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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
港の騎士の秘密
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パルネア使節団の来訪

ナジーム・ランドル……騎士序列四席。ポート城中層の護衛騎士隊長。凶悪な見た目に反して気が弱い為、バウティ家の兄弟にこき使われている。

コピート・モルグ……騎士序列七席。ポート城上層でジルムートの副官をしている。あまりやる気が無い。

ルイネス・ポート……前ポート国王。クルルスの父親。緩やかに進行する不治の病で臥せっている。

ジャハル・ゴードン……騎士序列百五十二席。元は海外で傭兵をしていた。クザートの副官。

 シュルツ殿下と共にやって来た侍女、ディア・マーニーは、美しい女だった。

 俺の黒髪とは違う絹の様な黒髪に、空色の瞳をした、柔和な表情の優しそうな女だ。しかし動きに全く無駄が無い。

 ローズと同じく、外国に出しても恥ずかしくないとパルネアが認めた一流の侍女なのだとすぐ分かった。

 ローズ曰く、『黒薔薇の君』と言うあだ名で密かに呼ばれ、若い侍女の間で崇拝者を集めていたと言う。

 ローズも崇拝者の一人だ。

 俺は感謝すべきなのかも知れない。ディアが居なければ、ローズは侍女になっておらず、ポートに来なかったかも知れないのだから。

 セレニー様は、ディアを見て大層喜んだ。ローズも感激で泣き出しそうな状態だった。

 シュルツ殿下は、にこやかにその光景を見ている。

 ぼんやり王子。

 パルネアでシュルツ殿下はそう国民に呼ばれて親しまれているそうだ。

 失礼だが、確かに的確なあだ名だと思う。

 何度も会談で会っているのだが、存在感が希薄……ぼんやりしているのだ。

 クルルス様と同じ皇太子として一緒に居ると、余計にぼんやりして見えた。

 顔立ちはセレニー様と似ていて、金髪で緑色の瞳も同じだ。ルミカ程では無いが、綺麗な顔をしていると思う。

 セレニー様と同じく、優しく温厚な方だ。聡明な方で、国民に優しい政策を議会と共に推し進めているのは知っている。

 ただ単に、王族としての覇気や強さの様な物を感じさせない方なのだ。

 クルルス様が虎だとすれば、シュルツ殿下は羊の様な感じだ。

 パルネアと言う国にとっては良い皇太子なのだろうが、オーディスの絵画を海外の盗人から守るには心許ない。

 ディアとモイナは、バウティ家の館に来る事が決まっている。俺が護衛すると言う事だ。

 バウティ家の館にのこのこやって来る馬鹿はそう居ないと思うが、来たら手加減はしないつもりだ。

 そうなるのは、シュルツ殿下が帰国した後だから今から十日後だ。

 それまでは、中層に滞在するシュルツ殿下にパルネア人侍女としてディアは仕えるので、モイナも客人として、中層に留め置かれる。

 モイナは絵画の件で狙われているので、序列の高い騎士を手配して守らせる事にした。

 とは言え、妊娠中のセレニー様を心配しているクルルス様の事を考えると、中層へ上層の護衛騎士を何人も手配する事は出来ない。

 中層に配備されている騎士達が悪いとは言わないが、ルミカが居なくなってから、顔触れが大きく変化した。

 ルミカに変わって中層で護衛隊長をしているのは序列四席であり、元は俺の副官であったナジーム・ランドルだ。

 ナジームは少年時代に訓練中に負傷して、頬に大きな傷がある。しかも、猛禽類の様な鋭い顔をしていて、特に笑顔が悪鬼の様だ。

 こんな見てくれでありながら、花が好きと言う趣味があり、上層勤務の頃、花瓶の花を見て笑っているのを見た侍女が気絶したという逸話を持っている。

 バウティ家の様に、法律を破って妻を複数妻帯した騎士ばかりではない。

 俺の三歳下のナジームは、法律通り一夫一妻を守ったランドル家の前当主に大事に育てられたから、とても優しい男だ。……見てくれが問題なだけで。

 外賓のある中層に勤務するには向かない外見ではあるが、非常に有能で警備計画等の立案に長けている。他に適任が居らず、執務室で指示を出すのに徹している。

 議員や外交官の希望で、ナジームの部下には、外賓に受けの良い、若くて見目の良い騎士が多く配置される様になった。

 まだ十代で、序列で言えば三百席を下回っていて、下層勤務が妥当な者も多く居る。

 ナジームの見た目が怖い事で、若い騎士達は言う事を聞いているが、実はあまり勤務態度が良くない。

 そんな奴らに任せる訳にはいかない。国の威信がかかっているのだ。

 それで、俺はナジームを訪ねて中層の執務室に来た。

「ナジーム、万一を考えると、お前を専属でモイナ・マーニーの警備に配置したい。クルルス様はオーディスの絵画盗難の件で、ポートも馬鹿にされたと考えておられる。大層お怒りだ。手を抜いたと思われる訳にはいかない」

「私は構いませんが……」

 ナジームは、鋭い顔に少し悲しそうな表情を浮かべる。

 その見た目で幼児がどう反応するか、安易に想像は付くが、盗賊よりはマシだと俺は思う。

「とにかく、会ってみてくれないか。……泣かないなら、警備について欲しい」

「悪夢にうなされる様になっても、責任を取りかねますが」

 自虐的ともとれる発言だが、それ程にナジームの顔は怖い。

「俺はクルルス様の命令で、上層のセレニー様を守らねばならない。シュルツ殿下には、コピートが付いている。コピートと交代するか……」

 序列七席、コピート・モルグ。現在俺の副官で、普段は上層に勤務している。

 まだ二十二歳と若い事もあるが、能天気で頭を使う仕事に向かない。今は副官として修行を積ませている最中だ。

「シュルツ殿下が、私を怖がられているというお話でコピートが護衛に来ているのに、私を専属護衛にしたら外交問題になります」

 自虐的過ぎると否定してやれないのが、残念でならない。本当に良い奴なのに。

「上層の騎士をこれ以上借りだして、中層の騎士達の士気が落ちるのも心配だ。どうしたものかな」

 そんな話をしていると、ノック音が聞こえた。

「クザートだ。ちょっといいか?」

「どうぞ」

 ナジームが声をかけると、クザートが入ってきた。

「兄上?」

「ジルも居たのか」

 ひょいっと片手をあげてそう言うと、クザートは俺の隣に座った。

「ちょうどいい。今回の警備計画を見た。……戦力的には良い配置だと思うが、心理的な配慮がなっていない」

 幼児の心にダメージを与えると言う事か。

「今、その事を話していました」

 俺がそう言うと、クザートが言った。

「俺がモイナ・マーニーを護衛しようと思うが、どうだ?」

 願ってもいない話だ。序列二席である事は周知の事実だが、下層に勤務して若い騎士達と接する機会の多いクザートは、若い騎士達に慕われている。中層の騎士達は歓迎するだろう。

 優しい顔つきの上に、話すのも上手いから、幼児に怖れられる事も無い筈だ。

「下層の仕事はどうするつもりですか?」

 俺の言葉に、クザートは笑う。

「ナジームは籠りっきりみたいだから、下層に籠ってもらおうかと。中層の仕事は俺がやる」

 ナジームが青い顔をしている。

 当たり前だ。下層で行われているポーリアの治安統括は、中層の比にならない程の激務だ。

 報告書の量が半端ないので、書類仕事が役人に匹敵する程多い。

「十日間だけだから、ナジームも一度経験しておくといい。俺が居なくなっても困らないよ」

「絶対に居なくならないでください!」

 悲鳴の様な声でナジームが反発する。

「ルミカ殿が居なくなって、中層がどれほど大変だったと思うのですか!」

 中層のルミカの抜けた穴を、人に誤解され易い容姿でこなして来たナジームは、偉いと思う。

「兄上、そんなに虐めてやらないで下さい」

「じゃあ、お前が手伝ってやれ」

 俺は笑顔で即答した。

「お断りします。上層の事で手一杯です」

 ナジームが俺を見て絶望的な顔になった。

「ナジーム、頑張れ」

「ジャハルが居るから、何でも聞くといい。十日間の警備計画書は作成してあるから、報告を見て何か気付いたら相談するといい」

 ちなみにジャハルは序列百五十二席、四十代のベテラン騎士だ。騎士でありながら書類仕事が得意で、クザートの副官に抜擢されている。

 序列一席と二席の意見が一致した。

 ナジームはがっくりと肩を落とした。騎士は書類仕事が苦手だ。クザートの様にこなせる方が珍しい。

 そんな訳で、絶望したナジームを下層へと落とし、俺はクザートと一緒に中層の廊下を歩く。

 モイナに会う為だ。

「兄上のお陰で助かりました」

「いや、単なる息抜きだ。たまにはこういう任務もやりたいからな。下層に居ると、尻に根が生えそうだ」

「兄上が護衛をしていたのは、ルイネス陛下がパルネアと調停をしていた頃ですから、六年前ですね」

「そんなに前になるのか」

 クザートは少し遠くを見て言った。

 クルルス様のお父上である前国王は、ルイネス陛下と言う。

 緩やかに進行する不治の病にかかり、床に臥せっている。すぐに亡くなる訳ではないが、クルルス様は辛そうだ。

 あの当時は、ルイネス陛下もまだ立って歩く事が出来た。だから、クルルス様に全てを任せず、調停の会議に何度も国境まで出向いていた。

 俺がクルルス様にかかりきりだったから、そういう時には、クザートが序列二席として護衛をしていた。

 パルネアとの関税の調印式を区切りに、クザートは護衛の仕事をしていない。

 そうしている内に、モイナ・マーニーの居る部屋の前に来た。

「ルミカのお守りをしていた兄上なら、安心です」

 俺がそう言って扉をノックしようとすると、クザートが俺の腕を握って止めた。

「兄上?」

 一体どうしたのかと思って横を向くと、クザートは厳しい顔をしていた。

 しかしすぐにその手を離して、へらっと笑った。

「何でもない。女の子なので少し緊張した」

「女性には慣れているでしょうから、小さくても大丈夫ですよ」

「ジル……俺を何だと思っているのだ」

 そんな事を言い合いながら、今度こそ扉をノックする。

「上層護衛騎士隊のジルムートだ。中に入って良いだろうか?」

「どうぞ、お入りください」

 中からの声は、柔らかい。

 クザートが一瞬緊張したのが分かる。

 兄上、護衛の仕事が久々だからと、緊張し過ぎです。

 そんな事を思いながら扉を開けると、中にはさっき会ったディアが立っていて、その足に抱き着くように小さな子供が立っていた。モイナ・マーニーだ。

 俺は中に入り、ディアの前に立った。

「先ほど謁見会場で自己紹介したと思うが、ポート王国騎士団、序列一席、ジルムート・バウティだ。上層の護衛騎士隊の隊長をしている。よろしく頼む」

「ご丁寧にありがとうございます。パルネア王宮で侍女をしております、ディア・マーニーです。今後はポート王国に忠誠を誓い、誠心誠意、務めさせて頂きます」

 子供を足に纏わりつかせたまま、ディアは続ける。

「これは私の娘のモイナと申します。モイナ、ご挨拶をしなさい」

 モイナは俺の顔を一瞬見て、顔を母親のスカートに押し付けた。

「申し訳ありません。モイナ、ご挨拶は?」

 返事は無い。

 モイナは俺でも怖いらしい。ナジームを連れて来たら、大事故になる所だった。

「構わない。慣れない異国だ」

 俺は続ける。

「十日後から、我がバウティ家に来てもらう事になるから、追々慣れてもらえれば嬉しい。ご存知と思うが、ローズは俺の妻だ。あなた達が館に来るのを、とても楽しみにしている」

「ご配慮、感謝致します」

 ふんわりと笑って、ディアは頭を下げた。

 悪意の欠片も持ち合わせていない聖女の様な笑顔に、ポートに来て大丈夫なのだろうかと一瞬思ってしまったが……もう帰れないから仕方ない。

 俺は斜め後ろに居るクザートをちらりと見て言った。

「ここに居るのは、クザート・バウティ。俺の兄で、今日から十日間、モイナの専属護衛を担当する事になった」

 クザートは、少し緊張した面持ちでディアを見つめて言った。

「クザートだ。よろしく頼む」

 ディアは少し黙って見つめた後、ぽつりと言った。

「はい」

 ……微妙な空気が気になるが、とりあえず続ける。

「兄上は騎士序列二席ではあるが、俺よりも頼りになる騎士だ。万一困った事があったら、兄上に遠慮なく言って欲しい」

 ディアは、さっきよりも嬉しそうに笑って言った。

「はい、そうさせて頂きます」

 何だろう。この反応は。

 俺も忙しい。ここに何時までも居る訳にはいかない。

 モイナは相変わらずだが、俺よりはクザートの方が見た目からして、マシな反応をする筈だ。

「兄上、後は任せて良いか?」

「大丈夫だ。任せておけ」

 今日は、俺もローズも夜勤がある。

 パルネアの使節団を歓迎する宴があるのだ。

 宴の間に関しては、上層からセレニー様が降りて来られるので、警備計画の責任者は俺になる。上層と中層の騎士達を俺が束ねなくてはならないのだ。

 時間が押している。

「では失礼する。ディア殿、また後で」

 俺は一礼してその場を去る。

 明日の朝まで色々とやる事が多い。俺はさっき感じた微妙な空気を忘れて、仕事に没頭する事になった。

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