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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
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八大貴族の末裔

 館に帰ると、様子がおかしかった。

 使用人達が倒れていたのだ。マクシミリアンも倒れていて、慌てて駆け寄って抱き起す。 別に怪我をしているとかではなく、眠っているだけに見える。

「寝てる?」

 馬車で送ってくれたパーシヴァルはもう居ない。マクシミリアンが居るから、玄関で入るのを見届けて去っている。何でこんな事になっているのかと思ったら、途端に意識が暗転した。

 最初の誘拐は、ミラとその親衛隊だった。……酷かったがラシッドが助けてくれた。二度目は誘拐ではなくて未遂。オリバー・ヘイズはうっかり私に触れて魔法を失い、ジルムートに捕まった。三度目なんて聞いていない。本当にやめて欲しい。

 まだ朦朧とする意識の中で、そんな事を考えていると、波の音と揺れる感覚が体に伝わってくる。

 これってもしかして船の中?気持ち悪い。つわり中に船の揺れは堪える。やめて。吐きそう。

「目は覚めた?」

 冷たい水で絞った手ぬぐいで顔や首筋を拭われて、私はその相手を見た。

「エルザ?……エルザ・ボーンズ?」

「そうよ。久しぶりね。ローズ」

 エルザは、私と同じ年齢で同期の侍女だ。研修から一緒だった。大人しくていつも一歩引いている所のある子だった。そんな事を思い出しつつ動こうとしたが、手足は動かなかった。ロープで拘束されていたからだ。縄が食い込んで痛い。

「これ、解いて下さい。気持ち悪くて吐きそう」

「もう船酔い?」

「木桶をこっちにお願い!早く」

 私の必死さが伝わったのか、口元に木桶を当てられて、私は胃のせりあがる感覚に身を任せた。

「本当に船に弱いのね」

「城の侍女としてセレニー様に付いて来ました。船なんて乗りません」

 私の言葉に肩をすくめ、木桶の汚物を片づける為にエルザは出て行った。

 今回の使節団にエルザが含まれていて、何故か私は誘拐されて船に乗せられていると言う事らしい。しかし、何故エルザが?私は、縛られた状態で木箱を背に座っている。気持ち悪いし、動けない。船の中だし……。一体、私が何をしたと言うのか。そんな事考えた所で現状は変わらない。とにかく周囲を見回す。船の船倉で、テーブルすらない。荷物と一緒に放り込まれているのは分かる。

「ごめんね」

 ふとお腹に居る子供に謝っていた。

 セレニー様やジルムート優先で、少しも大事にしてやれていない。妊娠して嬉しかった筈なのに、困ると言ってしまった。一緒に事件に巻き込まれて、この子も楽しくないに決まっている。本当なら生まれて来る事を私達に喜ばれるべきなのに。母親の私は仕事ばかり考えて、優しくなかった。……お腹を撫でたいのに、手が自由にならない。情けない気分で自分の腹を見下ろして項垂れる。

 そこで扉が開いて、エルザが戻って来た。続いて、思いがけない人物が入って来て目を丸くする。

「オリバー・ヘイズ……」

 エルザの後から入って来たのは、牢の囚人だったオリバーだったのだ。

「驚いてもらえたか?ローズ・メイヤー」

 オリバーはニヤっと笑うと、私から少し離れた場所にある椅子に座った。

「答えてもらおうか」

 オリバーは言った。

「魔法を使えない様にするのは、ジルムートじゃなくてお前か?」

 黙っていると、オリバーはエルザの方を向いた。

「エルザは養子に出されて行方知れずになっていた元八大貴族、カフカ家の嫡子だ。俺が見つけて魔法を教え込んだ。……それがお前を誘拐した途端、魔法が全く使えなくなった」 

 エルザが私に触れたなら、間違いなくそうなるだろう。

「答えろ」

 誤魔化しは一切許さないと言う短い命令に、私は正直に答える事にした。

「そうです。私は魔法適性を奪うだけの存在になっています。術式を作るのに失敗して、魔法適性を奪う術式が絶えず作動している状態になってしまいました。私に触れる魔法使いは全員只の人間になります」

 私の答えに、オリバーは苦り切った表情になった。

「そういう事か」

「どうやって、牢を出たのですか?」

 ポートの騎士がそう簡単に脱獄を許す訳がないのだ。

「パルネアの使節に、エルザとそれ以外にも魔法使いの協力者が居た。そいつらが助けてくれたって事だよ。お前は逃げるまでの人質」

 オリバーはそう言うとエルザを見た。

「見張っておけ。他の奴らに触らせるな」

「はい……」

 オリバーはそれだけ言うと部屋を出て行き、エルザだけが残った。

「どうしてこんな事に協力しているのですか?」

「分かるでしょう?……逆らえば殺される。見つけ出されて、魔法使いとして調教されている間、わたしがどんな目に遭っていたか、あなたには分からないでしょうね。私はカフカ家の出だと知っていたわ。親に養子に出された時に言われた通り、隠して生きていたのに……陛下はあいつらを呼んでしまった」

 シュルツ陛下が飢饉を防ぐ為に招集した者達は、権力と金を持った事で調べる事が可能になった。行方知れずの最後の一家、カフカ家の娘が何処に行ったのか。

 エルザは暗い表情で私を見つめる。

「ブスで冴えない侍女の私は、貰い手もないままだった。友達も居なかったし、助けてくれる人なんて居なかった。あなたみたいに守ってくれる親も居なかった」

 エルザはあまり親しい人間を作っていなかったから、助けを求める相手も居なかったのだろう。それは分かるが……城で真面目に勤めていた侍女なのだから、相談する相手はいくらでも居た筈だ。

「もし八大貴族の末裔で、保護して欲しいって言っていたら、私は土地を豊かにする魔法を使う者としてシュルツ様に保護されるどころか、利用されていた筈だもの。他の八大貴族にも探される前に自分から見つかりに行くなんて嫌に決まっているでしょう?」

 ……そう言われてしまうと、隠し通して見つからないのが最善だったと言う気もする。しかし、誘拐の片棒を担ぐ程になっているなら、さすがに逃げるか保護された方が得策だったと思う。

「あなたが外国に行くと決まった時、凄く嬉しかった。もう二度と会わなくて済むって思って」

「私が、そんなに嫌いなのですか?」

「嫌い」

 エルザは憎しみも嫌悪も無く、ただ暗い表情のまま静かに言った。……感情を顕わにしないで言われる方が余程か怖い。ぞっとして身震いする。

「カーラ様の嫌がらせにも負けなかったし、ディア様にも可愛がられて、セレニー様にも信頼されて。一人で異国に行った癖に、異国の男性の中でも、とびきりの騎士と結婚して幸せに侍女を続けているなんて……私にはどうあがいても真似できない人生よ。そんなの知りたくなかったし、見たくなかった」

 関わりたくなかった相手に関わってしまった。こうなった以上、それはお互い様だ。

「お金で不自由のない暮らしはしていると思いますが、辛い事も悲しい事もあって、皆それでも生きて頑張っているからこそ、私も……」

「煩い!」

 小声だが強く言い切られて、私は口をつぐむ。

「誰だって辛い事はあるって言いたいのでしょう?そんな一般論、どうでもいいのよ。私は自分がどうすれば幸せになれるのかも分からない。それでどうやって頑張れって言うのよ」

 エルザの暗い目から涙が零れ落ちる。

「私には決断なんて出来ない。何が正しいのか、動かないでじっと見ていても分からないまま事態は終わって、気付けば新しい何かが起こっている。分からないまま時間だけが過ぎて行く。だから、ただ悪い事が起きない様にと必死で祈って静かに暮らしていたのに……。行動力が無いとか先が読めないとかって、そんなにいけない事なの?そんな人でも幸せになっている人はいるのに、何故私はその中に入れないの?」

「エルザ……」

 聞いていて辛い。こんな底なし闇みたいな絶望、私は知らない。エルザは、自分の過去が不幸だった事と今現在の最悪の状況を理解している。しかし、それをどうしたら変えられたのか、今も分からない事に絶望しているのだ。息を潜め、悪い事が起こらない事だけを祈っていたのに、最悪の事が起こってしまった。ただただ辛い。そんな風に見えた。

「うちの館の使用人を眠らせたのは、エルザなのですか?」

「そうよ。他の子達も手伝ってくれたけど」

「他の子達?」

「今回、シュルツ様の使節に随行しているメイドの中に、後三人、マテオの愛人がいるの。あまり強力な魔法は使えないけれど、一から魔法使いとしてマテオが仕込んだ子達なの」

 ……今、名前違わなかった?

「マテオ?」

 私が聞き返すと、エルザは納得した様子で言った。

「ああ、見た目はオリバーだものね。あの人はマテオ・ベルガー。ポートに行く前に用心で従弟のオリバーと見た目を交換していたの。ローズが魔法適性を奪ってしまったから、元に戻れない」

「嘘でしょう?」

「嘘じゃないわ。オリバーはただの馬鹿。子供の頃に馬車から落ちて前歯が欠けたそうよ。マテオは歯が綺麗に揃っていたのに、自分で折ったみたい。正体を知られない為よ」

 喧嘩をして歯を折ったと言うのは嘘で、オリバーがマテオの顔をした状態で前歯が欠けていたから言った、嘘の証言だったのだ。

「あいつはパルネアに残った侍女やメイド達にも手を出している。あいつの一番になれると信じて魔法を覚えた子が何人いたと思う?凄い数よ。……あいつは誰も愛さないのに、面白い様に引っかかって、誰も目を覚まさないまま使い捨てよ」

 シュルツ様にお金をもらっていたから、羽振りが良かったのだろう。しかし脱獄犯で誘拐までしている。全然明るい展望が無い。

「もう夜だから、明日の朝まで船は出ません。明日の朝になる前に、騎士団はここを発見するでしょう。このままではエルザも殺されてしまいます。……どうか、今のうちに城へ助けを呼びに行って。協力者になったなら、式典の恩赦もあるから、あなたの罪は消えると思います」

「消して欲しいのは私本人で、罪じゃない」

 エルザの目は暗い。焦げ茶色の瞳が底なし沼の様に見える。

「ポート騎士団は即断悪で有名だもの。自分で死ぬ勇気もない私を、生の苦しみから解放してくれる。私はそれを待っているだけなの」

 エルザは口数の少ない女だった。……今こうして沢山話をするのは、もう終わりだと思っているからなのだ。マテオは、エルザが消極的で私を逃がす様な行動をしない事も熟知しているのだろう。そして私の説得にも応じないと分かっているのだ。だから世話役としてここに置いている。

 ジルムートの言う通り、平気で嘘を吐くし、頭の回転も速い男だった様だ。

 逃げ出す事は無理だとしても、エルザを説得するのは諦めたくない。

「罪が消えれば、やり直せます。私に出来る事は協力させてもらいます。だから、死なないで」

「あなたが後味の悪い思いをしたくないから、死なせたくないのでしょう?そういう自分が気分よく過ごす為の人助けなんて偽善だわ」

 私はエルザを睨みつけた。何処まで悪く世界を見れば気が済むのか。そんな風に地獄の穴みたいな悪感情をずっと見ているから不幸になるのだ。

「そうかもね。でもそうやって誰かが救われて、その誰かが別の誰かを救う。そうして世界に善は拡がっていくのだとすれば、偽善も悪くないと思う」

「そんなご都合主義な話、ある訳ないでしょう」

「それでも、私はそうなるって信じる。あんたは自分と似た考えで悲しんでいる誰かに寄り添う事が出来るもの。生きていれば、そうやって誰かの為に救いになれる。寄り添ってくれる殿方に出会える可能性だってある」

「……そこまで楽観的になれない。私は自分の事だけで精一杯。もう疲れたの」

 エルザは、項垂れる。

「やっぱりローズの事は嫌い。私は誰かの為に出来る事なんていらない。救われたいのは私だったのに、誰も助けてくれなかった。だからそれも諦めた。それなのにローズが目の前に居るだけで、惨めになる。誰かの為になれない私は救われないし、人として失格だと言われている気分になるのよ」

 言われた言葉にカッとする。

「あんたに同じ生き方を強要した覚えなんて無いわよ。あんたが勝手に意識して劣等感の塊になっているだけじゃない。私がジルムートの妻になって幸せなだけだったと思うの?目の前で私を庇って死んだ人が居た。シュルツ様だって目の前で刺された。セレニー様共々、魔法燃料にもされかけた。そして今だって、こんな場所に連れて来られて縛られたまま。……こんな事が続いている私が、安穏と暮らしていると本気で考えているの?」

 エルザが怯えた様に私を見る。

「ポートの騎士がとびきりの騎士?本気で言っているの?ポートの騎士は序列で強さが毎年調べられるから、強さへのこだわりがとても強いの。人も平気で殺すし、何もしていない国民ですら恐れる程に怖いのよ。だからディア様もモイナも大変な目に遭ったの。それも知っているでしょう?アネイラは知らずにルミカと付き合った末に別れた。その後、ポート騎士の夫は嫌だとはっきり言ったわ。その苛烈な生き方についていけないからよ」

「アネイラ、生きているの?」

 うわぁ……。思わず内心で呟く。エルザの中ではアネイラ死ん事になってるの?ひっど!

「生きているわ。あの子はルミカに捨てられて、パルネア城でトラブルを起こすお荷物扱いになってしまった。だからシュルツ様はポートにあの子を連れて来た。事実上の国外追放。しかもこちらに来る途中にルミカに懸想したメイドに髪の毛を切られてしまった。滅茶苦茶だった。それでもあの子は立ち直って……今は優しい旦那様と結婚して赤ちゃんも産まれたのよ」

「嘘よ。嘘……」

「そんな嘘ついて、私に何の得があるのよ。あの子はちゃんと生きてるわ」

 エルザは納得できないのか、何度も頭を振った。

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