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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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ジルムートの黙っていた事

 俺はローズに言わなくてはならない事がある。

 そもそも、拷問騎士の家系の中でも……リヴァイアサンの騎士と呼ばれるバウティ家に妻として入ったローズには、知る権利があるのだ。

 しかし、あえて言わなかった。下層の役人をほぼ脅す形で手続きを急がせて結婚に持ち込んだ後、言わなければと思いつつ、そのままにした。

 子供を持たない俺達は、特に困らないと思っていたのだ。

 しかしローズは、コピートが人の腕を握り潰すのを目の当たりにしたと聞いた。

 このまま俺が武闘大会で剣を振るう所を見せる訳にもいかない。

 黙っているのも限界だと思い、話す事にした。

「疲れている所悪い」

「いいえ、大丈夫です」

 疲れ切っている所でする話では無いのだろうが、俺としては今を逃すと言えない気がする。

「あの、だな。リヴァイアサンの騎士についての話をしたい」

「コピート様がそう言われていました。……拷問人形の家系というのは、色々と呼び方があって大変ですね」

 やはり、誤解している。

「違う。拷問人形とリヴァイアサンの騎士は正確には別だ」

 きょとんとしているローズに、俺は干上がった口を動かして告げる。

「拷問人形の家系には、過去、犯罪者から騎士に更生した者の家が多く含まれている。リヴァイアサンの騎士は、最初の拷問人形であり、今存続しているのは十家しかない」

 あまり楽しい説明ではないが続ける。

「バウティ家は、二千年以上前にさかのぼる事の出来る、数少ないポート民族の戦士の家系だ」

「由緒正しいから、犯罪者から更生した騎士とは違うと言う話ですか?」

 不快そうな顔をしているローズに、俺は慌てて言った。

「そうではない」

 俺は思い切って告げる。

「力が強いのだ。他の者に比べて……かなり」

 ローズは俺をじっと見ている。

「俺はポートの騎士で一番力が強い。だから、二十年近く騎士団で序列一席に居る」

「クザートもルミカも、力が強いのですか?」

「そうだ」

「どの程度なのですか?普段は気になりませんが」

 これが一番言いたくない部分だ。どう話せば、ローズに嫌われずに済むだろうか。

「ジル、黙っていては分かりません」

 俺がなかなか言わないから、焦れたローズがむっとして俺の方に身を乗り出してくる。

「コピートが力を使う所を見たのだろう?」

 一瞬、ローズは何かを思い出すように黙り、思い当たったのか言った。

「あの腕をぎゅっと握っていた時の事ですか?何だかとても痛そうでしたね」

 そうだった。ローズは暴力と無縁な人生を歩んできている。だからコピートが何をしていたのか、状況を呑み込めていないのだ。

 これは……やり辛い。

「コピートは、相手の腕を握り潰してしまうつもりだったのだ」

 俺は腕を差し出す。

「握ってみろ。出来るかどうか」

 俺の腕をまじまじと見た後、ローズは言った。

「出来ません。女ですから」

 男なら出来ると思っているのか!違う。

「男でも普通は出来ない」

「ジルは出来るのですか?」

「出来る」

 ローズは俺の腕をじっと見た後、肩をすくめて言った。

「もういいです。凄い力があっても、手加減出来ないって訳じゃないですよね」

「え?」

 ローズがあっさり引いたので、俺は驚いてローズを見る。

「ジルは、出会ってから一度もその力を私に使った事がありません。手首を握って逃げられなくされるのは嫌ですが……耳かきをしてもらっても、怖い思いをした事なんてありません。黒いのを飼っているから、何かあるのだろうとは思っていましたが、何となくわかりました」

 俺の顔を見て、ローズは柔らかく笑って言った。

「だから、いいです」

 ローズは、ぽすっと俺の太腿に倒れ込んだ。

「眠いので、眠らせてください」

「ローズ?」

「ファナが怖い目に遭う前に止められなくて……今とても辛いのです。慰めてください」

 俺だけじゃない。ローズにとっても大変な一日だったのだ。

 俺は耳かきを探してポケットを探ろうとしたが、ローズがそれを止めた。

「頭を撫でてください。今日はそれだけでいいです。多分、耳かきを反対側までしてもらうまで、意識がもちませんから」

 触っていいのか?

 恐る恐る頭を撫でると、ローズはくすぐったそうに首を竦める。

 風呂上りで結っていない赤茶色の髪の毛が指に心地いい。

 耳かきをしていないのに、ローズが俺の膝の上に居る。俺はそれだけで背筋がゾクゾクする。

 意識してゆっくりと頭を撫でると、ローズは目を閉じた。

「コピートが、ファナを嫁にすると言っているから心配するな」

「聞きました。特に親しかった訳でも無いのに、いいのでしょうか?」

「顔見知りであっただけマシだな」

 ポートで結婚を決めるのは親の役目だ。当人同士の意思確認など殆ど無い。

「コピートはああ見えて責任感が強い。今回の事で縁を感じたなら大事にするだろう。あちらの親もそれで納得しているし、ファナが嫌がる様な事はしないから、安心しろ」

「ファナの気持ちは……聞かないのですか?」

「あくまで婚約だけだ。ファナが落ち着いてどうするか決めるまで、城への出仕を止めた理由を隠す建前と考えればいい。コピートは結婚を無理強いしない。婚約を破棄するにしても、上手く決着を着けさせる」

 城で騎士に暴力を振われて帰って来たとなれば、ファナの未来に影を落としてしまう。今回の不祥事は騎士団の責任だ。俺にできる限りの事はするつもりだ。

「……早く、元気になってくれるといいな」

 ローズはそう小さな声で呟くと、それっきり何も言わなくなった。

 規則正しい寝息が聞こえて来る。

 ローズは耳かきの事を考えていない時には、いつも他の者達を気にかけている。

 耳かきで自分の気持ちを満たし、その満たされた気持ちで周囲に優しくなれるのだ。

 自分をどうしたら満たせるのか知っているから、人に多くを求めないし人を妬んだりしない。

 俺はその心を、何よりも愛おしく思う。

「また、気を遣わせてしまったな」

 ローズは俺が言いたがらないのを見透かして、詳しく聞くのを止めたのだ。

 頭を撫でながら、柔らかい赤茶色の毛を指で梳く。

 こうして寄り添って生きて行けるなら、俺はもう他に何もいらない。だから、その心を俺に守らせて欲しい。……俺を恐れずに側に置いて欲しい。

 自分勝手だとは思うが、俺は願わずにはいられなかった。

 翌日、中層の騎士達の朝礼には俺が出て説明しなくてはならないので、クザートと共に中層の会議室に行く事になった。

 クザートは、ファナを殴った騎士をラシッドに地下牢に入れる様に命じ、俺やローズが帰った夜中に少しだけ外すと、寝ているモイナの護衛をラシッドに頼み、地下に行って小一時間で戻って来たそうだ。

 ラシッド曰く、コピートに粉砕骨折にされていた方がマシだった様な姿になり果てているそうだ。ローズには勿論教えない。

「それで、あの馬鹿はどうするつもりだ」

 あの馬鹿。ファナを殴った騎士の事だ。

「今日付けで騎士団から除名します。序列は三百二十位なのでそれ以下の者がすぐに繰り上がるべきなのですが、武闘大会がすぐあるのでそれまで据え置きます」

「それが妥当だな。……お前のふざけた噂は、消しておくべきだった。あそこまでの馬鹿が中層に湧いているとは。面白がって放置した俺にも責任がある」

 クザートが厳しい顔をして言う。

「気にしないでください。武闘大会が終われば噂は消えますから」

 会議室に入ると、下層からナジームが来ていてラシッドと何か話をしていた。

 俺達に気付くと、二人共一礼した。

「ナジーム、中層もそんなに楽ではないな。俺は配置換え翌日から大変なのだが」

 苦笑してクザートが言うと、ナジームが情けない顔になった。

「私の技量が及ばず……申し訳ありません」

 ラシッドがニカっと笑顔で言った。

「今回、除名になる騎士を中層勤務に推薦した奴らはどうしますか?二度と城に入れない様にするなら、すぐに手配しますが」

 ラシッドはやる気満々だが、それをやると騎士の権限が強くなり過ぎて問題になる。

「そこは俺達がやると角が立つから、クルルス様にお任せする」

「またですか?クルルス様がやるよりも、俺達がやった方が早いのに」

「あっちは口先に特化した奴らだからな。力で抑え込むと更に面倒が起こる。我慢しろ」

「ジルムート様が言うなら……仕方ありませんね」

 ラシッドは不満そうだが、クルルス様の政策が、騎士の恐怖の上に成り立っているなどと言われるのは御免だ。

 中層の騎士達を集めた朝礼で、昨日の出来事の説明をした。中層の騎士で、俺を間近に見て声を聞いた事がある者は多く無い。

 クルルス様の側に近づく事の出来ない者は、自然に俺との距離も離れるのだ。

 俺がわざわざ説明する事で、事の重大さを理解した者が大半だったが、ちらほら俺を値踏みする様な目で見ている者に気付いたので、少し圧力をかける事にした。

 まだシュルツ殿下の滞在が続く。使節が居なくなったら、腐った奴らは全員調べ上げて、城からつまみ出そうと心に決める。

「尚、事件の内容を他言する事は固く禁じる」

 中層の騎士達が、俺の纏う空気に気付いて背後へじわじわと退く。

「今回の件は騎士団の恥であり、雪ぐには時間のかかるものだ。今後は城に勤める護衛騎士として、序列を持つ者の自覚を持ち、一人一人、職務に当たれ」

 後ろで手を組んでナジームとクザートとラシッドは俺の近くに立っているが、他の者達はじりじりと下がり、会議室の後ろの方に集まっている。

「これは序列一席であるジルムート・バウティの名に於いて命じる。違える事は許さない。話は以上だ」

 騎士達の反応が無い。

 クザートが俺の方をちらりと見てから言った。

「序列一席に敬礼」

 はっとした様子で、中層の騎士達が敬礼をする。

「解散」

 クザートの言葉で、騎士達がそそくさと持ち場へと移動して行く。

「ナジームは下層へ戻れ、ラシッドは兄上の指示通りに。兄上、頼みます」

「「はい」」

 ナジームとラシッドが返事をして、クザートがひょいっと片手を上げる。

 それで俺は上層へ戻り、部下から上層の朝礼の報告を聞いて、クルルス様に昨日の事の報告を行う。

「この忙しい時にやってくれる。全く……」

 午後からシュルツ殿下と城下の視察に行く予定の入って居るクルルス様は二日酔いなのか、眉間に皺を寄せて頭に手を当てている。

「申し訳ありません」

 唸りながら暫く考えて、クルルス様は言った。

「ジルは減俸を覚悟しておけ。停職はダメだからそれしかない」

「はい」

「ナジームとラシッドも減俸。後、今だけクザートも中層に居るんだったか……あいつも減俸。期間は議会に任せる」

 兄上……可哀そう過ぎる。息抜きで中層に来ただけで減俸。

「これで議会を納得させた上で、今回の人事の責任を調査して推薦者の処罰を行う。その後、議員や役人が騎士の人事に口出しするのを制限する」

「分かりました」

 序列上位の騎士は監督責任で即減俸なのに、問題の騎士を推薦した議員は調査するまでお咎め無し。……ラシッドが納得しなさそうだが、これで騎士の人事に口を挟まれなくなるならその方が良い。

「セレニーにはこの事を漏らすなよ」

 中層でそんな事件が起こっていたなどと、妊娠中の王妃に聞かせる訳にはいかない。

「はい。コピートと婚約するので、ファナは城の仕事を辞める事になったと言う事で話をさせて頂きます」

「そうしろ。文官への対応は俺に任せて、今は警備に集中しろ」

「はい」

 クルルス様はそれだけ言うと、痛そうに顔をしかめながら、ノック音と共に入って来た役人達と打ち合わせを始めた。

 俺は部下にクルルス様の護衛を任せて、コピートにクルルス様とした話をする。

「俺は、減俸対象から外れるのですか?」

 相手の腕を握りつぶそうとした事を悔やんでいるからか、驚いた様子で聞いて来る。

「クルルス様の決定だ。婚約するのだし、良いのではないか?」

「はぁ……」

 コピートは納得しかねているのか、曖昧な返事をした。

「それよりも、窃盗団の動きはどうだ?」

「入国は確認しています。ポーリアに潜伏していると思われますが、パルネアの使節が来て警備が強化されている事もあって、動きが無いと報告を受けています」

「兄上がモイナを護衛しているから、万一にも危ない事は無いが、想像以上に中層の騎士が酷い有様だから気を抜くな。……警備計画の変更はするが、あまり期待しないでシュルツ殿下をしっかりと護衛しろ」

「はい」

 コピートは返事をしてすぐさま護衛へと戻って行った。

 使節団が滞在する期間はまだ続く。

 十日も滞在するのには理由がある。

 パルネアは、ポートに大量の本を買い付けに来ているのだ。モイナの引き継いだ絵画を運んで来た馬車に、本を積んで帰る。

 パルネアは勤勉な国だから、大勢が新しい技術を取り込むのに、書物を望んだのだ。

 本の種類は多岐に渡り、使節団に随行した専門家がポートの専門家の勧める本を吟味して、その中から更に絞って持ち帰る事になっている。

 主に、この選定作業に時間がかかるのだ。しかも……城の中層で行われている。

 幾つもある部屋が、本と学者で賑わうのを、問題の発生している中層の騎士が警備している状況だ。

 今日から上層の侍女は中層へ行かない事になったので、中層の侍従や侍女達が悲鳴をあげる状況になっている。ローズが気にしていた。

 頭の痛い事だ。とにかく、警備計画を見直さなくては。……ナジームに頼むか。

 そう決めて下層へ行くと、書類に埋もれたナジームが泣きそうな顔になっていた。

「今日中に頼む」

 俺は警備計画の再編を押し付けて、上層へ戻る事にした。

 男の野太い泣き声が下層の執務室から聞こえた気がしたが、聞かなかった事にした。

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