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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
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セイレーン

 水の音がする。波が寄せては返す音。その音と共に不思議な光景が現れる。俺の夢なのだろう。そう思っていたが、違う事にすぐ気付いた。恐ろしい光景だと言うのに、目が覚めないからだ。

 浮かび上がる海底、そしてその切り取られた海底から流出する世界。海の水だけではない。本当に世界そのものが流出していくのだ。人間の暮らす大陸が、人知れず飲み込まれて何処かへと消えていく。流出した部分の事は誰も覚えていない。認識から失われた世界は、想像以上に多かった。

 ジュマ山脈を作った事で、世界に傷が出来ていたのだ。

 ジュマ山脈を切り取った海も、実は湾内ではなく遥か遠くの海だった。……グルニア大陸は傷へと引きずられ、世界から消える寸前だったのだ。しかし、その運命を変えようとする動きが海の下で起こっていた。

 海底都市を作っている海の人類セイレーンと海獣リヴァイアサン。彼らの騎乗するイルカの群れは、世界の流出を止めようと海獣リヴァイアサン達と共に、流出する場所に集結していた。

 セイレーンには、首の部分に左右対称のえらがある。故に鼻が無い。のっぺりとした人相で、肌の色は青い。髪の色はサンゴの様に白や桃色、橙など鮮やかで派手だ。着ている服は体にぴったりとした素材で、何も武器を持っていない。

 リヴァイアサンはクジラと変らない巨体ではあるが、白い海蛇の様な姿をしている。その目を見れば、ただの海獣でない事は明らかだ。言葉を発しないが、セイレーン達と意思疎通をして行動しているし、群は統率されている。

 そして彼らが始めた行動に、俺は目を疑った。

 一斉に起こったのは、異能の発動だった。体から溢れる波動は、俺達の異能と同じ。彼らの異能は仲間同士で共振を起こし、その流れを止めていた。しかし緩やかになっても流れは止まりきらず、共振の強さに耐え切れずに力尽きた者達がその流れに乗って流れて行く。

 消耗すれば流れは勢いを増す。このままでは世界が終わってしまう。そう思った時、リヴァイアサン達が咆哮し、異能の共振を維持しつつ一斉に流れに向かって進んだ。そして自らの体で流出する裂け目に蓋をする。彼らは互いの巨体を重ね合い、無理矢理裂け目を塞いだのだ。セイレーン達は周囲の海底を破壊し、悲しみに表情を歪めながらリヴァイアサン達を生き埋めにして行く。そして……流れはようやく止まった。生き残ったセイレーンは僅かで、リヴァイアサンは一体も生き残っていなかった。未だ塞いだ部分が青白く光っている。深い海底から上がって来たセイレーン達の表情は暗い。

「滅びの危機は終わっていない」

「モルニオンが失われ過ぎた」

 別の一人が言う。

「モルニオンをこれ以上魔法に使わせてはならない」

「しかし、どうすれば良いのだ」

「地上人に我々の力を託すしかない」

「しかし、託せるか分からない」

 一番年上と思われるセイレーンが言った。

「……他に方法が無いのだ。魔法は海の向こうで使われる」

 沈黙した彼らは、ふと上を見上げる。水面に反射する小舟の群れ。

「決断せねばならない」

 そして彼らは決断した。

 セイレンーンには同化と言う能力がある。他者と自分を繋げる事が出来るのだ。イルカに騎乗する際もイルカに足を同化させ、振り落とされない様にしている。その能力を使い、彼らはポート人達に同化した。次々に自らの能力をポート人に委譲し、体に溶け込む様に消えていく。

 同化の衝撃で倒れたポート人達は、セイレーン達にいきなり襲われた記憶を失っていた。セイレーンと言う存在そのものが世界から消滅したのだ。名前が伝承として残っているのは、全てが世界から流出しなかった名残だろうか。

 モルニオンと言うのは……魔法燃料の事か?

「そうだ」

 幻の様に浮かび上がったセイレーンの男が言った。

「世界誕生の時からあったモルニオンが失われ、補う事ができなかったからこその悲劇だ」

「何故、それを知っているのだ」

「海には、地上よりも先に生命が産まれた。我々は水面の下でリヴァイアサンと共に知的生命体として長く繁栄した。その歴史は地上より長い」

 男は静かに続ける。

「お前は私だ。お前と共に産まれたが、長く能力と共にお前の中で眠っていた。一時目を覚ます機会を与えられた。この世界の意志によって」

 そう男が言った途端、男の背後に銀色の枝と葉を持つ巨大な木が出現した。

「これは」

「モルニオン再生の鍵。ローズが作り上げた」

 ローズの魔法喰い……。

「この木はやがて花を咲かせ、その花びらはモルニオンとしてこの世界に放出される。その量は世界の及ぼす自然回復を遥かに上回る」

 ローズは大失敗だと言っていたが、ローズが作り上げたのはこの世界を救う物だったのだ。俺の顔を見て男は苦笑した。

「嬉しいのは分かるが、ここからが本題だ」

 顔を引き締める。雰囲気として良い話では無さそうだ。

「残念だが人は死ぬ。魔法喰いはローズが死ねば失われる。世界は、魔法喰いをお前の子へ継承する事を望んでいる」

「継承?」

「木の形をしているが、これは一部が欠けても崩壊する術式でしかない。これ程の術式を作る事の出来る者は異世界人の記憶を持つ者だけだ。二度と現れない」

 異世界人によってチャネリングと言う魔法が産まれた事でモルニオンは魔法燃料と呼ばれ、貪るように使い尽くされてしまった。皮肉にも同じ様に産まれたローズがそれを解決する術式を産んだのだ。チャネリングの魔法はエドワスによって燃やされた。もう異世界人がこの世界に渡って来る事は無い。

「だからこそ、お前の子孫へと継承する事を世界は望んでいる」

 俺は即答した。

「却下だ」

 既にリヴァイサンの騎士の異能を受け継いでいるのに、何故ローズの魔法喰いまで受け継ぐ事を強要してくるのか。 

「答えが分かっているから、私が説得役として今ここに居る」

「……そもそも、何故俺に話すのだ。勝手にやればいい事ではないか」

 生まれて来た子が結果として両方の異能を受け継いでいても、何も知らなければ仕方ないと思える。しかし、聞かれれば俺の気持ちを答えるのは当然の事だ。

「継承を可能にするには、お前の手助けが必要なのだ」

 ぎょっとして言う。

「まさか、今それを決めろと言っているのか?」

 男は黙って俺を見ている。肯定だ。俺は男を睨みつけた。

「知った事ではない」

 俺がこの異能故にどれだけ苦労したか。こんな話、狂気の沙汰だ。

「私の子でもある。お前の気持ちは分かる」

 男は悲しそうに言う。同じ様にセイレーンを同化させて俺の子も育っているのだろう。その同化したセイレーンの能力がそのまま異能に反映されるに違いない。同化の相性もあるのだろう。だから能力が同じ家に生まれても異能の強さに差が出るのだ。

「永遠に存在する訳ではない。モルニオンが世界に満ちた時には術式が壊れるだろう」

「何時になるか分からないのだろう?」

 男は沈黙する。

 俺達の家系は三千年もこの異能を背負って来ている。しかしポート湾を離れれば使えない異能で、背負わされている異能が何の為にあるのかも知らずに生きて来た。それでも同じ異能を持つ仲間が居た。

 しかし俺達の子や孫、その先も一人は一人だ。稀有な存在として使命を背負って生まれて来る子を思うと、不憫としか思えない。

 もう一人の俺である男は、俺の考えを読んで言った。

「希望は背負わせるものではない。託すものだ」

「希望……」

「モルニオンが本来の量に戻る事は世界存続の希望だ。お前も死ぬまで子に付き合えまい。負い目を捨て、先へ行く者に託すのだ」

「託された子は苦しむ。俺は身をもって知っている」

「それでも、悪い事ばかりでは無かった筈だ」

 知った風な事を言うなと言いたいが、この男はもう一人の俺だから何でも知っているのだ。俺の異能の源。過去の不幸の原因。忌々しく思い再度睨むと、口の片方だけを上げて、皮肉な笑みを浮かべる。

「それで、俺に何をやらせるつもりだ」

 本題に入ると男は言った。

「ローズは、お前を守りたくてこの術式を作った」

「俺を?」

 てっきり、襲われたセレニー様の為だと思っていた。

「お前は必ず誰かの盾になる。そして相手を殺す。ローズはそれを何とかしたかったのだ」

 ローズは殺人をやむを得ずと思いつつも、それに手を染める事を厭う。これは、ローズがそんな世界と無縁な記憶を積み重ねてきているからだ。ここは……一生分かり合えないと思っている。分かり合えてはいけないのだ。

 こんな言い方をするとローズは嫌がるだろうが、俺にとって犯罪者は人間ではない。同じ人間の姿をしていても、人として扱った事が無いのだ。生きる為に家畜を殺して食う様に、善良な人間が真っ当に人生を送る為に害獣を狩っている。それが俺の感覚だ。他の人間がどう思おうと関係無い。犯罪に手を染めた時点で、それは人に害を成す害獣だ。

 これはポート騎士団の考え方とも言える。相手が女であろうが子供であろうが、家族が待っていようが、俺達は情けをかけない。それをしてしまえば、犯罪に手を染めていない者達に示しが付かないからだ。長年そうだからこそ、騎士団は畏怖の対象なのだ。

「俺の感覚を知れば、ローズは俺を軽蔑するだろう。だから言った事が無い」

「それはそれで良い。ただローズはお前に守られて大人しくしている女ではないだろうに」

 事実だ。

「お前を殺人から遠ざけたくて作った術式へは、お前しか近づけないのだ。意識が他の者からの干渉を拒んでいる。眠っていてもその状態だから、ローズが眠っている間にお前がこの術式を子の意識に移すしかない」

「大木ではないか、引っこ抜けと言うのか」

 俺の質問に男は苦笑する。

「術式として捉える資質が、お前に無いからそう見えるだけだ。難しい事ではない」

「子の意識はどうなる?」

「まだ意識も何もない状態だ。そういう場所に継承する方が、後々自我を歪める事なく共存できる。逆に自我を形成した所に継承する方が危険だ」

 急ぎで決断させて来るのはその為か……。

「拒否した場合、俺達はどうなる?」

「家族だけの問題ではない。世界が失われるだろう。塞いだ場所から、世界が縮小していく可能性があるのだから」

 大気の成分の一部が失われると世界はその分、縮むのだ。可能性があるとすれば、答えは一つしかない。

「誰かが魔法を使うと言う事か?」

「ベルガー家の魔法、『リンカー』が未だに残っている。術式も知識も持っている一流の魔法使いを容易く増やせる厄介な魔法だ」

 俺は嫌な予感がして言う。

「子供を魔法喰いにして、魔法使いを減らす気か?」

「減らすのではない。リンカーにより産まれた魔法使いを根絶せねばならない」

 一人の魔法使いから『リンカー』によって生まれる新たな魔法使いは、一人ではない。

「一人の子供にそれを背負わせるのか?」

「協力者は居るだろうが、殺さずに済ます方法を持つのはお前達の子だけになる。パルネアはローズの生まれ育った国だ。殺すよりは穏便だと考えるだろう」

「何でも知っているのだな……」

「お前の人生を産まれた時から夢で見続けている。考える事しか出来ないからな。いつも考えていた。それに私には世界を救うと言う使命がある。他の者達も同じだろう」

「そんな生き方でいいのか?」

「海の住人は、地上の人間程に人権や個性を重視しない。我々は異種族だ。だから考え方が違う」

 そうなのか。俺にはよく分からない。男はにやっと笑った。

「セイレーンは卵で産まれる。しかも孵るまで晒された海の温度で性別が変わる。低いと女に高いと男に。それ程に私とお前は違うのだ」

 ふと疑問に思って聞く。

「おい……貴様、どうやって生まれて来たのだ」

 アイリス母さんは卵など産まない。

「セイレーンは厳密には両性具有だ。だから性別が揺らぐ。自分のみで子を残す事が可能だ」

 ローズが持つ異世界人の記憶以上に、種族として隔たりのある何かを俺は体内に飼っていた事になるらしい。似た形をしているが、目の前の男が少し恐ろしくなった。

 しかし憑りついた魚人を引きはがす事はできない。子にも魚人が憑りつき、更にローズの魔法喰いを継承せねばならない。これが現状だ。決定事項で拒否権は無い。だったら、さっさと終わらせるべきだろう。

「……魔法喰いの継承とは、どうすればいいのだ」

「お前が術式に触れて解き、それを子に誘導すればいい。望めば出来る」

 そう言いながら、男が指さす。

 見れば、魔法喰いが小高い丘の上に見える。途端、俺は丘へと登る坂道に立っていた。男はもう居ない。

「望めば出来ると言われても、俺は望んでいないのだぞ」

 返事はない。仕方ないので歩いて丘の上まで行き、魔法喰いに触れる。すると異能が勝手に指先から出て、細い紐の様な物が出てきた。術式が解け始めたらしい。いきなりの事に驚きながらも、紐の先端を持って周囲を見回せば、彼方に光っている場所がある。他には何も無いから、紐を握りしめて光へと走る。

 どれくらい走っただろうか。やがて手の中の紐が勝手に動き、光の中へと吸い込まれて行く。

 立ち止まり、手を離して紐が吸い込まれて行くのを見守る。やがて紐は複雑に絡み合い、寸分たがわぬ魔法喰いの木となった。 

「これでいいのか?」

 やはり返事はない。しかし間違っているとは思えなかった。役目は終わったと言わんばかりに意識が浮上する。

「ジル……起きて、ジル!」

 目の前には、不安そうなローズが見えた。俺を揺さぶって起こしていたらしい。慌てた様子のローズを落ち着かせる為に、起き上がって抱きしめる。

「魔法喰いの事か?」

 驚いた様子でローズは俺を見上げる。

「長い話をせねばならない。俺も混乱しているから少し時間をくれないか?」

 ローズは重大な事が起こったと理解したのか、真剣な表情になった。 

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