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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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ジルムート、決心する

ジルムート→クザート=兄上

ルミカ→ジルムート=兄上、ルミカ→クザート=クザート兄上

「モイナの事は俺がずっと守っていました。クザート兄上の命令です。命令でなくてもやっていましたが」

「やはり、そうだったのか」

「パルネアの守りはザルです。騎士は武器を持ったカカシと変わりありません」

 ローズがルミカを睨んでいるが、ルミカは完全に無視した。

「俺がずっとパルネアに居て守り続けるのが一番だったのでしょうが、セレニー様の妊娠で流れが変わりました」

「お前、ポートに帰ってこないつもりだったのか?」

「まぁ、その話はまたの機会に。それでクザート兄上とモイナの関係がバレた話ですが……こちらに来る前から、情報を掴んでいる者が居ます」

「どういう事だ?」

「モイナとオーディスは全く似ていません。それなのに実子として絵を譲り受けています。疑問に思って、調べる者が居たと言う事です。結果、絵を盗るだけで飽き足らず、モイナを攫おうとすると者が現れた訳です」

 ジャハルが鋭い表情になった。

「今回の窃盗団の騒ぎには、ポートの騎士が絡んでいると言う事ですか?」

 ルミカは頷く。

「海外の大型船が寄港できる港はポーリアだけだ。クザート兄上が居るのに、ポーリアの検閲を逃れたと言う事は、内部に裏切り者が居ると言う事だ」

「検閲の責任者が見逃したと言う事か?」

 由々しき事態に、全員の顔が厳しくなった。

「絵が欲しい者は、富裕層の好事家です。絵を手元に置きたいだけですから、人に見せる気も、売りに出す気もありません。モイナを攫って権利の譲渡を迫る必要など無いのです。……窃盗団に見逃す見返りとして、モイナを攫う様に指示していたのはポートの騎士の誰かです」

 報告書にその様な事は一切書かれていなかった。

「何故、隠した?」

「クルルス様や兄上達が動けば、モイナをクザート兄上の実子だと更に大勢の騎士達に周知させる事になります。だからクルルス様への報告書からも除外しました。クザート兄上も知りません。俺が特定して叩けば済むと思っていました」

 ルミカはこの事に決着を着ける為に、わざわざパルネアから来たのだ。

「それで、お前はどうするつもりだったのだ?」

「証拠を掴んだ上でクルルス様に提出し、公開処刑で火あぶりか斬首にすればいいと思っていました」

 ローズが俺の方へ、ふらっと倒れ込む。久々に気絶した。寝不足で余裕が無い所にこれはきつかったか。

 ルミカ……全然変わっていないな。

 ローズの頭を膝の上にそっと乗せながら、ため息を吐く。

「そんなもので得られる効果は長くない」

 人の記憶は風化する。自分ならうまくやれると考える者が数年で現れる。

 ナジームが付け加える。

「良いイメージで受け入れられているクルルス様の政治が、振出しに戻ります」

「ナジームの癖に生意気だな」

 ルミカの言葉に、ナジームが応じる。

「ルミカ殿は考え方が野蛮です」

 ルミカとナジームは年齢が近い上に、お互いの容姿が羨ましくて仕方ないと言う関係である。その為、会話に棘がある。

 ルミカは綺麗な顔が嫌いで、人を威圧できる容姿が欲しい。ナジームは綺麗な物が好きで、花を見ていても恐れられない容姿が欲しい。

 ないものねだりだが、ここまでかみ合っていると、仲良くしろと言う気にもなれない。だから、この辺りのやり取りはいつもの事だから無視する。

「ナジームの言う通りだ。第一クルルス様は公開処刑など認めない」

 そんな事をしたと知られたら、セレニー様に嫌われるから絶対にしない。

「そこで考えたのですが……兄上、クザート兄上を怒らせて下さい」

「は?」

 全員の目が点になった。

「だから、クザート兄上が本気で兄上に打ちかかって来る様に仕向けるのです」

 ……何を言っているのだ。こいつは。

「本気でクザート兄上が襲って来れば、兄上も対抗せずにはいられないでしょう?それを見せて、本気のリヴァイアサンの騎士の力を思い出させるのです」

 俺は半眼でルミカを見据えたが、ルミカは気にしないで続けた。

「武闘大会ですよ。大勢の騎士の前で、兄上とクザート兄上が本気で打ち合えば、誰も手を出そうなんて思いません」

 ジャハルが身震いして、ナジームが青い顔になった。

 ルミカはポーリアの石造の家を破壊する事が可能なクザートと、人前で俺に戦えと言っているのだ。……効果的かも知れないが、俺にやらせないでくれ。

「断る。城が壊れる」

「クザート兄上が壊さない様に、兄上が城を庇えばいいのです。出来るでしょう?」

 ルミカは子供の頃からずっと、鍛錬も一緒にやって来ているから、俺の力量を知っている。正直やり辛い。

 顔をしかめていると、ルミカは続けた。

「出来るのに隠すのはもう止めましょうよ。老害は皆引退しました。兄上が強いからと罵る者はもう居ません」

 ジャハルもナジームも、俺とクザートの力量は拮抗していると思っていたのか、驚いて俺を見ている。

 二人共、俺が武闘大会へ出なくなってからの入団者だ。だから知らないのだ。

「兄上は城を壊させない様に、クザート兄上の攻撃を受けて下さい。それを騎士達に見せればいいのです。それで国に忠誠を誓った騎士達は、モイナに手出ししようとは思わなくなります」

 ルミカは一旦言葉を切り、俺を見据えた。

「モイナを攫う事を考える騎士の目星はとっくに付いているのでしょう?」

 答えない事が答えになってしまっているが、何も言えない。皆上層の騎士で、俺の部下だ。

 気位が高く、城の上層に勤める事に誇りを持っている者ばかりだ。人一倍努力をし、己の力を限界まで引き出し序列を維持している。

 だからこそ、俺が何もしないで序列一席に居る事に本当は納得していない。それを知りながらも、俺は力を振うのを躊躇ってきた。俺が騎士の序列一席に相応しい力を持っていると納得させれば事は収束する。

 分かっているが、俺は膝の上のローズを見てしまう。

「ローズに……知られたくない。兄上もディアにそんな姿を知られたくない筈だ」

 雨を呼び、風と共に大波を起こす。そう伝え聞く伝説の怪物の力を人前で晒す。

 ローズに出会うまでは、いざと言う時には仕方ないと考えていたが、今は考えたくない程に嫌だと思う。

「今更です。ローズもディアも、その程度で兄上達を恐れて逃げる女じゃないですよ」

 ルミカがちらりとジャハルとナジームを見てから言った。

「兄上は俺の命を父上から救っておきながら、それを罪だと考えていますよね。だから、強い事を恥じて隠す。その態度に俺が傷ついている事を少しも理解してくれない」

 俺は、ルミカの今までに無い態度に戸惑う。俺に逆らった事など一度も無かったのだ。

「俺が生きている事は罪ですか?」

「違う」

「だったら自分を罪人だと責めるのは、いい加減に止めてください」

 反論が頭に浮かんでこない。

 黙っていると、ジャハルが言った。

「バウティ家の事情は、隊長から聞いています。噂を信じるなと教えられた話で、副官になってすぐから存じています。僭越ながら、ルミカ様の言う通りだと俺は思います」

 ジャハルの方を向くと、暗い目をしていた。

「……俺は、姉と一緒に父親に外国に売られました。俺は傭兵団に雑用として買われ、そのまま傭兵になりましたが、姉の消息は分からないままです」

 ポート人なのに傭兵をしていた事は知っていたが、そんな事情だとは思っていなかった。

「うちの息子は戦場で拾ったのですが、ポート人の血筋だと分かり、姉の子の様に思えて見捨てられなくなりました。それで、傭兵団を退団してポートに戻ってきました。……親父は生きていたら殺してやろうと思っていました。死んでいましたがね」

 調べたと言う事は、本気でそうするつもりだったのだろう。

 ジャハルは俺に向かって言った。

「もう、終わっているんですよ。俺が怒りのやり場を失った様に、ジルムート様がいくら許されたくても、相手はもう居ないのです」

 そう言われて初めて、俺は父親に許されたかったのだと思い至った。

「この年ですが、未だに思い出すと腸が煮えくり返る気分になります。姉の事を思うと、忘れるなんて無理です。だから、忘れろなんて言いません」

 ジャハルは、俺を見据えて言った。

「息子が居てくれたお陰で、俺は前を向けました。……ジルムート様も前を向かないといけない時期なのではありませんか?ローズ殿を守るなら、卑屈になっている暇など無いと思うのですが」

 俺が父親を殺してしまった事実を客観的に裁ける者は何処にも居ない。

 人の感情が綺麗に片付く事など無いのかも知れないが、俺はこの事に関してだけは、それを望んで引きずって来た。そうしたいと願う程に、子供の俺には辛い出来事だったのだ。

 しかし、ジャハルはそれに折り合いを付ける様に言っている。自分一人の問題では無く、共に生きる者にも影響の出る問題だからだ。

 ジャハルの言葉には、実感と言う重みがあるから、俺の気持ちに突き刺さる。

 ルミカはじっと俺を見て答えを待っている。

 ずっとクザートとルミカに甘えて生きていたのだと改めて思う。

 俺が俯いて歩いても大丈夫な様に、二人が手を引いてくれていたのだ。……しかし、もう俺達は大人で、それぞれの道を歩いている。

 俺はローズを諦められずに手に入れた。俺が前を向いて歩かなければ、ローズを守る事は出来ない。

 だったら、やる事は一つだ。

「分かった。城に被害が出ない様に兄上と打ち合えばいいのだな?」

 ルミカは凄く嬉しそうな顔で頷いた。

「序列一席の力を見せろとクルルス様に言われている。国外向けにとの命令だったが……国内にもしっかりと伝わる様にする。窃盗に騎士が関わっているなら尚更だ」

 ルミカは今にも泣き出しそうな笑顔になってから、顔を引き締めて言った。

「では、話を詰めましょう。……ところで、ローズはそのままでいいのですか?」

 俺の膝の上を見てルミカが言うので、俺は頷いた。良く寝ている。

「一度寝たら朝まで起きない。運ぼうが俺の膝だろうが、疲れていたら関係ないからこのままで大丈夫だ。お前が見つかると問題になる。時間が惜しい」

「そうですか。……相変わらず、肝の据わったいい女ですね。惚れ直しそうです」

「やらんぞ」

「分かっていますよ。では、俺の提案ですが……」

 ルミカの提案は、クザートに厳しいものだった。しかしクザートを怒らせる事が出来ないと失敗すると言う事で、決行を決めた。

 それから分担をして、窃盗団と裏切り者も捕獲する様に計画を立てる。

 話し合いが終わったのは真夜中だった。

 ルミカが闇に溶ける様に姿を消して、俺も下層の執務室を出た。

 昨日から眠っていない。酷い眠気が襲って来る中、ローズを抱いたまま城を出て館に戻った。

 ローズを連れて館の中に入ると、起きていた使用人に何もしなくていいと告げて、そのまま自室に戻った。

「……ローズを置いて来るのを忘れた」

 ローズを自分の部屋まで連れてきてしまった。

 とりあえず着替えようと思い、ベッドに寝かせると、ローズの寝顔に目が行く。凄く気持ち良さそうに寝ている。起きる気配はない。

 もう……面倒だな。

 着替えもしないで、俺もそのまま隣に横になった。

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