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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
救世主の親になる
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オリバー・ヘイズの証言

「今もさ……殺されなきゃならない程、パルネアで疎まれていた理由が分からないんだ」

 話している目の前の茶髪の彼は、オリバーと言う。オリバー・ヘイズ。元八大貴族、ヘイズ家の嫡子。うちに魔法で変装してきた挙句、うっかり私に触れて魔法適性を失ってしまった人。

 年齢は私の一つ下。元々は、父親と一緒に地方で穀類の運搬業をしていたそうだ。ボロボロになっても、馬車を買い換えられないので魔法で修復していたそうだ。オリバーの馬車は十年以上現役で、奇跡の荷馬車と呼ばれたのだとか。

 シュルツ様に呼ばれて魔法を使う様になってから、オリバーは働くのをやめた。金に困らなくなったからだ。とにかく貧乏は嫌だった。お金はあればあるだけ便利だから、いらないとは思わない。権力は嫌な奴の言う事を聞かずに済む便利なものだ。流れに乗っておこうと思って、ポートまで来たそうだ。

 旅の途中、私を攫って来たら贅沢し放題だと思う反面、人妻の誘拐が怖くなって街道で止まっていたのだそうだ。そう思いつつも、もし攫ってきた奴を見つけたら、横取りする気もあったらしい。

 こういう……その時々の気分でぼんやりと判断して動く人と言うのは、意思の固まっている人よりもやる事の予想が難しいとジルムートは言っていたが、確かにそう思う。

「それで、どうしてポーリアに入ったのですか?」

「ポーリアに入った奴らが全員死んだってゲイリーから聞いて、マテオをパルネアへ帰ろうって誘いに行ったんだ」

 ジルムートが一晩でポーリア市内に居た元八大貴族の嫡子を殺し、その遺体を大使館へ送り付けた話は後から聞いた。ちなみにマテオ・ベルガーは、城に侵入したベルガー家の嫡子だ。

「でも、マテオは競争相手が減った。これで俺の天下だとか言い出して、セレニー様も攫ってしまえば、パルネアは俺のものだとか、やばいこと言い出したんだ」

「それは、確かに問題ですね」

「だろ?あいつ、俺の従弟なんだ。だから止めようとしたんだよ。そうしたら殴られて前歯折られたんだ。腹が立ったから、俺も折ってやったんだ。あいつ、顔が自慢で、女をたらしこんで貢がせていたから、ショックで元に戻ると思ったのに全然気にしなくて……魔法燃料の増幅剤、飲み過ぎておかしくなってたみたいなんだ」

「魔法燃料の増幅剤?」

 オリバーは言った。

「魔法燃料ってさ、血液と一緒に体の中を巡っている精神エネルギーの事なんだ。魔法使いって言うのは、この精神エネルギーを生み出し吸収する器官をもっているんだ。魔法燃料は、精神エネルギーだから、この世界の物質にくっついていないと感知できないんだ。だから血液と結びついていて、使うと血も一緒に減るから具合が悪くなるんだ」

 そんな仕組みだったんだ……。妙に納得していると、オリバーは続けた。

「でさ、増幅剤って言うのは、血中の魔法燃料の濃度を上げる為に、自分の作り出す魔法燃料の量を無理矢理増やす薬。でも血中の魔法燃料の濃度があがると、すげぇふわふわして体と意識が離れそうになるんだ。自分の魔法燃料で魔法を何度も使えるようになるけれど、あんまりやり過ぎると、意識が体から離れて死ぬ。それを防ぐ薬って言うのもあるんだけど、両方やり過ぎると、もうまともに物を考えるのは無理になる」

「完全におかしかったって事ですか?」

「そう。あいつ気が小さい癖に負けず嫌いでさ。ポーリア入った途端に、四人もいきなり殺されただろう?それで怖気づいている気持ちを薬で飛ばしたんだと思う」

 あの時のマテオは、確かにおかしな感じがした。

「マテオが支払いもしないで宿を出たから、宿の親父に俺が支払いをしなきゃならなくて……遅れてポーリアに入ったら事件が起きていたんだ。これはやばいと思って、とっさに別人に化けてその場から逃げたんだ」

 ジルムートの網に引っかからなかったのは、そのせいだったのだ。

「でも、ポーリアから出るには検閲を通らなくちゃならなくて、出られなくなった。……探しているのは俺で、名前だけでなく容姿まで伝わっていたからさ。身分証を別の名前で作ろうにもポーリアは不案内で、頼める伝手もなかったんだ」

「偽造は犯罪ですよ」

「城勤めだけあって、考え方が固いね」

 価値観の差は諦めて、話を続ける事にした。

「それで……どうしてリド様に化けたのですか?」

「リドには、何度も荷運びの依頼をされたから、顔見知りだったんだ」

 リドの実家は信頼の厚い貴族だった為、親や兄が、世話役として領地に残ったらしい。灌漑施設の建設手続きや、納税書類など、村の人間が面倒がる仕事を一手にひきうけているらしい。穀類の輸送もその一つで、リドが城で手配していて、それに利用していたのがオリバーの荷馬車だったのだ。

「じゃあ、たまたまですか?」

「うん。顔見知りだって知っていたら絶対に化けなかった。魔法で見た目は変えられるけれど、背までは変えられない。俺の方が背が低いのは分かっていたし。……それで、俺はどうなるんだ?」

 一緒に話を聞いていたジルムートは、初めて口を開いた。

「パルネアに戻れば、まず命はない。ゲイリーが殺しに来るだろう」

「え?マジで?あいつ味方じゃなかったの?」

「俺が今回の件でパルネアに抗議したのを全面的に受け入れた。見つかったら殺されるな」

「ひでぇ。俺もう終わってるじゃないか」

 オリバーは頭を抱える。

「必要以上にパルネア国王を強請る様な事をすれば、煙たがられて当たり前だって思わなかったのですか?」

 私がそう聞くと、オリバーは顔を上げて変な顔をした。

「もらえるものは、出来るだけもらっておきたいじゃないか。もらえなくなってから後悔するの嫌だし。あんたはそう思わないのか?」

「十分もらっていると聞きましたが」

「親父が住んでいたって言う、でかい館で遊んで暮らしたかったんだよ。額がそこまでじゃなかったんだ。権利だって、議会に出て発言する権利とかいらないんだよ。あんたの旦那みたいに人をどれだけ殺しても罪にならないみたいなのが良かったよ」

 ジルムートと顔を見合わせてため息を吐く。そもそも、不作で苦しんでいたパルネアから、どれだけ搾り取るつもりだったのやら。抜刀許可証は、騎士が罪人を処罰する権限の一部として与えられているものであって、気に食わない人間を無差別に殺す権利ではない。

「パルネアは、不作続きで今復興中です。そんなにお金に余裕なんてありませんよ」

「え?でもシュルツ陛下は良い物食ってたよ。魔法適性が高いから、グルニアの姫と結婚してグルニアの皇帝にもなったんだろう?俺達もかなり魔法使えて凄いのに、誰も分かってくれなくて飯も食え無い日もあった。それはおかしくないか?」

「おかしくありません。シュルツ様はパルネア国民の為に、政治や経済の事を真剣に考えていらっしゃいます。おいしい物を食べて、遊んでいた訳ではありません」

「そう言う面倒臭い事出来ないと、魔法使いでも良い暮らし出来ないって事かよ」

 苦々しい表情でオリバーは呟いた。

「でも俺達、雨が降らなくて枯れそうな作物を枯らさないで収穫期まで維持したりしたんだぜ?そうでなかったら、多分飢えて死ぬ人間が大勢出ていたと思う。現に役立ったんだし、今後の備えとして、俺達みたいな魔法使いは国で養っておくべきなんじゃないのか?」

「欲しいだけお金を持って行ってしまう様な人、誰も養えません。あなただって、万一の場合に役立つからと主張して、人の働いたお金をどんどん浪費する人にお金を渡せますか?」

「国の金って、一杯あるんだろう?」

「全部、国民から徴収した税です」

「ぜい?」

「税金です。荷馬車も運搬した積み荷に応じて支払うでしょう?」

「払った事ねぇな」

 あ……何か不毛になってきた。

「とにかく、今回分の魔法による働きの報酬を支払ったのに、もっと欲しがるからこんな事になったんです!あなた達は国を強請った悪党と判断されたんです!」

 私の言葉で、オリバーは、納得したように言った。

「あ~、そう言う事。やっと分かったわ」

 オリバーは続けた。

「回りくどい言い方されたってわかんねぇんだ。察しも良くないし、学もねぇしな」

 回りくどかっただろうか……。回りくどいとこの人が思ったのだから、そうなのだろう。魔法の事はあれだけ専門的に詳しく話が出来るのに学が無いって本当?

「魔法の事は凄く詳しいのに、学が無いのですか?」

「魔法は別。伝承芸みたいなものだから覚えさせられただけ。親もずっと働いていたからさ、魔法の勉強と練習で余裕なんてなかったんだよ。それに……俺は馬鹿で良かったんだ」

 馬鹿で良いメリットなどあるのだろうか。

「貧乏貴族は借金するだけで金を返さないって、庶民の間でかなり嫌われているんだ。振る舞いとか言葉遣いからバレるから、色々と冷たくされるんだよ。……俺が行くと普通に対応してくれるのに、お袋や親父だとダメって事が結構あったんだ。そう言う部分では、馬鹿で良かったと思ったよ」

 元貴族をそうやって差別する地域があると聞いた事があるが、実際の話は初めて聞いた。

「そうですか。……他の方達もそうだったのでしょうか?」

「マテオは俺と大して変わらない頭だな。あいつは顔が良いせいで仕事干されるタイプでさ。女に貢がせてヒモみたいな暮らしをしていた。後の奴らの事は詳しく知らない。陛下に招集されるまで会った事も無かったから」

 同じ様な境遇でも、パルネアの中の全く違う場所にバラバラに暮らしていたのだろう。私だって、一応八大貴族だが、彼らの事など全く知らないままここまで生きて来ている。

「それで、俺はどうなるんだ?」

 どんな人に狙われたのか、それをどうしても知りたいと言ったのは、セレニー様だった。ただパルネア人に狙われたと言うだけでは、シュルツ陛下に強い警告を出す事が出来ないと言うのだ。……それで、クルルス様の許可も下りたので私がジルムート同伴で話を聞きに来たのだ。場所は城の地下牢。

 私が返答に困ってジルムートを見ると、ジルムートはため息を吐いた。

「クルルス様が殺してはいけないと言うから、生かしておく」

 そう言ってからジルムートは続けた。

「オリバー・ヘイズ。自分の身に何が起こったのか理解できているか?」

「ああ。あんたが俺の魔法適性を消した」

 一瞬視線が合うと、ジルムートはそのまま黙っていろと言う様にすぐ視線を戻した。……この人はジルムートの異能が、魔法適性を奪ったと考えているのだ。私に触れたせいだと全く気付いていない。異能による衝撃波で気絶して城に拘束された事から、この誤解になったらしい。

「なぁ、そんな凄い事出来るのに、どうしてポートがグルニアを取らなかったんだよ。パルネアがやるよりも、そっちの方が良かったと俺は思うんだけど」

「我が国の王は、グルニア統治に関心が無い」

「だったら、あんたがグルニアの王になれば良かったのに」

 ジルムートは眉間に皺を寄せてため息を吐いた。

「俺は騎士だ。他の何かになりたいと思った事など無い」

「王より強いよな?何で一番上にならないんだよ?」

 ジルムートがギロリとオリバーを睨む。

「俺の力は、人を傷つけ殺す力だ。国を治める力ではない」

 オリバーは、がっかりした様子で言った。

「そうか。ただ強いだけじゃダメなのか。マテオもそれを知ってれば、死なずに済んだのになぁ」

 従兄の死が悲しいのだろう。親しい人の死に心を痛めるのだから、こんな事最初からしなければ良かったのだ。……分かる人なら、パルネアで邪険にされる事も無かったのか。

「ところでさっき言っていた魔法燃料の増幅剤と言うのは、お前も持っていたのか?持ち物から出て来ていないが」

「あれは、マテオの爺さんが精製して溜め込んでいた秘蔵薬の残り。俺にくれる訳ないじゃないか」

 ジルムートは、その薬がパルネアで横行していないか知りたかったのだろう。この様子だと、その心配は無い様だ。

「それで、俺は死ぬまで牢暮らし?ここで一からやり直せるならもう贅沢は言わないよ。助けてくれないか?どうしたら、俺は生きてここから出られるんだよ。死にたくない」

 ジルムートから黒い空気が漏れて来る。あ……怒った。

「俺の妻を攫おうとした。それだけで、俺にとって殺す理由は十分なのだが」

「すいません!」

 ガンと言う音がする程の勢いで、オリバーは机に頭を下げた。

「でも、攫ってないでしょう?」

 ちらりと顔を上げてオリバーが言うと、ジルムートの黒い空気が更に黒くなった。

「誘拐未遂は立派な犯罪だ」

「ごめんなさい!」

 またガンと音を立ててオリバーは机に突っ伏す。

「こんな怖い人と結婚しているなんて、誰も教えてくれなかったんだよ!分かっていたら、こんな事しなかった!」

 強きを助け、弱きを挫く。……人間も動物なのだと思い知る言葉。分からないでもないが、ジルムートの前で口にしてはいけない。黒い空気が牢一杯に広がって、オリバーは顔を上げると私の方を見た。

「奥さん!助けてくれ。同じパルネア人だろう?」

 こんな時だけ同郷だと言われても困る。

「あなた、私を攫おうとしましたよね?」 

「ポーリア出るまで、身の安全の為に一緒に来てもらいたかっただけ。本当だよ」

「「それは誘拐!」だ!」

「魔法使えないんだし、もう許してくれよ」

「許しと言うのは、反省している加害者に対して、被害者が与えるものです」

「難しい話はいいよ。とにかく、助けてくれ」

 目の前で、被害者面をしている加害者。不機嫌になる夫。途方に暮れる私。

 事情は理解できても、共感の糸口みたいなものが無い。それが私の感想だった。

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