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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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新生活と新しい耳かき

 ポート王国で最初に出来たお友達は、ジルムート・バウティ様。

 ポート王国国王、クルルス・ポート様の腹心でポート王国最強の騎士……だそうだ。

 お友達と言うのも本当は許せないけれど、そうしておかないと二つの国の国際問題になるので、表向きそう言っている。

 本当は私の魂。耳かきを破壊した、万死に値する罪人である。

 何の罪も無い、耳かき十六号を真っ二つにしたのだ。許せない。全く同じ仕上がりの物が出来ても、木こりのおじさんの作った十六号は帰って来ない。

 しかし、表向きはにこやかに過ごさなくてはならない。

 ポート王国では結婚と同時に、クルルス様が国王、セレニー様が王妃になられた。前国王陛下の病状が回復に向かわないからだ。

 それで……心配していたセレニー様だが、クルルス様と一瞬で恋に落ちた。

 パルネアには居ない、浅黒い肌と紫の瞳。白髪に近い金髪と言う姿がお気に召した様だ。

 セレニー様は美しい。愛らしい顔立ちに、女の嫉妬を集める素晴らしい体をしている。それでいて凄く清楚。

 金髪に緑の瞳はとても合っているし、色が白く、まるで絹の様な肌をしている。

 セレニー様を目の当たりにして、クルルス様がセレニー様を焼き殺しそうな目で見ていたのを思い出す。

 主に胸。

 ポート人の男は王まで品が無い。

 ジルムートがあの有様なのは、国全体がこの様な状態だからだと思う。アネイラが居たら、飛び出して怒っていただろうなぁ……とか思う。

 暑かったので選んだだけのドレスだったのだが……。もう露出の高いドレスは、勧めないと心に誓う。

 それでもセレニー様は、クルルス様を素敵なお方だと言う有様。……セレニー様が知っている若い男と言えば、お兄様である皇太子様のみだ。

 嫌な相手じゃなかっただけ、良かったと思う事にしたのだが……。

「セレニー。あ~んしろ」

 セレニー様の口に、お菓子を放り込むクルルス様。

「おいしいわ」

「俺にもくれ」

 そしてセレニー様が、クルルス様の口にお菓子を……。

 政治の犠牲になって嫁いだ、悲劇の王女じゃなかったの?何、この状況。

 どう思う?なんて聞こうにもアネイラは居ない。

 代わりに、辛気臭い表情で二人を見ているジルムートの姿がある。

 王様の護衛と、王妃様の侍女。

 この関係があるから、ジルムートは嫌でも目の端をちょろちょろするのだ。これも楽しくない。

 クルルス様が去っていく時、ジルムートがすれ違いざまに、小さく畳んだ紙を私の手に握らせる。

 いきなり何よ!とかは、城ではマナー違反だから何気ない様子でそれを握りしめる。

 戴冠式とか色々な公務がバタバタと続いて、半年が経過している。

 この手紙のやり取りは、二回目だ。

 王妃であるセレニー様の部屋に、侍女の私と護衛のジルムートしか居ない時に行われている。

 恋文でも何でもないのだが憶測も嫌なので、出来るだけ人が少ない時に手早くと言うのが基本だ。

 で、何の手紙かと言えば、耳かきを渡したいから場所と時間を指定されているだけだ。

 ジルムートは十六号の弁償をしようとしている。最初に暗殺者だと疑ってしまった事を、物凄く恥じているのだ。とにかく許して欲しくて必死になっている。

「これはどうだ」

 ジルムートに呼び出され、向かった城の一室。そこで差し出されたのは、不思議な材質の耳かきだった。

 前回の物は返品した。

「今度は、何で出来ているのですか?」

「象牙だ」

 パオーン!

 産まれる前に、遠い異世界の動物園で見ただけの動物。この大陸に象は居ない。

 あの可愛い目をした動物を殺して牙を取るなんて残虐非道だと思うが、この世界では象の干し肉が珍味として出回っている。象牙は象の居る地域の産物でしかない。

 前回の耳かきの材料は、カメの甲羅だった。

 よく分からないので聞いたら、ジルムートが凄く怖い話をした。私は気絶して、涙を流すカメの悪夢を見る様になった。だからもう詳しくは聞かない。

 私の倫理観はともかく、目の前の耳かきには何の罪も無い。色も白くて綺麗なのは確かだ。

「まぁまぁ、ですね」

「じゃあ、許してくれるのか?」

 縋る様な目をしたジルムートに、私は鼻で笑った。

「それはそれ、これはこれ、ですよ」

 物凄く怖い目で睨まれて、腰を抜かした。その挙句の十六号の破壊。あれを忘れるにはもっとジルムートを苦しめる必要がある。

「丁度いいですね。この象牙の耳かきの調子をみましょう。あなたの耳で」

 ジルムートの目に、絶望と喜びが浮かぶ。

 この男はすっかり耳かき信奉者になっているのだ。しかし自分でやっても気持ちよくないので、私による掃除を求めている。

 しかし私は怒ったままだから、頼む事が出来ない。だから赦して欲しいのだ。

 空から翼を生やした私が、輝く耳かきを持って降臨するのを、ひれ伏して待っている様な立場を何とかしたいのだ。

 前回、持って来た耳かきの慣らしとして、ジルムートの耳を掃除する事にした。耳ほぐしも忘れない。

 最強の騎士だか何だか知らないが、ものの数分で、だらけ切った猫みたいになった。丁寧に耳を扱い、快感を確実に覚え込ませる。

 これは、私なりの報復だった。

 そして今日、耳かきの禁断症状が出たのだろう。前回から一か月と言う短時間で、ジルムートは新しい耳かきを持って来たのだ。

 王の腹心、最強の騎士としての誇りを捨ててでも、必死になる姿に耳かきの偉大さを感じる。

 味わうが良い。地獄の快楽を!

 私はそんな意地悪な気持ちで、ジルムートの耳を調べた。ところが耳の中は綺麗だ。そんなに耳垢が無い。

 そう言えば、この男も耳かきを持っている。

 私がカメの耳かきを突き返したから、それで耳掃除をしているみたいだ。

 仕方ないので、優しく耳の内壁の細かい耳垢だけを取り除き、耳ほぐしをする。

 ジルムートの蕩け切った無防備な姿に、私はふっと笑う。

「ジルムート様、象牙の耳かきなら頭の中まで突き刺さりますよ」

 ジルムートがびくっとする。

「私はしませんけどね」

 しょげた顔でジルムートが言う。

「疑って悪かった。許してくれ」

 私を暗殺者と間違うなんて、馬鹿じゃないかと思う。木を削る小刀一本持たせてもらえない家庭で育ったのに。

「さあ、反対のお耳はどうされますか?」

 ジルムートは、情けない顔で耳まで真っ赤になっている。歯を食いしばり、何かに耐えている。……面白い。

 ジルムート・バウティ。さあ、私にお願いしなさい!

 故郷を離れた私にとって、これは一種のうっぷん晴らしだ。

 酷い場所に嫁ぐセレニー様をお支えするのだと思っていたのに、クルルス様は王様らしくない気さくな王様で、セレニー様にデレデレになっている。

 初めての恋人であり、夫であるクルルス様に夢中で、女の友情で結ばれていたセレニー様は、クルルス様の話しかしない。もう耳かきの話をする様な雰囲気すら無い。

 私は、まだ城下に行く許可を出されていない。だから城から出られない。

 他の侍女やメイドは、私と距離を置いている。異国人であると言うだけにしては……おかしな気がするのだが、その情報も入って来ない程に話相手が居ない。

 ジルムートをお友達と言いつつ、こっそり虐めているせいかも知れない。

 そうは思うが、移動中のあの夜、ジルムートが勝手な思い込みで因縁を付けて来なければ、こんな事になっていない。

 自分の恥を晒して、耳かきの普及活動でもすれば誤解も解けるし赦してやるのに、こいつは自分の耳の快感だけで満足している。やっぱりジルムートのせいだ。こいつが悪い。

 パルネアに居た頃の様にセレニー様は耳かきをさせてくれないし、町へ買い物に出られない。アネイラと一緒におしゃべりも出来ない。

 これでは息が詰まってしまう。

 だからジルムートには悪いが、虐める。

 彼を許さない事で、彼だけは私と耳かきの話をしてくれるし、耳かきをゆっくりとさせてくれる。

 そして情けない姿を晒して、頼んでくるのだ。耳かきをして欲しいと。

 そして、今日もジルムートは屈服した。

「頼む。反対側の耳も、やってくれ」

 彼はそう言って、屈辱を噛み締めながら、ころりと反対を向くのだ。そして未婚である私の腹に、高い鼻が触れないように、頭の場所をずらすのだ。

 礼儀正しくない人には、耳かきは与えられない。良い心がけだと心の中で呟く。

「いいでしょう」

 私はその態度に満足して、ジルムートの耳を掃除するのだった。

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