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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
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二人の問題、周囲の問題

パーシヴァル・スライマン……序列十八席のスライマン家の次男。騎士位に復帰して家長となっている。出征後に見合いで結婚している。

「リンザに茶会を開かせて、ローズ様をうちの館に招待してしまうと、リンザに魔法使いの話をせねばなりません」

 それは避けたい。ラシッドも同じらしい。

「これは論外です。それでリンザが勤務していて、ローズ様がお休みの日か夜勤の日と言う事になります。そうするとお一人でうちに来られる事に、ジルムート様が難色を示されるでしょう」

 それは絶対にある。頷くとラシッドは続けた。

「しかし、今ローズ様とジルムート様の勤務が一緒だったり休みだったりする日はとても少ない。……それが今回の喧嘩の原因なのではありませんか?」

 詳しい事は言えない。しかし全く無関係でも無いのは事実だ。

「そうだとすれば、魔法の勉強なんて事でお二人で過ごす筈の時間を減らすのは不本意ですし、父上は間違いなく怒ります」

「どうしてですか?」

「ジルムート様の子供が居ないからですよ」

 ぎょっとしてから、首を捻る。……おかしくない?何でイルハムがうちに子供が居ない事で怒るの?

「うちの父上は、リヴァイアサンの騎士の存続だけを望んでオズマに逆らい、バウティ家のお三方を救った経緯があります。死ぬ前に見たいのですよ。子供を」

「はぁ……」

「とにかく、俺達は昔の騎士より結婚年齢が遅いのです。二十歳前後で親になるのが当たり前だった世代からすれば、俺の年齢で子供が居ないなんてありえないのです。俺より年上のジルムート様に子供が居ないのも我慢ならないみたいです」

 急に行くのが不安になってきた。何を言われるか分からない。

「エゴールとガルゴは何処に居るのですか?」

「エゴールとガルゴは、王立研究所のグルニア研究者達の手伝いをしています。王立研究所で寝起きしているので、事実上の座敷牢送りです。あいつらは、余程の事情が無い限り、王立研究所で一生を終える事になります。話を聞きに行けば、間違いなく研究者達に囲まれてになります」

 ラシッドはため息をついてから言った。

「研究者の無神経さと好奇心と言うのは、危険です。研究者達は唐突に研究対象を変更します。あなたの魔法喰いに興味を持って、研究対象にしたいと言う研究者が現れたら困るのですよ」

「調べてもらってはいけないのですか?その方がいいのではありませんか?」

「研究者と言うのはしつこいので、別の研究テーマを見つけるか死なない限り、ローズ様に付きまとう事になると思います。それはアリ先生に子供の頃から研究対象にされている俺が言うのですから信じて下さい」

 想像して背筋がぞぞっとする。ストーカーだったラシッドが辟易する程の張り付き。絶対に嫌だ。

「とりあえず、今はエゴールとガルゴに会うのを諦めて下さい」

「はい……」

 レフしか頼りに出来ないらしい。

 結局どうなったかと言うと、ジルムートと一緒に行くと、夫婦揃って説教されてジルムートが怒り出す可能性が高いと言う事になった。イルハムは心臓が悪く、あまり興奮させてはいけないらしい。ジルムートと諍いになって死んでは困る。

 それで、私がパーシヴァルを伴って、ラシッドもリンザも居ない時間に行くと言う話になった。イルハムにとって、スライマン家は格上の家に当たるバウティ家の従家だ。グリニス家の従家ではないので、主家の嫁である私を守っている事は従家として当たり前の行動で、パーシヴァルは堂々とイルハムを諫める事が出来ると言うのだ。

「父上は引退した身です。そこは弁えています。それにリヴァイアサンの騎士だからと言う理由で威張っては騎士団が成り立たない事を実際に経験して理解しています」

 オズマの事か……。

「それで、ジルにはどう話せばいいですか?」

 前に隠し事をして大変な事になった経験がある。……本当に死ぬかと思った。暴れだす猛獣を抑え込む様な真似、二度と出来るとは思えない。

「俺とパーシーに任せてください。ジルムート様が話を聞かなかったから、ローズ様がこちらに相談に来たと言えば、ジルムート様も反論できませんから」

 それは確かにそうかも知れない。ちょっとジルムートを傷つけそうだが仕方ない。本人が聞いてくれなかったのは事実だ。

「それで魔法喰いの事以外で、何があるのですか?」

 ギクっとして背筋を伸ばす。

「話して頂けるなら、俺もパーシーもあなたの味方ですよ」

 尋問のプロは、私の愚かな行動を忘れてくれないらしい。私は情けない気持ちのまま、隠しきれないと判断して話をする事にした。本質の部分だけを話すなら、恥ずかしい事を自白しないで済むとさっき気付いたのだ。

「本当の事を言えば、私にも話を聞いたところで解決するか分からないのです」

「は?」

 ぽかんとしているラシッドに私は言った。

「私は他人の魔法適性を奪えるのに、私自身の魔法適性を消す事が出来ません」

 私は必死に今の自分について説明した。魔法喰いに魔法燃料を取られているから、魔法燃料も無いし他の魔法も一切使えないのに、魔法使いのままであると言う現実についてだ。

「それで何が困るのですか?」

「私が魔法使いである限り……ジルは私が消滅する事を恐れ続けます」

 そう言った途端、ラシッドもパーシヴァルも顔を強張らせた。出征組である二人は実際に見て知っているのだ。

「私は誰かに魔法適性を奪ってもらう事が出来ません。リヴァイアサンの騎士であるジルムートと魔法使いである私が夫婦であると言う事は、ずっとこの問題が付きまといます」

「ジルムート様は帰国してから、それをずっと気に病んでいたと言う事ですか?」

 ラシッドの言葉に私は頷く。

「ジルムートは自分の血が私の体内に入って消滅する事を酷く恐れています。私は実際に見ていませんが、ラシッド様の血の数滴で、大窯が消えた話は聞いています」

「本当に驚きますよ。跡形も無く消えますから」

 ラシッドの言葉に、私は力なく言う。

「つまり、私も同じ状態になる可能性があると言う事ですよね」

 ラシッドもパーシヴァルも言葉を失う。

「本当にそうなるのかどうか、実感が私にはありません。だからジルムートの気持ちに寄り添う事が出来ないのです。どうして消えてしまうのか。その理由が分かるなら知りたい。その為には魔法の知識が必要だって思っただけなのです。知った所で、欲しい答えに辿り着けない可能性の方が高いのは分かっています。しかし、そうせずには居られなかったのです」

 恐怖に顔を強張らせ、私が消えていない事を確認したジルムートは、あれ以来私に触れようとしない。頭で分かっていても怖いのだろう。私が俯くと、ラシッドのため息が聞こえた。

「そうですか。俺も改めて言われるまで、ローズ様が魔法使いである事を深く考えていませんでした。俺から見れば、出征前も今もローズ様は変わっている様に見えませんので。しかし、確かにジルムート様は夫ですから気になりますよね」

 人の事と言うのは、情報を与えられていても分からない事が案外あるもので、親しくても言わなければ分かってもらえない事も多いのだ。今回の事は、私もジルムートも他者に言った事の無い事情だから、言わなければ分からなくて当然なのだ。

「そういう話なら、俺も協力します」

 ラシッドがそう言ってくれて、ジルムートをどう丸め込んだのか分からないが、私はラシッドの館にパーシヴァルと一緒に都合が合えば行ける事になった。てっきり叱られると思っていたのに、ジルムートはその事に関して全く話をしてこない。私から話を振って叱られるのも嫌なので、結局そのままになっている。

 そして休日である今日、パーシヴァルを伴ってラシッドの館に来たのだが、早速イルハムに出くわす事になった。

「また来たのかね。あんたはこんな所で魔法の話なんかしていないで、出仕も辞めて子供を作る事に専念すべきだと思うのだが」

「式典準備で忙しいのに、私が抜けるのはあり得ません。リンザもですよ」

「では、式典が終わったら侍女は辞める事だ。若い女の方が目の保養になる」

 むっとして黙ると、イルハムは続けた。

「あんたはポートでは立派なおばさんだよ。パルネアでは三十近い女も娘扱いなのかね」

「だったら、おばさんで結構です。でも、ジルがおばさんの私でも良いと言ってくれているし、出仕も認めてくれているのですからいいんです」

 イルハムは、ラシッドの父親なだけあって言い辛い事をズケズケと言うおじさんだった。五十歳になったばかりという事で、お爺さんと言うには若すぎる感じがした。心臓が悪いとは思えない様な筋肉質な体で、確かにラシッドによく似ている。しかし、ラシッドに比べて目尻と眉間に深い皺があって、年齢相応の見た目にはなっている。

「ローズ様、レフを待たせています。参りましょう。……イルハム様、失礼します」

 パーシヴァルがそう言うと、イルハムは黙って通してくれた。従家の騎士が目的を果たさせる為に主家の嫁に付き従っている。それを妨害するのは、ポート騎士として良くない行いなのでやらない。イルハムはその辺り、退役しても騎士なのでちゃんとしている。パーシヴァルには悪いが付いてきてもらって本当に助かっている。

 ラシッドと同じ顔をして、旧時代的な事を言葉を選ばずに言う。今日はおばさん扱いだった。年を取ると女の魅力は減る。それは一般常識で理解しているつもりだが、改めて言われると辛い。

「おばさん……」

 歩きながら呟くと、パーシヴァルが苦笑する。

「イルハム様は、わざと傷つく言葉を選んでローズ様の心を折りにかかっています。拷問人形のやり方ですから気にする事はありませんよ」

 拷問人形の方法で私の精神を傷つけようとするなんて、明らかに私は犯罪者扱いされている事になる。罪状は「子供産まない罪」だろうか。最悪だ。

 私の不機嫌そうな顔を見て、パーシヴァルは苦笑する。

「ローズ様は十分にお綺麗ですよ」

 ……おばさんなのは否定しないのね。とちょっと思う。しかし否定してお世辞を言われても嘘臭いから嫌だとも思う。面倒くさい自分に、ちょっと辟易する。

「あれでも他の退役した騎士達に比べれば、若い騎士に理解のある方です。俺が騎士位にスライマン家を復活させた時にも、凄く喜んでくださいました」

「そうなんですね」

「ローズ様がお子様を生まれたら、自分の孫みたいに喜びますよ。あの方はそう言う方です」

「そんな親戚のおじさんみたいな人、いきなり現れても困ります」

 パーシヴァルは笑う。

「バウティ家の大奥様方は、共同生活されている上にお仕事もされていて、ローズ様やディア殿の生き方に口出しなさいませんから、鬱陶しいかも知れませんね。でも、大奥様方が特別なのであって、普通はイルハム様以上に口うるさいものです」

 騎士家の大奥様と言うのは、マルネーナさんみたいな義母が普通なのだそうだ。一夫一妻の軟禁状態のまま年を重ね、一人ぼっちをこじらせて偏屈になってしまっている事が多く、そういう奥様方の交流の場として、お母さん達の耳かきサロンは繁盛しているのだ。

 魔法の話をしている時はパーシヴァルが一緒なのでイルハムは同席しない事になった。パーシヴァルがイルハムの同席を丁寧に断ったのだ。バウティ家の事で、グリニス家には関係の無い話なのでと。従家がそれを言っていいのかと不安になったが、イルハムはあっさりと承諾した。どうやら、オズマの影響らしい。従家を片っ端から蔑ろにして騎士位をはく奪しまくった過去を実際にスライマン家は経験している。それを見ていながら止められなかった事がイルハムにとっては後ろめたい事の様だ。

 前回、初めて来た際にイルハムと挨拶がてら話をしていたら、物凄く絡まれて時間切れになってしまった。それでレフとは話が出来なかった。前回色々と言われたものの、パーシヴァルが間に入って色々と取り計らってくれたので、今回から邪魔無く本題に入れる。そう考えて初対面でイルハムに言われた失礼な言葉の数々は忘れる事にした。

 待っていたレフはお仕着せを着て私達を出迎えると、使用人らしく礼をした。

「お待ちしておりました。わざわざお運び頂き、ありがとうございます」

 誘拐犯の中にレフは居なかった。先に捕まっていたからだ。それで王立研究所送りを免れたらしい。牢に入っている頃は、かなり反抗的だったと聞いているが今はそんな風に見えない。

 元軍人は、慣れた手付きでお茶を淹れて出してくれた。こんな事やった事なかっただろうに。頑張ったのだと思う。異国に辿り着き、使用人になるなんてこの人の人生も波瀾万丈だ。

「おいしいです」

「お世辞でも、城の王妃付き侍女に言っていただけると嬉しいです」

「いいえ、お世辞ではありません。よく励まれているのですね」

 レフは照れたように笑った。改めて見てレフはとても若い。聞いてみれば、二十二歳になったばかりだと言う。

「ラシッド様に一足先に捕まった事で誘拐犯から除外され、俺だけが罪を軽減されました。それでこの館で働けるようになりました。ポートの戸籍も頂き、お給料も頂戴しています。そもそも俺を助ける為にエゴール様もガルゴも城に入り込んで罪を犯しただけに、最初は息の詰まる思いをしました」

 選民思想が無ければ、根の真っ直ぐな良い青年の様だ。エゴール達が王立研究所に居る限り、一人でどこかに逃亡する事も考えられない。ラシッドはそう考えて使用人として引き取ったらしいが、間違いなさそうだ。

「ラシッド様から知っている事をすべて話す様にとの指示を受けております。何なりとお聞きください。出来得る限り、お答えさせて頂きます」

「お願いします」

 こうして、私はレフから魔法についてグルニアの知識を得る事になった。

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