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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
好きはとっても難しい
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ポート王国と言う国

改名制度……同じ民族である為、同姓同名の名前による戸籍の提出が多く、それを解消する為にポート王国が百年程前に打ち出した政策。他国風に苗字を改名し、子供の名前にも古来の名前を避けて、人と重ならない名前にする事を推奨している。特に補助金などは出ないが、あらゆる場所で他人と間違えられず、手続きが早くなる為、実用性を重視するポート人には浸透している。これにより名前にバリエーションは増えているが、他国民の血が混じっている者はそう多くない。

 ハリード・カイマンは、父親であるオズマから弟を守る為、城に毎日出仕し、大勢の若い騎士に訓練を付けた。

 父親が死んで、弟に頼られ、若い騎士達にも一目置かれると言う立場にあった事で、オズマに粉々にされた自信を、回復しつつあったらしい。

「それでも、俺はやはり天敵だったみたいだな。ミハイルにどれだけ俺は酷い奴だと吹き込んだのかと……」

 ミハイルの声は良く通る。しかも人の話を聞かない。それは私も知っているので、かなり食ってかかられたのだろうと察した。

「大変でしたね……。それで養育はハリード様にお任せするのですか?」

「それはダメだ。あいつはオズマが勅命に従わなかったから、王立研究所で講義を全く受けていない。だから政治向きの事や城の事が全く分からない。俺達は騎士だから政治に介入はしないが、全く分からないのも問題だ」

「でも、館を別にするのも……あの様子では無理ですよね」

「いきなり引き離したら、俺が絶対に悪者にされる。恨みを買うだけだ」

「どうするのですか?」

「それで、クルルス様に現状を話して判断を仰ぐ事にした。俺が考えているのは、誰かに、ミハイルの指導を頼む事だ」

「指導ですか?」

「ハリードとの同居は認めるが、ミハイルの事を指導する者を別に付けねばならないと思っている。王立研究所で勉強するだけでなく、この国がどういう場所なのか、教える者が必要だと言う事だ」

 リヴァイアサンの騎士は数が少ない。少ない人数で、仕事を回している為、ただでさえ忙しいのに、いきなり子供の世話まで加わっては、大変な事になりそうだ。

「適任者に心当たりがあれば聞きたいのだが、どうだ?」

 うちはダメだ。まずジルムートを向こうが受け付けない。

 コピートは拒否するだろう。ただでさえ凄く忙しい上に、色々と気をもんでいたからディア様にキレたのだ。これ以上の負担は避けるべきだろう。

 他のリヴァイアサンの騎士は、皆未婚だ。親と同居している場合、親世代は、オズマを覚えているだろうから、その息子の世話となれば拒否するだろう。一人で館に住んでいる者に、子供の面倒をみさせるのはかなり難しい。

 リヴァイアサンの騎士を普通の人間がいきなり面倒を見るのはかなり……。

「あ……」

 私は思わず声を上げる。

「ライナス。ライナス・ゴードンはどうですか?」

「ジャハルの息子か?」

 私は思ったままに口にする。

「異国から言葉も分からずにこの大陸に来た子です。一から勉強する苦労も分かっていますし、モイナの面倒も見てくれています。ハリード様も、子供なら警戒しないと思うのですが」

「ライナスか。確かに良いかも知れない。ただ、モイナをどうするかだな」

「この際、一緒に行動させてはどうでしょうか?ミハイル様が勉強を嫌がるなら、まずはモイナと一緒に街を散策させて、社会勉強をさせてもいいかと思います。ディア様はミハイル様に実際に会っているので、反対しないかと」

「兄上が問題だな……」

 二人してため息を吐く。

「ところで、ハリード様を社会復帰させる方法は無いのですか?」

 凄く立派な体つきで、物凄く重厚感のあるおじさんだった。……ガクガクに震えていたし、号泣していた。あのまま生きていくのかと思うと、凄く不安だ。

「可能性が無い訳でもないのだ。実はミハイルの母親は、ハリードとかなり親密だったらしい。オズマに虐げられる者同士、何か通じるものがあったようだ」

 一瞬、嫌な想像をしてしまったのだが、ジルムートがそれは否定してくれた。

「ミハイルは、間違いなくオズマの子だそうだ。父親が生きているのに、後妻に手を出す様な大それた真似が出来るなら、あいつは、ああはなっていない。会わせてやれれば、多少なりと変化があると思う」

「それで、母親は何処に?」

「分からない」

 ジルムートは続けた。

「ミハイルの母親は、借り腹だったらしいのだ」

「借り腹?」

「ポートでは一夫一妻になってから、子供を産む商売が出来た」

 ジルムートの説明によると、一夫一妻で子供に恵まれない家が、子供を産ませる女を、年単位で借りるのだそうだ。それを借り腹と言う。役所へは、書類上の妻の産んだ子として申請される。

 女の役目は子供を産んで、無事に育つ年齢まで育てる事だ。無事に育った暁には、報酬を受け取り、仲介業者の監視役である使用人と共にその館から居なくなる。

 この世界には、粉ミルクの様な母乳の代用品が無い。だから、子供が生まれたからとすぐに母親と引き離す訳にいかない。だから、子供重視でも、産みの母親の存在は必須になる。

「娼館の女と違い、女は若くて男性経験の無い者である事が条件とされている。貧しい者が借金返済の為にやる仕事だ。仲介した業者が悪い場合、子供を育て終わった後、証拠を消す為に殺されてしまう事もある」

「それでは、ミハイルの母親は……」

「ハリードはそれを防止する為に、オズマの後妻だと役所に届け出たそうだ。……カイマン家の妻として書類が出来ていては、殺せないからな」

「よく、オズマ様が許しましたね」

「オズマが城に出て来ない事を見越しての事だった様だ。後妻の手続きをした事は、オズマが死ぬまで黙っていたそうだ。ただ、監視役の使用人には殺させない為に言ったらしい」

「では、何故その方は館を出て行ってしまったのですか?」

「出て行ったのではない。攫われたのだ。ハリードが対人恐怖症の騎士である事は監視役から伝わっている。それに目を付けた業者が、女を館から連れ去ってハリードを脅して金を今も取っている。生存料だそうだ」

 借り腹に恐喝。金が絡めば何でもありなのだなと、思考がちょっと遠い。魂が抜けそう。

「ハリードは誰にも相談できないからな。金を払って女の安全を買い続けるしかない」

「その状況を変えると言う事ですか?」

「そうだ。本当は兄上が居れば、こんなのは一発で解決するのだが、今回は俺が捜査するから少し時間がかかる」

 出来る序列二席、クザートの不在が色々な所で尾を引いている。

 ジルムートは暗い表情で言った。

「後、楽観視はしないでくれ。本当に生きているかどうか、分からない」

「そんな……」

「とにかく、ハリードをこれ以上恐喝につき合わせる気は無い。最悪の展開になった場合、俺はもっと嫌われる事になるが、序列上位の騎士が、犯罪業者に舐められたままと言う状態は放置できないのだ」

 まだ生きているかも知れないと言う、甘い幻想を抱かせたままには出来ないと言う事なのだろう。

「では、生きているミハイルの母親を連れて行くか、死んでいる事を報告するかの二択になると言う事ですか?」

 凄く感謝されるか、酷く憎まれるかの二択。ジルムートは当事者では無いのに、こんな目に遭っている事が不憫でならない。

「そうなるな……。ミハイルがリヴァイアサンの騎士として戸籍を得て、城で話が出る様になれば、業者の耳にも届く。そうなる前に取り押さえねばならない」

「まるで、業者の人が城に耳を持っている様ですね」

「持っている。名の通った家に借り腹をする様な業者は、コネが無くてはならないからな。結局何処かの議員と繋がりのある豪商か、議員本人だ」

 とんでもない人が議員をやっている。

「そんな人が議員で大丈夫なのですか?」

「ポートで成り上がる者は、どんな事でも商売にする様な者が多い。法の穴を良く知っている。だから政治家向きなのだ。……最近は、政治家として商売と切り離した職業と考える者も増えたが、まだまだそう言う者は居る。中層の事件をきっかけに、クルルス様がやり過ぎた場合の末路を見せる事にしたのだ」

「見せしめですか?」

「そうだ。法の穴を知る者には利用価値がある。悪い商売に手を染めている者を全員処罰する訳にはいかない。今回は、騎士団に介入した事だけを咎めている。かなりの厳罰に処されているから、もう騎士団への介入は無いだろう」

 悪い奴は全員退場と言う訳にも行かない様だ。

「だから、ラシッドに勝手に動かれては困るのだ。ちゃんと法で罰せられて処罰される所を周囲に見せなくてはならない」

 ラシッド・グリニス……。どれだけ怖い人なのよ!

「前々から聞きたかったのですが、ラシッド様は、どういう方なのでしょうか」

 ジルムートは一瞬眉間に皺を寄せてから言った。

「グリニス家は、本来リヴィアサンの騎士では無かったのだ。リヴァイアサンの騎士の家に嫁いだ娘が、嫁いだ家の許可を得て、我が子に実家の家督を継がせた事から派生している。正統な分家だな。本家は断絶しているからもう無い。千年くらい前の話だ」

 事情は知らないが、強い子しか残さないとかよりも、遥かに良い気がする。

「拷問人形には、主家と従家がある」

「しゅけ……じゅうけ?」

 いきなりの話に首を捻っていると、ジルムートが続けた。

「拷問する側を主家、それによって服従した側を従家と言う。リヴァイアサンの騎士は生まれながらの主家だ。しかしグリニス家は、リヴァイアサンの騎士だが従家と言う複雑な立場にあるのだ」

 何か嫌な予感がする。絶対に良い話で終わらない予感が。

「リヴァイアサンの騎士としての能力とは無関係に、従家であるグリニス家が生き残る為に受け継いだものこそ、偽装術だ。誰が殺したか分からない様に細工する技術を独自に伝承している」

 うわっ、想像を絶するえげつなさ!

「他のリヴァイアサンの騎士達を煩わせない様にする事で、立場を守ると言う事を繰り返した結果、俺達にとって都合が悪いと判断した者は、言い分も聞かずに処分するのだ。……法の整備されている国であり得ない所業だとは思うが、オズマからラシッドを守るために、あいつの父親がきっちりと教育を施した。ラシッドには、そういう技術や思考が受け継がれてしまっているのだ」

 怖いよ。異能者が騎士としてのお給料もらいながら、判断基準の分からない粛清活動をしているって事だし。そんなのどうにも出来ない。

「やめさせる事はできないのですか?」

「そんな事しなくていいのだと、散々言い聞かせてはいるが……全部を止められているとは思わない。ラシッドのやり口は巧妙なのだ。病死から事故死まであらゆる偽装をするから、あの笑顔でシラを切られるとどうにもならない。ルミカが上手く抑止していたのだが、ナジームには荷が重い」

 ルミカなら、ある程度そのやり方を容認し、必要以上の犠牲者を出さない様に制御も出来ただろうが、お花男子であるナジームが、そんな怖い人の行動を操作するのは難しいだろう。

「だから、あいつは隊長に出来ない」

 ポート王国、恐るべし。もうあまりにも酷過ぎて、言葉が無いですよ。

 なんて事を思っていると、ジルムートが暗い顔で、ふっと笑った。

「ローズは知らずに侍女だけしていれば良いと思っていたのだが、他の者達がお前に色々と教えているみたいだし……俺も言ってもいいかと思ってな。今日からは、巻き込む事にした」

 変な方に吹っ切れてるよ!

「耐えられないなら、耳を塞いでいろ。もう二度とこういう話はしないし、周囲にもさせない。俺が全部から守ってやる」

 これは最終確認だ。有言実行の人だから、言った通りにするだろう。……怯えて逃げればいいと思ってわざと話したのかも知れない。しかし、私は逃げるつもりは無い。

「だ、大丈夫です。もう、ウミガメ程度で気絶していた頃とは違うので」

「その割には顔色が悪いな」

「当たり前です!人が簡単に死ぬ話は、何度聞いても好きになれませんので」

 人の価値がとても低いこの世界で、ジルムートはとても優しい。同時に物凄く怖い。何であろうと、私はこの人が好きなのだ。だから一人にはしない。

「私がそういう人達に、甘っちょろい考え方と生き方を実演して見せてやります」

 そうだ。甘い考えで呑気に暮らしていてもいいのだと、目の前をウロウロしてやる。

「こんな奴がのうのうと生きているとなれば、人を殺して生きるとか馬鹿らしくなるでしょうし、腹が立って許せないって人が現れても……守ってくれるのでしょう?」

 私の言葉に、ジルムートは凄く嬉しそうにしたと思ったら、いきなりチューが来た。

 早朝で使用人が居ない。私が食事を用意してジルムートと二人だけで食べていたのだが……誰もいなくて良かったと心底思う。

 ジルムートは本当に鼻血を出さなくなった。どうしたらいいのだろう。

 私はそんな事を悶々と考えながら、ご飯を食べてジルムートといつもより早く出仕した。

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