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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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王女と侍女と政略結婚

 セレニー様は、非常にお美しい。

 御年十六歳。私が侍女として付いた時は、十三歳だったので、細くて儚げな美少女だったけれど、今では見違える様な美女になった。

 出る所が出て、引っ込む所が引っ込んだ、素晴らしい体に成長された。全てが足りない体に産まれた私にとっては、羨ましい限りだ。

 セレニー様はアネイラと違い、耳かき信奉者で私の同士だ。

 アネイラには呆れられるけれど、週に一回の耳かきと耳ほぐしは、セレニー様の大のお気に入りだ。

「毎日やって!」

 最初はそう言われたが、断った。

「耳は大事な場所です。毎日はやり過ぎです。次を楽しみになさって、公務を頑張ってください」

 自分で試して分かった。耳の中が荒れるし、耳の皮がピリピリするのだ。

「分かったわ!」

 それからセレニー様は耳かきを楽しみに、公務の重責も苦にしない笑顔の素敵な王女様と言われる様になったのだ。

 しかし、耳かきは広まっていない。

「セレニー様、耳かきの事は他の方には決して言ってはいけません!」

 アネイラが仁王立ちしてそう言った。

「「何で?」」

 私とセレニー様が同時に聞く。

「変態です。耳の穴をほじられてうっとりするなんて、醜聞です!」

 私とセレニー様は、ガーンと頭に石が落ちた様になった。

 変態……醜聞……。そんなにおかしな事なの?誰かに聞きたいけれど、聞いて肯定されたら怖い。

 そんな訳で、セレニー様の取材に来た記者に笑顔の秘訣を質問されて、セレニー様はうっかり耳かきの事を言いそうになって誤魔化した。

「みみ……」

「みみ?」

「そ、そう。侍女が、耳に触れてくれるのです。とても幸福になります。不思議ですわね。うふふふふ……」

 この後、アネイラにセレニー様は物凄く怒られた。何故か私も怒られた。

 セレニー様は心の広い方で、身分を感じさせない、本当に素敵な王女様になった。侍女にも優しいから、アネイラの無礼も気にしない。

 そんなセレニー様だが、婚約が決まった。政略結婚だ。

 貴族も名ばかり、政治も王族があまり関与しない今、何故そんな事に?

 私もアネイラも、そしてセレニー様も愕然とした。まだ昔の因習が残っていて、王女と言うのは政治の道具に使われてしまうらしい。認識が甘かった。

 セレニー様には夢があった。

 政務に参加して、女性の意見を取り入れてもらいたいと言うものだった。

 セレニー様は、とても頭が良い。

 物凄く高度な政治の知識も身に付けていて、八か国の言葉を読み、書き、話す。

 男性以上に頭が良くなったのは、自分の実力を認めてもらい、政務に参加したかったからだ。

 しかしその夢が叶う前に、お嫁に行く事になってしまったのだ。

 婚約したのは、隣国のポート王国の皇太子。クルルス・ポートと言う。

 パルネア王国と違って海に面している為、交易が盛んで人口の半分が、商人だとまで言われている。

 産物があまり無く、交易の関税で国を賄っている為、言い方は悪いが非常にがめつい。

 パルネアは塩や海外の品をポートから輸入して、穀物や布を輸出している。その関税の割合で、過去何度も揉めていた。

 時代に応じて話し合いをし、承認の証に王族をやり取りする。それが繰り返されてきたのだ。

 それをポート王国から要求されてしまったのだ。

 私は別世界で生きていた記憶があるから、こんなのは変だと思う。絶対におかしいと思うのだが、それをセレニー様の前では言えない。

 アネイラがどう思っているのか聞いてみた。

「お可哀そうだとは思うけれど、王族の価値はそこにあるから仕方ないと思うよ」

「仕方ない……か」

「将来的には変わるかも知れないけど、今は無理じゃないかなぁ。王族って、税金で暮らしているんだから」

「それ言ったら、私達のお給料も税金だよ。公務だってちゃんとやっているのに、おかしくない?」

「それはそう思うけれど、今すぐにどうにかするのは、無理だよ」

 シビアな意見に、私は黙るしか無かった。

「セレニー様を自由にして差し上げたら、ポートと紛争が起こるよ。耳かきばっかりしているから、あんたはそう言うお隣の国との関係も、耳垢みたいに捨てちゃったんだろうけど」

 ポート王国は商船の技術が一気に進んで、物凄く潤っていて勢いのある国だ。騎士もとても強いらしい。

 のんびりとしたパルネアは、戦争なんて恐ろしい事を考えない。セレニー様も自分のせいで人が死ぬなんて、絶対にあってはならないと思っている。

「あはは……ごめん。アネイラ」

「ふん!」

 アネイラはそっぽを向いて、何処かに行ってしまった。

 アネイラは、はっきり物を言う。キリキリ働くハキハキ侍女なのだ。

 ツンツンしているから分かり辛いけれど、セレニー様を本気で心配していつも考えているから、こんなに簡単に私の問いに答えるのだ。そして自分ではどうにも出来なくて、怒っている。

 セレニー様は、アネイラの勝気でキビキビ働く姿に女性の希望があると、いつも言っていた。

 お城では、男に意見する生意気な侍女として悪評の高いアネイラなのだが、セレニー様が手放さなかったのだ。

 女の癖に。

 そう言う輩から、アネイラを王女の名前で守る事で、セレニー様の気持ちが軽くなっていたのだと思う。私も内心、そう言う事を言う男性が大嫌いなので気分がすっとしていた。

 こうやってずっと三人で一緒に居られたら良かったのに。

 ポートは、セレニー様が侍女を付けて来るなら一人と言って来たそうだ。

 侍女の国籍も、ポート王国に変る。

 パルネアにはまず戻れない。王族の住む、城の最深部の構造を知ってしまうからだ。

 そう、帰れないのだ。

 私もアネイラも帰れなくても良かった。セレニー様に付いて行くつもりだった。問題は一人だけと言われてしまった事だった。

 アネイラの言葉遣いは、度々王城で問題になっていた。

 アネイラはあんな性格だから、意地悪されても引かないのだ。あっちが悪いと、正々堂々非難するから問題が大きくなってしまう。

 国外の城で、同じ事をされては困る。と言う話になったらしい。

 そんな訳でセレニー様には、私が付いて行く事になった。

 アネイラは置いて行かれるショックと、私とセレニー様が国の犠牲になると言うショックで、ちょっと荒れている。

 気持ちは分かるけれど、アネイラにはお父さんの雑貨屋さんを継いで、木こりのおじさんが一杯作った耳かきを売って欲しい。

 それを言ったら、

「あんなの売れない」

 と言われた。

「じゃあ、私を思い出して」

「耳かきなんか見なくたって、ローズみたいな変な子、忘れる訳ないじゃない!」

 いつもツンツンしているアネイラだが、我慢の限界だったのか、デレた。

 涙をボロボロ流して、抱き着いて泣かれた。

「やだぁ。ローズ行かないでぇ。耳かきの事、もう変態なんて言わないからぁ。気持ち良かったけど、素直に言えなくてごめんねぇ。二度と会えないなんて嫌だよぉ。セレニー様にも、もっとお仕えしたいよぉ」

 ちょっと聞き捨てならない事を聞いたけれど、親友なので、その事は心の片隅に追いやる。

「ごめんね。アネイラ。大丈夫。生きていれば何とかなるよ。手紙書くね」

「うん」

 本当は、寂しがり屋なアネイラ。

 城下に引っ越して以来、何だかんだでずっと一緒に居た。

 この親友が居なくなると思うと、鼻の奥がツーンとするけれど我慢する。一緒に泣いたら、きっとセレニー様に気付かれてしまう。

 多分一番泣きたいのは、セレニー様の筈だから私は泣かない。

 両親は悲しいのを隠しきれない感じだった。一人娘が王族に付いて隣国へ行く。生き別れだ。私も悲しい。

 私がセレニー様に付いて行くと言う事で、凄い額の恩給が出たので、それを家に残していけるのが救いだ。

 祖母は泣きながら、

「これは、幸運のお守りよ」

 と言って、我が家に伝わる指輪と一緒に、釘みたいな耳かきを私の掌に乗せた。

 ゴロっと掌に乗ったそれは、結構重たい。

 微笑みながら、耳をグリグリしていた祖母の記憶が蘇る。

 私が黙っていると、

「お嫁に行く時にあげようと思っていたのよ。けれど……もう……」

 祖母は、感極まってその場に崩れ落ちた。

 両親もつられて泣き出してしまうが、私は家族との別れとは、全く違う思考に引きずられて涙が引っ込んでしまった。

 私は本当の耳かきをパルネアに伝道できないまま、異国へ行くのだ。パルネアで耳かきと言えば、クギか尖った木の棒で、ゴリゴリとか、血が出るとか……。アネイラが、変態なんて言うからだ。

 いやぁぁぁ、行きたくないぃぃぃ!

 しかし、無情に時は過ぎて行く。

 準備が整って、お城は凄い式典になった。

 ポートの使者がセレニー様を迎えに来て、セレニー様は天蓋の無い馬車に乗って城下をパレードした。

 そして大きな馬車を何台も連ねて、隣国ポートへと出発した。私もセレニー様の豪華な馬車に乗り込み、共に旅立った。

 ゴトゴトと馬車に揺られ、宿に泊まって、移動十日目。ポートの国内に入った。

 ポート王国は、空気が違う。

 あまり大きな国では無いけれど、街並みがずっと広がっている。道も整備されているので馬車は揺れない。

 穀倉地帯であるパルネア平原の景色には飽き飽きしていたから、この景色はありがたい。

「凄いですね。パルネアと違って、家が石なのですね」

 私がそう言うと、セレニー様が教えてくれた。

「水路で山から採った石を運んできて加工するそうよ。火事で燃えない代わりに、冬はとても寒いのですって」

 外を眺めながら、セレニー様は浮かない顔をしている。

 当たり前だ。好きになれるかどうか分からない人と結婚するのだ。

 姿は知っている。絵だが。政治手腕も凄いそうだ。でも、かなり乱暴な手段をとるそうで、今回の関税の交渉で、パルネアはかなり損をした上に、セレニー様まで差し出す事になってしまった。

 いきなり夫婦とかどうかと思う。年もセレニー様と九歳も離れているし。

 皇太子は王政廃止の急先鋒だそうで、セレニー様とのご結婚は、議会がクルルス様を抑え込む為に入れた条件だったそうだ。

 王にならずに辞めてしまいたい皇太子と、政務に参加したいセレニー様。……どう考えても、合わない。

 私でもそう思うのだから、セレニー様はもっと強く感じている筈だ。とにかくセレニー様をお支えして、私が頑張らなくては。

 セレニー様は、女性の地位を向上させる運動の出来る人になりたいのだ。それはお金になる仕事では無さそうだけれど、絶対に良い事だと思う。

 そうだ。耳かきのお店をやるのはどうだろう。それで大儲け出来れば、セレニー様の運動が認められるまで、支えて差し上げられるかも知れない。

 ポートの城に入ったら、色々な人に声をかけて……

『耳の穴をほじられてうっとりする変態』

 アネイラの声が蘇る。いやいや、あれは照れ隠しで、断じてそうじゃない。

 でも変態だと思われたら、パルネア王国の恥だ。だめだ。セレニー様も、変態扱いされてしまう。

「ローズ、また耳かきを広めようと妄想して失敗したわね」

「はい……アネイラの呪いが……」

「まぁ、せいぜい頑張りなさい」

 セレニー様は私のこういう姿に慣れているので、呆れた様に言った。

 耳かきも、支持者を集めなくてはならない。しかし、もしかしたらセレニー様の思想以上に、支持者が少ないかも知れない。

 私が額に手を当てながら唸っている向かい側で、セレニー様がぼんやりと外を見てため息を吐く。

 さぞや奇妙な光景だっただろう。

 誰も見ていないと思っていたのに、まさか馬車の警備に付いていた護衛の騎士に見られていたとは……この時は気付かなかった。

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