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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
好きはとっても難しい
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地下の子供

ポート城……ポート王国の王都ポーリアにある巨大な城。上層・中層・下層・地下の四区画に分かれている。上層は王族の居住区、中層は議会や賓客の為の空間、下層は治安維持の為の騎士の作戦指令室他、各種役所が存在し、地下は、罪人の牢獄と騎士達の鍛錬の場として機能している。上層には空中庭園があり、地下は迷宮のように広がっている。

 翌日。

 ジルムートが子守りをしてくれているので、休憩すると言って部屋を出ると、大急ぎでコピートに会いに行った。

 私はコピートを呼んで、ジルムートに与えられている部屋に一緒に向かった。

「何だよ?」

 コピートはジルムートの分も忙しい為、不機嫌な様子だったが私は気にしなかった。

 私は黙ってジルムートの部屋の扉を開けて見せた。

 仮眠部屋としての意味しかない上層の各自の部屋には鍵が無い。扉はあっさり開いた。

「昨日、ディア様の行方を知らないジルが怒って、こうなりました」

 木の扉が、手の形にめり込んでいる。普通の人間ではこうはならない。扉は壊れていないのだから、明らかに異能による所業だ。

 コピートは不機嫌そうな顔から、一気に血の気を失って絶句している。

「昨日は何とかしましたが、次は無いです」

「あんた、どうやって生き延びたんだよ」

「秘密です」

 私はこの話題を引っ張る気が無いから、すぐに本題を打ち出した。

「私をハリード様に取り次いで下さい。今すぐに。城に居るのですよね?」

「どうするつもりだよ」

「ディア様にハリード様の館で会ってもいいか、お聞きします」

「何でディアの家に行かないんだよ」

「ディア様は、ジルやクザートのお母様と一緒に暮らしています。心配をかけまいと、出仕しているふりをしているので、話をしてくれるとは思えません」

「何か口実は無いのか?適当でいいから」

「私は一緒に城で仕事をしている事になっています。迂闊な事は言えません。疑われて、お母さん達からジルに相談なんて事になったら……私にはどうにも出来ないでしょう」

 昨日の夜の方法に、二度目は無い。

 私の真剣さが伝わったのか、コピートは物凄く慌てて、視線を泳がせている。自分も道連れになると分かっているのだから当たり前だ。

「もう!分かった。……案内する」

 やけくそ気味のコピートと共に城を上層から地下まで降りる。

 ずっと油で火を焚いているせいだろう。凄く油臭い地下は、蒸し暑くなっていて、若い騎士達の鍛錬する声が、そこかしこに響いている。何故か、たまに悲鳴のような声も聞こえて来て、ちょっと怖い。同じ城の中とは思えない。しかも、想像以上に広くて、暫く歩く事になった。

「広いのですね」

 コピートは、私をちらりと見て言った。

「地下は、出入口は一つなのだが、城の敷地一杯に拡がっている。ここは罪人と騎士しか居ない。女が一人で居ていい場所じゃないから、はぐれないでくれよ」

「はい」

 幼いジルムートが閉じ込められていた場所……どう考えても、子供の育つ環境では無い。

 子供であるジルムートが出仕してくると、オズマと言う騎士はここに閉じこめていたのだ。その人は、この暗い空間から湧いた悪魔か何かだったのではなかろうか。

 そんな事を考えて歩いている内に辿り着いたのは、一つの扉の前だった。

『入室禁止』

 そう大きく書かれた張り紙がされている。

 コピートがコンコンと扉を叩く。

「コピートだ。ハリード様はいるか?」

「今は訓練を見に行っている。まだ帰って来ない」

 子供の声が返って来て、コピートは扉を開けた。

 何で子供?

 訳が分からないままコピートが中に入って行くのを見ていると、コピートが振り向いて手招きする。一緒に入れと言う事の様だ。

 恐る恐る中に入ると、机の上に子供が座っていた。……何歳か分からないが、モイナより少し上だろうか。浅黒い肌に金髪碧眼。典型的なポート人だ。

 ポート人は浅黒い肌に、大抵青い目をしていて、金髪か茶髪だ。王家にだけ、クルルス様の様な紫色の瞳の人が生まれるそうだ。

 ジルムートやアイリスさんの様な黒髪はあまり居ない。

「誰?」

 私を見て、子供が目を丸くする。

「ジルムート様の奥さん」

 コピートがそう言った途端、子供が眉間に皺を寄せて叫んだ。

「帰れ!入って来るな!」

「そうもいかない。お前の言い分は聞かない」

 コピートは子供の言い分を一蹴した。

「この子は何者ですか?」

「帰れ!今すぐ帰れ!」

 とても怒っている。……昨晩のジルムートを見ている為か、全然怖くないが。

「適当に座って」

 コピートも完全無視だ。

 とりあえず、近くにある汚い椅子に座ると、コピートも少し足がガタついている丸椅子を寄せて来て座った。

 子供は相変わらず大きな机の上で足をブラブラさせて、不機嫌そうに帰れ!を連呼している。……甲高い声で良く響く。

 子供の側の耳の穴を指で塞ぎながら、コピートは言った。

「こいつは、ミハイルと言う」

 ミハイル君ね。可愛い顔をしているし、似合っている。しかし次の瞬間、そんな感想は消え失せた。

「ハリード様の弟。ミハイル・カイマン。ちょっと小さいけど、十一歳だ」

 ミハイルは私が目を丸くして見ている中、コピートに怒鳴っている。

「小さいって言うな!」

 コピートは、ミハイルの文句を無視して、ため息交じりに言った。

「オズマ様が引退してから迎えた後妻の子だ。そんな時期に後妻を迎えた理由は……まぁ、察してくれ」

 凄い執念だ。引退させられてからも、オズマは序列上位として子を残す事を諦めていなかったのだ。顔も知らない人だが、会わなくて済んで本当に良かったと思う。

「何故ここに居るのですか?」

「ハリード様は極度の対人恐怖症だ。そのせいで弟に依存している。時期はよく分からないが、ミハイルを城に連れて来る様になったらしい。……俺が入隊する前からみたいだ」

 コピートを見てから、ミハイルを見る。

 城に入れる序列の数は五百席だ。その序列に入っていない者は、騎士でも城に入るには手続きが必要になる。違反者は処刑されても文句が言えない。

 城の地下に、序列の無い子供が勝手に入り込んでいる。それも何年も。……大問題だ。

「隊長が俺を頻繁に伝言役に使うから、こんな知らなくても良い事を知る事になるんだよ」

 コピートが両手で顔を覆って俯く。多分、知ったのは最近の事なのだろう。

 後は……ミハイルに聞いた方が良さそうだ。

 ギャーギャーわめいているミハイルの方を向いて、私は視線を合わせると言った。

「ミハイル様、私はジルムート・バウティの妻で、ローズと申します」

「うるさい!帰れ」

 ミハイルは言いたい事しか言わないみたいなので、用件を告げる事にした。

「ディア様をご存知ですか?私と同じパルネア人です」

 ミハイルは言った途端、わめくのを止めた。

「ご存じなのですね?」

 私がじっと見据えて再度聞けば、視線を逸らして、渋々答えた。

「うちで働きたいと言うから、許可した。使用人は、母さんが居なくなった時に一緒に居なくなった。兄上では代わりを探せないし、俺は子供だから相手にされない。困っていたのだ」

 今この子はさらっと、母親が居なくなったと言っただろうか……。そこを追求するのは後回しにした方が良さそうなので、今はやめて話を進める事にした。

「ディア様が来るまでの間はどうしていたのですか?」

「俺が露店で飯を買って来て、家で食っていた。水汲みは兄上もしてくれていた。ディアが来て、暖かい晩飯が出てくる様になったし館が綺麗になった」

 悲惨だ……。何時からか分からないが、兄弟で酷い生活をしていたらしい。

 日本で言うなら、セレブで豪邸に住んでいる人が、コンビニ弁当を食べて、誰も掃除も片付けもしない家で、小学生の弟と暮らしている様なものだ。

 セレブ本人は三十代のおっさんらしいから、どうでもいいとして、小学生がパシリに使われている上に、ちゃんと養育されていないっぽいのが問題だ。

 ディア様が出仕しない謎が解けた。

 これは……放置出来ない。

 私でもそう思うのだから、ディア様が放置出来る訳がない。

「ディア様とお話をしたいので、是非とも館にお招き頂きたいのですが、如何でしょう」

 忌々しそうに顔を歪めて、ミハイルは言った。

「……許可出来ない」

「ご心配なさらないで下さい。悪い様にはいたしません」

「バウティ家の者の情けなどいらない!」

「ディア様もバウティ家の者です」

「違う。ディアは、クザート・バウティの子を産んでいるそうだが、妻の地位も与えられない妾じゃないか」

 子供の口から妾と言う過激な言葉が飛び出して、思わず口を閉ざしてしまった。

「ディアは俺達と同じだ。バウティ家に迫害を受けている。娘が人質になっているから仕方なく通ってきているが、本当なら俺達と暮らす方がいい女だ」

 ご都合主義な上に被害妄想だ。

 ディア様がクザートの妻になれないのではなくて、ディア様が認めないから、クザートは夫になれないのだ。(ここ、重要)

 モイナと会った事も無いのに人質と決めつけているし、ミハイルに対してジルムートは何もしていない。とにかく、態度が大きい上に勝手に人を悪く考えて色々言うのは許せない。

「いいから、館へ連れて行ってください」

 立ち上がって、ミハイルの方を向く。

 私の怒りが通じたのだろう。ミハイルはおどおどしている。

 相手がリヴァイアサンの騎士であろうとも、生意気な子供に容赦はしない。

 使われる側にも、納得できる主を選ぶと言う権利があるのだ。その主に尽くす為に、長年腕を磨いてきている。私達はそれだけの努力をして、今ここに居るのだ。

「ディア様は、あなたみたいな子供に使われる様な方ではありません。王妃様付きの最高級侍女です。あなたは、王妃様から侍女を奪って使用人にする程偉いのですか?」

 言葉を失っているミハイルに続ける。

「ディア様を雇うのにいくらかかると思いますか?」

「知るか!帰れ!」

 言葉遣いの悪い子だ。お仕置きせねば。

 私は一歩迫って薄く笑いながら言った。

「……そうですね。私がパルネアからこちらに来るときに、恩給をいただいて家に残して来たのですが、序列上位者の館が二軒程買えるくらいの額でしたよ。ディア様は私より長く城で働いていた侍女ですから、もっと頂いていると思います」

 私は二度とパルネアに帰れない。だから死者扱いで、家族に恩給が出たのだ。

 本当に凄い額だった。でも殉職する様なものだからこれでいいのだと説明された。妹をよろしく頼むと頭まで下げられた。……シュルツ様に。

「嘘だろ……」

 コピートが思わず呟くので、にんまりと笑ってそっちの方を向いた。

 ポート人は金で価値を判断する。だから、ちゃんと分からせるには金換算が手っ取り早いのだ。

「私はどの国の王侯貴族であろうとも、納得の行くお世話の出来る侍女として、ポートに来ました。当然の価値です」

 コピートには可愛くないと言われたが、可愛く無くても生きていける技術を身に着けているつもりだ。

 こいつはミハイルが地下で放置されているのに見て見ぬふりをした。……色々な意味で許せない。こいつもお仕置きだ。

「侍女やメイドの仕事は、未婚女性のお遊びだとでも思っていたのでしょう?ファナはとても勉強熱心な子だったので、私はかなりの技術を教え込みました」

 コピートがごくりと喉を鳴らした。

「コピート様、騎士を辞めたくなくなったのはファナが好きなのは勿論でしょうが……ご実家よりも、居心地が良いからではありませんか?」

 コピートが目を丸くする。

「相手の事を考えて居心地がいい場所を維持するのは、案外大変なものです。私達侍女の技術は、それを実現する専門技能です」

「え?」

 居心地の良い住処と言うのは、離れ難いものだ。日本で、胃袋を掴むと言う言葉があったが、私は料理だけでなく環境そのものを相手の要望に合わせて整える技術を身に着けた。

 パルネアでは、侍女はメイドの上位職に当たる。メイドのやる事は当然出来る。その上で、仕える主をより快適にすると言う強い奉仕精神と、ゲストにも快適な空間を提供し、主人に恥をかかせないだけのマナーと知識で対応する所まで技術を高めている。

 激務である上、いつも緊張している為、どれだけお給料が高くてもやり手の増えない過酷な仕事だ。

 それだけに意に沿わない相手には、技術を振るわない。それが侍女の権利だからだ。

 パルネアでは、給金の高さでは無く、素晴らしいと認めた主に尽くす事が、侍女の幸福とされていた。そういう主に巡り合うのが難しいからだ。

 逆に、素晴らしい働きをする侍女を召し抱える事が出来る者は、人格者として尊敬される。そういう侍女を妻に迎える事も、名誉とされていた。だから薔薇の称号を与えられた城の侍女は、男性達にとって奪い合いの対象で、嫁ぐ家を侍女側が好きな様に選べる仕組みになっていたのだ。

 ファナはコピートの事が好きだから、私の教えた技術を活用して、館を快適に整えている筈だ。

「ファナは出来る子ですから、さぞ居心地の良い館になっている事でしょう」

 結婚している他の騎士に聞いて回るといい。全然違うから。

 掃除一つとっても、掃除をした事のない女主人は、掃除の仕方が分からないから、使用人に的確な指示を出せないのだ。「もっと綺麗にして頂戴」とか言われても、何処をどうすればいいのか、教えてもらえるのと、そうで無いのとでは差が出る。

「ちなみに、コピート様が騎士を辞めてもファナが居れば食べていくのに困りません。ポートは既婚女性が働くのを嫌がりますが、一度でもファナを侍女として雇った家は、絶対に手放さないでしょうね。お金を積んででも自分の家に引き留めるでしょう」

 コピートは青ざめて絶句している。そこで私はお仕置き対象を変更して、ミハイルの方を向いた。

 今の話の中身を分かっているのか、いないのか。そこは大した問題では無い。

 野性の本能で、私の強い怒りを感じ取る感覚さえあれば、話の内容が理解できなくてもいい。

「ディア様を城にお返しください。少しでも心の準備をする時間が欲しいなら、私を館へご招待下さい。ちょっとなら言い分を聞いて差し上げます」

 帰れ!は、もう言わせない。

 私の気持ちが伝わったのか、ミハイルは震えながら、こくこくと無言で頷いた。

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