表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
144/164

ジルムートの忙しい日

「クザートの心の傷は深い」

 アリ先生はため息交じりに言った。

「肺病を患い、お前に命を救われた。それで存在意義を見失っていた時期が傷になっているのだ。お前に対して異常に過保護な部分があるのはそのせいだ」

 痩せてしまい、成人も遅れた時期のクザート。ぼんやりと外を見ている姿は今も鮮明に思い出せる。……当時の俺の方が酷い境遇だったとクザートは言い張るだろうが、比べる問題ではない。辛いものは辛い。苦しいものは苦しいのだ。

「ディアさんは、お前と同じ黒髪で生年月日も同じだ。運命の様な物を感じたのだろうな。実際、周囲から見ても似合いの二人で、内示の事を知らない者達は二人の気持ちを察して、二国の友好の為にも結婚すればいいと思っていた様だ。それを見て焦ったのだろうな。シュルツ陛下……当時の殿下から、ディアさんに皇太子妃の内示があるとルイネス様に話があったそうだ。そうなってしまっては、ルイネス様はクザートに事実を伝え、止めねばならない。この事が原因で、クザートは取り返しの付かない行動を起こし、自分もディアさんも傷つける事になった」

 アリ先生は俺の方を見て、鷲鼻の上の眼鏡をくいっと中指で押し上げた。

「ディアさんの事が絡むと上手く立ち回れなくなるのは、自信が揺らぐからだ。これからもそこは変わらないだろう」

 ディアの事が絡むと判断や行動がおかしくなるクザートについて、リヴァイアサンの騎士の専門家であるアリ先生に相談した事はルミカしか知らない。クザートの心理を、どうしても理解したかったのだ。

「ルイネス様からは、クザートが早死にするかも知れないと相談を受けていた。一国の王がどうにもできなかった問題だ。黙って見守る事しかできなかった。折角会えたのだから、自分に正直になるように忠告はしたが……惚れた女に見栄を張るのは男の甲斐性だ。しかもクザートは頼られる事で自信を付けているから、人を頼りたがらない。今回は異能を垂れ流す前にローズさんに相談しただけ進歩だったと思うよ」

 弟である俺は、クザートを頼る事を当然だと思っていた。俺ではなくローズに相談したのは、その影響もあったのだろうか。

「今後はお前がクザートを支えてやる事だ。リヴァイアサンの騎士の過去の平均寿命を考えるなら、退役させてやっても良かったと思うよ」

「俺にも騎士団にも、まだ兄上が必要です」

「己をすり減らす様にクザートが異能を使っていたのは、お前も知っていた筈だ」

 アリ先生が刺す様な視線を俺に向ける。ポーリアの犯罪者を狩る為に、異能を使っているのは殆どがクザートだった。俺の異能に匹敵するだけの強さを持ち、制御の上手いクザートに全てを任せっきりにしたのは俺の責任だ。

「クザートは肺をやっている。問題が出てからでは遅い。実働は減らすべきだ」

「……分かりました」

 四十歳で退役してディアに会いに行く。……もし自分の寿命を考えてそう計画していたなら、先など考えないに決まっている。そのまま死ぬつもりだったのだろう。しかし今は状況が違う。クザートはやっと自分の幸福を見つけて手に入れた。死ぬのはもっと先だ。

「それで研究室にきたのはクザートの事だけでなく、ローズさんの事か」

「はい。魔法喰いになってしまってから、色々と不便がありまして」

 ウィニアと勤務をずらすなど、ローズはかなり周囲に気を使って勤務をするようになった。うっかり人の魔法適性を奪ってしまう事になりかねない自分を持て余しているのだ。

 今現在、クルルス様の瞳の色が変わってしまった事で城は騒然としている。クルルス様は、その内慣れると言っているが、今は誰しもクルルス様を二度見する状態だ。ローズはその原因が自分である為、気が気ではないのだ。

「私はリヴァイアサンの騎士が専門で、魔法は専門外だ。ハザク様も、調べるにはご自分では力不足だとおっしゃっていた。もう一度エドワス殿をポートに呼ぶしかないと思う」

 ローズは、エドワスを再度ポートに呼ぶことに消極的だ。何度も長旅をさせたくないのだ。手紙で呼べば、パルネアに情報が漏れる可能性もある。それも考えると俺も消極的になってしまう。便利だと判断されて、また魔法使いを押し付けられては困るのだ。

 アリ先生はため息を吐く。

「それで、私に何を聞きたいのだ」

「魔法喰いをナジームの異能で砕く事が可能かどうか、お聞きしたかったのです」

「出来ない」

 アリ先生は即答した。

「アレクセイの場合、この世界に物質として存在するしこりを破壊した。どこに存在するのか分からない魔法術式を壊すなど無理だよ」

「そうですか……」

「ローズさんを誘拐しようとした男。魔法に詳しいのだから、その男に訊く方がいいのではないかね」

 思わず顔をしかめる。

「そんな顔も出来るようになったのも、ローズさんのお陰だ。今回の式典で恩赦も出るだろうし、その男はどっちみち死罪にできないだろう。だったらローズさんの為に利用すればいいではないか」

「とても難しい相手なのです」

 アリ先生なら理解出来るので、続ける。

「オリバー・ヘイズは多分、異常人格者です」

 以前、何人か見た事があるのだ。人懐こく、罪悪感が無い、そして人も死も全く恐れない。そう言う特徴を持つ犯罪者は、他者に毒の様に犯罪を拡散させる。どうしてそうなるのか分からない。ただ、死ななくても良い筈の人間が死ぬ事になり、普通の人間が犯罪者に堕ちていく。

 俺の異能の力加減によっては頭を吹っ飛ばす事だって可能だった訳だが、オリバーはそれを体感で分かっているのに恐れることがない。ゲイリーに殺される事も示唆したが、軽く流された。誘拐する筈だったローズに親しく話しかけ、罪悪感を持っていなかった。危険な兆候を俺は感じた。

「シュルツ陛下が手に負えず、パルネアから出したのも納得の人間と言う事か」

「はい」

「魔法が使えなくなっているのにお前がそこまで警戒するとは、他にも何かあるのか?」

「まだ調べている最中なのではっきりとは言えないのですが……協力者も居るので、俺の予測の裏付けは早くできるかと思います。予想が当たっていても、本当は困るのですがね」

「この歴史的な式典の時期に、厄介な者が入り込んだものだな」

「本当にそう思います」

 それから、アリ先生の研究室を退出して研究所を出る。厩まで歩く途中、最近よく見るパルネア人が立っていた。ポート人の中でパルネア人は目立つと言うのに、まるで空気の様だ。暗殺者と言う稼業のせいだろう。ゲイリー・ダルシアだ。

 ゲイリーがポーリアに式典まで留まっていて、協力をすると申し出てきている。マテオがセレニー様に危害を加えた事が、ゲイリーの気持ちを更に変化させていた。セレニー様はゲイリーの中ではパルネアの王族と言う扱いだ。それ故に、影としての誇りを傷つけられたらしい。

「ジルムート・バウティ、お前の話が事実だとすれば、生かしておくのは危険だ。裏付けが取れ次第、必ず連絡を入れる」

 ゲイリーはパルネア人だが強靭な体を持ち、武芸でも秀でている事が分かる。俺でも、異能の助けが無ければ五分五分だろう。あちらの獲物はダガーだ。毒が塗ってあり、投擲される事も予想が付く。はたき落とせば毒を食らう。避けきれなくても同じだ。魔法使いと言う特殊な相手でなければ、ゲイリー一人でカタは付いていただろう。

「パルネアの騎士はお前程強くないが、一人で鍛えているのか?」

「暴力的過ぎる力を大勢が持てば、強い統率を必要とする。それが転ずれば、軍事国になってもおかしくない。……一人の暗殺者を犬の様に飼いならすのであれば、その様な事にはならない」

 ゲイリーの一族は、一子相伝で親から子へ技能を与えるらしい。そうして武芸の技を磨き、王に仕えて来た一族なのだとか。

「パルネア王の選択か」

「そういう事だ。外敵はポートが撃退するから、軍事力は要らなかった。……これからはそうも行かなくなりそうだがな」

 グルニアも統治するとなれば、騎士の数を増やし軍事力を上げる事になる。しかしそれ程の予算が取れる程、パルネアは回復していない。

「お前は魔法を使えるのか?」

「使えない」

 俺の顔を見て、ゲイリーは不服そうに言った。

「俺が魔法に対して無力だと言いたいのか」

「侮っている訳ではない。気を悪くしたなら謝罪する」

 俺の異能だって、魔法使い対策としては不十分だった。城でもマテオに止めが刺せず、体術を使う事になった。

「俺は魔法は使わないが、魔法使いだ」

 ゲイリーは服をめくりあげて腕を見せる。そこには何かが刻まれている。

「ジュマ族の加護と同じものか?」

「あれは消せるが、これは入れ墨だから消せない」

 ゲイリーは続ける。

「ジュマ族が加護を消せる様にしているのは、いつかパルネアで許されて平地へ移住出来る可能性があったからだ。体に入れ墨を入れてしまえば、永遠に加護は続く。魔法燃料が体内にある限り」

「お前はそれで己に魔法をかけ続けていると言う事か?」

「そうだ。これが王家の影になる者の宿命だ」

「何故教えたのだ?」

「お前が、俺の誇りを認めたからだ。……俺の理屈を理解する者は、俺しか居なかった。それを理解したお前には、知る権利があると思っただけの話だ」

 俺には異能者の仲間が居るし、大勢の騎士と共に同じ考え方で騎士団に在籍している。しかしゲイリーは一人だ。自分と共感できる気持ちを持つ者の存在そのものを期待していなかったのだろう。……不器用な奴だと思う。この程度の事をばらしても簡単に殺されないと言う自信もあるのだろうが、自分の手の内をあえて晒し、共感に対する感謝を伝えようとしているのだ。

「クルルス様は、お前の主と仲が良い。このまま共闘できる事を俺は望む」

 また意外そうな顔をして、ゲイリーは視線を逸らした。そして、ふいっと消えてしまった。どうやったのか分からなかった。

 王を裏切らない暗殺者。その実態は孤独なのかも知れない。周囲に恐れられ、その存在そのものを闇に隠す様に生きている。いくらでも冷酷になれるし、人からの厳しい言葉にも慣れているのだろう。しかし自分を認められる事に関しては、あまりに免疫が無い。年齢的にはローズと変わらないくらいだろうか。子供の様な反応は見た目に不釣り合いだが、それだけ肯定されずに生きて来た事を感じる。ゲイリーの様に最初から虐げられるのを当たり前だと思ったまま大人になるのは、どうかと思う。シュルツ陛下がゲイリーの命を惜しむ理由が不幸なまま使い捨てにしたくなかったのだとすれば納得だ。……だからと言って、俺やローズはどうなっても良いと言うものでもないのだが。

 俺はその足で、ランバートの館へ向かった。……ウィニアの縁談を正式にまとめる事にしたからだ。

 アレクセイは未だに目覚めず、ローズはアレクセイに触れて魔法適性を奪う事はしたくないと言う。アレクセイの秘密を知っていて、世話の出来る成人女性はウィニアだけになった。そこでゾーヤは死亡したと発表し、ウィニアをナジームの婚約者として正式に発表する事にしたのだ。今から婚約し半年後に結婚する事にすれば、ルイネス様の喪も明けた後になるので丁度良いと判断した。

 絶望的な病状のゾーヤの元へ献身的に通っていたウィニアが、代わりにナジームの婚約者になるだろうと言う空気は城で出来上がりつつある。ただ、地位としては序列四席の妻と言う立場を羨む侍女が存在し、それだけが唯一の難点と言える。

 ローズから話はウィニアにしてもらった。ウィニアは結婚すると言うよりも、アレクセイの世話係としてナジームの館に住み込むと言う気持ちでいる様だ。

「ローズ様がアレクセイ様のお世話を出来ない分、私、精一杯務めさせていただきます」

 必要とされている事がウィニアの自信になっているので、結婚を直視させる事は止めている。何せナジームと年が十五歳も離れている。ナジームとしても、成人した年に生まれた少女を嫁にすると言う事に戸惑いがある様だ。

「ゾーヤも申請上、十四歳と言う事になっていた」

「聞いていませんが!」

 あえて教えなかった。嫌がるのは分かっていたし。

「成人していたら、すぐに結婚と言う話になってしまうではないか」

 慶事はまとめて済ませるのがポート流だ。出征から戻ってすぐに男と結婚するよりは良かった筈だ。

「俺は幼女趣味の変態扱いだったのですか?何故、そんな事に」

「悪かった。しかし、ウィニアは若いがちゃんと成人した女で城の上層に勤めている。外国から来た人形の様な童女を愛でていると思われるよりも良かろうに」

「十八歳差が十五歳差になった所で、俺の評価は変わりませんよ……」

 ナジームは泣きそうな顔で何処かに行ってしまった。その数日後、ナジームも逃げ場がないと悟ったのか、婚約を了承した。元々結婚の話は伝えてあったのに、いざ婚約となったら数日与えなくてはならない辺り、ナジームらしいとも言える。

「ようこそおいで下さいました」

 ウィニアは俺が行くと館から出てきて出迎えてくれて、談話室まで案内してくれた。

 元々ウィニアの嫁ぎ先は俺が決めると言ってあった。ランバートはそれに応じて縁談先を探すのを止めていた。

「ナジーム・ランドル殿ですか。騎士団に在籍されている騎士の中では名門ですね」

 ランバートの言葉に、ウィニアも笑顔で応じる。

「ナジーム様は、花のお好きな優しい方で、私の話も色々と聞いて気にかけて下さっています」

「ウィニア、本当にいいのだね?」

 ランバートの言葉に、ウィニアは少しだけ泣きそうな顔をして頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ