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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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ローズ、ポートを救う

 怪獣ですか!

 私は茫然としている周囲と共に、ジルムートとクザートの居る場所を見つめて思った。

 滅茶苦茶だ。このまま終わらせたら、ポートは怪獣の国として周辺国に討伐対象にされかねない。

 リヴァイアサンは海の怪獣だったそうだが、その力がそのまま人に宿っている。抑止力どころか、脅威として認識されかねない。やり過ぎもいい所だ。

 私はジルムートの本気がどんなものなのか知らなかった。全く理解していなかった。

 本人が見せたがらなかっただけあって、桁違いだった。大きくて重そうな剣を軽々と振り抜くだけでなく、武器庫を木っ端みじんにして、地割れを石畳のある武器庫の奥の道にまで作っている。

 クザートの銛による連撃も怖かったが、ジルムートのやった事は遥かにその上を行っている。

 わざと人の居ない場所を狙ったのだろう事も、クザートを傷つけない為だと言う事も、私はジルムートをよく知っているから分かるけれど、周囲はそれが分からない。

 ダメだ。あれは怖過ぎる。このままでは、人扱いされない。

『騎士は人殺しをする獣や道具ではなくて、血の通った同じ人。どんなに強くても、話し合う事の出来る相手なのだと、他国の人に分かってもらう必要があるのよ』

 セレニー様の言葉が頭の中を過る。

 今、この絶望的な状況を打開できる者は……私しか居ない。

 上層の騎士達ですら、青ざめて動かない。怖いのだ。クルルス様も言葉を失い茫然としている。

 昨日話を聞いて欲しかったのに、取りつく島も無かったとジルムートが言っていた。だから突然の事に対応できていない。

 他のリヴァイアサンの騎士達は、手分けして城の守りや窃盗団の取り締まりに動いていて居ない。

 私はぐっと拳を握ると、自分の体に動くように命令を下す。

 女は度胸。私がやるしかないの!歩くのよ。ローズ・バウティ。

 私の体は辛うじて動き出し、観客席を抜けて、試合会場と区切りとなっている雛段を飛び降りる。その音で注目は私に集中するが、私はその視線を無視してずんずんと進む。

 ジルムートとクザートが私を見て目を丸くしている。私は、相当不機嫌な顔をしている筈だ。セレニー様は、愛情を見せろと言ったけれど今はとても無理だ。

 私は二人の前に仁王立ちになると、声を張り上げた。

「試合をすると言っておいて、これは何ですか!」

 私は壊れて飛び散っている武器庫を指さした。

「ローズ……」

「ローズちゃん……」

「誰がこの後始末をすると思っているのですか!どれだけの人に迷惑をかけるか、考えてください!」

 私の怒声に二人共首を竦める。

「「済まない」」

 相変わらず呼吸ぴったりの二人に呆れながら、私は更に怒鳴った。

「他国からの賓客の前ですよ!見ていた方々にも、ちゃんと謝罪して下さい!」

 私の言葉に、ジルムートとクザートは互いを見て苦笑した。

「何を笑っているのですか!」

「いや……」

 苦笑しながらジルムートは空いている手を差し出してクザートを立ち上がらせた。

 二人は私の横をすり抜けると賓客の方に歩いていき、並んで立った。

「この度はポートへわざわざお越し頂いたのに、見苦しい試合をお見せして誠に申し訳ございませんでした」

 クザートの言葉と共に、ジルムート共々、深々と頭を下げる。

 すると、ようやく立ち直ったクルルス様が声を出した。

「全く……兄弟喧嘩をするなら、他でやれ」

「すいません」

 ジルムートが言うと、クルルス様が賓客であるロヴィスの人達の方を向いて言った。

『我々の騎士は、ポート国内でしかこの力を振いません。ポート国内での犯罪者にしか向けない力なので、その事はご理解下さい』

 ロヴィス語でそう言うと、ロヴィスの人々が恐々と頷いている。私は聞き取れるが、上手く話せない。発音が難しい言語なのだ。実際に話す機会もあまり無いので練習を長い間サボっていたら、本当に上手く話せなくなってしまった。ポートでは案外使われるので、ちょっと焦っている。

 クルルス様は続けた。

『気の強い侍女に叱られて謝罪する様な騎士達ですので、どうか恐れないで下さい。我々ポートは商人の国、侵略には一切興味がありません。全ての騎士の力はポートの治安と貴人の護衛の為にあります。今後とも、信頼の出来る商売相手として、我が国をよろしくお願いします』

 そう言って流れる様に頭を下げてにっこりと笑って見せた。……普段はデリカシーの欠片も無い癖に、やろうと思えばちゃんと外交も出来るのがクルルス様の嫌味な所だ。

 それよりも……気の強い侍女って私?

 ぎょっとしているとロヴィス人だけでなく、ロヴィス語の出来るパルネアの外交官やシュルツ様まで私を見て笑っている。恥かしくて真っ赤になって俯いていると、足音がした。

 顔を上げると、目の前にジルムートが立っていた。

「約束通り、兄上も俺も怪我をしていない。褒美をくれないか?」

 褒美……。

 そんな事を思っている間に、ふわっと体が浮いて、不安定な体を安定させたくて慌てて手を伸ばすと、ジルムートの首に手が巻き付いた。

 お姫様抱っこだ!

 目を丸くしてジルムートを見ると、少し赤くなりながら苦笑して言った。

「あの下着の件があって以来、こんな風に横抱きできなくなっていたのだ。……その、色々と想像してしまってな」

 それで、あの小脇に抱える袋扱いになっていたのか。じゃあ、耳かきで寝ている時にはこうやって運んでくれていたの?ちょっと嬉しくなる。

 鼻血は今の所出ていない。

「ジル……」

「俺はこれからも、そう言う事を想像するだろう。触れたいとも思う。……どうか、それを許して欲しい」

 妻に対して、色々想像してしまうし、思い余って触れるかも知れないから許して欲しいと言う為に、地割れを作って武器庫を木っ端みじんにする人など、どの世界を探してもジルムートだけだろう。

『ただあなたは自分の気持ちのままに、ジルムートをねぎらってあげて。それだけでいいの。ただ、ジルムートの事だけを想って、気持ちを行動に移すだけでいいの』

 セレニー様の言った事を思い出して私は言った。

「このまま、賓客の皆様の方を向いてください」

 私の言葉に従って、ジルムートは向きを変えた。そんなジルムートの耳元で、囁く。

「大好きです。今日はご苦労様でした」

 言った勢いのままに、ジルムートの頬にチュっとやってやる。内心ドキドキだが、素直に思ったままに振る舞うのは気分がいい。

 パルネアの使節団が、ワっと声を上げて拍手をする。パルネアの武術大会のノリだ。

 ジルムートが、浅黒い肌を真っ赤に染めてその場で硬直したままになったものの、お陰で場は一気に和み、私は何故か今年の武闘大会の功労者として、その場でポート騎士団の名誉席を与えられる事になった。

 この日を境に、私は騎士達に「ローズ殿」ではなく「ローズ様」と呼ばれる立場になり、暫く戸惑う事になった。

 武闘大会が終わった夜、何処かに行っていて居なかったジャハルがナジームと共に戻って来て、窃盗団が捕らえられた事が報告された。それと同時に、モイナの誘拐に関わっていたと言う事で、その場でカイト・マウンセルが拘束される事になった。序列十五席ははく奪され、繰り上がりでアルスが十五席になった。

 カイトは特に抵抗しないまま、ラシッドに連行されたと聞いている。モイナと同じ年齢の息子が居るそうで、どうしてもその子をモイナと娶せたいと言う気持ちに勝てず、窃盗団との取引に応じたと自白した後、自殺してしまったと言う。

 クザートが親子関係を否定してまでモイナを庇おうとした姿、ジルムートの武闘大会での言葉とリヴァイアサンの騎士の強さを目の当たりにして、己の行いを後悔していたと言う。

 妻子の事を最後まで案じていたそうだが、生き永らえて罪を償う程の心の強さは無かった様だと、ジルムートは残念そうに言っていた。

 窃盗団はロヴィス人だった事が判明したが、ロヴィスの本国から来た人達も外交官も、自国へ引き取らずにポートで裁く事を快諾した。

 多分、見捨てたのだ。あの場は何とか誤魔化せたと思ったものの、あれだけの力を忘れるのは難しい。……犯罪者をジルムートから庇う様に弁護して自国まで連れ帰る気持ちにはなれなかったのだろう。

 それでもまだ怖かったらしい。オーディスの絵がロヴィスで発見された場合には、速やかにポートへ送ると約束し、招かれていたロヴィスの高官は帰って行った。

 多分、ポートでロヴィス人の犯罪者は激減するだろう。

 その後、モイナの絵の権利は速やかに放棄され、オーディスの絵画はポートとパルネアの国境付近の町に美術館を作り、そこで保管する事が決まった。それまではポート城の中層で保管する事になり、中層に飾られているポート湾の絵も美術館へと移される事になった。

 城でなくてもオーディスの絵が見られるとなれば、観光客が押し寄せるとクルルス様は豪語していた。ちなみに美術館が作られるのはパルネア側の町で、美術館周辺の宿に宿泊する際には、パルネアの収益となる。ポートは来るまでの旅費と宿泊費を取るからそれでバランスが取れるのだそうだ。

 二年後までに設備を整えたいとして、パルネアとポートは共同で動いている。

 こうして、武器庫と武器に激しい被害が出たものの、武闘大会は概ね国にとっても、私達にとっても望む形で終わりを迎える事になったのだった。

 そして今、目の前で激しい言い争いをしているジルムートとクザートを、私はぼんやりと見ている。

 シュルツ様が使節団と共に帰国してから一週間が経過している。

「お前のせいで、俺が武器庫の武器と武器庫の修理費用の全額を支払うなど、納得行かない。三年は給料が半分とはどういう事だ!」

「俺は観客に被害が出ないなら、何をしても良いと言う権限をクルルス様から与えられていましたから、俺の権限でそうしました」

「お前が壊したのだ。お前が支払うべきだろう」

「俺は中層の事件のせいで減俸処分が決まっています。これ以上の負債は御免です」

「俺もだよ!」

 ジルムートとクザートが言い争い、それを私はルミカと並んでソファーに座って聞いている状態だ。

「貧乏で困る様な暮らしをしている訳でもないのに、じゃれあっているよ。困ったものだね」

 のんびりと言うルミカに、私も同意する。

「本当にそうです」

 言い争っているジルムート達を尻目に、私達はお茶を飲む。

「ところでアネイラにお土産を買っていきたいんだけど、何がいいかなぁ」

「アネイラは酒好きですから、珍しいお酒を買って行くといいですよ」

「俺の方が弱いから嫌だ」

「一緒に飲んだのですか?」

「うん。酔わせて本音を聞き出そうと思っていたけど、失敗した」

「意地っ張りだから、言わないでしょうね」

「だから焦らしてやろうと思って、ちょっと長くポートに居るんだ」

 ルミカの作戦は多分間違えていない。

 シュルツ様が帰国してもルミカが一緒に戻って来ていない事を知れば、さぞや心配する事だろう。

「やり過ぎると泣くので程々に。それとお土産は布にして下さい。きっと服を仕立てます。恥ずかしがっていても、見て欲しくて目の前で着ますよ」

「俺の選んだ布でアネイラが服を作るのか。それいいな。ありがとう。そうする」

 ルミカは酷い奴だが、アネイラに対してはそうでは無い様だし、親友の幸せの為に少しだけ手を貸してやる事にする。

 モイナをずっと守ってくれていたのだし、今回窃盗団の件でも色々と世話になった様なので、ちょっとしたお礼だ。

「ローズはやっぱりいい女だね。兄上と結婚していなければ、俺も諦めきれなかった」

 もしかして、アネイラの恋の最大の障害は私だったのだろうか。

 それは嫌なので、きっぱりと言っておく。

「妥協でアネイラを選ぶと言うなら、やめて下さいね。あの子は私の大事な親友ですから」

「うん。分かっているよ。ただね、アネイラは凄く可愛いから好きだけど、物足りない時がある」

「物足りないのですか?」

「ローズみたいに強くないから、甘えられない。だから、ちょっと疲れる」

 三男は甘えん坊の様だ。あの小動物の様な愛らしい女を可愛がるよりも、寄りかかれる相手が欲しいとは……。

「そんな事を考えると迷う時があって、何となく告白する覚悟が決まらない。将来ずっと一緒に居るなら、ローズみたいな子の方がいい気もしてね」

 毒吐きで甘えん坊。手に負えない。私はルミカを甘えさせてやる気など無い。やはりアネイラとくっつけるのに手を貸すのは、やめておこうと思う。アネイラが苦労しそうだから。

「ローズに手を出したら、お前でも許さないからな!」

 ジルムートの怒声が飛ぶ。

 ……聞いていないと思っていたら、聞いていたのか。

「出しませんよ。俺、兄上にもローズにも嫌われたくないですから」

「それよりも、俺の給料の話!」

 良い大人の兄弟なのに、仲良しだなぁと思いながら、私はお茶を飲んだ。

 概ね、山積みになっていた問題は解決した。後は、クザートがディア様との関係をどう修復するか。それだけだ。そこに首を突っ込む気は無い。言うべき事は言ったから、もう気にしない。

 私は、ルミカとアネイラに似合う布の話で盛り上がる事にした。

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