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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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ジルムートの怒り

 エドワスが事前使節と共にポートから去った。未だに目を覚まさないが、意識はあると言うので、俺達は声もかけているし、話も聞こえる場所でするようにした。

 魔法燃料を使ってやる必要はもうないとエドワスが言うので、ハザク様と話し合い、ローズ達が魔法を使う事は無くなった。実際、魔法燃料は循環しながら一定量で安定しているらしい。

 ローズとウィニアは式典の準備に忙しいので、俺とナジームが交代で関節を動かす介助をしている。実際、急激に成長したアレクセイの体の関節は強張り、筋力はほぼ無いに等しい。これで意識が戻っても、すぐに動けるとは思えなかった。幸い、俺達は人体を鍛える事に関しては専門と言っても過言ではない。関節が硬くならないように動かす事は出来る。俺とナジームはそれを担当する事になった。

 一方、皮膚からの刺激と言う事でローズとウィニアがマッサージをする様になった。

 ローズがマッサージをしている所など一度も見た事が無かったのだが、単なる美容の為にセレニー様に施しているとは思えない程に腕力も必要なものだった。侍女は気遣いを伴う肉体労働だとローズが言っていたが、こういうのを目の当たりにすると確かにそうだと思う。

「セレニー様は、日中も運動を殆どなさらないでしょう?そういう方の方が、疲れやすくて足がむくんだり肩が凝ったりするの。だから、そういうのを全部もみほぐして差し上げるのは、侍女の仕事なの」

 ローズはそう言いながら、アレクセイの腕をもみほぐしていく。ローズは想像以上に力がある。

「ルイネス様にもやって差し上げていたのよ」

 そう言いながら、手を止めて少し目を伏せる。思い出しているのだろう。

「さあ、続き、続き。アレクセイ様にはまだ生きて頂かなくてはなりませんからね」

 ルイネス様は、先日亡くなられた。俺はクルルス様の面会に付いて行く事が許され、一緒に最後の面会に行った。息を引き取る前日の事だ。

 ルイネス様はもう話す事が出来る状態ではなかった。新しく上層に採用された若い従僕達に身綺麗にされていたが、死期が来ている事は肌の色からも分かった。

「もっと話せる内に、色々と話しておけば良かった。こういうのは、後になって気付くのだな」

 クルルス様は面会した後、部屋でそう呟いた。

「穏やかな表情でした。奥でお亡くなりになられるよりはずっと良かったかと思います」

「……そうだな」

 奥から部屋をクルルス様の私室の側に移動して以来、セレニー様やカルロス様も度々見舞いに訪れていたし、クルルス様は夜に酒を持ってルイネス様の部屋を訪れたりもしていた。ルイネス様はクルルス様と和解し、穏やかに幸福な最期を迎えた。クルルス様がもっと何かしてやれたかも知れないと考えるのは、身内ならではの愛情からだ。

「国葬の準備をします」

「頼む。本当はただの船大工として、死者の海に船を出してやりたいのだが……それは王になってしまった以上、無理な望みだな」

 事前使節との調整は終わっており、シュルツ陛下とミラの来る日は決まっている。ルイネス様の国葬をするなら、出来るだけ早くやらねばならない。ルイネス様を、元国王として慕う人間の数はとても多い。何もしない訳にはいかないのだ。

「海賊討伐の面子が戻って来るまで待てない。人手は少ないが、何とかして欲しい」

「はい」

 俺もナジームも一気に忙しくなってしまい、ローズとウィニアを一人に出来ない為、二人の勤務を合わせる様に調整して、どちらか一人が交代で護衛をすると言う事になった。それもかなり大変になって来た。

「運が良ければ、国葬の前に兄上達は帰って来るだろう。アテにして計画を作成する訳にはいかないがな」

「また俺が警備計画を立案するのですか?」

 不服そうなナジームの言葉に、俺は書類を見たまま応じる。どうせ恨みがましい顔をしているに決まっているのだ。でも、答えは決まっている。

「俺がやると、お前の何倍も日数がかかる。……やれ」

「はい……」

 いつもならそこで会話が終わるのだが、珍しくナジームが続けた。

「でも、丸投げは止めて下さい」

 意外に思って顔を上げると、ナジームは必死だった。

「警備計画は館に持ち帰って出来ないので、城に居る時間で終わらなければ、ローズ様もウィニア殿も城で待たせる事になります。それは出来れば避けたいのです」

 ……言おうと思えば言えるじゃないか。

 今までナジームは、この手の意見を言えた事が無かった。無茶ぶりしても、その無茶を黙ってこなしてしまうから、俺達は丸投げしていた。

「だったら国葬で移動するルートと時間のおおまかな予定は俺が作るから、今城に居る騎士の面々で警備が出来る様に調整してくれ」

 俺が素直に応じると、ナジームは驚いた様子で俺を見た。

「何だ?不服か?」

「いえ……とんでもないです」

 俺はナジームを見据えて言う。

「出来ない事までやれとは言わない。出来る中で最善を尽くせ。……コピートみたいに手を抜くなら許さないが、お前はそんな事しない。今回の事情も理解しているから言えばいくらでも融通は利かせる。俺としては、コピートの厚かましさをお前に分けてやりたいところだ」

「あそこまでになりたくないと言うか……俺には無理です」

 俺は笑いながら仕事に戻った。内心では別の事を考えていた。

 元は大貴族だったと言う六人の年齢や特徴などは、最初にエドワスが持参した資料である程度理解したが、その後、大使館のジェフ・ファルマー経由で、シュルツ陛下の影だと言うゲイリー・ダルシアと言う人物から、追加情報が俺に伝えられる様になった。

『ローズ・バウティは、八大貴族でも類まれなる魔法使いとしての才能を持っているが、その才能を開花させる事無くポートで一生を終える。……ローズの能力に気付かず、国外に出したのは惜しい事であった。ローズの産む子は優秀な魔法使いの筈だ。私とミラの子と共に育てれば、未来の王の片腕として、素晴らしい人材となるだろう。もしパルネアへ連れ戻る事ができたら、私がポートに交渉してあげよう。やってみないか?』

 シュルツ様の撒き餌の内容まで、俺を怒らせる為か詳細に伝えられた。騎士身分である俺が、王に害意を持つとは思っていないのだろう。鬱憤はこれから来る相手に向くと思っているのだ。

 ゲイリーと連絡を取る内に、魔法を専門的に学び過ぎる事を初代王が望まなかった為、王族が魔法について深い知識を持っていない事が分かった。一方で、魔法の衰退によるパルネアの弱体化を恐れた八大貴族が、失われた魔法の復活や新しい魔法の開発を行い、親から子へと伝えてきた歴史がある事も分かった。本当に八大貴族のみが、魔法に精通していたらしい。

 シュルツ陛下は八大貴族の魔法能力を見誤ったのだ。……そして手に負えないと悟り、俺に押し付けた。俺がリヴァイアサンの騎士で、魔法使い殺しである事を利用しようとしたのだ。

 深夜、眠っているローズの様子を眺め、俺はそっと部屋を出た。

 ポーリアに入った後、娼館に泊まっている者が二人、宿に泊まっているのが二人。まだポーリア入りしていない者が二人。警戒されない様に、できるだけポーリアに集まった所で刈るつもりで待っていたが、どうやら誰かがローズを攫ったら横取りしようと、二人は街道で待ち構えている様なので、まず四人を一気に刈り取ってしまう事にした。

 翌日。

「……彼らは何をしたのですか?」

 事件の事後処理をするのは騎士団の役目だ。当然その異様な死に方から、誰がやったのか騎士団の者ならすぐ分かる。海賊討伐で、俺とナジームしかリヴァイアサンの騎士は残っていない。ナジームの態度から、自ずと誰の仕業か分かると言うものだ。

 俺が独断で一晩に四人も片付けること自体前例が無いから、ナジームが不安そうにしている。

「私的な問題だ」

 俺の言葉にナジームはため息を吐いた。

「誰の仕業か分かってしまいますが、いいのですか?」

「俺だと分かる様にしたいのだ」

 俺の言葉で、ナジームは苦い表情をしてから言った。

「事情は聞かない事にします。……遺体の方はどうしますか?」

「パルネア大使館に送れ。あのままだ」

「分かりました」

 ナジームは素直に了承した。

 パルネア大使館の職員は、遺体を棺桶で受け取った後、中を改めて、血相を変えていたと聞いている。

 すぐに城の中層でジェフから面会を申し込まれ、それに応じる事になった。部屋に入るとジェフと一緒に旅装のパルネア人が居た。鋭い刃物の様な視線を俺に向けてくるこの男が、ゲイリーと言うシュルツ陛下の影なのだろう。暗殺者だとすぐに分かる身のこなしだ。こんな奴がいるなら、こいつにやらせればいいのに、何故俺を使ったのか。……出し惜しみだ。俺なら良くてもこいつはダメと言う、シュルツ陛下の個人的な感情によるものだ。

「陛下からは、もっと温厚な男だと聞いていたのだが」

 挨拶も無く、そう言う男を俺は見据える。

「名乗れ」

 男は肩をすくめた。

「……ゲイリー・ダルシアと言う。本当は名前など無い王家の暗殺者だ。次も同じ名前とは限らないから、名前は覚えなくていい」

「ジルムート・バウティだ。それで何か用か?」

 俺が座りながら応じると、ゲイリーは続けた。

「あれは何なのだ」

 俺がパルネア大使館に渡した遺体の事だろう。

「シュルツ陛下の意向だろう?俺は確かにやった。その証明だ」

「我々が望んでいたのは、もっと賢いやり口だ」

 ジェフも同意する様に頷いているので、俺は怒りに任せて一気に異能を解き放った。部屋の空気が黒くなり、二人共顔色を変えた。

「俺はポート王国に仕える騎士で、主はクルルス・ポートだ」

 ごくりと唾を飲み込むゲイリーと、固まって動けないジェフに俺は続けた。

「シュルツ陛下がパルネアを維持する事を真剣に考え、クルルス様が同意したからこそ俺達は出征を受け入れた。……ポート騎士団も俺も、シュルツ陛下の言い分を聞く便利な犬に成り下がった覚えはない」

 怒りの根源を理解したのか、ゲイリーは慌てて言った。

「陛下にそこまでの意思はない」

「これ以上、俺やポート騎士団を安易に使う気なら容赦はしない。シュルツ陛下の寿命を延ばしたいなら、今後は対応を間違わぬ事だ」

「陛下を喪えば、パルネアが崩壊するぞ。ポートにも甚大な被害が出る」

 ゲイリーの言い分は、シュルツ陛下がパルネアの要で必須だと訴えるだけで、俺の主張に対する答えにはなっていない。

「だからどうした?独立した国としてグルニアを併合した以上、パルネアの事はパルネアで処理しろ。出来ないならパルネアの命運もそこまでだ。それが嫌なら、クルルス様を通して俺を使う許可を得るのが筋だ。俺はクルルス様の騎士だ。クルルス様の命令であれば従う。……お前が王家の影である事に人生を捧げている様に、俺もポート騎士の生き方に人生を捧げている」

 ゲイリーは押し黙った。

「それと、ローズを囮に使う様な方法で俺に始末屋の様な真似をさせた事に関しては、騎士ではなく、ジルムート・バウティと言う一個人として強い憤りを感じている。ローズは、シュルツ陛下の妹姫であるセレニー様に献身的に尽くしている。その献身に対する礼がこれだとしたら、誰が何と言おうと、パルネアは俺の敵だ」

 部屋の闇が濃くなり二人共息を詰める。

「分かったら即パルネアへ伝えろ。……残り二人は始末してやるが、それ以上は手を貸さない。もしパルネア絡みでローズの身に何かあった場合、俺は騎士の地位を捨ててシュルツ陛下に報復をする」

 ローズを喪えば、俺は異能を制御する事が出来なくなって長くは生きられないだろう。そうなったら、シュルツ陛下を道連れにする。嘘ではない。

 ジェフが震えながらゲイリーの方を見て言う。

「ポート騎士団の騎士は強いだけでなく、やると言った事は本当にやります。私の妻がどうなったかご存知でしょう?」

 ジェフと違い、ゲイリーは俺から視線を逸らせない。隙を見せたら死ぬと言う暗殺者として研ぎ澄まされた感覚のせいだ。

 長い沈黙の末、顎から汗を滴らせてゲイリーは呟いた。

「言う通りにする。今回の対応は全面的にパルネアの落ち度だ。ジルムート殿、どうかシュルツ陛下に手を出さないで欲しい。俺の首で良ければ差し出す」

 かすれた声でゲイリーがそう言うのを確認してから、俺は異能を引っ込めた。

「お前の首などいらん」

 俺は一方的に話を切り上げて部屋を出た。多分、遺体の損傷に文句があっただけだろう。

 あちらの望みは、リヴァイアサンの騎士の異能で跡形も無く奴らを消す事だったのだ。行方不明者として扱いたかったのだろう。遺体、それも異様な状態の遺体を返されて驚いたのだ。俺がやったと言う証拠も残らない。そんな風にうやむやにして俺を利用したかったのだろうが、そうはいかない。

 その後、パルネアの大使が俺に面会を繰り返し求めて来る事になり、拒絶した事から、クルルス様へと事情が伝わる事になった。

「ジル、済まないな。俺が出征中にローズを巻き込んだシュルツを止められなかったのが、いけなかった。ルミカにポートはパルネアの属国では無いのだから、安易に言う事を聞くなと叱られたが……本当にその通りだった。シュルツには俺の方からも遺憾の意を伝えて置く」

「分かって下さればいいのです」

「ところでお前、大使館に何を送ったのだ?」

「遺体です。棺桶の代金は私的に出しました。公費ではありませんのでご安心下さい」

「いや、棺桶じゃなくてだな……」

「知らない方が良い事も、あるのですよ」

 俺が笑ってそう言うと、クルルス様はそれきり口をつぐんだ。

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