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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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ローズとジルムートの約束

 何だか、ルミカを見た気がする。

 そんな事を思いながら目を開けると、視界が真っ黒だった。

 焦点が合わないのかと思っていたが、何度瞬きしても、やっぱり真っ黒だった。

 手を動かそうと思ったら、動かない。そこで自分の置かれている状況を理解し始めた。

 静かな寝息が聞こえる。体温も感じるし、呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸の感触も分かる。黒いのは騎士の制服だ。……これはどう考えても、寝ている騎士に抱き込まれている!

 誰なのかは、当然顔を見なくても分かっている。ずっと一緒に居るのだから。

 しかし、こんな事は一度も無かった。結婚しているが同じベッドで寝た事など無かったのだ。

「ジル、起きてください」

 戸惑いながら声をかける。

「んー」

 拘束していた腕が離れて体が動く様になったが、どれ程前からこんな状態だったのかと思って混乱が大きくなる。

 上半身を起こすと、同じ様に体を起こしたジルムートと目が合った。

 慌てて視線を逸らす。……物凄く恥ずかしい。

「おはよう」

 ちらりと見ると、ジルムートはいつも通りだった。

 パルネアの使節団が来て以来、妙に密着度の高い日が続いている。そのせいで、慣れてしまったのだろうか。

 これで怪しい雰囲気でもあれば逃げる口実もあるのだが、そんなオーラは欠片も無い。私は逃げ出したい程、ドキドキしているのに。

 とりあえず、表面上は冷静さを装う。

「おはようございます」

 ジルムートは少し首を傾げて言った。

「昨日の夜、ルミカが来たのは覚えているか?」

「あ……はい」

 そこで昨日の夜、ルミカが酷い事を言い出したせいで気絶して、そこから記憶が無い事を思い出した。

「それで、どうなったのですか?」

「ルミカの言っていた様な事はしない。どうするかの計画は皆で立てたから、後は実行するだけだ。ルミカがポートに居る事と、今回の計画については、誰にも口外するな」

「分かりました」

 結局、私は何も出来なかった。

「すいません。役に立てませんでした」

「何を言っている。ローズがジャハルに相談しようと言ってくれなかったら、ここまで話は進まなかった」

「そんな事はありません。ルミカが来ていたのですから、きっとうまく行っていた筈です」

 すると、ジルムートは真剣な顔になった。

「ルミカはジャハルでは無く、ラシッドに相談しようと城に来ていたそうだ」

「え?」

「あいつが中層で隊長だった頃、ラシッドと一緒になって何をしていたか、詳しくは言わないが……ルミカが俺達を見て下層の執務室に来なかったら、良くない事が起こっていたのは間違いない」

 火あぶり。斬首。

 怖い言葉が脳裏を過って、身震いする。

「ローズ、お前のお陰だ」

 ジルムートが心底そう思っているのは、表情から十分理解出来た。

 偶然ではあるが、役に立った様でほっとする。

「それなら、良かったです。……計画の内容を聞いてもいいですか?」

 少し黙った後、ジルムートは言った。

「武闘大会の場で、モイナを兄上の子だと俺が公表し、オーディスの絵画の権利を放棄させる。その上で、モイナはモイナ・バウティとして家長である俺の保護下に入ると宣言する」

「クザートには、どう説明するのですか?」

「兄上には言わない。モイナを隠されては困る。兄上は怒るだろうから、俺は兄上と武闘大会で本気の打ち合いを騎士達に見せる事が出来る。それで扱いきれない力だと認識させれば、騎士達はモイナから手を引く」

 私は、一瞬言葉を失う。そして慌てて言った。

「いけません。そんな事をすれば、クザートもジルも傷つきます。他のリヴァイアサンの騎士の方達だって、今まで以上に特別扱いを受ける事になります」

 ジルムートは迷わなかった。

「もう決めた。本当にそう言う力だから、恐れられて当たり前だ。心配するな」

 嫌だ。私が泣くからと決めた行動でジルムートが傷つくのは耐えられない。

 恐ろしい怪力による怪我も、仲の良い兄と争ってしまう事による精神的な負担も、負って欲しくない。

「何故ジルなのですか?ルミカでしょう?そんな事を考えるのは。だったら、ルミカにやらせればいいのです」

 そしてクザートにボコボコにやられてしまえばいいのだ。酷い事を考えるだけ考えて、兄弟にやらせるなんて、許してはいけない。

「俺にしか出来ない」

 ジルムートの視線が全く揺らがない事が、今は、ただ怖い。

「序列は絶対だ。俺が一席で兄上が二席である事は、十五年以上変わらない事実だ。兄上の怪力を止めるだけの力は、ルミカに無い」

「そんな方法は嫌です」

 私の言葉に、ジルムートは言い含める様に言った。

「力は己の一部だ。切り離す事は出来ない。ローズが前世の知識を捨てられない様に、俺もこの力を捨てられない。リヴァイアサンの騎士は皆そうだ」

 反論の言葉が、全く出て来ない。

 ジルムートは続けた。

「俺達の力は戦う力だ。大きな力故に扱いが難しいと認識させるには、実際に見せるしかない」

 それは周囲に恐怖の対象として存在を焼き付けると言う事だ。何て悲しい生き方なのだろう。

 理屈は分かっても、感情がついて来ない。

 耳かきと甘い物が好きで、争い事が嫌いで……。何故、私の大好きな人がそんな扱いを受けなくてはならないのか。

 首を左右に振る。

「私の願いを叶えてくれると言ったではありませんか。その方法は嫌です。泣きますよ?」

「凄い脅し文句だな」

 ジルムートは困った様に笑っている。こっちは本気で怒っているのに。

「乱暴で済まない。でも、これがお前の願いを叶える俺なりのやり方だ」

「野蛮人!」

「そうだな。でも、そんな野蛮人でも本気で心配してくれるのはローズだけだ」

 返答に詰まる。……心配しているから、怒っているのだと、完全にジルムートに見透かされている。だから嬉しそうなのか。何て奴だ。

 睨み付けても効果は無くて、ジルムートは平然としている。

「ところで、必要以上に触れないと言う結婚の時の約束だが、あれを無かった事にして欲しい」

 調子に乗っているとしか思えない。最近密着度が高いのに、私が嫌がらないと分かったからだ。

「ローズの嫌がる様な不埒な真似は、誓ってしない」

 そんな事は分かっている。

 過去の影響なのだと思う。ジルムートがそんな事を微塵も考えない事は理解している。結婚以来、本当に何もないのだ。私達の年齢から考えて、まずあり得ない状況だ。

 ちょっとでも妙な雰囲気になると、ジルムートは決まって鼻血を出して逃げ出してしまう。多分、無意識に避けているのだ。

 今だって一緒に寝ていたのに、何もされていない。何かしようと全く思っていなかったのだ。

 不埒なのは私の方だ。

 お姫様抱っこにデコチュー。それどころかもっと凄い事も、頭の中では妄想している。

 成人した新婚の人妻なのに、何も考えるなと言う方が無理だ。

 でも、そんな心理は絶対に悟らせない。

「ジルもクザートも怪我をしないで、無事にモイナの件を解決出来たら、考え直してもいいです」

 あくまでも上から目線。私が飼い主で、ジルムートは飼われている側なのだ。

 お姫様抱っこでデコチューされたいとか、抱き着いて胸板にスリスリしたいなんて、私だけが一方的に考えているなんて、絶対に認めない。

「本当か?」

「はい」

 ジルムートは前のめりになって再度言う。

「違えるなよ」

 いつになく強気だ。

「は、はい……」

 仰け反って返事をすると、ジルムートは、にんまりと笑う。

「気合が入った」

 そんなにやる気になられると何をするつもりなのか、妙な期待と不安に胸がドキドキしてしまう。何はともあれ、これでジルムートもクザートも怪我をしないなら良いと思う。

 心配なのは心だ。

 支え合って生きて来た兄弟の信頼関係が変わってしまうかも知れない。

 しかしジルムートは決めてしまっている。もう何を言っても、予定は変更してくれないだろう。気絶して何も口を挟めなかった事を後悔するがもう遅い。

 そもそも、武闘大会は明日だ。こうなってしまうと、もう出来る事が無い。

「着替えて来ます」

 私はベッドから下りて、そそくさとジルムートの部屋を出る。

 部屋に戻り、大きく息を吐く。

 武闘大会は騎士の序列認定試合なので、国王を除く騎士団に所属しない部外者が見る事は禁止されている。

 私も見たのは一度きりだ。二年前、セレニー様が王妃として騎士団の強さを知りたいと言った事で特別に見学を許された。その付き添いで私は会場に入っただけなのだが、私もセレニー様もかなり場違いな感じだった。

 頑張って~なんて、応援出来る雰囲気は皆無だった。静かで殺伐としていて、大会なんて華々しい感じでは無かった。

 今年はシュルツ様や使節団を招待する事をクルルス様が決めたので、海外の国の駐在する大使館の人達も招かれる事になっている。

 あれを見せるだけでも、ポートの騎士が単なる護衛じゃないと思わせるには十分なのに、大丈夫なのだろうか。

 何が起こるのかさっぱり分からない。ただ漠然と怖いと思うだけだ。

 外洋に出られる様に頑丈に作られた船を叩き壊せる人の力なんて、見た事が無いからよく分からない。

 使用人の女性に手伝ってもらって、下着を着け直し、髪と服を整えて鏡を見る。

 分かるのは、ジルムートが私の為を思ってやってくれている事を怖れてはいけないと言う事だけだ。

 今後何が起ころうとも、ジルムートを一人にはしない。

 私は、飼った生き物は最後まで大事に可愛がるタイプだと自負している。前世で飼っていたカメは、親が離婚後に勝手に捨ててしまっただけで、私は飼い続ける気満々だったのだ。

 ジルムートを、勝手に何処かに捨てられる様な人は居ないから、離れる事はまずない。

 死ぬまで耳かきで甘やかして、嫌な事は全部忘れさせてやる。私を好きになって良かったと、笑って言わせてみせる。

 私は自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。

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