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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
好きはとっても難しい
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新副官ラシッド・グリニス

 クルルス様は、俺とコピートの報告を聞いて、頭を抱えている。

「クザートが今居なくなったら、ポーリアが無法地帯になる。どうするつもりだよ!」

 主にコピートを責めている訳だが、俺は庇う事にした。

「そうは言いますが、ディアに大人しくモイナと一緒に館に閉じこもって居ろと命令するのは無理です。セレニー様も納得されないかと思います」

 渋い表情でクルルス様はため息を吐いた。

「そっちはまだ様子を見る事にする。それで話は変わるが、ミハイルの戸籍を作るのは待った方が良さそうだな。……借り腹の業者を早く特定しろ」

「分かりました」

「リヴィアサンの騎士相手に恐喝とか、ラシッドが絶対に許さないだろう。とにかく業者を保護しろ。法的に裁きたい。ミハイルの母親が死んでいた場合には、俺からハリードに説明する」

 クルルス様の気遣いに感謝して一礼する。

「お願いします」

「ミハイルは何処に居る?」

「今は城の下層の執務室でジャハルが預かってくれています。会えますが、かなり礼儀がなっていない上にすぐ大声を出すので、今会うのはお勧めしません」

「戸籍も無いのに上層に上げるのは問題があるしな……。分かった。暫くは誰かを監視も兼ねた護衛に付けて、王立研究所に通わせろ。戸籍の手配が出来るまでは、城には来させない方がいい」

「分かりました」

「人選はジルに任せる。……あまり序列の高い者を付けると目立つから、序列があまり高くない使い勝手の良さそうなのを付けろ」

「この際なので、ハリードを一緒に王立研究所に通わせてはどうでしょうか。あいつの事は、皆あまり知りませんし」

「却下だ。お前より背が高い上に、前より筋肉が付いているとさっき言っていたよな?」

「そうですね」

「そんな奴が、ヒョロヒョロの研究者の集まっている場所に、毎日出入りするとか、目立つんだよ」

 ハリードの社会復帰には失敗してしまった。

「学者志願の金持ちぼっちゃんとその護衛っぽい感じに仕立てて置け」

 隠しておくなら、それが妥当だろう。

「コピート、お前が暫く下層の隊長をやれ」

 クルルス様はコピートの方を見て言った。

「クザートが本当に出て来なくなったら、お前が穴を埋めるんだ。分かったな?」

 ディアを焚き付けてしまった責任を暗に示唆されて、コピートはしょげて返事をした。

「分かりました」

「上層の副官はラシッドにしろ」

 俺が驚いている中、クルルス様は言った。

「中層の副官には、アルスを回せ」

「それでは降格に近いので、アルスが納得しないかと思います」

「ゆくゆくは、アルスに中層の隊長を任せる。それで納得してもらうつもりだ」

 クルルス様は続けた。

「中層にリヴァイアサンの騎士を配置するのは避ける」

「どうしてですか?」

 クルルス様がコピートの疑問に答える。

「議員達とリヴァイサンの騎士は、離しておくべきだと判断した」

「借り腹を斡旋した者が中層議員の関係者に居るなら、リヴァイアサンの騎士の異能について、知っている者はかなり多い筈だ。しかもハリードの様に大人しく弱みを握られれば従うと考えているとしたら、いくら騎士団への介入を罰しても、意味が無い」

 確かにハリードの影響で、リヴァイアサンの騎士が弱腰の異能者だと考えられている場合、今回の処罰の効果は薄くなる。

「だから、中層と下層からリヴァイアサンの騎士の影響を減らそうと思っている」

「下層もですか?」

「下層の役人達も、騎士の力を傘に着て、民衆から金を搾り取ろうと考えている者が少なくない。それにクザートが居なくなって、一人に頼るのは問題があると分かった」

「まずは中層だ。下層に関しては、激務である上に阿呆には務まらない書類仕事が多いから、事務仕事の出来る者を数人選び出し、その上に司令塔となる隊長を置くつもりだ。下層に関しては急いでいない」

 クルルス様はため息を吐いた。

「学校が必要だ」

 クルルス様は、拳を握って力説した。

「騎士の為の養成学校だ。騎士にも座学の時代なんだよ。ざ・が・く!」

「はぁ」

「お前達はアリに勉強教わっているから、思っているより水準が高い」

 俺とコピートは、顔を見合わせる。

「政務内容の把握から警備計画の立案、算術に書類の処理……一通りできる。俺も面倒な説明を抜きにお前達には話が出来るから楽だ。だから、仕事が全部リヴァイアサンの騎士に回って来るようになってしまっている。この循環を断ち切るには騎士団全体の知識の底上げが必須だ」

 クルルス様は、何時の間に持って来たのか、机の上に警備日誌を出して来た。

「アルスの日誌、スペル間違いが多過ぎる」

「こんなものですよ。意味は分かるからいいと思いますが」

 俺が当たり前に流すと、クルルス様が歯をギリギリさせて言った。

「ジルもコピートもそんなミスしないだろうが!」

 俺の日誌の部分をめくって、バン!と机をたたくので、俺は言った。

「そうは言いますが、騎士は護衛が本分ですから、体を鍛える比重が大きくなるのは当たり前です。俺達の様に異能の助けが無いから、余計にそうなります」

「日常単語のスペルが分からなくなる程、鍛えなくてもいいんだよ!とにかく、序列抜きで、素行が良くて頭のいい奴を出来るだけ多く探しておけ。これはすぐじゃなくていい。今の問題が片付いてからだ」

 難しい注文だが、やるしかない。

「分かりました」

「ハリードは現状維持、地下で今まで通りにさせておけ」

「はい」

「とにかくラシッドは、ジルが何とかしろ」

 最悪の仕事が来た。俺はこれだけはやりたくなかったので、抵抗した。

「さっきの頭が良い悪いと言う話ですが、ラシッドは俺より賢いので、絶対に出し抜かれると思うのですが」

「ナジームよりはマシだろうが」

 中層の執務室は植物園の様になっている。ナジームが持ち込む植物の量が半端なくなっているのは、明らかに中層の重圧のせいで、その半分くらいはラシッドが原因だろう。

「ナジームを可哀そうだと思うなら、お前がラシッドを引き取れ」

 文句のつけられない理由なので、素直に受けるしか無かった。ルミカが居なくなってから、コピートを鍛えると言うのを口実に、ナジームに押し付けていたツケが回って来たらしい。

「隊長、大丈夫ですか?」

 クルルス様の執務室を出てコピートに聞かれ、俺はため息を吐く。

「ラシッドか……俺は苦手だ」

「ルミカ様くらいですかね。気持ちを理解出来るのは」

 ラシッドを抑止するのは凄く難しいのだ。

 ラシッドは人を殺める事を全く躊躇わない。しかも理由も情報も話さない事が多いから、何故その人物が殺められたのか分からない事も多いのだ。しかも偽装される。ラシッドの仕業かどうか分からない事も多いのだ。

 そんなのと組んで仕事をしたら、原因不明の突然死に悩まされる事になる。

 ナジームみたいに諦めて現実逃避する事も出来ないから、俺はかなり神経をすり減らす事になる。

「上層だからと油断出来ないのが怖い」

「俺は今日の午後から下層に行きます。ジルムート様、頑張ってください。健闘を祈ります」

 軽い感じで敬礼するコピートに少し腹が立つが、王命だから仕方ない。

 やっと使い物になると思って喜んでいた副官を偽装殺人犯にすり替えられてしまった。

「ちょっと待て……借り腹の捜査は?」

「ラシッド様とやるしかないですね。勝手に動かれる前に、見張りながら一緒にやれって事だと思ったのですが」

 最悪だ。

「ちょっとクルルス様に掛け合って来る。ここで待っていろ」

 ……コピートの解釈で正解だった。

 と、言う訳でラシッドに一部始終を説明して、捜査に入る事になった。

 ラシッドはいつもニコニコしているが、凄く中身がえげつない。言動を見ていればすぐに分かる。そういう部分を隠す気が無いのだ。

「それなら心当たりがあります。というか知っています」

 ……良い事なのに、嫌な予感しかしないのは何故だ?

「教えてくれ」

「いいですよ。でも、お忘れじゃないですか?」

 ラシッドは笑顔で続けた。

「この前、嫁を紹介してくれるって言っていたのに、俺、未だに紹介してもらっていないのですが」

 しまった。確かそんな約束をした気がする。忙しくて忘れていた。これはマズい。

「リンザ・オルレイ」

 いきなり上層の侍女の名前が出て来て、俺は驚いてラシッドを見た。

 笑顔のまま、ラシッドは衝撃の事実を口にした。

「あの娘の家ですよ。借り腹斡旋をやっているのは」

 ……娘が良い子だからと言って、親までそうとは限らない。何て事だ。ローズにどう話せばいいのだ。

「それは本当か?」

「オルレイ家は一夫多妻の頃から、そう言う斡旋をしている老舗です。間違いないかと」

「一夫多妻で、何故借り腹が必要なのだ?」

 ラシッドは凄く悪そうな笑顔で言った。

「昔は単純に女を斡旋していたのですよ。子供が出来ない原因は、男が悪いって事もよくあるので」

 子供は女が産むが、女だけでは産めない。俺はその点を全く考えていなかった。

「妻が大勢居るのに誰も身籠らない場合、原因は明らかでしょう?そう言う場合、醜聞になるから、ちゃんと子供の入っている女を斡旋していたのです。オルレイ家と言うのは、そういう商売を長くやっているので有名です」

 ルミカは喜んでこういう情報を仕入れるタイプだったが、俺は好きでは無い。だから知らなかった。

「まぁ、リヴィアサンの騎士の場合、考えもしない事ですけどね」

 ラシッドは肩をすくめた後で続けた。

「リヴァイアサンの騎士の家とあまり縁の無い商売だったから、知っているけれど、気にした事は無かったのですよ」

 ラシッドの頭の中には、リヴァイアサンの騎士にとって害悪かどうかで働くスイッチがある。それに触れる者は、大抵酷い目に遭う。今回、オルレイ家は触れるどころか足で踏んだ感じだ。

「ジルムート様……いえ隊長、そこで取引です」

 何を言い出すつもりだ。

「リンザ・オルレイを俺にください」

 俺が唖然としている中、ラシッドは続けた。

「俺はとにかく嫁が欲しいのです。できれば、何処にも逃げられない娘がいいです。リンザ殿は俺の欲しい女の条件を満たしています」

 俺はラシッドを睨んだが、涼しい顔で俺の視線を流している。

 リンザの事を何も知ろうとしていない。容姿も性格も意思も、関係ないのだ。

「隊長だって、実家に逃げ帰れない女を嫁にしているでしょ?俺もそういう娘がいいのです」

「……何故そんな条件の女が欲しいのだ」

「うちには家訓があるのです。手を付けた女は絶対に実家に戻してはいけないって言うものです」

 そんな家訓、捨ててしまえ!……とか言えないので、違う言い方に変換する。ラシッドの家には、まだ父親が居る。老いたとは言え、偽装術の達人を敵に回したくない。

「大事にしてやれば、実家になど行かないだろうに」

「実家が無ければ、そんな気遣いはいらなくなります」

「ちょっと待て。オルレイ家は処罰されるだろうが、無くなるかどうかはまだ決まっていない!」

 俺の言葉に、ラシッドは即答した。

「リヴァイアサンの騎士相手に恐喝とか、万死に値します」

「ダメだぞ。ちゃんと法的に裁かないとダメだ。クルルス様の命令だ!」

 これだからラシッドは嫌なのだ。まだ昼寝していて居ない奴の方がマシだった。

「もし嫁にしてくれるなら、結婚した後も妊娠するまでは城に出仕させてもいいです。良い条件だと思いませんか?」

 リンザは罪人の娘になる訳だが、ラシッドと結婚する事になればグリニス家の人間として戸籍が移動する為、オルレイ家と関係が無くなる。しかも序列五席の家の者と言う保護が付く為、周囲も安易に攻撃出来ないし、本人が希望すれば侍女も続けられるだろう。

 妊娠まで出仕出来るなら、婚約期間も入れて新しい侍女への引継ぎも可能になる。ローズの負担はいきなりリンザが居なくなるよりマシだ。

 破格に良い条件だとは思う。思うが……。リンザが余りに不憫だ。完全に子供を産む道具としか見なされていない。

「今、リンザ殿が居なくなったら困るのは、ローズ様ではありませんか?」

 痛い所を突いて来る。こいつは俺の弱点を知っているのだ。

「とにかく、リンザの親族を手にかけるな。そんな事をした相手にリンザを嫁がせる事は出来ない」

「恨もうが泣き叫ぼうが、行く場所はありませんから、気にする事はありませんよ」

 いい笑顔でそういう事を言うな!

「知ったら、リンザが自害するかも知れない」

「それは困りますね」

 とにかく酷い思考の持ち主なので、上層でローズやセレニー様に近づけたくなかったのだが……これが今日から俺の副官だ。酷い。俺が何をしたと言うのか。

 取引に応じれば、リンザは保護ではなくてラシッドの生贄にされるに等しい。そんな事は出来ない。

「オルレイ家の事を考えれば、確かにリンザの保護は大事だが……お前の中にある考えが透けて見えれば、リンザでなくても女は逃げるぞ」

 ラシッドは平然と言った。

「だから、逃げられない女を探しているのです。隊長が紹介してくれないから、リンザ殿がいいと思ったのです」

「今から紹介するのはダメか?」

「好条件の女を見た後ですからねぇ。ちょっと……。俺、これでも婚約は何度もしているのですよ。結婚出来ないだけで」

 まとまらないに決まっている。婚約中に本性がバレて逃げられていると言う事だ。こいつは本性を隠す気がないから、分かれば逃げるのは当たり前だ。

 さっさと紹介しておけば良かった。そして逃げられて終わりになっていればこんな事には……。忙しくて忘れていた自分を呪う。

「とにかく本当にオルレイ家なのか、確認する必要がある。行くぞ」

「はい」

 俺は、ラシッドと城を後にした。

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