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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
好きはとっても難しい
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守護神の憂鬱

ローズ・バウティ……ポート王国王妃セレニー付きの侍女。前世持ちで耳かき信奉者。騎士団の序列で名誉席(相談役)を与えられた。

ジルムート・バウティ……ポート王国騎士団序列一席。リヴァイアサンの騎士でローズの夫。耳かき信奉者。

クザート・バウティ……ポート王国騎士団序列二席。リヴァイアサンの騎士で、ジルムートの異母兄。

 武器庫は、内部に保管されていた爆薬によって爆発し、武器共々大破した。

 武器庫に爆薬を保管していたのは、序列二席であるクザート・バウティである。

 クザート・バウティは、ポーリアで外国人による犯罪が発生した際に、犯罪者の拠点となっている家を探し出すと、爆破していた。その為の爆薬が、今回何らかの理由で爆発した模様。

 武器庫大破の責任は、クザート・バウティにあるものとして、新設する武器庫と武器の費用を、全額支払うものとする。

 新しい武器庫建造前に、石畳の修復をしている職人さん達の様子を見ながら、私は告知された文章の内容を思い出した。

 武闘大会で武器庫が壊れてしまった事は、当然公になる。

 ジルムートが、大剣で木っ端みじんにしましたとは言えないので、当然の様にその事実は隠される事になった。

 それで矢面に立たされたのがクザートだ。

 明け方にド~ンと大きな音がして、ポーリアの石造の家が壊れる事は、年に数回あった事だ。どうやらクザートが犯罪者に家を貸すなと言う警告も含めてやっていた見せしめだったらしい。

 勿論、ジルムートが武器庫を壊したのと同じで、爆薬なんていらなかった筈だが……それを爆薬で爆破していました、と言う事にしたのだ。つまり、たまたま武闘大会の日に爆発して武器庫が壊れてしまいましたと言う話にされたのだ。

 酷い話だと思うが、武闘大会の最高権限を与えられたジルムートが決めた事で、クザートは従うしか無かった様だ。

「あなたが壊したのだから、お金は出してあげるべきだったのではありませんか?」

 表向き罪を被ってくれたクザートに、弁償代金の全額も支払わせる私の夫は、鬼だと思う。

「兄上には少し反省してもらう。今回の事は、兄上が俺やクルルス様に早く相談してくれていれば良かった事だ」

「そうですが……」

「それに役人達は、リヴァイアサンの騎士について知識が無い。俺が金を立て替えてしまったら、それこそ憶測で何を言われるか分かったものでは無い」

 武闘大会の事を知っている騎士団の者達は、皆一斉に口を閉ざした。

 自分達の所属している騎士団に君臨している序列上位者が、人とは違う異能者であると言う事に関して、口外を禁止されているからだ。

 試合を見ていた者達は、騎士団の決まりを破れば誰が処罰を下すのか思い知った。今までジルムートを馬鹿にしていた序列下位の面々も、性根を入れ替えて職務に励んでいると聞いている。

 知識として知っているのと、実際に目にするのとは違うのだ。序列で上位の方に居る拷問人形の家系の者達も、改めてリヴァイアサンの騎士が普通ではないと言う認識を持ち、職務に励んでいると言う。

 武器庫を木っ端みじんにした人を敵にしたいとは誰も思わない。

 あれ以来、騎士達が私にまで敬礼する様になってしまったのは本当に困るのだが、序列で名誉席と言うのを与えられ、騎士の相談役を任されてしまっているので仕方ない。

 騎士の相談役。最強の騎士である序列一席、ジルムート・バウティに言い辛い事を伝える橋渡し役として、私はそう言う立ち位置にされてしまったのだ。

 最近の変化と言えば、騎士団の給料が紙幣になったと言う点だ。

 紙幣制度は施行されて間もない。金に換金できる券と言う事で説明がされているが、騎士団はこの紙幣による給料の導入を拒んでいた。

 日本では当たり前だったが、知らない人達にとっては受け入れるのが大変なのだと、最近知った。

 勿論、他国では利用できない。ポートが発行して保証はしているが、そんな紙切れが金に変わると言う信用が他国では無いし、換金場所が無いからだ。

 ロヴィスも国内限定で紙幣がかなり流通していて、定着し始めているそうだ。ちなみにパルネアも導入を検討中だ。

 ポート金貨と言う世界的に信用の高い金貨が出回っているので、それに換金できる紙幣の信用は、すぐに上がるだろうと言うのがセレニー様の考えだ。クルルス様もそう考えている。

 そんな訳で、ポート国内限定で発行しているのだが、学者の意見として、早く定着させる為にも騎士団の給料を紙幣にして欲しいと言う要請が以前からあったそうだ。

 役人や議員は紙幣に切り替えているのに、騎士団が切り替えない為に浸透が遅いと言うのだ。

 ジルムートは構わないと思っていた様だが、給料が紙切れになってしまうのは嫌だと言う反対騎士達の意見を聞き入れて拒んでいた。

 しかし先日の武闘大会の後、ジルムートが紙幣制度に協力してもいいか再度聞くと、上層の騎士は全員構わないと即答した。

 そうなると、中層や下層の騎士が反対するのは難しくなる。そんな訳で、騎士のお給料は紙幣になった。

 ちなみに侍女は組織立っていないので、お給料は相変わらず金貨だ。

 私が壺に金貨を貯めているのは不便だから、銀行と紙幣があったらいいのに。と言う話をした事から、ジルムートは銀行と紙幣の事を発行前から知っている。

 ただ私の十六歳までの日本の知識での話なので、詳しい仕組みは話せていない。だから、ジルムートが何処まで分かっているかは不明だ。

 とにかく、ポートではまだ銀行は無いけれど、紙幣の発行はポート城に専用の部署が作られて発行されている。

 できるだけ紙幣のまま流通させたいとしているが、換金所で換金する事も可能になっていて、紙幣専用の換金所がポーリアに一か所作られている。これが後で銀行になるのかも知れない。

 と言う訳で、ジルムートのお給料は紙幣になってしまったので、クザートの弁償代金を肩代わりすると、紙幣の流れからバレてしまうのだそうだ。だから全く支払っていない。酷いと思う。兄弟でも金にシビアなのがポートと言う国の考え方の様だ。

 クザートとジルムートは何度も言い争いをしていたけれど、結局そう言う事で落ち着いたらしい。

 クザートはさんざんだ。給料が激的に減った上に、ポーリアの破壊神とか、爆弾魔とか言われる様になってしまった。

 守護神が破壊神に。しかも爆弾魔。

 クザートは一切弁明をしない。周囲は勿論、ディア様に対してまで。ディア様が今のクザートをどう思っているのかは、怖くて聞けない。

 それで私は、クザートの居る下層の執務室に押しかけて話をする事にした。クザートが何もしないからだ。

「本当の事をディア様に話してもいいですか?」

「やめて」

 クザートは即座にそう言って私に口止めをした。

「でも、武器庫を壊したのはジルです。クザートはちゃんと弁明したいのではありませんか?言い辛いなら私から話します」

 ここまで酷い状況のクザートが、ディア様を口説くのは大変だと思うのだ。

「ディアに言い訳したくない」

 クザートはぽつりとそう言った。

「言い訳じゃないです。本当の事です」

 私がそう言うと、暗い表情でクザートは答えた。

「それでも、ディアに俺じゃないって言うのは……嫌だ」

 クザートは、やる事をやっておいて、六年もの長期に渡って、ディア様を放置した。

 ここ最近までの数年間に関しては、弟でパルネアの外交官であるルミカに護衛をさせ、近況なども報告させていたみたいだけれど、ディア様本人に接触しようとはしていなかった。

 二人の間に産まれたモイナが、異能者であるリヴァイアサンの騎士に稀にしか産まれない女の子であった事から、危険から遠ざける為だったのだが……クザートはそれが間違いだったと、かなり落ち込んでいるのだ。

「でも、このままでは破壊神で爆弾魔ですよ?」

 クザートは遠い目をして言った。

「いいんだ。とにかく本当の事だけは言わないで。格好悪過ぎるからさ」

 クザートがそう言うならそうするしかない。

 クザートは弟達の策略で、ディア様とモイナをポートに永住させるように仕向けられたと言う事実をディア様に知られたくないのだ。

 ディア様は、ジルムートが事実をクルルス様に話した事でモイナの素性が明らかになり、国王とジルムートの後ろ盾を得て安全を確保できる目処が立ったから、モイナがポートに住めるとしか思っていない。

 武闘大会での一連の騒動も、ルミカがポートに来ていた事も知らない。

 ディア様に何も言わないのは、本当に良い事なのだろうかとちょっと思うのだが……。

「分かりました。ところでモイナにクザは爆弾が好きなの?って聞かれたのですが」

 モイナはクザートの娘で、六歳の可愛い女の子だ。物凄く父親似。

「何て答えたんだ?」

 クザートは、がばっと顔を上げて私を悲壮な表情で見る。

「さあ、分かりませんって」

「そこは否定しようよ!」

「じゃあ、今度会ったら言っておきます」

 幼い娘に爆弾魔と思われるのは嫌なのか。

 最近のクザートは、今までの頼れるお兄さんキャラが崩れてしまって、申し訳ないけれど……面白い。

「ローズちゃん、俺をいじって楽しまないでくれ。ディアとモイナの事に関しては大真面目なんだから」

「分かっていますよ。お世話になった分はお役に立ちたいと思っているので、ここまでわざわざ来たのです」

 クザートは女性のあしらいが上手いのに、ディア様にだけはそれを発揮する事が出来ない。軽い男だと思われたくないのだとか。軽く見られたくない、言い訳はしたくない。

 そんな事を考えているのでは、何も出来ない。だから二人の仲は少しも進展しない。

 私は、もっとクザートがグイグイ押す展開を予想していたのだが、想像以上に本気の相手には弱気だった。

「何も言わないしやらないのでは、ディア様との関係は進展しないと思うのですが」

「情報収集はしている。花が好きだとか、カモミールのお茶が好きだとか」

「追加情報です。お洋服は茶色を好んで着られます。美しいからもっと色々な色がお似合いになるのですが……何故か六年前からで、今も普段着はその色が多いです」

 クザートとモイナの髪の色だ。クザートが頭を抱える。

「意地らしくて泣きそうなんだけど。俺、彼女に何を返せばいいと思う?花なんて母さん達の所に行く時にいつも贈っているけど、何か重みに欠けるよね?種から育てた花でもあげればいいのか?」

 切れ者の三十四歳はどこに行ってしまったのだろう。花が咲くまで何もしない気か?ディア様を何か月放置する気なのだろう。

「喜ぶことをしてあげればいいのです」

「何をするのさ?」

「ポーリアの街を案内して、一緒に食事でもして下さい。デートですよ」

「ローズちゃんは、ジルとデートして大泣きして帰って来たと聞いているけど」

 嫌な事を思い出させないで欲しい。

「あれはルミカが意地悪したからです。人も状況も違うでしょうに」

「そうだが……」

 クザートは、長時間ディア様と一緒に居た事が無いそうだ。

 隙を見て逢瀬を繰り返していただけだそうで、長時間一緒に居ても、何を話せばいいのか分からないと言う。

 王族に随行している使用人と護衛が出会って恋をした訳だから、ゆっくりと互いの気持ちを確認している暇なんて無かったのだろう。でも、今はたっぷりと時間がある。切羽詰まる必要なんて無いのだ。失敗してもいいから、頑張ればいいのに。

「慣れなくてどうするのですか。一生一緒に住まないつもりですか?」

「それは嫌だ」

「だったら長く一緒に居ても良い関係になっておかないと、館で気詰まりな思いをしますよ?」

「分かった。でも、どうすれば喜ぶか分からないんだよ」

 ポートの上流階級の人達は、政略結婚をするから基本的にデートをしないのだ。

 クザートは情報収集の為に、一般庶民の女の子達と気安くデートをしていたみたいだが、本気のディア様相手になった途端、この有様だ。

「美味しい料理を食べて、毎日何をしているのか話せばいいのです。ディア様の欲しがる物の買い物に付き合ってあげればいいのです」

 特別な事なんていらない。

 気持ちは互いに向いているのだから、お互いをもっと知る事をすればいいだけなのだ。

「それで喜んでくれるのか?」

「勿論です。クザートが誘う事が大事なのです。ディア様を放置していると、自分に全く興味がないのだと思われますよ」

 ぎょっとした顔で立ち上がるクザート。

「それは無いから!」

「私に言っても仕方ないでしょう」

 クザートは渋い顔になる。私はそれを見ながらため息を吐いて言った。

「失敗したくないっていうのは分かりますけれど、待っていてもディア様からアプローチはありませんよ。本気で、迷惑にならないように側に居られればそれでいいと思っていますから」

 この前聞いたら、そう言っていた。

 迷惑な訳がないと言ったら、苦笑された。……全然信じていなかった。

「そもそも、婚姻関係を結ぶ様な関係になれないって信じ込ませたのは、クザートでしょ?」

 クザートは歯切れの悪い返事をした。

「俺もジル程じゃないけど、夜這いの被害に遭っていたんだよ。結婚に夢も希望も持てる訳ないじゃないか」

 バウティ家の三兄弟が女性にあまり良い感情を持っていなかったのは知っている。

 親の命令でベッドにもぐりこんだり、家の前に立っていたりする女の子が毎日居たのだから。

「そもそも、ディアを治安の悪いポートに連れて来て住まわせようって思えなかったんだ。館に閉じ込めなかったら、あんなに綺麗なんだから、あっと言う間に攫われてしまう。……殺す。絶対に許さない」

 あらぬ方向に視線を向けて、仮想敵を妄想しているクザート。心配性だとは思っていたが、これ程とは。だから犯罪者の根城になる建物まで潰す徹底ぶりなのだろう。

 もう少しでいいから、自分の管理しているポーリアの治安に自信を持ってほしい。

「そんな心配しなくていいです。とにかくカルロス様のお世話で疲れているので、私達侍女には癒しが必要なのです。ディア様をデートに誘ってください」

 私は、渋るクザートに念を押した。

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