かきだけはもらいません」

「では、他の物にしよう。……勿論、鼈甲と象牙以外だ」

 あの当時を思い出し、二人でちょっと笑う。こんな日が来ると思っていなかった。

 あの頃のジルムートはこんな風に笑う人では無かったし、私もずっと侍女のスイッチが入ったままで、素の顔など出さなかった。

 変わらないものもあるけれど、変わるものもある。私にとっては良い変化だった。

 二人で工房を出ると、いきなり声を掛けられた。

「ジル叔父様!ローズ!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて手を振っているのはモイナだ。

 その背後には、ひょろりと背の高い青年が立っている。ライナス・ゴードンだ。もうすぐ騎士団に入団するので、モイナの護衛も終わるらしい。

 まだ線が細いので、少年の様にも見えるが、かなり強いと聞いている。手足が長い上に体が柔らかいから、思わぬ動きをするそうだ。

「お出かけ中に、すいません。モイナ様がお二人を見たとおっしゃって……」

 ライナスはそう言って最後に言葉を濁して苦笑した。ライナスはここだと思って連れて来たのだろう。

「いいのです」

 モイナが嬉しそうにジルムートに飛びついて、ジルムートが抱き抱えた。

 モイナは自分の力の事を理解してから、母親であるディア様に抱っこをせがまなくなった。……いきなり石を割ってしまい、驚いて泣いたと聞いている。ディア様に怪我をさせたくないのだろう。

 遠慮なく抱き着いてもいいのは、父親であるクザートか、叔父であるジルムートだけになった。

 本当は抱き着く程度、力など使わないから大丈夫なのだそうだが……モイナ自身が怖がってダメなのだ。クザートもジルムートも言い聞かせているが、パルネアでは普通の女の子として育っていただけに、身体の変化に気持ちが全くついて行けていない。

 ジルムートは、モイナの異能の制御訓練を手伝っているからよく顔を合わす。以前の様に黒いのが出なくなったので、怖がっていたのが嘘みたいに懐いた。

 後数か月で七歳になるが、母親に自分から触れられなくなったのだから人恋しいに決まっている。ジルムートを見かけて捜したくなった気持ちは分かるつもりだ。

「散策中か?」

「そうです。ミハイルよりも、町に詳しくなっておきたいので町のお勉強です」

 ミハイルが言う事を聞かないので、アリ先生は五歳も年下であるモイナと一緒に勉強させる事にした。呼び捨てにさせているのは、ミハイルを焚きつける意味もあるし、異能がモイナの方が大きいと言う事実からだそうだ。

 同じリヴァイアサンの騎士ではあるが、女の子で年下だ。年齢的に考えれば競争相手にならないのだが、精神的に幼いミハイルには良い刺激になっているらしく、大人しく読み書きや礼儀作法を習う様になったそうだ。

「アリ先生が、ミハイルと一緒に港に行くそうなので、今日は研究所でのお勉強はありません」

「そうか」

 ミハイルは泳力の測定だ。昨日ジルムートから聞いた。どの程度泳げるのか調べるのだ。方法としては、船で沖に出てそこから海に飛び込ませるとか。……いきなり海に放り込むのもどうかと思うが、泳げる事が前提だから良いらしい。

 とは言うものの、モイナには当分やらないで欲しいと思う。多分クザートが止めている。だから今日もミハイルだけなのだろう。

「モイナもライナスも、一緒にお昼を食べましょう。私、お休みが嬉しくて色々作り過ぎてしまったのです。遠慮しないで下さいね」

「パルネア料理でしょ!やった!ライナス、ローズのお料理おいしいよ。お肉!」

「肉ですか!最近食べていないですね。いただきます」

 馬車に籠で持ってきた弁当がある。

 ポーリアには、座って食事や休憩のできる場所が点在しているので、そこに移動して弁当を広げた。公園とはちょっと違う。港の労働者の為に休憩場所として確保された広場だ。だから、整地されて広い以外、何も無い。

 二人は普段お昼になると、露店の焼き魚で済ませているそうだ。

「サロンに戻れば、作ってもらえるのではありませんか?」

「帰ると、サロンで雇っている護衛の人がライナスと鍛錬したがるので戻りたくないの」

 モイナはそう言って膨れる。

「この国では剣技の手合わせをする相手が少ないので、父上に教わっている俺みたいなのは珍しいみたいですね」

 ライナスはそう言って苦笑する。

 ポートでは銛が基本武器だ。剣はあまり使わない。城の騎士は持っているが、実戦ではあまり使わない。

「剣技は、俺もあまり得意では無いな。上手く使えると言うのは良い事だ」

 ジルムートの言葉に、ライナスはちょっと赤くなった。

 これから入る騎士団の序列一席にそんな風に言われたのだから、嬉しいに決まっている。

「ポート人はいざとなると体術に頼るから、本当に剣は持ち歩いているだけなのだ」

 ジルムートはモイナの方を向いて言った。

「モイナ、散策に飽きたらライナスに剣技を習ってみるといい。子供用の木刀はうちにあるから、今度持って行く」

「強くなりたくないです」

 モイナがうんざりした様に言った。

「強くならなくていい。知って置くだけでいいのだ。力を何処まで使えるのか、体が知って居ると言うのは大事だ」

「はぁい……」

 渋々と言う感じの返事が可愛い。

 ジルムートは、モイナが女の子だからと配慮する気はなく、リヴァイアサンの騎士の子供として接している。

 男女の区別を付けた所で異能の大きさは変わらないから、制御を優先させているのだろう。

 とは言え……お人形遊びもお花もモイナは大好きなのだ。ディア様お手製のお人形で遊ぶのに付き合った事は何度もある。

 ナジームが作っている庭で花を貰った時には、凄く喜んで自分で花瓶に生けてずっと眺めていた。

 パルネアではごく普通の女の子として暮らしていたのだ。人形や花の好きな子が、いきなり剣の練習を勧められるとか可哀そうだと思うが、これが異能のある子供と言う事なのかも知れない。私には分からない力の話なので、迂闊に口は挟めない。難しい問題だ。

 四人でお弁当を食べて一緒に散策をする事になり、あちこちを歩いた。モイナの教えてくれる道は猫の抜け道の様に細く、ジルムートは窮屈そうだった。

 夕方に二人と別れて、家に帰った。

 夕飯をのんびりと一緒に食べた後もまだ時間がある。でもそんな時間程、終わるのが早い。

「今日は、あっと言う間だったな」

 ジルムートがぽつりと言う。同じ事を考えていた私も頷いて応じる。

「楽しい時間って、すぐ終わってしまいます」

「また一緒に出掛けよう」

「はい」

「俺は以前あの工房に行った時、何をやってもお前とは上手く行かないと、凄く悩んでいたのだ」

「私はあなたが怖くて仕方ありませんでした」

 私はジルムートの気持ちが怖かった。耳かき一回で完全に懐いた事に恐怖したのだ。

「嫌いではないのか?」

「怖いです。前世で親が離婚した記憶は無かったのですが、何処かで覚えていたみたいで……私に良くして下さる殿方には、尽くすと捨てられるって思っていました。あなたは好意が顕著だったので、凄く怖かったです。職場の関係で、離れる事も出来ませんでしたしね」

「氷の赤薔薇か」

 懐かしい呼び名に驚く。

「何故、それを知っているのですか?」

「あ?いや」

「私ばかりジルの過去を知っているから、ディア様から聞いたのでしょう?」

「あぁ……まぁ……」

「事実だから別にいいですが。ディア様は、私が薔薇の称号を貰った頃の意味しか知らないでしょうね。モイナやオーディスのお世話で忙しかったから」

「男を寄せ付けないと言う意味では無いのか?」

 私は、言い辛い過去を明かす事にした。

「……パルネアを出る頃には、胸が無いって意味だったのです」

「は?」

「十五歳で城に出仕したときは、アネイラも胸の大きさは私と殆ど変わらなかったのです。その後、私だけずっと同じままでした。豊穣の黄薔薇、氷の赤薔薇なんて言われていたのです。お仕えしているセレニー様の胸もあの通りですから、私だけ収穫量ゼロだと言う意味だったのです」

 できるだけ明るく言ったつもりだが、やはりこの話題は心をえぐる。

 ポートではパルネアよりも辛い思いをした。何故ならポート城のお仕着せは、温暖な気候に合わせて薄い上に、エプロンが上半身を覆っていないのだ。確かに胸までエプロンがあったら、暑いくらいの気候ではあるが……周囲には胸の育った侍女しか居ないから、慣れるまでは悲しかった。

 ジルムートが沈黙している。まずい。やっぱり胸の話は良くなかったかも知れない。今更頑張っても増やせない。

「解決策なら……ある」

 ジルムートがぽつりと言った。

 見ると、ジルムートが赤い顔をして目を逸らしていた。

「子供だ」

 何を言われているのか一瞬で理解して、私も耳まで赤くなった。子供を産んで暫くは胸が大きくなる。

「そ、それは一時だけの事です!」

「そうだな……」

 ジルムートが子供の事を言い出すなんて、その事の方が驚きだ。父親に似た見た目が嫌いで、子供なんていらないのでは無かったの?

 驚いている私に気付かず、ジルムートは視線を逸らしたまま言った。

「最近思うのだ。……子供は俺にばかり似る訳では無いと」

 それはそうだ。って、心臓の音がうるさくて上手く考えられない。

 ジルムートは、私の方を見て言った。

「ローズに似た子なら、欲しいと思える」

 何か雰囲気が……これは……。

「多分、兄上の所の様な奇跡は起きないから、子供は男だ。平らな胸の事など気にしなくていい」

 とっさに手元にあったクッションを掴んでジルムートをボコボコに殴り、自分の部屋に立てこもった。翌朝平謝りされたが、城に着くまで一言も口を利かなかった。

 以来、私達は一緒に寝ていない。許す事は当分出来そうにない。

 とりあえず気が済むまで、しょげているジルムートは放置する事にした。

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