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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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魔法喰い

 国葬が終わり、私は迎えに来たジルムートと一緒に館に戻った。ジルムートは普段通りに振舞っているが、やはり疲れているのは明らかだった。あれ程長く、ポーリア中を守る様に異能の網を張り巡らせていたのだから。

 ジルムート達の異能は、目の代わりの役目も果たす。異能の網を遠くまで広げ、何がどこにあるのか、探す人や物の特徴が分かっているならその特徴を、異能の力で探って位置を特定できる。

 ポーリア中を探索できるほどの大きな異能は、ジルムートとクザートしか使えないらしい。城を全部調べるのであれば、ルミカやラシッドにも出来るそうだ。ただ、ルミカがそれをすると火事に間違われるし、ラシッドがやれば靄で何も見えなくなる。だからやらないのだとか。

 ジルムートの異能に関しては、国葬の日であった為、ルイネス様の崩御を悼むリヴァイアサンの奇跡と解釈する者も多く、思った程の騒ぎになっていないらしい。ポート人はそんなに信心深くなく、宗教観も薄い民族なのだが、海を信仰対象にしている部分は確かにあって、特に死者の海を神聖視する者は多い。今回の出来事もそんな背景から、そう考えられた様だ。

 私やセレニー様を狙う人間がまだいるのか、今どうしているのか、ジルムートに聞かねばならないと思ったが、ジルムートの表情を見て聞くのを止めた。

「少しでも休んで。お願い」

「……そうだな。側に居てくれ」

 ジルムートは私を失う事を恐れているから、しっかりと抱きしめてくる。

「うん」

 相手は、きっと何らかの方法で姿を隠したのだ。それで逃してしまったのだろう。だからジルムートは疲れたままでは対抗できないから、休む為に館に戻って来たのだ。私に何も言わないのは、言っても不安にさせるだけだと思っているからだろう。

 城に侵入者があった事は外にも伝わる事になった。その為、城の中だけでなく、ポーリアの自警団も城の周辺の警備強化に駆り出されている。これだけの人の目をかいくぐり、城の中に入るのはまず不可能だと私は帰り道に馬車から外を覗いて思った。

 ジルムートに羽交い絞め状態にされて動けないまま、目を閉じる。

 城で国葬が終わるまでの間、考えていた事をまた考えた。

 私に出来る事は……ある。魔法を消し去る魔法を作るのだ。私の考え方には理屈や根拠が無い。しかし、それこそが魔法の極意で、そうやって願って考える事で、出来ると思った事は出来てしまうのだ。

 シアン・パルネアが、金色の目ではパルネア人の王に相応しくないと目の色を変える事だけを考え、元に戻る方法の無い魔法を作った様に、私も魔法の無い世界だけを願って、魔法適性を消す魔法を作ればいいのだ。魔法燃料が大気から消えたと言うのに、まだ魔法に縋る人が居る。そんな考え方をする人からは、魔法使いの素養、つまり魔法適性を奪えばいいのだ。

 そうだ。これしかない。ジルムートは人を殺さなくて済むし、私も魔法使いに利用される事は無くなる。魔法なんて、要らないのだ。

 そう思っただけなのに、頭の中で綺麗な結晶の大樹の様な術式が組みあがった。シュルツ様に見せてもらった魔法の術式の数十倍の大きさで、出来上がったそれに言葉を失った。

 暫く茫然としてから、ぼんやりと考える。

 出来た。でも……これは失敗。大失敗だ。

 望んだのは、魔法の力を消す事。しかし、その望みは私の能力を大きく超えていたのだ。結果、私は自分の組み上げた術式に取り込まれてしまったのだ。この術式は生きていて、私の内部の魔法燃料を勝手に吸い上げてずっと作動しっぱなしになっている。私が思った時に魔法適性者から適性を奪える魔法ではなく、私に触れた魔法適性者が魔法適性を失う魔法。そういうものだ。

 私の内部一杯に広がっている為、シュルツ様に教えてもらった魔法の術式も、ハザク様に教えてもらった魔法の術式も、全部押しつぶされて壊れてしまった。もうこれ以外の魔法は覚える事も出来ない。壊す方法も分からない。明日からどうしたらいいのだろう。こんな状態では、セレニー様に触れる事も、カルロス様に触れる事も出来ない。ウィニアにもミハイルにも、アレクセイにも……。どうしよう。どうしよう。

 じわっと涙が出てくる。

「ローズ?」

 羽交い絞めにされていたのを忘れてすすり泣いていると、ジルムートが目を覚ました。

「何故、そんなに泣いているんだ」

「ジル……どうしよう、ジル~」

 自分の失態があまりに酷くて、上手く言えないまま泣いて縋る事になってしまった。しゃくり上げてさんざん泣いてから、私はようやく自分の状況を説明する事になった。

「このままだと、出仕出来ないよ。アレクセイ様のお世話も出来ない。どうしよう!」

 私の言葉にジルムートは考え込む。

「つまり、ローズに触れた相手は、魔法適性を失うと言う事か」

 頷く。

「しかも、お前はもう魔法を使えないと言う事か?」

 これにも頷く。体内で生成された魔法燃料は片っ端に炉にくべられる薪の様に術式に吸収されている。誰かに見てもらわねば分からないが、私の体内の魔法燃料はほぼ無に等しい状態だと思う。……私の最大の失敗は、この術式に魔法燃料を与える事で生かされていると言う点だ。大それた願いの結果、術式の一部として自分の方が取り込まれてしまったのだ。魔法燃料の生成機関として。

「どうしても困るならお義父上には悪いが、もう一度ポートに来てもらおう。多分ローズの事で相談に乗ってもらうなら、あの方が一番だ。……しかし、お前はそのままでいい。明日、クルルス様とセレニー様にありのまま事実を話す」

「待って!そりゃ、話さない訳にはいかないけど、心の準備くらいさせてよ!」

 私が思わず叫ぶと、ジルムートはにっと笑った。

「準備などいらん。それで出仕できなくなったら、館で俺の妻をしていればいい。暇なら、俺が耳かきの工房を一個買ってやるから、お前が経営してもいいぞ」

「……そんなお金持ち発言で誤魔化されないわよ!」

 ジルムートは、それでも笑みを崩さない。

「お前が考えている様な事にはならない。俺も付き添うから、全部話すんだ」

「うう……。もし出仕を辞めろって言われたら、本当に耳かきの工房買ってもらうから」

「お前用の耳かきサロンも付けてやる。客は俺が良いと言った相手だけだがな」

 出来ない事は、絶対に言わないのがジルムートだ。そこまで言うなんて。

「それは、侍女を引退した後の楽しみに取って置け。……きっともっと先の話だ」

 あまりにもジルムートが嬉しそうなので、パニックになって泣いていたのが馬鹿だったのかと思う。

「お前はいつも俺の気持ちを楽にしてくれる。本当に良い妻だ」

「ねえ、どうしてそんなに喜んでいるの?」

 まだ分からないのか?と言わんばかりの口調で、ジルムートは言った。

「魔法燃料が足りないから、魔法を使わない魔法使いが狙われる。セレニー様が狙われたのもそれが理由だ。それならポートの王族は全員、ただの魔法燃料として狙われるだけの存在だ。俺はこれからどうやってお前と王族を守るか悩んでいたのだ。それが今、解決した」

「でも、生まれもった能力を一つ失うんだよ。血筋でずっと維持して来たのに」

「お前は今、魔法を使えない状態だが、困っているか?」

 魔法を使えない事に関しては、そんなに困っていない。

「魔法燃料として誰かを犠牲にする様な力、要らんのだ。俺達の主はそこを良く理解されている」

 そうかも知れない。しかし、だからと言って私に触れるだろうか?いざとなったら、無理なのではなかろうか。

「今からでも、すぐに城に行きたい気分だ」

「まだ夜中だよ」

「だったら寝る。……大丈夫だ。心配するな」

 ジルムートはそう言うと、また私を羽交い絞めにして眠る体勢になった。

「もう、なるようにしかならないよね……」

「そうだ。疲れただろう。もう寝ろ。おやすみ」

「おやすみ」

 そんな事を言いながら、私もどっと一日の疲れが押し寄せて、気を失う様に眠る事になった。

 朝、目を覚ますと珍しくジルムートも眠ったままだった。今日は鍛錬をしなかった様だ。

「おはよう。今日は遅いのね」

「さすがに昨日は疲れた。怖い思いをさせて済まなかった。……それも解決できる。良い日だ」

「もう、そんなに期待して……後でがっかりしても知らないからね」

 ジルムートは全く動じないまま、朝食を取ってから私と城へ出仕した。

 物々しい警戒が続いていて、日勤の後、徹夜したと言うナジームは酷く眠そうだった。

「ナジーム、帰っていいぞ。寝て来い」

「え?城で仮眠を取らなくていいのですか?」

「ああ、起きて城に戻って来たら、警戒態勢は解かれている筈だ。心配するな。よく休め」

「はぁ」

 ナジームはぽかんとして返事をした後、首を捻りながら帰って行った。

「いいの?あんな事を言って」

「勿論だ」

 ジルムートはその後、クルルス様を訪ね、セレニー様と二人で聞いて欲しい話があると頼んだ。とても重要な話だから、二人で聞いて欲しいと言うと、二つ返事でセレニー様を呼んでくれた。

 応接室で並んで座る国王夫妻に、とうとう私の失敗談を話す時が来てしまったのだ。

 私はジルムートの促す通り、昨晩の出来事を全て話す事になった。私は、気持ちのままに魔法を作り、魔法使いの適性を失わせる魔法そのものになってしまった。……その事実を告げるのはとても恥ずかしかった。

「それ、誰か試したのか?」

 クルルス様が呆然としてから聞いて来る。

「いいえ、まだ誰も」

「よし!ローズ手を出せ。握手だ」

 クルルス様がそう言って手を差し出す。

「え?でも……」

 戸惑っている内に、クルルス様は立ち上がり、立っている私の手を強引に握ってしまった。

 驚いてクルルス様を見ていると、紫色をしていた目がみるみる深い海の様な青に変わっていく。

「クルルス様!」

 慌てて手を離したものの、目の色は青いまま変わらない。セレニー様も驚いてクルルス様を見ている。

「どうだ。ジル、俺の目は何色だ」

「俺と同じです」

「よし!」

 クルルス様はやけに嬉しそうだ。

「セレニーは気に入ってくれていたが、俺は人と違うこの目の色が嫌いだったのだ。それにな、父上もかかっていた体が動かなくなる王家特有の病は、魔法の影響があると昔から指摘されていたのだ。……これで俺が父上と同じ病になる心配はない」

「まぁ、そうだったのですか?」

 セレニー様が驚くと、クルルス様が苦笑した。

「言っても対処方法が無かったから、言えなかったのだ。……カルロスも病の心配をしなくて済むようになった。ローズ、これからもカルロスの世話を頼む」

 つまり、カルロス様に触れて魔法適性を失わせて欲しいと言う事らしい。

「ですが……」

 セレニー様の方を見ると、セレニー様は私をじっと見た後、立って私の手を掴んだ。

「セレニー様!」

「いいの。昨日の人と同じような事が出来る様になりたい訳じゃないもの。ただ狙われるだけなら、そんな力いらないわ」

 セレニー様は両手でしっかりと私の手を握った。

「これからも、私の側に居て。お願い」

 セレニー様の手を、私も両手で握り返して言う。

「私で、よろしいのでしたら……」

 ジルムートの言う通りだった。私達の主は、素晴らしい人達だ。今まで仕えて来て本当に良かったと思う。

「それで、ローズのこの力について、どう扱うつもりだ?」

「特には何も。普通に暮らす分には害は何もありません。ポート王家が全員魔法適性を失い、パルネア王家もそうなれば、分かる者は何が起こったか知りたがるでしょうが、教える必要など無いでしょう」

 そこで初めて、ジルムートの考えを理解した。私に、シュルツ様とミラの魔法適性を奪わせる気なのだ。

「シュルツもミラも、同意するか分からんぞ」

「先に教える必要は無いでしょう。気付いたらそうなっているだけの話です」

 ジルムートがしれっとそう言う。

 騙し討ちだよ。それ……。

 そう思ってジルムートを睨むが、ジルムートは涼しい顔をしている。

「昨日までの事を思えば、この程度の意趣返しはしても良いかと思います」

「そうか……ジルは怒っているのだったな。ただ、シュルツは今やグルニアの皇帝でもある。……魔法の素養を失うのは問題がある。勝手に奪うのは止せ」

「我が主がそうおっしゃるなら従います」

「しっかりこちらの被害は伝える。後は任せろ」

 それから数日後、パルネア騎士団のリドが急用だと言って館に訪ねて来た。

 アネイラを送って来てくれた騎士だ。私とも旧知の仲でジルムートも顔見知りだ。

「リド殿だろう。出迎えてやれ」

 私の魔法は『魔法喰い』と言う名前が付けられた。パルネアに魔法使いを食べてしまう鳥のおとぎ話がある。その鳥の名前が『魔法喰い』。ちなみに怪鳥。私の魔法を表す言葉がどうしても必要だから甘んじて受け入れた。命名がセレニー様だから仕方なかったのだ。

 ジルムートは私に害を成す相手を過剰に気にしなくなった。相手を私との接触前に引き離す必要が無くなったからだ。

「リド様、今日は急用と言う事ですが」

 そう言いながら近づいた途端、ぐいっと腕を引かれた。こうなる事は分かっていた。一目見て、リドより背が低いと分かったからだ。

 次の瞬間、リドとは似ても似つかない……何故か前歯が一本欠けている茶髪のパルネア人の男が立っていた。魔法で変装していたのだ。

 異変に気付いたのか、男は動きを止める。

「その前歯、どうしたの?」

 私の問いに目を見開いた男は、炸裂音と同時にその場に倒れる事になった。ジルムートが廊下の奥から異能の一撃で昏倒させたのだ。

「ローズのお陰で死なずに済んだな。感謝しろ」

 既に意識の無い男にジルムートはそう言った。

 以後、パルネア人魔法使いの襲撃はぴたりと止む事になった。

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