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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
耳かきしたら、騎士に懐かれました
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ジルムート、ローズの秘密を知る

 ローズの事は、前々からおかしいと思う所があった。

 気が狂っていると言う話では無い。……耳かきの事になると、狂気じみているのは認めるが、そうじゃない何かをいつも感じていた。

 例えば、夜に図書館で本を読むと言う習慣だ。

 ランプの明かりで本を読むと言うのは、ランプを倒して本に引火する可能性があるので、原則禁止がどの国でも基本だ。

 ポートの図書館は、名ばかりの年老いた司書が居るだけで放置されていたし、女が本を読むと言う事自体、珍しい。

 侍女達は当然火気厳禁と言う事も分からないから、放置されていた訳だが、若い司書を雇った途端、ローズは夜の図書館から追い出された。

「希少な本が燃えたらどうするのですか!写本の無い物もあるんですよ!」

 司書の言葉にローズは首を傾げて、ようやく思い至った様に言った。

「……そうですよね」

 パルネアでは違うのかと思っていたが、ルミカの話ではパルネアでも図書館は火気厳禁だった。

「パルネアで図書館は使っていなかったのか?」

「使っていましたが、昼間だけだったので」

 俺はその言葉に、何となく引っ掛かりを感じていた。

 図書館が燃えれば、過失責任は重大で、かなり重い処罰を受ける。博識で本を読み漁っているローズが、それを知らない訳が無い。

 当時の環境が酷かったから、辛くてやってしまったのだと言う事で、俺もその時は納得した。

 次に気になったのは、一緒に住むようになってからの習慣だ。ローズは必ず帰って来ると水で手を洗い、口を漱ぐ。

「病気にならないおまじないです」

 ローズはそう言っていたが、そんなまじないは聞いた事が無い。確かにローズは丈夫で、城で風邪が流行しても風邪を引かなかった。

「それは、パルネア式なのか?」

「違います。私だけのおまじないです。やってみると案外効果ありますよ」

 なんて笑っていた。

 それから二年も後になって、城の医者が手や口を介して病気はやって来るから、手を洗って口を漱ぐ事を推奨すると言う話があって、城でも広げようと言う事になった。

 今では侍女達も当たり前にやっているが、ローズはうんと前からやっていた。

 クザートにその疑問をぶつけると、

「耳かきそのものが、不思議だしなぁ。あの子は何かが違うんだろう。……俺は、掘り下げるつもりはないけどね」

「どうしてですか?」

「あの子が、自分の意思で隠しているからだよ。暴いたら可哀そうじゃないか」

 ローズは自分の持っている何かを、表に出そうとしない。それは確かだ。ただ、よく観察していると分かる。漏れている。

「言えない何かを抱えているのは、俺達も同じだろう?」

 拷問人形の家系。ローズは俺達がどんな訓練を受け、俺が城の地下でどんな事をしていたのか、知らない。

 それを言われると、言葉に詰まる。

「お前はローズちゃんを嫁にしないで妹にした。自分の過去に立ち入らせないのなら、お前も立ち入らないのが筋だ」

 クザートの言葉は正しい。

 しかし、考えれば考える程に疑問が残る。

 バンブーの原木は最近輸入される様になったが、ローズの言う通りの形状をしていた。

 原価の安いバンブーから耳かきを作ると、安価で丈夫だ。

 材料に苦心していた職人達は、すぐにこの素材に切り替えた。木や鼈甲から切り出すよりも、うんと楽に作れるそうだ。

 俺達の知らない事を、当たり前の様に知っている。俺にはそうとしか思えなかった。

 俺だって立ち入ってはいけないと思う。しかし全く違う誰かが俺と同じ様に気付いた時、ローズは大変な事に巻き込まれる気がしてならないのだ。

 そして今日の写真の話で、気持ちが固まった。もう、見逃す事は出来ないと思ったのだ。

 知っておかなければ守れない。そしてローズ自身に自覚を促して、隠させなければならない。

 だから、踏み込む決心をしたのだ。

 使用人達が仕事を終えて静かになった頃、部屋の扉からノックの音が聞こえた。

「ローズです」

「入ってくれ」

 ローズはひょっこりと扉から頭だけ出して、警戒した表情で俺を見る。

 俺は執務用の机の奥にある椅子に座っているので、ソファーを指さす。ローズはそろそろと入って来ると扉を閉めて、ソファーに座った。

 二人きりの場合一定の距離を取らないと、ローズは毛を逆立てた猫の様になるので、いつも距離を置いている。……二人きりの時に脅したり、泣かせたりしたせいだ。

 俺が全部悪いから、仕方ない。

「お話とは何でしょうか」

 何処から切り出せばいいのか。とにかく今日の事から話す事にする。

「写真の事なんだが」

「お母さん達が盛り上がっていましたね」

 あくまでシラを切るつもりなのか、無自覚なのか……とにかく言う。

「城から戻る前に、図書館で写真の事を口にしていたよな?」

「そうでしたっけ?」

「俺は聞いた」

 ローズが決まり悪そうにしている。

「あれは別の大陸で発明されて、最近ポートに入って来た輸入品だと母さん達が言っていた。……何故、知っているんだ」

「……たまたまです。お城で聞いただけです」

「誰に聞いた?」

「通りがかった時に誰かが話していただけです。立ち聞きはいけませんね。すいません」

 こうやって誤魔化して今までやって来たのだろうが……それが通じない相手が居ると、分からせてやらなければならない。

「聞いたのではなくて、知っていたのだろう?」

 ローズは動揺を覆い隠しつつ、首を横に振る。

「そんな事、ある訳ないじゃないですか」

「俺も兄上も気付いている。お前の知識は何かが違う。パルネア人とも違う」

 ローズは普通の表情を取り繕う事が出来ずに、顔を強張らせた。

「兄上は見ない振りをすると決めているみたいだが、俺はそれではいけないと思っている」

「何故ですか?」

「俺達はいい。それもローズだと思っているから。けれど、それを特殊な力だと考えて狙う様な奴らに気付かれたら、どうなる?」

「あ……」

 ローズは考えていなかったのか、思わず小さく声を上げた。

「ポートはパルネアと違い、穏やかな国では無い。守ってやりたいが、根本を知らなければ対策が取れない。……それにローズに自覚してもらう事が一番大事だ」

 俺はローズを見据える。

「お前は、何を知っているんだ」

 多分こんな事を聞く人間は、何処にも居なかった筈だ。実際のらりくらりと、上手くかわして生きていたのだから。

 ローズの正体を暴く。それは誰よりもローズを知っている存在になると言う事だ。

 傷つけるかも知れない。そう思いながらも、口実を見つけてしまったら止まらなかった。

 ローズは困った様に暫く視線を逸らし、考えた後で言った。

「秘密にして下さい。今まで誰にも言った事がないんです」

「分かった」

 クザートにも教えない。俺だけ……。

 背筋にゾクゾクとした快感が走った気がするが、喜んでいる訳では無い。断じて違う。

「私には、全く違う世界で生きていた記憶があるんです。物心付いた時には、当たり前の様に記憶がありました」

 ローズはぽつぽつと話し始めた。

 その世界は、ここよりも文明が発達していた事、子供の頃の記憶しか無いので、知っていても何故なのか、どんな仕組みなのか、詳しく説明できない事、理解されないと思っていたので黙っていた事。

「この世界はただ文明が未発達なだけで、前に生きていた世界と似ています。だから……つい」

 耳かきを作ってしまったのか……。

「バンブーや写真を知っていたのも、それが理由か?」

 ローズは小さく頷いた。

「手洗いの習慣も?」

「はい。前の世界では、学校で子供が教えられる習慣でした。これをしないと病気になると言われていました。しかしこの世界では誰もやらないので、ご飯を食べるのも怖かった時期があります」

 そんなに汚いか?

「それに口の中が気持ち悪くなっても、この世界には歯を磨く習慣がありません。だから口を漱ぎ、何とか我慢しています」

「歯を磨く?」

「口の中に入れても良い石鹸があったのです。それを馬用のブラシを凄く小さくしたみたいな物に付けて歯をこするんです。食事の後でそうすると、歯がツルツルしてすっきりします」

 どれだけ綺麗好きな世界なんだか……。耳の中、手、口の中、どこまでも綺麗にする。

 気持ち良いのは認めるが、そこまでしなくてもいいのではないかと思ってしまう。

「虫歯が殆ど無い世界だと知って納得しましたが、本当は歯ブラシも欲しいです」

「虫歯と言うのは、砂糖菓子ばかり食べている奴ら特有の贅沢病だろうに」

「あれは、人から人へうつるんです」

 感染する病だったのか?

「どうやって?」

「同じ食器を口に入れるとうつります。母親が子供と食器を共有する事があった場合、母親から子供にうつります。私の、前の世界の母が、そう言っていました」

「唾液か」

「そうだと思います」

 唾液に何が混ざっているのか分かる世界か……それは俺の想像を越えている。

「その違う世界の知識と言うのは、外に漏らさない方がいいな」

「隠しているつもりだったのですが……言われて気付きました。気を付けます」

 自覚してくれて何よりだ。何せ発想が違い過ぎる。理由を知らなければ、予言者扱いされてもおかしくない。

「言いたくなったら、俺に話せ。外に出しても大丈夫かどうか、判断は出来ると思う」

 俺が言うとローズが少し困った顔で言った。

「信じてくれるのですか?」

 弱々しいローズ。こんな顔は何年も見ていない。……あの大泣きさせてしまった日以来じゃなかろうか。

 ローズがこんな顔をするのは、俺の前だけかも知れない。

 そう考えた途端、全身が総毛立つ様な感覚がビリビリと走る。俺は必死に頭の中で呪文を唱えた。

「当たり前だ」

 耳かき、耳かき、耳かき、耳かき……。

「俺は、お前の兄だからな」

 口にして激しくダメージを受ける。いや、これでいいんだ。俺が決めた事だ。

 ローズはほっとした様子で笑った。

「良かった……ありがとうございます。ジル。あなたが兄で良かったと初めて思いました」

 兄……。

 お友達の方がマシだったと感じるのも、気のせいだ。そうだ。気のせい。

「こんな話、信じてくれないと思っていました」

 普通はそう考えるだろう。

 でも、俺はローズがどんな女か良く知っている。だから信じられる。

「俺は耳かきの偉大さを知っているからな」

 そう言うと、ローズは何か思いついた様に言った。

「耳かき、しましょうか?今日の御礼です」

 頭の中が真っ白になって、ぽかんとしてしまった。二度とやってくれないんじゃなかったのか?何年振り?

「お母さん達にしてもらっているから、もう私の耳かきなんて大した事無いでしょうが、私にはこれしかありませんから」

 何かが壊れそうだ。いや、壊れる。

 しかし断ると言う選択肢は俺の中には無かった。

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