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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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ジルムートの事情

 ローズはポートの常識も知らないし、俺の立ち位置を理解していない。

 拷問人形と呼ばれる、騎士の家系は古い。

 王族と同じく、長い歴史がある。バウティ家は王家に仕えて二千年以上になる。

 恐ろしいと言う印象は誰もが持っているけれど、王族が存続する限り、権力の中枢に居る家系でもある。できればすり寄っておきたいと考える者は多い。

 拷問人形の家に嫁ぐ事は名誉とされていて、妻の数に上限が無かった。……三十年前に、王が側妃を持たなくなるまで。

 それに習って、騎士の妻は一人になった。あくまで表向きの話だ。

 大昔から、商人達は貢物として娘を騎士の家に捧げる。それで親戚になる事で、身の安全が確保できるからだ。三十年前に発足した国民議会の議員も同じ事をする。……議員も商人の出身者が多いからだ。

 そんな訳で、俺には母親の違う兄弟が居る。兄弟も騎士をしているし、同じ様に拷問人形としての訓練も受けている。

 急死した父に代わって城に出仕する者に俺が選ばれたのは、俺が一番強かったからだ。

 バウティ家の家督は当時十歳の俺に引き継がれ、兄弟達は俺よりも下と言う位置になった。

 ところがこの兄弟が、騎士の中で負け知らず。他の古い家の騎士よりも強かったのだ。今、バウティ家の騎士が、この国最強と言う状況なのだ。

 二人よりも強い家長の俺は、この国で最も強い騎士として扱われる事になった。

 バウティ家の家督を次ぐ子供の親戚になりたい者は、とても多い。俺がもっぱらの標的だ。

 商人や議員が、勝手に家に娘を置いて行くし、侍女やメイドも、家の命令で夜這いをしようとするので、屋敷でも城でも眠りが浅い。

 兄弟達は俺に貢がれる女を追い返す内に、すっかり女性不審になってしまった。兄は娼館の女しか相手をしなくなったし、弟は女そのものを敵視する様になった。

 バウティ家の騎士は若い王に忠誠を誓って、一人しか妻を娶らないらしいと言う話になり、妻の座を巡って周囲は盛り上がり続けている。……一人もいらないと思っている事は、誰も理解してくれない。

 ローズは、これに巻き込まれたのだ。

 申し訳ないと思う。身を固めて、ローズが他の者達と歩み寄れる様にしてやるべきなのだろうが、俺は誰かと結婚する事自体、考えられないのだ。

 相手は、俺と話す気なんて無い。

 普段は怖れて全く声を掛ける事も出来ないのに、死にそうな顔をして、寝所や館に現れる。親の命令だからだ。

 年々、夜這いと貢がれ女が増えている。食事も気を付けないと、怪しい薬を盛られていたりする。ある程度の毒には耐性があるが、得体の知れない惚れ薬とか媚薬とかは、勘弁して欲しい。

 解毒方法の分からない異国の毒だから、蕁麻疹が何日も出たり、高熱が出たりした。

 兄や弟が俺に何かあると許さないから、犯人は必ず見つかっているけれど、

「ジルムート様をお慕いしているだけなのです。こんな事になるとは思いませんでした」

 とか、震えて泣きながら言う女ばかりだ。

 慕うと言う言葉は、血の気の引いた顔で、気絶しそうになりながら言う事では無いと思うのだ。

 しかも弟は年々厳しくなって、女に対して容赦ない。

「兄上、お任せを」

 なんて言い出したら、それを止めるのも大変なのだ。

 女達が大変な事になる。何とか家長の立場で宥めて女を家に帰す訳だが、非常に疲れる。

 クルルス様に心配をかけたくないから黙っているが……辛いのだ。物凄く疲れている。

 そんな時に、ローズの耳かきを知ってしまったのだ。

 耳かきで見た桃源郷が、俺を縛っている。王がどうとか、バウティ家がどうとか、そう言った物を全て破壊する程の強烈な癒しだったのだ。

 クルルス様は婚礼の後、人が変わってしまった。女に骨抜きになると言うのは、この事を言うのだろう。俺に政治向きの話をしていた人間と、同一人物とは思えない。

 クルルス様は、女に対して強いこだわりがある。知っている者は、俺と兄だけだろう。

 金髪である事、巨乳である事。

 ポーリアの町に身分を隠して出かける時は、俺か兄が護衛として付く。

 兄が男のたしなみだと言って、娼館の利用方法を教えてしまったのだが、慣れてくると金髪巨乳の女が居ないと、誰も選ばずに店を出る程になった。

 娼館で最初になじみになった女が、金髪巨乳の女だったのだ。

 セレニー様と違って、大人の色気が噴き出している女だったが、この女との出会いがクルルス様を金髪巨乳しか女と認めない、おかしな嗜好の持ち主にしたのだ。

 セレニー様の肖像画は十四歳の時に描かれたもので、二年が経過した事で、すっかり変っていたのだ。特に胸が。

 セレニー様を……特に劇的に変化した胸を凝視していた事に関しては、俺から苦言を呈した。

「いくらなんでも見過ぎです。ポートの恥です」

 クルルス様は、俺の話なんて聞いてはいない。完全無視だった。

 これは、予想していない方向に事が運ぶ。

 嫌な予感は的中した。

 クルルス様は、あんなに嫌がっていた結婚式も戴冠式も、喜んでやってしまったのだ。

 俺が脱力と行き場の無い怒りで、更に疲弊したのは言うまでも無い。

 そんな所へ、弁償する為に事細かく形状に注文を付けた、耳かきの完成品が届いた。

 もう一度、耳かきをしてもらいたい。

 俺はどうしても許されたかったから、すぐにローズを呼び出した。

 ローズの使っていた物は木だったが、ポートでは鼈甲細工が盛んだから、材料を鼈甲にした。

「べっこう?それは、何ですか?」

「ウミガメの甲羅だ。ポート王国では、色々と加工されて使われている」

 ローズは、鼈甲を知らなかった。

「綺麗ですが、カメは甲羅が無くなって可哀そうですね」

 なんて言うので現実を教えた。

「カメは甲羅を剥いだら死ぬ」

「何て酷い事をするんですか!」

「俺じゃない。それにポートには、船乗りの食料にされたカメの甲羅が置いて行かれる。これは廃材の再利用だ」

 ローズが、青くなっている。

「ウミガメって食べられるんですか?」

「船乗りは保存食として、積み荷に生きたウミガメを入れる。動けない様に、ひっくり返して縄で縛るだけだからな」

 ローズはそれを聞いて卒倒した。

 ポートでは常識なのだが、パルネアではそうでは無いらしい。

 目の前でいきなり倒れるから、俺は慌てて王城の医者の所に抱えて行った。

 医者が気付けの香を嗅がせると、ローズは目を覚まして勢いよく起き上がった。

「貧血だったみたいですね」

 なんて話になって、医者の部屋を出た。勿論ウミガメの話で気絶したとは、俺もローズも言わなかった。

 出た途端、ローズは耳かきを俺の鼻先に突き付けて言った。

「この耳かきは、カメの恐怖で出来ています。そんな呪いの耳かきはどうかと思うのですが!」

「大げさな。先端を丸く加工するのに、木よりも良いと勧められただけだ。実際、持つ部分の棒も丸く加工してもらってある。軽くて持ちやすいと思うが」

 ローズの注文通りに作った品だ。間違いない筈だ。

「素材が気に食わないですし、実際に使ってみないと分かりません」

 その瞬間、俺の中で何かが高まった。

「廊下では試せません。一緒に来てください」

 きたぁああああああ!

 内心絶叫しながらも、表向きは平静を保って俺はローズに続いた。

 そうして城の空き部屋の大きめのソファーで、鼈甲の耳かきの桃源郷を見る事になった。

 やっぱり、ローズの技術は凄まじい。

 ローズは、起き上がった俺に耳かきを差し出した。

「この耳かきはジルムート様に差し上げます。別の材料で新しい物を作って来て下さい」

 弁償で作ったのに、突き返されてしまった。

「……分かった」

 俺は、耳かきと共に部屋に残された。

 手の中の耳かきを見る。

 これがあれば、耳の掃除は自分で出来る。ローズに頼らなくてもよくなるのでは無いか?

 しかし、ローズにしてもらった時の様なうっとりとした感覚は、一向に再現出来なかった。

 桃源郷が見たい。

 三日もするとそう思う様になった。前よりも餓えた感じが強い。

 護衛している目の端をローズが、実際にうろちょろしている。それを意識すると余計に辛いのだ。

 俺に睨まれて腰を抜かしながらも、耳かきへの思いで誤解を解いた女は俺を怖れない。

 ただ頼んでも、嫌な顔をされるだけだろう。

 まず最初の非礼を許してもらい、正式に依頼出来る立場にならなければ。

 俺は職人に相談し、今度は象牙で作ってもらう事にした。

 結果、象でも桃源郷は見事に再現された。そして俺はローズに抗えなかった。

 ローズが言った。

「これは何だか重いです」

 ローズはそう指摘した。きっと象さんの魂の重みですとか、ぼそっと言う。

「そうか」

 まさかの二連続ダメ出し。また許してもらえなかった……。新しい素材を探し、加工を頼まなくてはならない。

「もう、耳かきは作らなくて結構です」

 何?

「私が町に下りて、実際に素材を見られる様にクルルス様とセレニー様にお願いします」

 それは、俺が役立たずと言う事なのか?最初の時の汚名を雪げないと言う事なのか?

 今後の耳かきは……。

「待ってくれ!今度こそ、ちゃんとした耳かきを持って来る!」

「動物が原材料なのは嫌です」

「分かった」

「できれば、竹を探してください」

「たけ?」

 俺の反応を見て、ローズはがっかりした様子で言った。

「分からないなら結構です。やはり私が探します」

 良くない!俺は良くない!

「では、そう言う事で」

 晴れやかな表情で、ローズは立ち上がる。

 耳かき地獄に落とされたまま、俺は放置される。それは困る。……非常にマズい。

 行かないでくれ、ローズゥゥゥゥ。

 無情にも、侍女は去って行った。

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