表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
163/164

英雄の娘

アリス・バウティ……ローズとジルムートの娘。触れる事で魔法使いの資質を奪う能力と、ポート内でリヴァイアサンの騎士として異能を使用する能力の両方を兼ね備えている。世界の意思により選ばれた救世主。

 時の流れと言うのは早いもので、俺達の娘、アリスは十三歳になった。

 ポートでの成人は十五歳だったが、現在それが十八歳になっている。より高度な勉学や技術を身に着ける為には、成人年齢を遅らせる必要性があると言う王立研究所からの提言をクルルス様が受け入れたのだ。

 しかしそれ以前に設立された騎士学校は、十二歳から十五歳の騎士志願者が通う学校として設立され、今に至っている。十五歳になった時点で、騎士学校を卒業した者には騎士団に所属する資格が与えられるものの、未成年者を騎士団に入団させる事が出来ない。結果、卒業から三年は己の技術や知識を磨く時間として、騎士団での雑務や訓練、自警団への所属、他国への留学などが推奨されている。

 アリスは十二歳で騎士学校に入学した。学校を出た後は、土地勘のあるルミカがパルネアへ連れて行く事になっている。……リンカーの魔法使いリンカーズをいよいよ狩る実戦に入るのだ。

 何年も覚悟して心構えを伝えてきたし、技術は十分に磨いてきた。魔法喰いの能力がある事が救いでもある。相手を殺さなくても、触れられれば問題を取り除けるのだから。それでも心配は尽きない。

「あら、空が急に……」

 ローズと一緒に応接室で一緒に茶を飲んでいると、ローズが窓の外を見て表情を曇らせた。

「嫌な曇り方だな」

 俺も外を見てつぶやく。

「ジル叔父様!ローズ!」

 悲鳴の様な声がエントランスから聞こえてくる。モイナだ。

 ローズと俺は顔を見合わせてため息を吐く。空の曇りは、やはりただの天候変化ではなく、アリスの異能が原因だったらしい。アリスの持つリヴァイサンの騎士の異能は、俺を超えて桁違いの能力だった。感情のままに振るえば暴風雨となり、雷も落ちる。誰かがアリスを酷く怒らせた事は言うまでもない。こうなってしまうと、止められる人間は多くない。

 足早にエンドランスに向かうと『姫将軍』と呼ばれ、ポート騎士団の団長となっているモイナが焦った様子で立っていた。

「事情は馬車の中で聞く。行こう」

 俺とローズを見て、ほっとした様子でモイナは頷いた。

 アリスは、そう簡単に怒る様には育てていない。余程理不尽な事でもされたのだろう。しかし異能の大きさを考えると死人が出るレベルなので、それを良しとは出来ない。

「……ここまで怒らせるとは、誰だ?」

「カルロス様です」

 カルロス様は、アリスを敵視している。理由は単純だ。騎士団の団員が、王子である自分よりもアリスを特別扱いしているからだ。英雄の名前を背負っている俺の娘だからだとしか思っていない。

 アリスは自分の異能や武芸の腕をできうる限り隠している。ローズから女としてのしつけもされている為、女らしい感性もマナーも十分に身についている。

 俺達は、この事に関して何度も話し合った。結果リンカーズが早くに居なくなった場合、アリスに人生の選択をさせるには、女として生まれた事を自覚させ、女らしく生きる方法も知っておくべきだと言う結論になった。望まないなら知識として知っておくだけでいいからと、ローズが教えた様々な知識はアリスにとって大事な物であった様だ。

 俺は……戸籍すら男と偽って提出すべきか悩み続け、ローズがそれは受け入れられないと言うので、セレニー様に相談する事になった。セレニー様には、クルルス様に全てを話す前に様々な助言をしてもらった。

「クルルス様は、国益を最優先にしなければならないお立場なので、いきなり相談に行かないでくれて良かったわ」

 昔の様にただ思った事を言えば済むと言う立場ではないだけに、セレニー様が上手く間を取り持ってくれて本当に助かった。男では考えの及ばない細かい部分に気配りの出来るセレニー様が、優秀な政治家である事を改めて知る事になった。

 クルルス様はアリスの存在を受け入れ、保護すると喜んで受け入れてくれた。たった一つ不満があったとすれば、アリスがカルロス様の婚約者にならねばならなかった事だ。婚約すると言う事は他に誰かを望んではいけないと言う事になる。パルネアとポートを行き来する事になるアリスには多くの出会いが待っている。酷な条件だと思ったが、クルルス様はこの部分だけは譲らなかった。

「お前の娘はポート国民だ。……英雄の娘で世界の救世主たる存在を、パルネアに横取りされる訳にはいかない。お前だってそれは望んでいないだろう」

「それは勿論ですが……」

「シュルツがどうと言う話ではなく、パルネアの議会がそういう物の考え方をするのだ。ミラを殺そうとした事でも分かるだろう。グルニアを手に入れ、救世主を自分の国に取り込む。荒んだ民心を慰めるには良い慶事になるだろう。議会の政策へ向く批判をかわすには丁度いい。その程度の考えで事を実行する」

 そんな事の為にアリスがパルネアに取り込まれるなど、たまったものではない。

「諸外国が批判的になるだけです」

「それが分からないのだ。パルネアは外交をほぼポートに任せてきているから、視野が狭いのだ。国内にしか目が向いていない。……この部分が改善されていくには相当時間がかかるだろう。だからこそ、アリスの身はしっかりとポートで保証しておくべきなのだ」

 そこまで言われてしまっては、他に打つ手がない。そんな事もあり、アリスは正式に発表していないが、カルロス様の婚約者と言う事で周知されている。

 後で知ったのだが、ロヴィスなどローズの妊娠を記念式典で知った各国は、子供の性別に関わらず婚約を打診してきていた様だ。……全てクルルス様が断ってくれていた。外交上損をするのは目に見えていたのに、俺に聞くまでもなく応じないと分かっていたから、そうしてくれていたのだ。家臣なら命令すれば済むのに、友人の子供としてアリスを扱ってくれたのだ。

「アリスがカルロスと結婚してくれるなら、ローズと一緒に孫のおばあ様になれるでしょう?だからこれに関しては反対できない気持ちなの。クルルス様もジルムートと一緒におじい様になりたいのではないのかしら。我が儘かも知れないけれど、このくらいの夢は持ってもいいと思わない?婚約と言っても、解消なら理由があればできるのだから」

 セレニー様がにっこりと笑ってそう言ってくれたのはもうだいぶ昔だと言うのに、今も鮮明に思い出す。

 事実、婚約していた事でパルネアで立太子している十歳のアディル王子との婚約を避ける事は出来たが……婚約を解消した途端に婚約の話が再び来る事は明らかで、婚約は続いている。それも、カルロス様にとっては大きな不満なのだ。

 だから、アリスを怒らせる様な事をしでかしても不思議ではない。

「叔父様達が贈った誕生日の品ってこれかしら?」

 モイナがハンカチを拡て見せてくれたのは、粉々になった指輪だった。指輪には、桃色の貝殻を細工して薔薇のモチーフが飾られていた。中心には小粒だが最高級の真珠を使った。アリスが俺に抱き着いて喜び、ずっと談話室で眺めていたのは記憶に新しい。

「カルロス様が足で踏みつけて……」

 俺達は顔を見合わせてため息を吐く。これはどう考えてもカルロス様が悪い。説得するのは無理だろう。

「頭ごなしに見せろとでも命令したのでしょうね」

 ローズがげんなりした表情で呟く。そうでもしなければアリスから奪えるとは思えない。

「ローズ、先に行く」

「分かったわ」

 馬車が学校に到着すると、慌てた様子でクザートが飛び出してきた。クザートは騎士団を退団して、今騎士学校の校長としてこの学校を管理している。

「ジル!こっちだ」

 クザートの言葉に従い、先に馬車から飛び降りて足早に学校の中に入る。学校の中では生徒達が教官の指示に従って非難している最中だった。実技教官として働いているハリードが、生徒達を誘導しながら俺を見てほっとした顔をして、アリスが居るらしき方向を指さす。俺はそれに頷きながら更に足を速める。

「アリス!馬鹿だけど、カルロス様は王族だからって言うか、俺も死ぬからやめてよ」

 悲鳴の様に叫びながら、異能に対抗しているのはレオンハルトだ。レオンハルトはカルロス様の学友と言う事で一緒に居るが、実質護衛の立場にある。普段から護衛についている騎士団の騎士は異能漏れに当てられて、動けないままうずくまっている。

 俺の様に空気を真っ黒にはしないが、天候まで変わる程の異能だから辺りはどんよりと暗い。レオンハルトの異能は明るく光って見えるので、カルロス様を守る様に異能の範囲が浮き上がって見える。

「馬鹿とか言うな!俺は王子だぞ」

「うるさい、馬鹿王子!」

 レオンハルトの異能に守られているカルロス様は元気そうだ。

 そんな二人の前に、アリスは仁王立ちしている。

「レオン、退いて。あなたを巻き込みたくないわ」

 普段なら愛らしい声が、地を這う様な低さを伴っている。

「俺も巻き込まれたくないよ。でも長い間一緒に居るから、馬鹿でも見捨てられないと言うか……」

「馬鹿と言うな!」

「黙れ馬鹿!死にたいのか!」

 レオンハルトの殺気を含む言葉で、カルロス様がぐっと喉を鳴らして黙る。レオンハルトは父親であるコピートどころかルミカよりも異能では上になる。それでもアリスに抵抗する事は容易ではないのだ。あの様子では、俺に合わせて異能を使用するのは不可能だろう。

「兄上、体調はどうですか?」

「大丈夫だ」

「では、万一の場合にはお願いしてもいいですか?」

「了解だ」

 セイレーンの存在が明るみに出た事で、アリ先生は当然あらゆる実験を行った。その中でも先生が着目したのは、俺が過去の世界を見た際にセイレーン達の使っていた共振だ。

 俺達が個々に使用していた異能を複数で増幅させる事ができれば、更に強い力に出来る上に一人で使用するよりも体の負担が少ないのではないかと言う仮説を立てたのだ。結果、仮説は証明され、異能の力が近い者同士であれば共振が可能だと分かった。

 本当ならレオンハルトに頼みたいところだ。……クザートは、ここ数年心臓と肺が悪く体調の良くない日が多い。できるなら異能は使わせたくない。

「王族だからって、人の大切な物を壊していいと思っているのですか?」

 侍女スマイルを張り付けたアリスは、ローズに酷似した表情でカルロス様を見下ろす。

「大事な物を壊した相手は殺すのか。それが英雄の娘のする事か?」

 カルロス様はレオンハルトの背後に座り込んだまま反論する。……完全に挑発している。

 アリスは唇を噛み締めた後、カルロス様を睨みつけて言った。

「お父さんは、好きで英雄になった訳ではありません。私だって好きでこうなった訳ではありません。レオンだって……みんなそれでも頑張っているのに、どうして自分ばかり不幸だって言い張るのですか!そんな事されても、苦しい気持ちが周囲に拡がるだけでしょう?」

 アリスは拳を握りしめる。

「カルロス様の壊した指輪は、お父さんとお母さんが、旅立たねばならない私の為にくれたお守りだったのです。返して下さい。……あれの代わりなんて、無いのです」

「お前はこんなにも強い。お守りなど必要あるまい。旅立つ?パルネアに武者修行に行くだけだろうに」

 レオンハルトがアリスを労し気に見る。アリスはただ表情を強張らせる。

「……そうですね」

 アリスの異能がすっと消失し、目を伏せると同時に涙の粒がぽたりと地面に落ちた。それを見てカルロス様ははっとする。アリスは滅多に泣かない。泣かせようとしても泣いた事のない女が泣いたから驚いたのだろう。

「アリス」

 俺が声をかけると、こちらを見たアリスは顔を歪ませた。

「お父さん……」

 後はもう言葉にならず、アリスは両手を差し出して俺に歩み寄って来る。俺は駆け寄ってアリスを抱きしめた。

「ジルムート様」

 駆け寄って来たレオンハルトの肩を、あいている手で軽く叩く。

「よく頑張ってくれた」

「とんでもないです。俺が付いていながら、すいません。アリス、泣かないで」

 カルロス様とアリスの間にある壁はとてつもなく分厚い。……親の願望で結んでしまった婚約だが、早く解消してやらねばならないと改めて思う。

 俺はカルロス様を睨みつけた。

「カルロス様、アリスは物見遊山でパルネアに行くのではありません。アリスは生まれながらに使命を負っております。それを完遂するまでアリスの旅は終わりません。……俺もローズも、生きて見守れるか分からない長い旅になる事も考えられます。だから、家族の思い出となるように渡した品を、あなたは壊した」

 顔色を変えたカルロス様が慌てて言う。

「俺と婚約しているのに、そんなにポートを留守にするのか?」

「先はどうなるか分かりません。ただ婚約に関しては……いつか解消するつもりでした」

 ぽかんとしたカルロス様は、何を言われたのか分からないと言う顔をしている。王族が身分で下に当たる相手側から婚約破棄をされるなど、普通あり得ないからだ。

「クルルス様もセレニー様も、この点に関しては了承して下さっています」

 子供相手に何を言っているのかと思うが、娘を泣かせた悪ガキには当然だが仕置きは必要だとも思う。

「カルロス様もアリスが相手ではご不満な様ですし、丁度いいと思います」

 俺はアリスを抱きかかえ、その場で背を向ける。

「待て!使命とは何だ!婚約解消の話も聞いていない。どういう事だ」

「後でローズが来ます。聞きたい事はローズから聞いて下さい」

 振り返らずにそう言うと、俺は元来た道を戻る事にした。これ以上ここに居たらカルロス様に怒りだけを募らせる事になりそうだし、アリスの事を考えれば、ここに長居したくない。久々に異能が漏れている事を自覚したが、あえて抑え込む事はしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ