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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
英雄と魔法喰いの誕生
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エドワス・メイヤーの来訪

 アレクセイの目覚めを待っている中、パルネアからシュルツ陛下とミラ妃訪問の為の事前使節が来た。

 パルネアはグルニアを併合支配しているが、その際にポート騎士団に助力を求めている。それを誇張する為、わざわざグルニア皇帝を兼ねたシュルツ陛下が、ポート国王であるクルルス様と騎士団の序列一席であるジルムートに礼を言う為に出向いて来るのだ。

 その式典の打ち合わせをする為の使節だ。

 議会の議員達は賓客となるので、打ち合わせには出てこない。ジルムートは警備に関しての打ち合わせをする一方、役人と外交官の決めた通りに式典に出席する為、その段取りの確認等をするだけなので、あまり大変ではないらしい。また警備の事はナジームに丸投げしたのだろう。

 それで、ミラ妃が来る事もあって、ジルムート一人で式典に出るよりも私を同伴する事が求められている。嫌だったのだが、クルルス様から出て欲しいと懇願されてしまった。

「ミラが、パルネアの王妃として同列に立つと言うだけで、セレニーの機嫌が悪い。ローズが一緒ならそれも幾分和らぐ筈なのだ。出席してくれ。頼む」

 そう言われては断れない。また新しいドレスを作らねばならなくなってしまった。仕立て屋のビルドに相談しなくてはならない。憂鬱な気分で考えつつ、いつも通りナジームの館に行って帰って来ると、館の様子がいつもと違った。

「どうしたのだ?」

 ジルムートが聞くと、マクシミリアンが困った様に言った。

「いや、ローズ様の御父上様が訪ねて来られて……お待ち頂く為に部屋を用意しようと思っていた所だったのです」

 私は慌てて中に入ると、エントランスに立っている男性を見た。間違いない。父だ。

「お父様!」

 声を上げると、以前よりも少し老けた父が振り向いて笑顔になった。この世界での私の父、エドワス・メイヤーに間違いない。私と同じ色の赤毛で、目の色も同じ。パルネアの騎士が送ってきたのだとか。

「やあローズ、元気だったかい」

 迷わず近づくと、抱きしめられた。……こんなに細くて小さかっただろうか。と思ってから、私を抱きしめる男性なんて、ジルムートか父しか居なかったのだと改めて思い出す。ジルムートと比べたら、そう感じるのは当たり前だ。

「綺麗になったね。アリアにも見せてやりたいよ」

 顔を見てそう言われると、照れ臭くなってしまう。

「ようこそおいで下さいました。お義父上には初めてお目にかかります。ジルムート・バウティです」

 ジルムートが挨拶をすると、父も挨拶をする。

「エドワス・メイヤーです。娘がお世話になっています。いきなり来てしまってご迷惑をおかけしています。私は使節団と一緒にこちらへ来ましたが、何の役割もありません。城に泊めてもらう訳にもいきませんで……こちらに連れて来て頂きました」

 二人は握手をし、ジルムートが言った。

「いいえ、我が家はいつでも歓迎させて頂きます。上がってお寛ぎ下さい」

「お父様、こっちよ」

 凄く嬉しい。こちらの父には嫌な思い出が全く無い。……耳かきみたいな強烈な思い出も無いが。

 祖父の作った大量の借金を、母と一緒になって必死に返済していた父。私に借金を背負わせない為だった事を知っているから、両親の事は尊敬しているし、感謝もしている。忙しくてあまり一緒に居なかったが、愛情が無かったなどと思った事は無い。

「お父様、どうしてこちらに来る事になったの?手紙をくれれば良かったのに」

 父は笑って言った。

「急に決まった話でね。さっきも言ったけれど、使節と私は無関係なのだよ。だから騎士団の伝書鳩を使わせてもらう訳にもいかなくてね。あくまでも個人的な旅行なのだよ」

「そうだったの」

 それにしても、どうして急に来たのだろう。

「確か、穀類の研究をなされていたのでしたね」

 ジルムートの言葉に父は頷いた。

「ええ。後進が十分に育ちましたし、何時までも居座っていては若い研究者の為の椅子が空きませんので、陛下にはお引止め頂きましたが、先日職を辞しました」

「そうだったのですか」

「はい。それで一度娘の様子を見に行きたいと思いまして。それを申しましたら、シュルツ陛下に使節団と一緒に行く事を勧められました。この年まで国外に出た事などありませんでしたので、使節と一緒に来られたのはありがたい事でした。帰りも一緒に帰らせてもらう予定です」

「そうですか。では、それまではこの館を好きにお使い下さい。観光などされるなら、使用人に案内させましょう。護衛としても有能な者が居りますので、是非お使い下さい。俺がご案内できれば良かったのですが、そうもいかない事情もありまして……申し訳ありません」

 言い辛そうなジルムートの言葉を補足する。

「ごめんなさい。今騎士団は海賊討伐で人が出払っているし、上層の侍女は少ないからいきなりお休みを取る訳にいかないのよ。それに私達、今、有名人になってしまって、気楽に街に出られないの」

「突然押しかけたのだから、私に合わせる必要などないのだよ。……本当は心配で様子を見に来たんだ。何せ人の注目を浴びる立場になってしまったからね」

 父の言う注目を浴びる立場と言うのは、『ポートの英雄の妻』と言う事だろう。父は周囲を見て、人払いをジルムートに頼んでから口を開いた。

「ローズ、ジルムート殿は……知っているのかな?」

 ここで聞かれているのは、前世の記憶の事だ。

「うん。ばれちゃった。こっちに来て五年目くらい」

「他に知っている人は居るのか?」

「ううん、ジルが絶対に外で言うなって厳しいから、誰も知らない」

「そうか」

 父がほっとした様に言う。

 父は、私が耳かきを作ろうとした時に、他の前世の事は全て黙っている様に口止めした人だ。私はそれを聞き入れて暮らし、成長するにつれてその考えが正しいと理解した。だから、耳かき以外の事は一切話さなかった。口止めした父本人にすら。父も聞いて来なかった。

「お義父上は、何かご存知なのですか?俺は娘婿です。敬語など使わなくて結構ですので、その事について是非詳しくお聞かせください。これからもローズを守るのに必要な知識だと思いますので」

 ジルムートと父は真剣な表情で互いを見ている。……ジルムートは私の前世の記憶を危険視して、誰にも話すなと言った。父と同じ考えだ。

 心配しなくても言わないのに。……とは思うが、言えない雰囲気が漂っている。

「あなたに嫁いだのは、ローズの幸運だ。良い方と縁があって本当に良かった」

 父はそう言って笑うと、表情を引き締めて並んで座る私とジルムートを見た。

「メイヤー家はパルネアで八大貴族と呼ばれる家柄だった。建国から続いていて、広大な土地を任されていた。私の父は筋金入りの貴族で、どうしても貴族の暮らしを捨てる事が出来なかった。何よりも、貴族の役目を熟知していた。……自分達の一族が居なければ、領地が痩せて収穫量が減る。それを広めれば貴族制度が無くなっても、民が自分を頼り、税に匹敵するだけの金を稼げると考えていた」

「どういう事ですか?」

 ジルムートの言葉に父が言った。

「まず確認なのだが、ジルムート殿は、魔法についての知識はあるだろうか」

「グルニアに行っていたので、使えませんが、専門的な事も一通り理解しているつもりです」

 父の口から、魔法の事があっさりと出た事に正直に驚く。

「ローズ、お前には何も話していなかったね。一生関わらせないつもりだったのだよ。それなのに陛下がやらかした話を聞いてね。私もアリアも、怒って抗議したよ。それで……どのくらい分かっているのだろうか」

 正直に答える。

「シュルツ様に魔法を覚える様に言われて以来、色々とあったの。……かなり詳しいと思う」

「そうか。魔法とは無縁の暮らしをさせたくてパルネアから出したと言うのに。では、お前は魔法を使えるのだね?」

 頷くと、ため息を吐いて父は続けた。

「では魔法の詳しい説明は省いて話す事にしよう。……私達の一族にはグルニア人の特色が色濃く残っている。見ての通り私もローズも、容姿はグルニア人に近い。これは、強力な魔法を使用できる証だとされている。……私達の先祖は、土地に魔法をかけて収穫量を上げると言う事を繰り返していた。パルネアにおける貴族の義務と言うのは、豊作を約束するものだった」

 シュルツ様の言っていた、痩せた土地を豊かにする儀式と称して、貴族が代々魔法で土地を豊にしていたと言う話を思い出す。祖父がそれを言いふらし、領民の足元を見て金を巻き上げようとしていたと言うのは、かなり不愉快な話だ。

「しかしその魔法と言うのは、かなり消耗するもので、私の母は体を壊して一時期心を病んでいた。それでも父は魔法を捨てず貴族の立場に拘ったので、私は魔法に頼る父に反抗し、痩せた土地でも育つ穀物の研究を始めた」

 そんな事があったのか。

「私がアリアと結婚したのは政略結婚で、父が魔法使いとして高い能力の子を欲した結果だった。しかし話してみれば、アリアも実家の貴族や魔法への拘りに憤りを持つ女で、すぐに意気投合した。私達の結婚は順調だったよ。そしてアリアが妊娠した。ローズ、お前だ」

 父は複雑な表情で私を見つめた後、厳しい顔になって続けた。

「父は、まだ腹にいるローズに魔法を使った」

 ジルムートの顔が一気に強張った。

「チャネリングと言う。……異世界の、ある時代のある地域にだけ、この世界に繋がる通路があるそうだ。その通路を利用する魔法で、どの時代で行っても、必ずその異世界の決まった時代の決まった地域の人間の記憶が引き寄せられる。その記憶を持つ者は、魔法の扱いに長けていたそうだ。メイヤー家はどういう経緯か、この魔法を所持していた。父は私達に無断でそれをローズに使ったのだ」

 私の記憶は、魔法でこちらに引っ張って来られた物と言う事らしい。

「ねえ、だったら私は何なの?」

「お前がどう考えようと、お前は私達の娘だ。それは譲れないし、信じて欲しい」

 日本人だった私の記憶と人格が、ローズと言う空の器に入ったのか、異世界人の記憶をパルネア人のローズが引き継いだのか。……そんな事、誰も分かりはしない。でも、この二つは私の中ではかなりの差がある。

 私を終わった事にしないで!私はここに居る。私は確かに日本で生きていた。そんな心理が頭の中で悲鳴を上げているのだ。これは私の考えなのか、それとも過去の記憶から再生した心理なのか。訳が分からない。そんな事を考えていると、唐突に肩を抱き寄せられた。見るとジルムートは優しい表情で言った。

「お前は今のままでいいんだ。それが答えだ」

「ジルムート殿の言う通りだよ。こんな話、出来れば一生せずに済めば良かったのだが、お前を守る為の話だから、最後まで聞いて欲しい」

 頷くと父は続けた。

「父はローズに過大な期待を抱いていた。それで浪費が更に激しくなり、借金が更に膨らんだ。私達がもう限界だと思っていた頃、父が深酒をした末に亡くなって、私達はローズを連れて城下町に移り住んだ。借金は山積みだったけれど、ほっとしていたよ」

 遠い目をして父はそう言ってから続けた。 

「ローズが異世界の記憶を確かに持っている事に気付いたのは、その頃だ。……出仕から戻ってくると、庭土の上に見た事の無い文字が縦並びで書かれていた。……理解できなくてローズに何を書いたのか聞いたら、借用書を見て、うちの借金の総額をひっ算で計算したと言った。ひっ算と言うのがどういう計算方法なのか分からなかったが、聞いた計算結果はうちの借金の総額と合っていた。ローズが五歳の時の事だ。大変な事になったと思ったよ。大人の様に考える部分と子供の部分が混ざっていた。そのせいか、よく記憶を失って混乱した」

 全く覚えていない。

「こちらの記憶と異世界の記憶が混ざると、どちらを優先させるか判断できなくなってしまうのだろうね。それでこちらの記憶を捨てていた様なのだ。私達の事もたまに分からなくなってね。ここはどこだと聞くのだよ。理解できない言葉で話す事もあった。そうかと思えば、少し文字を教えただけで借用書の意味を理解して読む様になる。母が毎日の様にローズが何者なのか言い聞かせ、異世界は過去で、戻れないと繰り返し教え続けた。落ち着いたのが六歳を過ぎてからだったな」

 やはりそんな事は覚えていない。しかし父が嘘を吐く理由はないから、本当の事なのだろう。

「耳かきの事だけは、どんなに言い聞かせても繰り返し口にした。余程強い記憶なのだろうと判断し、私達は我慢させない事にした。その頃にはだいぶ落ち着いて来て、普通の子供と殆ど変わらなくなっていたから、耳かき以外の異世界の事は言ってはいけないと口止めして様子を見た。お前は素直に言う事を聞いて、良い娘に育ってくれた」

 錯乱した子供。……私を育てるのは大変だった筈だ。

「色々と……ごめんなさい」

「お前は何も悪くない」

 生い立ちや幼少期の話はショックだったが、その分を補う様に私は家族に愛されていたのだと改めて思う。そうでなければ、ここに居なかった。

「八大貴族が特別魔法に詳しかっただけで、同じ元貴族でもアネイラの家は魔法とは無縁だった。大らかでさっぱりしたあの子と一緒に居る事で、ローズは異世界の記憶を抱えて孤立する様な事態を避けられた。あの子にはとても感謝しているんだ」

 日本の親が離婚した記憶のせいで、誰とも恋愛なんて無理だ。家族なんていらないと思っていた自分を、家族や親友がずっと支えてくれていた。

「本当に……ありがとう。何も知らなくて……私……」

 ジルムートに肩を抱かれ、むせび泣く私の頭を、身を乗り出した父が撫でてくれた。

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