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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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ローズ、衝撃の事実を知る

 中層から侍従がお使いで来て、クザートに呼ばれた。パルネアの使節団が来て五日目の事だ。

 上層の侍女達は中層へ下せないが、私は例外だ。ジルムートの妻だから、誰も危害を加えようなどと考えない。

 上層では、セレニー様がシュルツ様とお茶をしている。

 本来外国からの賓客は中層でもてなすのがポートの習わしなのだが、中層の部屋に本が運び込まれ、パルネアから来た専門家とポートの専門家で埋まっている。

 ぼんやり王子などと呼ばれているが、シュルツ様はセレニー様と兄妹なだけあって、博識で知識欲の高い方なので、色々な部屋に入って専門家の話を聞いて楽しんでいた。

 すると、セレニー様が一緒に話を聞きたいと言い出したのだ。

 妊婦である王妃が、埃っぽい本の山の中に長時間居るのは良くないと言う話になり、セレニー様は中層で学者の話を聞けない事になった。

 実は海外から輸入された本の埃を吸って病気になる人が居る。何故そんな怖い事が起こるのか分からないが、警戒するのは仕方ない。

 セレニー様は一気に不機嫌になった。

 そこでクルルス様が折れて、例外としてシュルツ様を上層へ上げる事になったのだ。

 シュルツ様の事を、ポートを征服する野心を持った王子だなんて考える者は、用心深いポートでもさすがに居なかった。議会も役人も快くポートの女神の兄として、上層へ行く事を了承した。

 そんな訳で、セレニー様の機嫌はすっかり良くなって楽しい時間を過ごせる様になった。

 ぼんやり王子は、セレニー様のとても優しい兄である上に聞き上手だ。野獣でデリカシーの無い王様には無い、気遣いと知性の高さを感じる。

 パルネアを思い出してのほほんとしていた時に、クザートに呼び出された。

 シュルツ様のお陰で、上層の侍女達の雰囲気が和らぎ、ほっとしていた所で本当に良かったと思う。

 リンザを始め上層の侍女達は、ファナを襲った不幸が自分の身に起こったかも知れないと考え、かなり重い気分になっていた。その空気をシュルツ様が和らげてくれたのだ。

 これなら大丈夫だと私は判断して、上層から中層へ下りた。

 ノックして名乗ると、女の子の笑い声とクザートの声が聞こえた。

「入ってくれ」

 クザートの声も明るい。

 扉を開けると、クザートが女の子を肩車していた。

「待ってたよ」

 クザートがこちらを見て言う。

 肩車されているのは、モイナだ。

 忙し過ぎて、初日に移動に疲れて寝ている顔を見たきり、モイナには挨拶もしていなかった。

 母親譲りの空色の瞳に、茶色の髪。可愛い美少女だと思うが……思わず硬直して息を呑む。

「ローズちゃん?」

「肩車は、危ないです」

 辛うじてそう言う。

「クザ、だあれ?」

「ローズちゃんだ。ディアと同じで、お城で仕事をしている人だよ」

「ふぅん」

 クザートは、モイナを肩から降ろして立たせながら話をする。

 私は心の中の暴れまわる何かを抑え込んで、侍女としてモイナに接した。

「モイナ、ローズです。よろしくお願いします」

「うん!」

 ジルムートを見て返事もしなかったと聞いているが、元気で明るいし、クザートとはすっかり打ち解けている。

「さすがクザート。女性の扱いはポートで一番の様ですね」

「ローズちゃんもジルも、俺を誤解している」

 半眼でクザートがそう言ってから、元の明るい表情になってクザートは続けた。

「実は、モイナの服がポートの気候に合っていない」

 言われてみると、かなり厚着だった。

「パルネアは今冬ですから、あちらの服では暑いですね」

「それで、服を何着か新調したいのだが……」

「お待ちください!」

 男性の職人……お針子。

 脳内に蘇る恐ろしい記憶。モイナは子供だが、いきなりディア様の許可なく服を作る訳にはいかない。

「ディア様は何とおっしゃっていますか?」

「できれば自分の分も新調する時に利用したいから、ローズの使っている店を紹介して欲しいと言っていた」

 えっと……。

 ここは、元々使っていた王宮のお針子を紹介すべきだろう。

「下着をミロの店で作っているのなら、服はノックスの店か?」

 そうだ。クザートは知っているのだった。私が下着を作る時に、下着屋のミロを呼びに行ったのはこの人だ。

「はい……今は」

 ノックスの服屋は、ミロの下着屋と親戚関係にある。

 採寸を共有してくれると言う話だったので、採寸がミロだけで済む事から、今は服の仕立てを頼んでいる。

 お陰で、私のクローゼットにポートで流行の服が加わるようになった。

 下着も服も、着心地、デザイン共に最高だ。王宮のお針子さんよりも、はっきり言えばセンスが良い。

 しかしその素敵な服を着る前に、恐ろしい難関が……。

「ここに呼ぶ手配をしてくれるか?ディアも呼ぶから」

「えぇ!」

「どうした?」

 このままでは、ディア様が気絶する!

「今は警戒中なので、王宮に居るお針子に頼んではどうでしょう?セレニー様の服を作っている方のお弟子さんなら、中層の洋裁部屋に居ると思います」

 クザートは少し考えて頷く。

「確かにそうかも知れないな。分かった」

 クザートが納得した様なので、ほっと胸を撫でおろす。

 パルネア人には試練とも言えるあの採寸を知るのは、もっと後の方がいい。

「じゃあ、呼んできます」

「だったらディアを呼ぶついでに俺が行ってくる。俺はディアの居場所を知っているから。ちょっとモイナと待っていてくれないか」

「分かりました」

 クザートは、そう言うと出て行ってしまう。

 モイナを見ると、私をじっと見ていた。

「ローズちゃんは、パルネアの人?」

「そうです。モイナのお母様と同じで、お城に居たんですよ。ローズと呼んでくださいね」

 私がそう言ってしゃがむと、モイナは嬉しそうに言った。

「分かった。ローズ、パルネアは凄く寒かったけど、ここは暑いのね」

 ジルムート……何故こんなに明るくはっきりしゃべる子供に恐れられていたのやら。

「そうなんですよ。私も初めて来た時には、驚きました」

 モイナは汗をかいているので、ハンカチを出して額と首を拭うと、目を閉じてじっとしている。

 お人形の様に可愛い。

「半袖のワンピースなんてどうですか?色は何色が好きですか?」

「薄い青色!」

「目の色と合っていて素敵です。きっと似合いますよ」

 私の言葉に、モイナは満面の笑みになった。

「ルミカもそう言ってくれたの。だから好き」

 ルミカ?何であの腹黒の名前が?

 私がきょとんとしていると、モイナが説明してくれた。

「ルミカはね、パルネアに来ているポートの人でね、凄く綺麗なお兄さんなの。いつもお土産を持って遊びに来てくれていたの。モイナは大きくなったら、ルミカのお嫁さんになるの」

 アネイラ……敵は減った。ルミカが帰国するまでに何とかするがいい。

 それにしても、あの腹黒毒吐きが幼女にお土産を持って会いに行くなんて……。

「ルミカは私の夫であるジルムートの弟なんです。クザートの弟でもあるんですよ」

「うん。クザも言ってた」

 クザ。ジルムートと違って省略されている事が殆ど無いから新鮮な響きだ。

「ジルムートとも、仲良くしてくださいね」

 一瞬モイナの顔が曇る。

「ローズは怖くないの?あの人、凄く怖いよ」

 あの黒いのが漏れていたのだろうか?

「ちっとも。ああ見えて甘いお菓子が好きなんですよ」

 事実だ。舌が子供なのだ。

 ジルムートは、酸っぱい物や酒が嫌いだ。

 さすがに大人だから、味が嫌いなだけで酸っぱい物も食べられるし酒も飲める。ただ酒に関してはいくら飲んでも酔わないザルだ。酔わないのに不味い物を飲むのは嫌だと言って、普段殆ど酒を飲まない。

 私もお酒は飲み慣れていないから飲まない。

 お菓子や果物を食べてお茶をしているのが、私達の夜の時間の定番だ。

「おじさんなのに、お菓子が好きなの?」

 二歳の年齢差で、ルミカはお兄さんなのに、ジルムートはおじさんなのか……。

 という感想は心の片隅に押しやる。

「そうなんです。おいしいお菓子のお店を沢山知っていますから、今度買って来てもらいましょう」

「うん」

 モイナとそうやって話をしながら、姿を観察する。

 文句なしに可愛い。さすがディア様の娘だ。

 しかし別の誰かをすぐに連想してしまうのは……パルネア人にしては肌の色が少し黒いせいだろう。

 オーディス・マーニーは、モイナ・マーニーの実の父親ではない。

 これは公然の秘密だった。

 生まれたモイナを見て、誰も父親がパルネア人だとは思わなかった。肌の色のせいだ。

 しかし、オーディスは自分が父親だと言って押し切った。

 この世界には、親子関係を証明できる様な医療技術が無い。パルネアの法律では、親が認めれば子供はその親の子となる。

 私は知っている。オーディスが絵しか描かない放蕩者で、幼馴染だからとディア様に色々と世話になっていた事を。

 オーディスの買った画材の請求書が、何故かパルネア城のディア様宛に送られてくる。ディア様に支払わせていたのだ。

 売れない頃からずっとで、売れてからそのお金を返していたのかは分からない。

 海外で完治できない風土病を患って帰ってくるまで、オーディスは殆どディア様に会いに来なかった。

 そして会いに来た途端、結婚すると言い出して、妊娠していたディア様はそれを受け入れたのだ。

「ディア様は、オーディス様が好きなのですか?」

 ディア様に対して、アネイラが無遠慮に聞いた時、私は一緒に居た。

「好きというよりも家族ね。馬鹿だと思うかも知れないけれど、世話を焼くのが癖になっているの」

「ディア様はお人好し過ぎます。だからって結婚する事無いじゃないですか」

「そうね。でも、死んでいく人の願いだから、叶えてあげたいの」

 アネイラはそこで納得した。結局、お腹の子の父親よりも、付き合いの長いオーディスを選んだのだと思った様だ。

 私には納得できないものがあった。

 ディア様がオーディスを好きなら、とっくにオーディスと夫婦になっていただろう。オーディスにとってもその方が、都合が良かった筈だ。

 しかし、そうはなっていなかった。

 ディア様が何を考えているのか分からなかったけれど、オーディスを好きと言うよりも、複雑な事情があって、モイナの父親と結婚できないのだろうと思っていた。

 大きくなったモイナに、その答えを見た気がした。

「お待たせ」

 クザートが顔を出して、ディア様がその後から女性のお針子さんと一緒に入って来る。

「ローズ、手間をかけさせちゃったわね」

 にっこりと笑うディア様に私は笑顔で応じる。

「いいえ、息抜きになりました。モイナ、新しい服が出来たら私にも見せて下さいね」

「いいよ」

 私がモイナに手を振って部屋を出ると、クザートも一緒に出て来て扉の前に立つ。

「悪かったな。わざわざ呼んだのに、結局手間をかけさせただけだった」

「いいえ。中層が忙しそうなのに手伝えないのが心苦しい状態だったので、少し手伝っていこうと思います」

「セレニー様は?」

「実のお兄様が一緒なのですから、上機嫌です。他の侍女達も暇を持て余していますから、上層ではする事が殆どありません」

「そうか。今回は騎士団の不始末で迷惑をかけたな」

「いいえ、今後こんな事が起こらなければ、私は特に言う事はありません」

 クザートが苦笑した。

「心得ておくよ」

「では、これで失礼します」

 私が背を向けると、クザートが声をかけてきた。

「ローズちゃん、子供相手にもその話し方なのか?」

 私は振り返って頷いた。

「私はパルネアの家族と親友であるアネイラ・リルハイム以外の相手には、敬語が抜けません。癖みたいなものです」

「ジルにもその話し方、続けているのか?」

 可愛い弟の事になると、途端に心配症になるクザート。

 自分の事を心配しなさいよ!

 ちょっと、いやかなりイラっとした。

 人の事には首を突っ込む癖に、何も話してくれない。

「大丈夫ですよ。ジルとは仲良くしていますから」

「ああ、うん。そうなんだろうけどさ……」

 食い下がりそうなので更にイラっとして、私はくるりと体もクザートの方へ向けた。

「ディア様とモイナを放置しておいて、私にはお説教ですか?」

 クザートの顔がピキっと強張った。

 今ここでする話では無い。だから、私は話を勝手に切り上げる事にした。

「いいですか?あなたの仕事は、海外の窃盗団からモイナを守る事です。私とジルの関係に首を突っ込んでいる暇はありません。しっかりして下さい」

 私はそう言い放って、クザートの返事を待たずにその場を離れた。

 心臓がバクバク音を立てていて、何処をどう歩いたか分からないけれど、中層のオーディスの描いた絵の前まで来ていた。

 分からないとでも思ったの?馬鹿じゃないの?クザート・バウティ!

 私は心の中で叫んだ。

 モイナは、リエンヌさんに顔の作りがとても似ている。……つまり、クザートに似ているのだ。何年一緒に暮らしていたと思っているのだ。気付くに決まっている。

 寝ている所しか見ていなかったから、さっきクザートに肩車をされているモイナを見て、息を呑む程に驚いた。……どう見ても、私には親子にしか見えなかったからだ。

 ジルムートへは、モイナが怖がってロクに顔を見せなかったらしいから気付かなかったのだろう。

 でもルミカは気付いた。だからモイナに土産持参で会いに行っていたのだ。

 もっと早く話してくれていれば、私もこんなに驚かなくて済んだのに。びっくりして倒れるかと思ったわよ!

 何がどうなっていたのか知らないけれど、過去にディア様とクザートは出会っていたのだ。だから、ディア様はモイナを妊娠した。

 そこからがおかしい。何故かディア様はオーディスと結婚して未亡人となる道を選び、今ポートに来て再びクザートと共に居る。

 それなのにヨリを戻す訳でも無く、だからと言って離れる訳でも無い。

 私も暴かれては困る前世持ちと言う秘密を抱えているから、人の事情にわざわざ首を突っ込む事はまず無い。

 けれど、私とジルムートの事情に首を突っ込んだクザートが、自分の事だけ話さないのは納得いかない。

 私は大きく息を吐いて、オーディスの描いたポート港の絵を眺めた。

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