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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
30/164

ジルムートは兄を何処までも信じている

 ローズから館に帰らないと言う話をされたのは、日勤が終わる直前の事だった。

「セレニー様に何かあったのか?」

 俺の言葉をローズは否定した。

「少し、クザートに話があるのです」

「兄上に?」

 中層の事件の事だろうか?

「ここずっと夜勤をしているそうなので、モイナも寝た後なら、話ができるかと」

「俺も一緒に居た方がいいか?」

 ローズが一瞬だけ俺を見て目を逸らす。……何だか嫌な予感がする。

「行く」

 俺が言うと、ローズが微妙な顔になった。

 何だ、その顔は。

「面倒な話が更に面倒になると困るので、ちょっと嫌です」

「最近お前は俺に対して、率直に物を言い過ぎる。ちょっとは言葉を選べ」

「他の人には選んでいます」

 その一言で、俺は少し舞い上がってしまう。

 俺にだけローズは素直なのか?俺にだけ。

「嬉しそうにしているのは分かりますが、黒いのが出ているので止めてください」

 ローズに言われて、慌てて意識を引き締める。

「とにかく私はクザートの話を聞きたいから、わざわざ会いに行く事にしたのです。何か言うのは聞いた後にしたいと思っています」

「一緒に話を聞くなら話の途中で口を挟まず、傍聴者に徹しろと言う事か」

「そうです。私としてはシュルツ様がお帰りになるまで、ジルは聞かない方がいいかも知れないとも思っています」

「そんな言われ方をしたら、余計に気になる。黙って聞く努力はするが……保障はできない」

 俺の返事にローズはため息を吐いた。

「そうですよね。……分かりました」

 俺達は厨房へ寄って、軽食を作ってもらうと、それをローズの城に与えられた部屋で食べて、夜更けに話を聞きに行く事にした。

 予備知識も無いまま、クザートの話を聞かす訳にはいかないと、ローズは自分の推察について語った。

 その内容が衝撃的過ぎて、言葉を差し挟むどころか、俺は黙ってしまった。

「もしモイナがクザートの子だとしたら、どうしてポートに呼ばなかったのか、私には分からないのです」

「俺のせいかも知れない」

「ジルのせい?」

「俺が頑なに結婚を拒んでいたから、自分が先に結婚する訳にいかなくて、黙っていたのかも知れない」

「そうは言いますが、もう私達が結婚して半年以上が過ぎています。ルミカがパルネアに居るのですから、呼ぼうと思えばすぐにでも呼べたのに、呼んでいません」

 ローズ曰く、クザートはしらばっくれて、モイナの事を誤魔化すつもりなのではないかと言うのだ。

「何故だ」

「だから聞くつもりです」

 俺は食べ終わった軽食の皿を見ながら、クザートがモイナの警備を申し出た時の事、クザートとディアに違和感があった事を思い出す。

「ローズの言う通り、聞いてみないと始まらない様だな」

 ローズは俺を見て恐る恐る言った。

「もっと、怒るかと思っていました。兄弟仲が良いので」

 ああ、だから一緒に話を聞きに行くのを嫌がったのか。

 俺は苦笑する。

「兄上の隠し事には慣れている。今回程の大事は初めてだが……よくある事だ」

 俺はバウティ家の家長として立ち、拷問人形としての仕事にも二年程従事した。

 俺は拷問人形として城の地下に居た時期の影響で、感情を表に出す事の出来ない時期があった。未だに得意では無い。親しい者には出せる様になったが、それ以外の者に対しては未だに身構えてしまう。

 だから無表情とか鉄面皮だとか、言われるのだ。

 クザートはその事に強い責任を感じていて、俺を他者から隔離しようとする。

 武闘大会への出場を止めさせたり、下層の統括を自ら行ったり……俺を俗世から遠ざけようと必死だった。全て俺を傷つけない為だと知っている。

「兄上は俺に対して過保護なのだ。もういい大人なのに」

 俺がそう言うと、ローズが不機嫌そうに言った。

「知っていますよ。クザートがジルを大好きな事なんて。でもだからって、こんな隠し事はあり得ないと思うのですが」

「兄上は賢い。何か必ず理由があるのだ。それは信じていい」

 俺がそう言うと、ローズが半眼になって言った。

「私とクザート、どっちが大事ですか?」

 ……え?

「なんて事は聞きませんが、妬けますね。あなた達兄弟の絆が強過ぎて」

「ローズの事はちゃんと特別だ」

 そうでなければ、無防備に耳かきなどされるものか。

 ローズは笑った。

「いいんです。私もそんな風に信用してもらえる様になりますから」

 ゾクゾクした物が背中を這って行く。思わず背筋を伸ばしてしまった。

「期待している……」

 俺はとっくにローズが居ないとダメな男に成り下がっているのに、これ以上依存するのか?どうやって?……もう、期待しかない。

 夜も遅くなりポート城の明かりが幾分減った時間になり、俺達は部屋を出て中層へと向かった。

 夜間警備をしている騎士達は、俺の姿を見て緊張した面持ちになった。こんな時間に居るのだから、何かあったのだと思ったのだろう。

 ラシッドが夜勤で残っていて、知らせを受けたらしく凄い勢いで走って来た。

 ラシッドは事件の起こった日から、自分の館に帰っていないと聞いている。短気ではあるが、責任感も強い男なのだ。

「ジルムート様、中層に何か御用でもありましたか?」

「いや、兄上の様子を見に行くだけだ。兄上もずっと中層に留まっているらしいから」

 ローズが、すかさず下げている籠から焼き菓子を出してラシッドに渡した。

「ご苦労様です。無理はなさらないで下さいね。ラシッド様」

 ラシッドはそれを受け取って、泣き笑いの様な顔になった。

「俺も……結婚したい」

 ラシッド・グリニス、二十七歳の騎士は、絶賛花嫁募集中だ。コピートに成り行きとは言え婚約で先を越され、実は物凄く落ち込んでいる。

「パルネアの使節が帰った後、俺の方で嫁の候補は探してみよう」

「本当ですか?」

 ……母さん達を頼れば、しっかりした家の娘は見つかる筈だ。多分。

 ルミカが居なくなり、ナジームは頼りないから、ラシッドは中層でかなり苦労をしている。少しは報いてやりたい。

「探すだけで、必ず見つけるとは言っていないからな」

「はい。それでも有難いです。是非よろしくお願いします」

 ラシッドが執務室へ戻って行くのを見送って、俺達は再び歩き始めた。

「やっぱり来ましたね。ラシッド様」

 俺が厨房で軽食と一緒に菓子をもらっておいたのは、今の様な状況を考えての事だ。

 断じて、俺が食べたかっただけでは無い。

「俺が中層をうろついているのを見逃す様な警備では、絵画が中層に保管されているし、モイナも危険だ」

「クザートが一緒なのですから、モイナは心配ありませんよ」

「確かに……」

 そこで、廊下の先から声が聞こえて来た。

「やはり、モイナをパルネアに帰すんだ」

「嫌よ」

 クザートとディアだとすぐ分かった。

 俺達は顔を見合わせ息を潜めると、耳に意識を集中した。

「まさか、あそこまで俺に似ているとは思わなかった。あれではオーディスの連れ子として、俺の子に迎え入れるのは難しい」

「結婚して欲しいなんて言ってないわ!他人のままでいい!あの子と離れて暮らすなんて、私には出来ない」

「しかし俺の子と分かれば、まずい事になる」

 そこで湿った声が聞こえた。ディアは泣いている様だ。

「あなたは、モイナを可愛いとは思ってくれないの?」

 沈黙の後、クザートの真剣な声が聞こえた。

「可愛いに決まっている。だからこそ、ポートには置けない」

「守るとは……言ってくれないの?」

 ディアのすすり泣く声が聞こえる。

「ごめん」

「謝って欲しくない。惨めになるわ」

 クザートが沈黙して、ディアの鳴き声だけが聞こえてくる。

 すると大きなため息が聞こえた。

「話す。ここはまずいから場所を移そう。……立ち聞きしている奴らが居るから、そいつらも一緒に」

 ギクっとローズが体を揺らす。

 クザートは、話している途中から気付いたのだろう。

「兄上……ディアが可哀そうです。俺達に気付いたなら、すぐにそう言ってやって下さい」

 俺が近づいて行ってそう言うと、ディアが泣きながら真っ赤になっていた。恥ずかしさのピークを越えたのか、クザートに抱き着いて顔を隠した。

 横に居るローズは顔を引きつらせている。……俺も気まずい。凄く。

 クザートはディアの背中に片手を回しながら、苦笑した。

「俺だって、かなり一杯一杯なんだよ。こう見えて」

 確かにそうなのかも知れない。

 クザートは上手く女性をあしらうし、逃げる。それで今まで上手くやって来たのだ。こんな風に踏みとどまって対応している所など、見た事が無い。

「場所を変えると言っても、何処で話を?」

「モイナには聞かせたくないが、護衛が居なくなる訳にもいかない。……不本意だが、モイナの寝ている部屋しかないな」

「ラシッドにでも護衛を頼みますか?」

「あいつ、あんまり寝ていないんだ。可哀そうだからやめておく」

 クザートは、ディアの背中をぽんぽんと叩く。

「それに、今まで何もしてやれなかった分、出来る事は俺がやってやりたい」

 俺の娘だから。

 そんな声が聞こえた気がした。

「分かりました。あまり大声にならない様に気を付けましょう」

 俺の言葉で、場所は廊下から部屋の中になった。

 ディアが落ち着くまで待つ間、ローズが菓子を並べ、お湯を用意して来て茶も淹れてくれた。

 子供の為の部屋なので、来客を予想していない事からソファーが一つしか無い。

 ソファーには、クザートとディアが座った。

 俺が部屋の端にある椅子と、ベッドサイドの椅子をソファーの側に寄せて来て、テーブルの前に置く。俺とローズ用だ。

 ベッドサイドの椅子を持つ際に見ると、モイナはぐっすりと眠っていた。寝顔を見て思う。クザートに似ていると。特に俺は子供の頃のクザートを覚えているから、目を閉じていても似ていると分かる。

 ローズが全ての準備を終えて座ると、クザートが口を開いた。

「ずっと黙っていて悪かった」

 ローズはクザートを睨んでいる。

「よくもディア様を酷い目に遭わせてくれましたね。返答次第では、私はあなたを一生許しませんから」

「許さないってどうするつもりだ?」

「ジルをけしかけます」

「どうやって?」

「クザートを殴らないなら、耳かきをしないと言います。そうすれば、毎日でも殴ってくれますよね?ジル」

 何という酷い選択肢。どっちも俺は嫌だ。

「とにかく話を聞いてからだ」

 俺がローズにそう言うと、クザートが渋い顔になった。

「ジル、そこは殴らない一択だろうに」

「俺はローズの耳かきが無いと生きていけない体なので、兄上が俺に殴られない様な話をしてくれる事を望みます」

 クザートの顔が更に渋くなった。

「お前ら、耳かきに日常を支配され過ぎだ」

 恥かしそうに俯いていたディアが、そこで軽く噴き出した。

「ローズは変わっていないのね。あの道具で殿方まで捕まえてしまうなんて」

 ローズは得意そうに言った。

「当たり前です。私は、死ぬまで耳かきを広めて生きて行きます。勿論セレニー様へのご奉仕も怠りませんし、ディア様は永遠に私の目標です」

 ディアはようやく落ち着いたのか、顔を上げた。

「私からも謝らせて。何も言わなくてごめんなさい」

「ディア様はいいのです。全然悪くありません。女一人の子育てを舐めているクザートが許せないだけです」

 ローズは本気だ。耳かき文明で生きていた頃、母親だけに育てられる事になり、かなり苦労をしたと聞いた。その記憶が色濃く残っている事は理解している。

 クザートの返答次第では、俺は本当にクザートを殴らなくてはならなくなる。

 どうか、納得の行く説明をして欲しい。

 俺は心底そう思った。

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