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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
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親になる二人

 ジルムートの話を聞く事になったのは、夜になってからだった。考えをまとめると言って、そのまま出仕してしまったからだ。そして聞いたのは、三千年前にジュマ山脈が出来て世界が縮小した話、縮小を食い止めた海の知的生命体であるセイレーンが、リヴァイアサンの騎士の異能の源である話、そしてマテオ・ベルガー絡みの魔法『リンカー』による世界危機の話へと続いた。

 そこでジルムートの表情が硬くなり、言い辛そうにようやく告げて来たのは、私に相談せず勝手にお腹の子に、魔法食いを継承してしまった事だった。ジルムートは子供の親として、世界の意思に逆らえなかった現実にかなり落ち込んでいた。特に、私に相談せずに術式を継承してしまった事に対して強い負い目を感じており、ひたすら謝罪される事になった。

「未来が破滅するのが何時なのか、そもそも魔法燃料……モルニオンがどれくらい減れば世界が縮小していくのか、はっきりと分からない。それなのに抵抗しきれなかった俺は父親失格だ」

「そう言う状態にする為に、世界はセイレーンを目覚めさせたのでしょう?」

「それでも、ローズに話してから決めるべきだった」

 そんなジルムートに対して、私は怒るに怒れないまま今に至っている。相手は世界だ。そして得体の知れない種族。酷いとは思うものの、ジルムートの様な意思の強い人ですら抵抗できなかったのだから、私が抵抗できたとは思えない。それだけに最後まで抵抗してくれれば良かったのにと言い辛いのだ。

 ジルムートは、暗い表情で続けた。

「それだけではない。……俺はあの瞬間にどうすべきか考えてしまったのだ。一人の親ではなく、ポート騎士団序列一席の目線でだ」

「どういう事?」

「グルニアの錬金釜の事を覚えているか?」

「うん」

 グルニアの王宮にあったとされる巨大な釜。ゲオルグ達が、天候不順の大魔法を使用するのに燃料として中に蓄積していた魔法燃料……もといモルニオンを使用していた筈だ。

「あれはやはり魔法の釜だったのだ。中のモルニオンは、外部に漏れないまま蓄積していた」

 言われてみればそうだ。やはり魔法がかかっていたのだろう。どういう魔法なのかは釜そのものが消えた今、確認のしようもないが。

「ゲオルグ達が魔法に使用していなかったなら、世界を救ったかも知れないね」

 ジルムートは頷きつつも渋い表情になった。

「そうだな。しかし……千年貯められていたモルニオンは、たったの数年で使い尽くされてしまった。それを考えれば、リンカーで生み出された魔法使いを放置する事は出来なかった」

 ベルガー家は、パルネアの建国から続く家だ。蓄積されている魔法の知識は相当のものだろう。放置すれば、大魔法に匹敵する魔法を使用してモルニオンを使い尽くしてしまうかも知れない。

 私は魔法喰いを持っているが、魔法使いを追いかけて捕まえる様な事は出来ない。そして私達の子供はと言えば、追いかけて捕まえる事が……出来る様になる。なってしまうのだ。そうでなくてはリヴァイアサンの騎士として生きて行けない。ジルムートが鍛えて教え込むのだ。それだけの武芸者になる。だからこそ、ジルムートは魔法喰いを継承させたのだ。自分の鍛錬と私の魔法喰いで、リンカーの魔法使いを追い詰める存在になるからと。しかし、それは騎士の考え方だ。親の考え方ではないとジルムートは自分を責めている。

 私もジルムートの事は言えない。うっかりシュルツ様に子供のパルネア国籍をねだってしまったからだ。こんな事になるなら、もっと考えるべきだった。あの時、他の事を思いつかなかった自分を呪う。結果、子供はリヴァイアサンの騎士ではあるがパルネア国民でもある為、ポート騎士団への強制入団はさせられないとクルルス様が明言したそうだ。

 リヴァイアサンの騎士でありながら自由。騎士団初の存在となるとは聞いていたが……正にリンカーの魔法使いの為にあつらえた様な立場になってしまっているのだ。

「どうやら世界の意志とやらにしてやられたみたいだな。俺達は」

「そうみたいね」

 ため息交じりにジルムートは言った。

「それだけリンカーの魔法使いは、世界にとって脅威なのだろう」

 魔法の知識と経験の記憶を継承させてしまうと言う『リンカー』。

 数日前、ある人が私に会いに来た。ゲイリー・ダルシアと名乗った。どうやらジルムートを怒らせた人で、シュルツ様が王家の影として個人的に雇っている暗殺者の人で間違いないらしい。私の見た印象は、特徴の無い感じの人で人を殺せる様には見えなかった。後で聞いたのだが、体に魔法を刻んでいて、その影響でそうなっているのだとか。ジュマ族が実はグルニア人で、独自の魔法を作って厳しいジュマ山脈に適応していた事は聞いている。その魔法と同じ原理だそうだ。

 会いに来る事はジルムートが許可したと言うが……穏やかなマクシミリアンが、私でも分かる不穏な空気を放ったまま背後に立っていたので、酷く居心地が悪かった。魔法で雰囲気や武芸の腕を隠している事に気付いていたのだ。やはり最強の使用人だ。

 ゲイリーは暗殺者であるだけでなく魔法知識もある人だったので、分かり易くリンカーの事を教えてもらう事が出来た。リンカーはチャネリングを改良して出来たらしいが、術者の負担が少ない魔法らしい。ただ術をかけられる方に、かける側と同等かそれ以上の魔法適性が無いと、使用された方が廃人になってしまう。その為、基本的にはベルガー家の子孫にしか使用できないらしい。これをマテオは自分の子供に使用していたと言う。国庫から金をせびっていたので、養育費に困っていなかった事から子供の数は想像以上に多いらしい。

 リンカーの魔法で産まれた魔法使いを根絶するとセイレーンが言った以上、世界はそうしなくては滅びてしまうのかも知れない。そう思うと気分が落ち込んだ。

「私達の子供は、リンカーの魔法使いを探して資質を奪い続ける事になるのかな……。それって辛いね」

 ジルムートは頷く。

「そうだな。それを思うと俺も辛い。……魔法は高度な知識か肝だ。知識と魔法使いの資質を兼ね備える事で、初めて高等魔法が使用可能となる。マテオの子供をパルネアが洗い出せればいいのだが……難しいだろうな。俺はパルネアと交渉し、出来得る限りベルガー家の血脈を減らすつもりだ。お前は嫌がるかも知れないが、それしか出来ない」

 ジルムートが魔法使いから資質を奪うと言う事は、殺してしまうと言う事を意味する。それもマテオの子供と言う事になれば、未成年だ。……相手が例え、赤ん坊や幼児であっても、この人は容赦しないだろう。

 どう答えるべきか分からず黙っていると、ジルムートがぽつりと言った。

「許せ。……俺はこんな方法でしか子供を守れないのだ」

「私の方こそ、本当に何も出来ないね。……情けないよ」

 私は無力だ。そう思っているとジルムートは首を横に振った。

「お前には、子供を産むと言う誰にも代われない役目がある。第一、俺の様なやり方が全てに於いて通じる様な世界、弱者に対して余りに厳し過ぎる。弱い者が生き残れない様な世界、俺は望んでいない。お前にも望んで欲しくない」

 力が全て。そんな世界になったら、魔法は消えるどころか利用されて世界は消滅するに違いない。ジルムートは、騎士として弱者の盾となる立場を貫いている。弱者など必要ないと言う人だったら、私は一緒に居なかった筈だ。……無力だと嘆くだけでは、この人の横に居られない。人の持て余す様な破壊力を盾にして、最後まで危険な場所に居続ける人だから。一緒に居たいなら考えるしかない。

 黙ったまま暫くして、考えた事を口にする。

「私達だけは何があってもこの子の味方で、辛いときに頼られる存在で居てあげたい。そうして過ごす事で、人間を嫌いにならないで欲しいの。きっと人の醜い面を沢山見る事になると思う。それでも、折れない心を持つ子に育てたい。……少しでも多くの味方を持って欲しい。一人で世界の命運を背負うなんて重過ぎるから」

 私に出来るのは、心を守る事。悪い考えに支配されない強い心を持たせる事。出来るかどうか分からないけれど、最初から無理だと思っていたら出来ない。

 すると、ジルムートは私の方を真剣な表情で見て言った。

「俺の様な親殺しで騎士としての生き方しか出来ない男でも、そんな親になれるだろうか」

「なれるよ。ジルは信頼するって事の意味を知っているもの。……クザートやルミカ、お母さん達との間にも、騎士団の騎士様達、そしてクルルス様との間にも、強い信頼関係があるじゃない。私より良い手本になれると思うよ」

 私は、自分の不安を口にした。

「私、日本の両親の離婚で傷ついて大人を信じきれていなかったの。だから、パルネアの家族が私の為にしてくれていた事に全く気付いていなかった。どうせ大人なんて信じても裏切られるって、心の中で距離を置いていたから、ちゃんと見ていなかったのよ。だから周囲から、自分がどう見られているのかも分かっていなかった。……身近な大人を頼らない子供って可愛気がないのよ。そう言う子は、大人も頼って来ないって思うの。だから、雰囲気的に助けてもらえない空気になるのよ。私はそういう子だった。……アネイラに比べて大人だねとか、しっかりしているとかって近所の大人によく言われたけれど、そう言う事だったんだなって今なら分かる」

「ローズ」

「ジルの事を信頼するのも、何年もかかった。アネイラの事もディア様の事も大好き。……でも本当の事を言えば、頼りたくても頼り方が分からなかったの。逆に心底困っている時程、頼れないって思っていたわ。だって、好きな人達を困らせたくなかったのよ。でも、この前シュルツ様に指摘されて気付いたの。万能ではないのに人を頼らないのは、いけない事だって」

「お前は頑張ると、想像以上に出来てしまうからな……癖になっているのだろう。俺に最初に耳かきした時からして、お前は誰かに助けを求めなかったな」

「あれは……腰がぬけちゃっていたからね」

 私が悲鳴を上げなかったのは、耳かきを壊された怒り故だった。もし悲鳴を上げていたら……想像しようとして止めた。何度か聞いた、骨の砕ける音を思い出すからだ。

 気を取り直して言う。

「この子は同じではいけないの。背負っている物が大き過ぎる」

 ジルムートは頷く。

「私とあなたから引き継ぐ能力を恨んで、私の様に大人を信頼しなくなってはいけないの。だから、私達が産まれてくる事と成長を喜んでいる事、能力の有無に関係無くかけがえの無い存在である事を伝え続けなくちゃいけないって思う」

 ジルムートは目を伏せてから、泣きそうな顔で笑った。

「ああ、そうだな……。俺は何も言ってくれなかった父上の事がずっと分からなかった。もっと話していれば良かったと何度も思った」

「その気持ちのまま、子供に接すればいいのよ」

 子供との間に強い信頼関係を築く事が出来れば、ジルムートは過去の出来事から本当の意味で解放されるだろう。ジルムートは良い父親になれる筈だ。

「私の方が問題かも知れないわ。日本にはね、素直に愛情を表現するのは恥ずかしいって文化があったの。そう言う文化で育った記憶って抜けないみたいで、相手が伝えたら喜ぶと分かっていても……自分がはしたないって思われたくなくて口をつぐんでしまうの。相手に伝える勇気よりも、自分を守る保身に傾いているの。そんな私が子供にちゃんと愛情や信頼を伝えられるのか、不安なの」

 ジルムートは苦笑して、私を見つめて言った。

「愛している」

 いきなり真正面から言われ、視線を逸らさないジルムートに動揺してしまう。顔は真っ赤に違いない。

「お前は愛されるに足る存在だ。自分を貶めるな。伝え足りないなら、満足するまで伝えよう。だから堂々としていて欲しい」

 ジルムートは続けた。

「それと……シュルツ陛下の言葉を真に受ける必要は無いからな。同じ国王でもクルルス様と違ってあの人は強かだぞ。騙されるな。お前に自分の魔法適性を奪わせてはいるが、ミラ妃の魔法適性はそのままだ。だからシュルツ陛下が魔法適性を失っても、ミラ妃のグルニア皇帝直系の魔法適性が生きているから、次期皇太子に影響はないと思って良い」

 そう言われ、私の頭は一瞬で冷えた。つまりシュルツ様からのダンスへのお誘いは、私やジルムートに許してもらう為だけに行ったパフォーマンスだったのだ。……ちょっと考えれば気付く事なので、騙されたは大袈裟かもしれないが、モヤモヤするのは言うまでもない。腹も立つ。

「そう言えば、ミラ妃って宴に出て来たけど、すぐに居なくなっちゃったね」

「お妃教育がまだ行き届いていないからだ。あれだけ不器用な性格では、発言次第で外交問題になりかねない。体調不良と言う事で早々に宴を退出する事は、ポートに来る前から決まっていたのだ」

「そうだったんだ。……ところで、アレクセイ様に会わせてあげないの?」

 そう言うと、ジルムートは頷いた。

「今の状態で会う事をアレクセイが望んでいない。ミラ妃も衝撃を受けるだろう。何せ、元々の見た目と違う上に、衰弱しきっているのだからな」

「でも、今会えなかったら何時会えるの?ミラ妃はこれで帰国したら、もうパルネアから二度と出て来ないかも知れないのに」

「生きていれば会える。そう信じて今回は見送る。このタイミングでアレクセイの存命が周囲に知れる事の方が危険だ」

 ジルムートの言い分には強い説得力があった。感情は納得できていないが、頷くしかなかった。

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